25話 清掃おじさん、猫と戦う
目的の27階層に到着すると、神崎さんが俺を静止した。
「いますね」
「ブラッドパンサーですか?」
「⋯⋯はい。⋯⋯いや、これは——」
「え?」
「2体います」
「2体ですか?」
「ブラッドパンサーと⋯⋯もう1体います」
神崎さんの表情が変わる。
「魔素反応が大きいですね⋯⋯」
「どれくらいですか?」
「A級はありますね⋯⋯」
「⋯⋯」
A級モンスターがここに⋯⋯。博多第一ダンジョンでドラゴンが出た時と言い、春日第二ダンジョンで崩落が起きた時と言い、最近どうなっているんだ?
「田中さん」
「はい」
「予定変更です」
神崎さんが剣を抜く。
「一旦俺が様子を見ます」
「手伝わなくていいんですか?」
「まず俺が確認します。行けそうだったら呼ぶので、それまで田中さんは下がっててください」
「分かりました」
素直に下がる。俺は神崎さんを信用している。
魔素を目に込め、暗い通路の奥を見る。
その先に見えたのは、赤い二つの目。ブラッドパンサーだ。
そして、その奥から——さらに大きな何かが現れた。
「⋯⋯でっっっか」
見た印象は狼だ。体長4メートルはあるだろうか。灰色の毛に被われている巨大な狼だ。
「グレイヴウルフ——A級下位です。————『領域』」
神崎さんが神妙な雰囲気を出す。俺も緊張で唾を飲み込んだ。
神崎さんのスキル発動とほぼ同時に、ブラッドパンサーが勢いよく飛び出した。
ハイオークとは比較にならない速度だが、神崎さんは慌てることなく横へ躱し、そのまますれ違いざまに剣を振るう。
しかし、ブラッドパンサーも空中で器用に身体を捻り、神崎さんの攻撃を紙一重で回避した。
「おお——!」
今度は向こうも速い。
神崎さんとブラッドパンサーが何度も交差する。その隙を狙ってグレイヴウルフが突っ込む。
「!」
神崎さんが横へ飛ぶ。
巨大な爪が床を砕いた。それでも、神崎さんは冷静だった。
「田中さん」
「はい」
「ブラッドパンサー、やってみます?」
「⋯⋯俺が?」
「はい」
神崎さんがグレイヴウルフから目を離さず言う。
「俺はこっちをやります」
「大丈夫なんですか?」
「誰に言ってます?」
「⋯⋯」
そうだった。
「孤高の王——ソロ・キングですもんね!」
「だからそれやめてください」
余裕ありそうだな。
「分かりました」
前へ出ると、ブラッドパンサーが俺を見る。
「危険だと思ったら俺が止めます」
「はい」
「好きにやってみてください」
「好きにって⋯⋯」
ブラッドパンサーが消えた。
「速っ!」
一瞬で横に来たブラッドパンサーの爪が来る。
「うおっ!」
ギリギリで回避する。危なかった——!
そう思ったのも束の間、ブラッドパンサーがまた来る。
目に魔素を込めていたため、動きは見えた。反撃のため、拳を構える。右から爪で攻撃してきたタイミングに合わせて——殴る!
やった!と思ったが——そこにブラッドパンサーがいなかった。
「え?」
「田中さん!」
後ろから神崎さんの声が聞こえた。
すかさず振り向くと、いつの間にか後ろに回り込んできたブラッドパンサーの爪が目の前まで迫っていた。細かいことは考えず、本能に任せて力いっぱい後ろに跳んで逃げる。
オーガを殴り飛ばした時のように地面が割れ、俺は数十メートル後ろまで一気に逃げていた。
心臓がどくんどくんと脈打っているのが分かる。
「あ、危なかった——!」
レッドドラゴンとは全然違う。あいつは大きくて殴りやすかった。
オーガ達とも違う。あいつらも大きかったし、何より鈍重だった。
こいつは——。
「速くて軽やかで当たらない⋯⋯!」
息を整えている間に、ブラッドパンサーが距離を詰める。視界に入ったブラッドパンサーが壁を蹴った瞬間、今度は俺の左側から一気に距離を詰めてきた。反射的に拳を振るったものの、当たる直前で身を翻されてしまう。
「くそっ、速いな⋯⋯!」
レッドドラゴンとはまるで勝手が違う。あいつは巨大だったから、向かってきたところを殴ればそれで済んだ。しかし、こいつはいくら力があっても、そもそも拳を当てさせてくれない。
試しに、先日習ったことを実践しながらやってみる。
——しかし、当たらない当たらない。身体能力と目に魔素を込めることで、ブラッドパンサーの攻撃を見てから避けることはできる。しかし、こちらの攻撃も見てから振るため当たらないのだ。
「⋯⋯」
くそっ⋯⋯!考えれば考えるほど身体が固くなる。
「田中さん!」
「はい!」
グレイヴウルフの攻撃を避けながら、神崎さんが叫ぶ。
「探索者みたいに戦わなくていい!」
「え?」
「あなたの動きで!」
俺の——動き。その言葉を反芻しているうちに、ブラッドパンサーが来る。
「⋯⋯」
俺の動き。つまり、俺の身体に染み付いた動作。
それは——狭い通路で動く時。重量物を運ぶ時。血で滑る床を歩く時。瓦礫を持ち上げる時。進行方向にいる作業員などにぶつからないように動く時。邪魔にならないように危険なものを避ける時。
そんな時々の動作。——つまり、それは。
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