31話 清掃おじさん、事態を聞く
探索者協会から指定された場所は、博多第三ダンジョンの管理棟だった。
会社から車で移動し、到着したのは午後一時過ぎ。
入口周辺には既に何台もの協会車両が停まっていた。
救急車もいる。
報道関係者らしき車まで集まり始めていた。
「主任、本当に一人で大丈夫ですか?」
運転してくれた山下が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫。中に入れって言われたわけじゃないし、話聞くだけだと思う」
「そんなわけないでしょう」
「⋯⋯やっぱり?」
「じゃあ何で言ったんですか」
「⋯⋯自分に言い聞かせたかった」
山下が呆れた顔をした。
「何かあったら連絡してくださいよ」
「分かってる。会社戻ってていいから」
「了解です」
車を降り、管理棟へ向かう。
受付で名前を伝えると、すぐに奥の会議室へ案内された。
扉を開けた瞬間、思わず足が止まった。
「⋯⋯多くない?」
知っている顔だけでもVIVIDの四人と神崎さんがいる。
それ以外にも、テレビやニュースで見たことのある探索者が何人も集まっていた。
ほとんどがA級かB級上位。
福岡県内でも有数の探索者たちだ。
「あ、田中さん!」
俺に気付いた水野さんが手を振る。
「こっちこっち!」
何十人もの探索者の視線が一斉に俺へ向いた。
⋯⋯帰りたい。俺は作業着だ。
周囲は全員、探索用の装備をしている。
「何で作業着なんですか?」
神崎さんにまで言われた。
「仕事に行く途中で呼ばれたんですよ」
「今日、博多第三だったんですか?」
「はい。入る前に閉鎖されました」
「運が良かったですね」
「本当に」
水野さんの隣まで行くと、彼女が俺の作業着を見て笑った。
「田中さん、ここだけ見ると清掃の打ち合わせに来た人みたい」
「実際清掃員ですからね」
「周り見てよ。全員探索者だよ?」
「だから居心地悪いんですよ」
黒川さんが小さく笑った。
「もう慣れた方がいいんじゃない? 田中さんがこういう場所に呼ばれるの」
「⋯⋯慣れたくないですよ」
「田中さん」
橘さんが少し心配そうな表情で声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「あはは。まぁ、大丈夫ですよ。皆さんは今日は休みだったんですか?」
「私たちは全員、協会から緊急招集です」
「何が起きたか聞きました?」
「まだ詳しくは⋯⋯」
どうやら全員、情報がほとんどない状態で集められたらしい。
しばらくすると協会職員が入室し、会議室の扉が閉められた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。時間がありませんので、すぐに状況を説明します」
正面のモニターに、博多第三ダンジョンの階層図が表示された。
「本日午前11時42分、博多第三ダンジョン21階において、異常なモンスターの出現が確認されました」
画面が切り替わる。
監視映像らしい。
そこには巨大な蜘蛛のようなモンスターが映っていた。
「A級上位モンスター、アラクネです。本来、このダンジョンでは35階以降に生息しています」
レッドドラゴンの時と似ている。あの時も、本来出てこない階層に上位クラスのモンスターが現れた。
俺がそう思った直後、職員が続けた。
「問題は、それだけではありません」
次の映像。
今度は巨大な甲殻を持つ獣。
「A級中位、ベビーモス。S級モンスター、ベヒーモスの幼体です。幼体ですが、十分すぎるくらい強いです」
さらに映像が変わる。
翼を持つ黒いプテラノドンのようなモンスター。
「A級中位、ナイトワイバーン。個体としての強さはドラゴン種に劣りますが、群れとしての強さは別格です」
会議室がざわついた。
「あとは、岩のように硬い鱗を持つロックドラゴン。
オーガの群れを率いるオーガ・ロード。
首無し騎士のアンデッドであるデュラハン。
オーガよりも大きく、大量のゾンビを使役するギガント・ゾンビ。
三つ首の地獄犬ケルベロス⋯⋯。
現在までに21階から24階の範囲で、A級モンスターを7種確認しています。ロード系のモンスターが居るため、他にもA級のモンスターが居る可能性もありますし、A級未満のモンスターを含めたモンスターの推定総数は⋯⋯3000です」
「3000⋯⋯」
誰かが呟いた。
A級が一体出ただけでも、普通なら緊急案件だ。
それが7種。そしてモンスターの総数は3000⋯⋯。
しかも、全て浅すぎる階層に出現している。
神崎さんが手を挙げた。
「それぞれ、本来の生息階層は?」
「最も浅い個体でも33階以降です。また、確認された7種は生息域が異なります」
「つまり、群れが上がってきたわけじゃない?」
「はい」
職員が次の資料を表示した。
「さらに、25階以降へ続く主要通路の監視記録を確認しましたが、これらのモンスターが下層から上がってきた形跡はありません」
会議室が静かになった。
俺にも、その意味は分かる。
「⋯⋯じゃあ、どこから来たんですか?」
水野さんが尋ねた。
「分かりません」
職員は即答した。
「少なくとも、通常の経路を通って21階まで移動してきたものではないと考えています」
背中に嫌な感覚が走った。
レッドドラゴンもそうだった。
14階に突然現れた。
本来なら40階より下にいるモンスターなのに、途中の階層を通過した記録がなかった。
「もう一つあります」
