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27話 清掃おじさん、ドライブする

 神崎さんと二人でダンジョンへ潜った翌日。今日も仕事は休みだ。


 昨日は久しぶりに探索者としてダンジョンを歩き、ブラッドパンサーとも戦った。身体に多少の疲れは残っていたが、筋肉痛になるほどではない。


 それよりも、昨日の戦闘の方が頭に残っている。


 レッドドラゴンを倒した時は、向かってきた相手を思い切り殴ったら死んでしまったという感覚だった。それに比べると、昨日は相手の動きを見て、自分で考えて避け、最後には狙って拳を当てることができた。


 41歳になって今さらではあるが、少しだけ探索者として成長した気がする。


 だからといって探索者へ戻るつもりはない。

 明日からは、また普通に清掃員だ。


 そんなことを考えながら洗濯物を干していると、リビングに置いていたスマートフォンが鳴った。


 画面には『水野夏希』と表示されている。


「もしもし」

『田中さん、おはよ!今日休み?』

「おはようございます。休みですよ」

『今日って何か予定ある?』

「今、洗濯してます。この後は風呂掃除して、昼からスーパーに買い物へ行くくらいですね」

『それ予定って言う?』

「俺にとっては立派な予定ですよ」


 電話の向こうで水野さんが笑った。


『じゃあさ、お風呂掃除終わったらご飯食べに行こうよ。私も今日、夕方まで暇なんだ』

「皆さんも一緒ですか?」

『今日は私だけ。玲奈さんたちは仕事だったり予定があったりするから!』

「えっ、なんで俺⋯⋯?水野さんって意外と友達居ないんですか?」

『しっつれいな!!⋯⋯けどまぁ、探索者として有名になり過ぎて、それまでの友達はほとんど疎遠になっちゃったんだよねぇ。それでも残った一部の友達も、今日は用事があるとかで遊んでくれないの!』


 なんだか悲しい一面だ。

 史上最年少でA級探索者に到達した超天才少女。その裏では、超有名人になった弊害で友達が減ってしまった、か⋯⋯。なんだか初めて水野さんに哀れみと同情を感じた。


 そんな感情を出さないように、水野さんとの話を続ける。

 

「⋯⋯いやまぁ、良いんですけど。俺と水野さんの二人ですか?」

『そうだけど⋯⋯嫌?』

「いや、嫌じゃないですよ」


 VIVIDの四人と一緒に食事をすることには慣れてきたが、水野さんと二人きりで出かけたことはない。

 向こうに深い意味がないことくらい分かっている。それでも、24歳の綺麗な女性から休日に二人で食事へ行こうと誘われれば、41歳のおじさんだって多少は緊張する。


 本当に嫌ではない。が、マジでなんでこんなおっさんと⋯⋯という気持ちが大きい。めちゃくちゃ大きい。あと、何話せば良いんだという気持ちも大きい。


 そんな俺の気持ちを知る由もなく、水野さんは元気に声を上げる。


『じゃあ決まり!11時半くらいに迎え行くねー!』

「いや、俺が行きますよ。わざわざ来てもらうのも悪いですし」

『今日は私が誘ったんだからいいのいいの!田中さん家も知ってるし、十一時半ね!』

「⋯⋯分かりました。お願いします」

『じゃあ、またあとで!』


 電話が切れた。

 スマートフォンを置き、ベランダに戻って残りの洗濯物を干す。


 11時半なら、それほど急ぐ必要はない。とりあえず予定通り風呂掃除を済ませよう。

 そう思ったものの、なぜか出かける前に髭を剃っておこうという気になった。

 ⋯⋯あと、風呂も入っておこう。臭いって思われたら軽く死ねるしな⋯⋯。


◆


 諸々準備を終え、11時半ちょうどに家の前へ出ると、水野さんの車が停まっていた。車は水色の可愛らしい軽自動車だ。女の子が好きそうな、丸っこいやつである。

 助手席から運転席を覗き込むと、大きなサングラスをかけた水野さんがこちらを向き、助手席の窓を開けた。


「おはよ!」

「おはようございます。今日はありがとうございます」


 そう言いながら助手席に乗り込む。

 なんか良い匂いするな⋯⋯。なんか見た事ない高そうなガラス製の容器に入った芳香剤が見える。あれは転げたりしないのだろうか。いつもエアコンの所に付けるやつしか買ったことないから分からん⋯⋯。


 福岡はそこそこ栄えているが、なんだかんだで車があった方が何かと便利だ。一応昔買ったセダンタイプの車があるにはあるが、家が駅に近いのもあって、徒歩か電車での移動が多くあまり乗っていない。


 シートベルトをすると、サイドブレーキを解除した水野さんが喋り出す。


「さぁ行こー!あ、シートベルトした?」

「しましたよ。それで、どこに行くんです?」

「んー。まだ決めてない」

「決めてなかったんですか?」

「うん!あ、田中さん、何食べたい?」


 誘われた時点で店まで決まっているものだと思っていた。


「俺は何でもいいです。水野さんが食べたいものでいいですよ」

「じゃあラーメンにしよ!前から気になってる店あるんだよね」

「いいですね」


 目的地が決まると、水野さんは車を走らせた。


 今日の水野さんは白いシャツにデニムというシンプルな格好だった。テレビや配信で見る時よりずっと普通の服装なのだが、それでも十分に目立つ。


 明るい茶色の髪も綺麗に整えられているし、大きなサングラスもよく似合っている。


 こういう人は何を着ても様になるらしい。


「田中さんって、ラーメンはこってり派?あっさり派?」

「最近はあっさりですね。若い頃はこってりしたのも好きだったんですけど、四十路過ぎると脂が少しきつくて⋯⋯」


 懐かしいなぁ。若い頃は、こってり系の博多ラーメンを好んで食べ、何度も替え玉をしたものだ。

 最近はあっさりスッキリした感じのラーメンを頼み、替え玉しても半玉にしかしなくなった。炒飯や餃子も頼んでいたのに、今はラーメンしか入らない。老いとは悲しいものだ。

 

「またおじさんみたいなこと言ってる!41なんて全然若いじゃん!」

「24歳の水野さんから言われても説得力ないですよ」

「私のお父さん52だよ?」

「ほら、全然そっちの方が近いじゃないですか!」

「あはは!でも田中さん、お父さんって感じしないけどなぁ」


 水野さんがケラケラ笑う。いや、全然笑えないけどね?俺、君のお父さんと一回りも離れてないの?マジで?怖いってほんと!

 しかし、水野さんの「お父さんって感じしない」という発言には、幾らか救われるものがあった。


「それは良かったです」

「お父さんって思われるの、そんなに嫌なの?」

「せめて年の離れた兄くらいにしてほしいですね」

「17歳差の兄?」

「⋯⋯やっぱり無理がありますね」


 自分で言っておいて少し悲しくなった。


 水野さんは楽しそうに笑いながら運転を続ける。


 その後も会話が途切れることはなかった。

 VIVIDの仕事のことや最近買った服のこと、小宮川さんが酔っ払って橘さんへ電話をかけたこと、黒川さんが電子シーシャで禁煙を試みて失敗したことまで、話題が次々と変わっていく。


 どれも大した話ではない。

 だからこそ、俺には心地よかった。

 

 最近まで休日に誰かと出かけること自体がほとんどなかったが、こういう過ごし方も悪くないと思う。


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