24話 清掃おじさん、師匠と潜る
『田中さん、お疲れ様です。明後日、暇ですか?』
色々測定をした週の週末。一応連絡先を交換しておいた神崎さんから電話がかかってきた。
明後日は⋯⋯休みだな。
「暇です」
『ダンジョン行きませんか?』
「行きます」
俺が即答した事に驚いたのか、神崎さんが数秒黙る。思い出したかのように息を吸う音が聞こえ、再び話し始めた。
『⋯⋯驚きました。正直、断られると思ってました』
「え?そうですか?」
『田中さん、探索者に戻る気ないんですよね?』
「ないですよ」
『じゃあ何でOKしてくれたんですか?しかも即答⋯⋯』
「神崎さんとダンジョン行けるんですよね?」
『そうですけど』
「そりゃ行きますよ!」
当たり前だ。
ソロ討伐の日本記録保持者。孤高の王——ソロ・キングの二つ名を持つ神崎さんは、同世代の男性から——特に福岡では皆が羨望の眼差しを向けるような人だ。
それに、この間の模擬戦で俺は神崎さんに一度も勝てなかった。右から来ると思えば左。殴ってくると思えば蹴り。こっちが攻撃すれば、全部避けられる。
さらに余裕のある受け答え⋯⋯。色々と、純粋に格好よかったのだ。あの日から、心の中では師匠と呼ばせていただいているくらいである。
『水野さんに誘われた時、結構渋ってませんでした?』
「水野さんはすぐ配信するから⋯⋯」
『あー⋯⋯今の若い子って感じですよね』
「神崎さんはしないでしょう?」
『しませんね』
「じゃあ行きます」
『なるほど⋯⋯』
本当はそれだけじゃないけど、それっぽい理由を付けるならこんな感じだ。
実際、配信されるのは嫌だ。また誰かが俺を面白がるのが目に浮かぶ。
『とりあえず良かったです』
「そう言えば、ダンジョンで何するんですか?」
『福岡探協から正式に受けた討伐依頼を済ませに行くんです』
「⋯⋯俺、行っていいんですか?」
そもそも探索者証は更新してないから持ってない。仕事なら入れるが、よく考えたらプライベートは難しいんじゃないか?
しかし、神崎さんは既に対策を考えていたようだ。
『探協には許可を取ります。戦闘能力調査の一環という名目なら問題ないでしょう』
「なるほど」
『それと——実戦での田中さんを、生身で見てみたいです』
「⋯⋯実戦での俺ですか?」
『はい』
「⋯⋯また、なんでですか?」
『この間の模擬戦だけじゃ、見切れなかった部分も多かったので』
なるほど。神崎さんは、模擬戦だけで見切れなかった部分を含め、俺を見て鍛えたいということか。⋯⋯鍛えたい、は言ってないね。うん。
『技術はからっきしですが、最後は俺の攻撃を避け始めた。それが偶然なのかどうかを見たいんです。それが実戦なら尚良い』
「⋯⋯分かりました」
『ありがとうございます。⋯⋯誘ってなんですが、怖くないですか?』
「神崎さんがいるんでしょう?」
『もちろん』
「じゃあ大丈夫でしょう」
『随分信用されてますね』
「そりゃあ、ソロ・キングですから」
俺の言葉に、電話口から特大の溜息が聞こえた。
『そのダサすぎる二つ名、本人の前で言うのやめてもらえませんか?』
「清掃おじさんよりはマシじゃないですか?」
『隣の芝生は青い、ってこういう事を言うんでしょうね⋯⋯』
◆
二日後。
俺は神崎さんと二人で、福岡市東区にある香椎第一ダンジョンへ来ていた。
全43階層。今日の目的地は27階。適正等級はB級である。討伐対象は、B級上位モンスター『ブラッドパンサー』。
名前の通り、血のような赤黒い毛皮を持つ大型の猫型モンスターらしい。猫と言っても、家猫のような可愛い感じではない。推定体長2.5メートル。高い敏捷性を持ち、暗所での奇襲を得意とする。ライオンやチーターの方に近いモンスターだ。大きさは規格外だが。
既に探索者二組が討伐に失敗し、負傷者も出ている。
そこで協会が神崎さんへ依頼したようだ。⋯⋯思ったよりマジな依頼だった。
「⋯⋯」
「どうしました?」
「何か変な感じですね」
「何がです?」
「清掃以外でダンジョン入るのは慣れません⋯⋯」
今日は協会から借りた探索用ウェアを着ている。いつもの博多ダンジョン清掃サービスの作業着は着けていない。完全に初心者探索者の装いだ。
