22話 清掃おじさん、ベテラン探索者と対峙する
探索者には、階級がある。
F、E、D、C、B、A、そしてS。あと世界最強探索者だけが持つSS。
日本国内にS級探索者は四人しかおらず、その一つ下であるA級も決して多くない。
当然、福岡にもA級探索者はいる。いつも絡んでくる怪獣、水野夏希もその一人だ。
そんな福岡のA級探索者の中でも、神崎修司という男は有名だった。
38歳、探索者歴18年。探索者高等専門学校を卒業後、ずっと探索者を続けている。
派手な配信活動はせず、SNSもほとんど更新しない。それでも、福岡でダンジョン関連の仕事をしている人間なら、知らない者はほとんどいない。
単独での最高到達階層、52階層。討伐したA級モンスターは300体以上。一人でダンジョンを制覇していく姿から、孤独の王の名を持つ男だ。
福岡県探索者協会が大規模な討伐作戦を行う際には、現場指揮を任されることも多い。
魔素量は128。A級探索者としては、決して突出した数字ではない。
それでも神崎は、長年にわたって福岡トップクラスの探索者として活躍してきた。
そんな男と——。
「田中さん。一度、手合わせしてみませんか?」
何故か俺が、向かい合っていた。
◆
「いやいやいやいや」
俺は両手を振った。
「無理ですよ!」
「何がです?」
「何がって、神崎さんA級ですよね!?」
「そうですね」
「俺、元F級ですよ?」
「知ってます」
「じゃあ無理でしょう!」
「レッドドラゴンを一発で倒した人が何を言ってるんですか」
「いや、あれはたまたまというか⋯⋯」
「たまたまでレッドドラゴンは死にません」
場所は、福岡県探索者協会が所有する訓練施設。
協会から「戦闘能力に関する簡単な測定を行いたい」と連絡を受け、休日を使って来たのだ。
会社を通した正式な依頼なので、休日出勤扱いである。
そこは重要だ。
「やればいいじゃん、田中さん!」
少し離れたところから水野さんの声が飛んでくる。
「簡単に言いますね⋯⋯嫌ですよ⋯⋯」
「けど見たい!!」
「俺は見世物じゃないんですよ」
「田中さん、絶対強いじゃん!」
「強いのと戦えるのは違うでしょう」
VIVIDの四人も来ていた。
協会から呼ばれたらしい。
というより、俺の戦闘能力を測定するなら、実際に俺と戦った経験があるVIVIDの意見も聞きたいとのことだった。
「田中さん、やってみたら?」
「黒川さんまで⋯⋯」
「神崎さんなら加減してくれるでしょ」
「もちろんです」
比較的常識人の黒川さんが乗り、神崎さんが頷く。
「模擬戦ですから。勝ち負けを決めたいわけじゃありません」
「だったら何を見るんです?」
「あなたが、どう戦うのかです」
「⋯⋯」
「魔素量も身体能力も規格外。スキルについても先日の検査で、とんでもない結果が出たと聞きます」
神崎さんが俺を見る。
「でも、田中さん。あなたは戦闘訓練を受けていない」
「昔ちょっとだけやりましたよ」
「いつです?」
「22歳くらいの時です」
「19年前じゃないですか」
「⋯⋯そうなりますね」
何も言い返せない。清掃員なんだから当たり前だろ。
「だから見てみたいんです。今のあなたが、戦闘という状況でどう動くのか」
「なるほど⋯⋯」
理屈は分かるような気がする。なんで清掃員の俺がどう戦うのか気にされてるのかは納得行ってないけど。
そんな事より、俺は一つの疑念を神崎さんにぶつける。
「怪我しません?」
「神崎の心配ですか?」
「いや、普通に田中の心配です」
「大丈夫です。危険だと思ったら止めます」
神崎さんが余裕そうに笑う。
格好いい⋯⋯。何だろう、こういう人がイケオジとかって言うんだろうな。⋯⋯歳下だけども。
「分かりました」
俺は諦めて前へ出た。
「お願いします」
「こちらこそ」
神崎さんが構えたので、俺も構えてみる。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「田中さん」
「はい?」
「それ、何の構えです?」
「え?」
俺は自分の身体を見る。
右足を少し前に、両手を適当に上げている。
「⋯⋯昔習ったやつですかね?」
「疑問形ですか」
「かなり昔なんで⋯⋯」
後ろから笑い声が聞こえた。
「ちょっ、田中さん!」
水野さんだ。
「構えからもうダメじゃん!」
「うるさいな!」
「それでドラゴン倒したの!?」
「ドラゴンの時は構えてなかったですよ!」
「もっとダメじゃん!」
くそ、帰りたい。だって清掃会社で対人戦の構えを取ることなんて無いんだぞ。分かるかってんだ。
とりあえず下手に構えるのは止めて、ぬぼーっと立つことにした。
「では」
協会職員が合図を出す。
「始め!」
瞬間——神崎さんが消えた。
「え?」
違う。消えてはいない。ただ——速いのだ。
右————そう思った時には、神崎さんが目の前にいた。
「うおっ!」
拳が飛んでくる。
避ける。いや、避けたつもりだった。
神崎さんの拳が途中で止まり、逆の手が俺の脇腹へ伸びる。
「え?」
触れた。
「一本」
「⋯⋯」
神崎さんが離れる。
「今の何ですか!?」
「フェイントです」
「⋯⋯」
「もう一度行きますか?」
「お願いします」
構える。今度こそ見る。
清掃スキルを手から放つ時のように、目に魔素が集まるように意識する。
神崎さんが踏み込む。今度はさっきよりゆっくりに見える。これなら対応できる!
