21話 清掃おじさん、小悪魔にやられる
俺が呼ばれた理由は、結局タダの興味本位だった。
スタッフさんから、「せっかくなので一枚だけお願いします!」と言われ、いつもの作業着に似たツナギをどこからともなく取り出され、VIVIDの三人と写真を撮らされた。私服で来た意味⋯⋯。
「田中さん、もっとこっち」
「十分近いでしょう」
「遠いよ!」
「近いですよ!」
「もう!カメラマンさんに迷惑かかるから!ほら!」
小宮川さんが俺の腕を取った。
「⋯⋯」
腕に柔らかいものが当たる。⋯⋯⋯⋯困った。
「美月さん、田中さん困ってますよ」
「いいじゃん別に、本人が気にしてないんだし!」
小宮川さんが俺の顔を覗き込む。
身長差も相まって、小宮川さんの上目遣いにはとても弱い。素直に可愛すぎるのだ。
「田中さん」
「はい?」
「緊張してる?」
「————してますよ」
もう心臓バクバクだ。ドラゴンと戦った時より緊張してるまである。小宮川さんに聞こえなければ良いが⋯⋯。
そう思っていると、小宮川さんは驚きの表情を浮かべていた。
「え?」
「こんな美人にくっつかれたら普通に緊張します」
「⋯⋯」
小宮川さんの動きが止まった。
「どうしました?」
「いや⋯⋯」
「もう少し離れてもらえると助かります⋯⋯」
「⋯⋯なんで?」
「だから——緊張するからですって!」
「なんで緊張するの〜?」
「⋯⋯くっ⋯⋯。小宮川さんがめちゃくちゃ美人だから、緊張するんですよ⋯⋯」
「⋯⋯ふーん」
何故か素直に離れた。
「美月さん?」
水野さんが首を傾げる。
「何?」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
「赤いよ」
「照明!」
「まだ撮影用ライト点いてないよ。あとライトは白いし」
「うるさい!」
そんな反応されると、余計にこっちが恥ずかしい。
⋯⋯何をしてるんだ俺は。一回り以上年下の女の子に振り回され、柄にもなく美人だなんだのと⋯⋯。そのせいで小宮川さんも共感性羞恥で恥ずかしがってるし、謎の撮影も押してしまっている。
⋯⋯もっとちゃんとしろ、田中和彦41歳。おっさんの意地を見せる時だ!
◆
結局、撮影した写真は何の広告にも出さないでくれるそうだ。記念にと、すぐ現像された写真を一枚くれた。被写体のお金も渡されそうになったが、ウチは副業禁止なので断った。
撮影が終わり、約束通り四人——水野さん、小宮川さん、橘さん、あと俺——で食事へ行くことになった。
「焼肉じゃないんですね」
「本当に焼肉行きたかったの?」
「⋯⋯実はちょっと」
「えー!可愛い!」
「41のおじさんに可愛いはやめてください」
撮影現場近くの飲食店に入る。黒川さんも仕事がバッティングしなければ一緒に食べたかったが、こればかりは仕方ない。
「そういえば田中さん」
席に着くなり、水野さんがにこやかに言う。
「美月さんって、超モテるんだよ!」
「でしょうね」
「反応薄っ!」
そりゃそうだろ。何を当たり前なことを⋯⋯。魚って水の中で呼吸するんだよ、って言われたようなものだ。
だって、あの小宮川美月だぞ?綺麗な金髪をボブにまとめ、顔はたぬき顔の超可愛い顔つき。ビジュアルが完璧な上に本人はB級探索者というギャップまで持ち合わせてるんだ。男女問わず人気なはずだ。
「見れば分かりますよ」
「どれくらいモテると思う?」
「⋯⋯分からないです」
「告白とかめっちゃされるんだよ!共演者の人も、探索者の人も、色んな人からめちゃくちゃ告白されてるの!たぶんVIVIDで、ずば抜けてモテてる!」
「へぇー」
ずば抜けてるのは予想外だ。みんな死ぬほどモテそうだが⋯⋯。けどあれか、小宮川さんは隙が多いから、行けそうな感じがして告白される事が多いのかもしれないな。
