23話 清掃おじさん、楽しくなる
その後、模擬戦は一旦中断され、別の測定に移った。
「次は打撃力を測定します」
「これ殴るんですか?」
「はい」
目の前に、大型の測定器が置かれている。
探索者用の打撃測定器らしい。
一般人がゲームセンターで殴るようなものとは違い、B級以上の探索者の攻撃にも耐えられる特注品だという。
「神崎さん、参考値をお願いします」
「分かりました」
神崎さんが前へ出て構える。
垂直に構えた拳が測定器にぶつかり、大きく重い音が響いた。
画面に数字が表示される。その数字は『12,841』。
「これは高いんですか?」
「A級探索者の中でも高い方です」
職員が答える。
「なるほど」
「田中さんもお願いします」
「はい」
前へ出る。
「全力でいいんですか?」
「⋯⋯少々お待ちください」
職員が黙った。
「何で?」
「先日のレッドドラゴンの映像を考慮すると⋯⋯」
何やら相談を始めた。結局、「まず一割程度のつもりでお願いします」と言われた。
一割って難しいな。普段、意識して一割くらいのパンチをすることなんて無い。
「このくらいかなぁ⋯⋯」
「お願いします」
「はい」
殴ってみる。その数値は——『7』。
「⋯⋯⋯⋯」
「た、田中さん弱っ!?」
「すみません、力加減が難しかったみたいですね⋯⋯」
これまで、無意識的に働いていた力の加減。
レッドドラゴンを一撃で沈める膂力を知らず知らずのうちに持っていても、これまで皿一つ割ったこと無かったのは、体が無意識的に力をセーブしていたからだ。
逆にモンスターを殴った時はガムシャラで、かつ意識的に強く殴ろうとしていたから本来の身体能力でパンチすることができた。
つまり、今の俺にできるのは日常生活レベルまで力を抑えるか、ドラゴンをワンパンできるレベルまで力を解放するか、どちらかしか無い。
俺はその見解を伝えると、職員さんからとりあえず気にしないで殴ってみてと言われた。
「今度こそ」
神崎さんは格好いいけど、負けてばかりじゃいられない。俺は測定器の事を忘れ、目の前にモンスターがいるかのように思い込む。脳のリミッターを意識的に解除。⋯⋯なるべく手に魔素を集めないようにだけ気をつけて——殴る!
バゴンッ!!と大きな音が鳴る。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
何か飛んだ。——それは、測定器の一部だった。
「⋯⋯」
それは床を転がっていき、職員さんの足元で止まる。
「⋯⋯すみません」
職員が固まっている。
「田中さん」
黒川さんが言う。
「今のは————」
「⋯⋯分からないですけど、多分ドラゴン殴った時の3割くらいです」
「3割、ですか——」
「はい」
こればかりは勘だ。
神崎さんは苦笑いを浮かべている。
「測定器、壊れましたね」
「壊れましたね⋯⋯というか、壊しましたと言うべきか⋯⋯ホントすみません⋯⋯」
弁償とかなったらどうしよう。払える気しないんだけど。
なんて考えていると、水野さんが騒ぎ始める。
「田中さん!」
水野さんは笑いながら測定器を指さしていた。
「数字!数字出てるよ!」
「え?」
画面を見ると、辛うじて生きている表示部分に数字が残っていた。その数値は——『99,999』。
「⋯⋯」
「カンストしてる!」
「いや⋯⋯これ測定器が壊れたからじゃない?」
「どっちでもヤバいよ!」
また協会に謝罪案件が増えてしまった。
◆
休憩を挟み、再び神崎さんと向かい合う。
「次は少し趣旨を変えてみましょう」
「変える?」
「俺から攻撃するだけじゃ意味がない」
神崎さんが構える。
「田中さんから、俺に触れてみてください」
「触る?」
「殴らなくていいです。肩でも腕でも、どこでも」
「それなら怪我しませんね」
「そういうことです」
俺も構える。
「始め!」
前へ出て神崎さんに手を伸ばす。が——避けられる。
もう一度試してみるが、避けられてしまう。
「ぐっ⋯⋯」
速い。さらに追うが、神崎さんは全部避ける。
「あ、当たらない!」
「もっと考えてみてください」
「考える⋯⋯」
どうすればいい?
さっき神崎さんがやっていた——フェイント?