右。また右だ。
拳が来る。今度は騙されない。
俺は拳を避け——。
「はい」
首筋に手刀が添えられていた。
「⋯⋯!?」
「二本目」
「何で?見えてたのに⋯⋯!」
水野さんが腹を抱えて笑っている。
「田中さん弱っ!」
「水野さん!」
「だって!」
「俺、元F級なんですよ!」
「ドラゴンワンパンした人が言うセリフじゃないって!」
恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
でもマジで何でだ。今回はちゃんと見えてたぞ。
「神崎さん」
「はい」
「もう一回お願いします」
悔しかったので、俺は神崎さんにもう一本お願いした。
「もちろん」
神崎さんは快く受け入れてくれる。
三回目だ。今度こそ見切ってみせる。俺は意気込んで神崎さんを見る。
肩、腰、足⋯⋯どこが動くのか?
「始め!」
職員の声が聞こえ——来た。左だ。
左からの攻撃を避ける。次は右からフックが来る。
これも避け——違う!蹴り!?
「うわっ!?」
寸前で身体を後ろへ引く。
避けた!!やった!!
そう思った瞬間——。
「はい」
額にデコピンを喰らった。
「三本目です」
「⋯⋯つ、強い」
思わず口から出た。
神崎さんが少し驚いた顔をする。
「いや、本当に凄いですね」
「⋯⋯田中さん」
「俺、全然分からないです。どう動いてるのか」
感動すらしていた。
レッドドラゴンとは全然違う。
ドラゴンは大きく、攻撃も分かりやすい。
突っ込んできたから殴った。それだけだ。
神崎さんは違う。
右から来ると思ったら左。殴ると思ったら蹴る。避けた先に、次の攻撃がある。
「探索者ってこんなこと考えながら戦ってるんですか?」
「まあ⋯⋯そうですね」
「すげぇ⋯⋯」
「そんなキラキラした目で見られるとは思いませんでした」
神崎さんが苦笑する。
「田中さん、自分がどれだけ異常か分かってます?」
「何がですか?」
「⋯⋯俺の攻撃を完全に見てることですよ。いつ見ても目で追われててビビりましたよ」
「それとこれは別でしょう」
俺のは謎に高い魔素量に物を言わせた力技だ。
一方、神崎さんは身体能力に加えて高い技術がある。それは俺にはない。
この19年間、清掃はしてきた。でもそれだけ、戦闘はしていない。その結果、俺と神崎さんの間にある圧倒的な魔素量の差を凌駕するほどの技術差が生まれていた。
「神崎さん」
「はい」
「もう少し教えてもらっていいです?」
「もちろんです」
「ちょっと待って」
黒川さんが止めた。
「田中さん、今避けたよね?」
「何を?」
「最後の蹴り」
「はい」
「神崎さん」
黒川さんが神崎さんを見る。
「今の、どれくらいで蹴りました?」
「8割くらいだよ」
「⋯⋯」
「え?」
俺だけ分からない。
黒川さんがため息をついた。
「やっぱりおかしい」
「何がです?」
「技術は素人なのに、身体だけ反応してる」
これは先ほど神崎さんから指摘された点だ。
最初はほぼ見えなかったが、目に魔素を集中することで見ることができた。
「田中さん、神崎さんの攻撃自体は見えてるでしょ」
「まあ⋯⋯何となく」
「普通見えないから」
水野さんが言う。
「B級でも、今の蹴り避けられる人そんなにいないと思う」
「⋯⋯」
なるほど。ということは——。
「じゃあ俺、結構凄い?」
「今さら!?」
水野さんの声が訓練場に響いた。
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