モニターにグラフが表示された。
「22階を中心として、異常な魔素濃度の上昇が確認されています。現在も上昇を続けています」
神崎さんの表情が変わった。
「どの程度です?」
「計測地点によって差がありますが、警戒閾値の最大28倍です」
今度は誰も声を出さなかった。
俺は専門家ではない。
それでも28倍がまともではないことくらい分かる。
「現時点では、15階より下を完全封鎖。一般探索者は全員退避させています。確認されているA級個体については、皆さんに討伐をお願いします」
なるほど。
だから福岡中の上位探索者を集めたのか。
俺は少し安心した。
それなら俺は必要ない。討伐は探索者の仕事だ。
「そして、田中さん」
「はい?」
名指しされた。
「田中さんには、別の役割をお願いします」
嫌な予感が戻ってきた。
「えっと⋯⋯何でしょうか」
「モンスターの討伐後、22階の異常魔素発生地点まで同行していただきたい」
「⋯⋯俺が?」
「はい」
職員がこちらを真っ直ぐ見る。
「現在確認されている異常の原因が魔素に関係している場合、田中さんの『清掃』が有効である可能性があります」
会議室にいる探索者たちの視線が集まる。
「もちろん、戦闘をお願いするつもりはありません。田中さんの護衛には複数のA級探索者を付けます」
「それなら⋯⋯」
断る理由はなかった。
俺が役に立つ可能性があるなら、行けばいい。
「分かりました」
「ありがとうございます」
職員が頭を下げる。
その後、各探索者への配置説明が始まった。
俺は渡された資料を眺める。
博多第三ダンジョン、21階から24階。A級モンスター7種。異常な魔素濃度。
そして、通常の経路を通らずに現れた深層のモンスター。
どうしても、以前の二つの事件が頭に浮かんだ。
博多第一ダンジョン14階のレッドドラゴン。
春日第二ダンジョン18階の崩落。
あれも異常だった。今回も異常だ。
ただの偶然なのだろうか。
そんなことを考えていると、隣にいた神崎さんが小さな声で言った。
「田中さん」
「はい」
「今回、少し変です」
「神崎さんもそう思います?」
「ええ。深層のモンスターが1体だけ迷い込んだなら、まだ分かります。でも、生息域の違うA級が7種も、移動記録なしで同じ場所に現れるなんて普通じゃない」
俺は資料に視線を戻した。
「レッドドラゴンも、途中の階層を通った記録がなかったんですよね」
「⋯⋯そうですね」
神崎さんも知っていたらしい。
「春日第二の崩落でも、高濃度の魔素が検出されたと聞いています」
「じゃあ、やっぱり⋯⋯」
「まだ何とも言えません。ただ」
神崎さんが正面のモニターを見る。
「今回も同じものなら、三度目です」
三度目⋯⋯。
一度なら偶然。二度なら、運が悪かっただけかもしれない。だが三度続けば、さすがに疑いたくなる。
福岡のダンジョンで、何かが起き始めている。
◆
午後2時12分。博多第三ダンジョン入口。
福岡県内でも上位に位置する探索者たちが、それぞれ装備を確認していた。
VIVIDの4人もいる。神崎さんもいる。
⋯⋯俺だけ作業着だった。
「⋯⋯本当にこれで行くの?」
水野さんが俺を見る。
「他に服持ってきてないんですよ」
「協会で探索用ウェア借りれば?」
「俺は戦わないんでしょう?」
「予定ではね」
「じゃあこれでいいですよ。着慣れてますし」
何より、俺は清掃員だ。
ダンジョンに入るなら、この格好の方が落ち着く。
神崎さんが剣を腰に差しながら近づいてきた。
「田中さん」
「はい」
「俺たちが先に入ります。田中さんは第二班と一緒に来てください」
「分かりました」
「今回はブラッドパンサーの時みたいに前に出ないでくださいよ」
「出ませんよ。俺、仕事で来ただけですから」
「その仕事の範囲が最近おかしいんですよ」
否定できない。
水野さんも装備を整えながら笑った。
「大丈夫だよ。田中さんのところには絶対行かせないから」
「頼もしいですね」
「私、A級だからね!」
「知ってますよ」
水野さんが胸を張る。
その姿を見て、数日前のドライブ中に聞いた話を思い出した。
水野夏希なら、これくらいできて当たり前。
本人はそう言っていた。
俺は、まだ水野さんが本気で戦っているところをそれほど多く見たことがない。
VIVIDの他の三人も同じだ。
人気配信者。モデルのような四人組。世間ではそういう部分ばかりが目立っている。
でも、全員が上位探索者だ。
今回は、その実力を見ることになるのかもしれない。
「各班、準備完了しました!」
協会職員の声が響く。
周囲の空気が変わった。
さっきまで話していた探索者たちの表情から笑みが消える。
神崎さんが剣に手を置き、水野さんたちVIVIDも前を見る。
俺もヘルメットを被り直した。
「第一班、進入開始してください!」
巨大なダンジョンゲートが開き、神崎さんたちが中へ入る。
少し遅れて、俺たち第二班も動き始めた。
今日の俺の仕事は、モンスターを倒すことじゃない。
原因不明の魔素異常を調べること。
できることなら、それだけで終わってほしい。
ただ⋯⋯博多第一のレッドドラゴン。
春日第二の崩落。
そして今回。
これまで別々だと思っていた出来事が、どうしても頭の中で引っかかっていた。
ダンジョンの奥へ向かう通路を歩きながら、俺は嫌な予感を拭えずにいた。
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