一応、腰には護身用のナイフとハンドガンを持っている。が、正直ハンドガンなんてB級モンスターには大した効果を発揮しない。上級のモンスターほど、魔素量が潤沢な人間の膂力による物理攻撃しか通らないからだ。対物戦車ライフルくらい持ってこないと傷一つ付けられないだろう。
完全に着られている感じだが、神崎さんは優しい笑みを返してくれる。
「似合ってますよ」
「そうですか?」
「はい」
「探索者っぽいですか?」
「めちゃくちゃ初心者探索者っぽいです」
「デスヨネー⋯⋯」
19年前は俺もこうしてダンジョンへ潜っていた。あの頃とは、何もかも違う。
まさかA級探索者と潜れるなんて、あの頃は予想してなかっただろうな。⋯⋯水野さんと潜った時?あれはノーカンである。
「さて。行きましょう」
「はい」
先行する神崎さんの後ろを歩く。珍しく、少しワクワクしていた。
◆
23階層。目的階層まではあと3階層だ。
そんな中、神崎さんが突然足を止めた。
「止まってください」
「はい」
「前方に3体居ますね」
「⋯⋯見えませんけど」
「俺には分かります」
「もしかして——『領域』スキルですか?」
「そうです」
神崎さんのスキル——『領域』。
自分を中心とした一定範囲内の位置、動き、魔素などを把握できる。
視界外も対象になるらしい。
「何がいるんですか?」
「B級下位に位置するモンスター——ハイオークです。3体居ますね」
ハイオークか。前沢山倒したオーガより一段階下に位置する強さのモンスターだ。C級上位であるオークの上位種だが⋯⋯。
「手伝いますか?」
「いりません」
即答だった。
「見ててください」
「はい」
神崎さんが腰の剣を抜く。
少し短めの片手剣だ。
派手さはない。実直なイメージの神崎さんらしい武器だと思う。
そして数秒後、通路の奥に三つの影が現れた。
「グオオオッ!」
ハイオークだ。——俺よりそこそこ大きい。2メートルを超える豚頭の巨体は、いかにもモンスターといった感じだ。
一体目が走り出し、巨大な斧を振り下ろす。
神崎さんは、一歩だけ動いた。
斧が横を通るが————それより速く剣が走った。
「⋯⋯」
「グオオオオッ!!?」
一体目の首から血が噴き出す。
その後ろから二体目が迫る。こっちのハイオークは槍を持っているようだ。
しかし、神崎さんは振り返らない。神崎さんが半歩ズレると、槍が脇を抜ける。
神崎さんは抜けていった槍の柄を掴み、引く。突然自分の武器を大きく動かされ、二体目の身体が崩れる。そのまま片手剣を下から上に振り上げると、崩れていったハイオークの首から血が吹き出た。
すかさず三体目が来る。槍を利用されたことを見たのか、武器を捨て拳を振り上げている。
神崎さんは見ることなく、その場にしゃがんだ。
三体目の拳を避けながら足を斬る。足の健が切れて大きく体勢が崩れたところで、心臓へ剣を突き込む。
「⋯⋯」
「ふぅ。終わりました」
神崎さんが剣の血を払う。
3体倒すのに10秒もかかっていない。あまりにも鮮やかに、流れるようにハイオークの命を絶っていた。
「⋯⋯」
「田中さん?」
「格好いい⋯⋯!」
「⋯⋯」
「めちゃくちゃ格好いいですね!!」
俺のただ殴る蹴るの戦いとは違う。圧倒的に無駄が削ぎ落とされた、美しい倒し方だった。
男としては格好いいと言わざるを得ない。達人みたいで憧れる⋯⋯!
俺の言葉に、少し照れくさそうに神崎さんは頬をかいた。
「ありがとうございます」
「攻撃とか、全部分かってたんですか?」
「大体は分かりますよ」
「後ろから来た槍も?」
「『領域』内だったので」
「すげぇ⋯⋯」
これだ。——俺が昔なりたかった探索者。
力任せに殴るんじゃない。
相手の攻撃を読み、避けて、必要最低限の動きで倒す。
「田中さん」
「はい?」
「そんな目で見ないでください」
「え?どんな目ですか?」
「子供みたいな目ですよ」
「いいじゃないですか!」
「魔素量推定世界一位の人に、そんな目を向けられたら、なんだか恥ずかしいです」
「格好いいものは格好いいんですよ!!」
神崎さんが少し困ったように笑った。
「⋯⋯まぁ良いです。続き行きましょうか」
「はい」
俺はその後を追った。
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