右へ行くふりをして——。
「バレてます」
「あ」
避けられた。
「下手ですね」
「見様見真似ですからね⋯⋯!」
「言い訳しませんよ」
「厳しいな!」
後ろで笑い声が聞こえる。
でも、楽しい。
19年前、探索者をしていた頃。
俺はこういう訓練が嫌いだった。周りより遅くて弱い。何もできない。何度やっても勝てない。
自分に才能がないことを確認させられているようで、嫌だった。
今は違う。できないことが、面白い。これが大人になったという事か。
「⋯⋯」
神崎さんの足を、逃げる方向を見る。——俺が右から行くと左、左から行くと右に動いている。——なら!
「!」
俺が右から行き、神崎さんが左に動いた。すかさず体全体に魔素を込め、即座に俺も左へ——。
「危なっ!」
神崎さんが大きく飛び退いた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
ギリギリ触れなかった。しかし。
「今、惜しかったですよね?」
「惜しかったですね」
「おお!」
嬉しい。
「もう一回お願いします」
「いいですよ」
再び構える。
「⋯⋯田中さん」
「はい?」
「あなた、やっぱり変ですよ」
「何が?」
「普通、そんな速度で修正できませんよ」
「そうなんです?」
「ずっと戦ってないんですよね?」
「はい」
「なのに身体の使い方が妙に上手い」
「さっき素人って言ってませんでした?」
「戦闘技術は素人です」
「じゃあ何が上手いんです?」
神崎さんが少し考える。
「動くこと自体です」
「⋯⋯?」
「重心移動。足場の選び方。狭い範囲での方向転換。物を避けながら動く時の判断」
神崎さんが俺を見る。
「何かやってました?」
「何かって⋯⋯」
俺がやってきたこと。そんなの一つしかない。
「清掃⋯⋯ですかね?瓦礫運んだり、狭いところ入ったり。床が滑る現場もありますし」
「——それです」
「え?」
「田中さん」
神崎さんが笑った。
「戦闘は素人ですけど」
一拍置いて。
「身体を動かすことに関しては、俺よりもベテランですよ」
「⋯⋯」
思わず自分の手を見る。入社時よりずっと硬くなった皮膚。
沢山死体を運んだり瓦礫を退けたりした。⋯⋯途中、清掃スキルが育ってからは清掃スキルで片付けていたけど。
後は、血で滑る床を歩いたり狭い通路で道具を使ったり、危険物を避けたり重いものを持ち上げたりもした。
俺にとっては、ただの仕事だった。
だが、それが今の俺を形作っているようで、素直に嬉しかった。
◆
「今日はありがとうございました」
測定終了後。
俺は神崎さんに頭を下げた。
「こちらこそ」
「勉強になりました」
「俺もです」
マジで勉強になった。ありがたい。
「神崎さん」
「はい?」
「また教えてもらえません?」
「戦い方をですか?」
「はい」
神崎さんが少し驚く。
「探索者に戻る気になりました?」
「いや、それはないです」
「即答ですね」
「清掃員なんで」
「じゃあ何で?」
少し考える。
「また何かあった時に」
レッドドラゴンが襲ってきたり、人命救助が必要になった場面で、出来ることは多い方が良い。
「できることが増えてれば、助かる人も増えるかなって」
「⋯⋯」
「まあ、何も起きないのが一番ですけどね」
神崎さんが笑った。
「分かりました」
手を差し出される。
「次は、もう少し本格的にやりましょう。スキル戦の話もしましょう」
「あはは⋯⋯お手柔らかにお願いします」
俺は神崎さんと握手する。
「田中さん!」
水野さんが走ってくる。
「次うちらも混ぜてよ!」
「何で?」
「面白そうじゃん!」
「遊びじゃないんですよ」
今日の訓練はなんか良い感じだったんだよな。男同士の研鑽というか、師弟感というか⋯⋯。それが水野さんには分からないらしい。
水野さんがバッと手を上げる。
「あ!はいはい!私も教えてあげる!」
「⋯⋯え?水野さんが?」
「何その顔!」
「いや⋯⋯」
「私A級!」
「知ってますよ」
「田中さん元F級!」
「それも知ってますよ!」
「じゃあ私が偉い!」
「年齢は俺が上です」
「探索者に年齢関係ない!」
等級マウントを取られたら何も言い返せない。けど、いくら強くても水野さんに何かを教わるのは、なんか嫌だなぁ⋯⋯。
「玲奈さんもやろ!」
「私はいいけど」
「美月さん!」
「いいよ。楽しそうじゃん」
「由香里さん!」
「私もお手伝いします」
あれ?何か話が大きくなってない?
「じゃあ決まり!」
「決まってないですよ!」
「次の休みいつ!?」
「待って待って」
「田中さん逃げない!」
水野さんに腕を掴まれる。
「逃げてないから!」
その様子を神崎さんが笑って見ていた。
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