なんて事を考えていると、一気飲みして空になったハイボールのグラスをドカンと置き、小宮川さんが口を開く。
「田中さん!美月のこと興味なさすぎない?」
「いや、そんなこと無いですよ!」
「ふーん。じゃあこれは?————」
小宮川さんが顔を寄せ、耳元で口を開く。
ほんのりアルコールの匂いと、それ以上に香しい甘い香水の匂いで、頭がクラリと揺れた。
「————私、結構遊んでるからめちゃくちゃエッチ上手だよ」
「⋯⋯」
「田中さんはどう思う?」
小宮川さんの顔が離れ、そのまま頬杖をつく。
「何がですか?」
「そういう女」
「そういうって?」
「色んな男と遊んでる女」
「⋯⋯」
どう答えるのが正解なんだ。
エッ⋯⋯。まぁそのなんだ、色んな男の人と遊んでるってことは、経験豊富なわけで。だから上手だって、そういう話だろ。
俺は無い脳と無い経験をフル稼働させ、最適な答えを探し出し——そして——。
「別にいいんじゃないですか?」
「え?」
「小宮川さん独身でしょう?」
「うん」
「相手も独身で、お互い納得してるなら」
「⋯⋯」
「好きにすればいいと思いますけど」
これは本心だ。
若いうちに遊んでおいた方が、取り返しのつかない時期には落ち着くという説もある。実際、俺は小宮川さんが誰とどう関係を持っていたとしても、全く気にしないし。
⋯⋯色々上手というのは、別に本当に何も全く気にしていない。気になってない。本当だぞ。ちょっと想像とかしてないぞ。
「——え、引かない?」
「何で?」
「軽い女だな、とか」
小宮川さんからすっとぼけたような事を言われる。なんで俺がそんなこと思うんだ。
「思わないですよ。俺が付き合ってるわけじゃないですし」
「⋯⋯」
「小宮川さんが楽しいならいいんじゃないですか?」
小宮川さんが黙る。
黙られると、俺の言葉が正解だったのかどうか迷う⋯⋯。俺はそんな焦りを気取られないよう、続けて言葉を紡んだ。
「ただ——」
「——ただ?」
「危ない人には気を付けた方がいいですよ」
なんだそれ。お父さんか。
そんなツッコミを心の内にしまう。
「⋯⋯」
「有名人ですし。変なのに捕まったら大変でしょう」
「それだけ?」
「それだけですよ」
「⋯⋯説教とかしないの?」
「俺、小宮川さんのお父さんじゃないですよ。小宮川さん大人ですし、迷惑かけてないなら好きにすれば良いと思います」
「⋯⋯」
水野さんが吹き出した。
「美月さん、お父さんに怒られてるみたい!」
「怒られてない!」
「田中さんお父さんみたい!」
「やめてくださいよ」
そこだけ切り取られると嫌だな⋯⋯。ギリギリお兄さんくらいの年齢差だろ!お父さんは傷つくからやめてよ!!
「じゃあ田中さんは——」
小宮川さんが続ける。
「どういう女の人が好きなの?」
「⋯⋯また急ですね」
「いいじゃん」
「そうですねぇ⋯⋯」
考える。
これまでの元カノや、想いを寄せた人を思い浮かべ——。
「一緒にいて楽な人?」
「ふっつー⋯⋯つまんなー」
「普通でいいでしょう」
若い頃はまた違ったが、今は完全に一緒にいて楽な人、自然体でいられる人が好みだ。背伸びしないといけないのは疲れるし、そこまでして恋愛したいという感情は枯れてしまっていた。
つまらなそうな顔をする小宮川さんは、おかわりのハイボールをまたも一気に飲み、グラスを置いて俺を指さす。
「見た目は?」
「まぁ、普通に綺麗な人は好きですよ」
「例えば?」
「例えばって⋯⋯」
目の前を見る。
水野さん、小宮川さん、橘さん。相変わらず俺がここに居て良いわけないくらいのビジュアルだ。
「皆さんのような⋯⋯」
「⋯⋯」
三人が黙った。
「何?」
「田中さん」
水野さんが言う。
「そういうの、さらっと言うのズルくない?」
「事実でしょう」
酒が回ってきたのか、少し口走ってしまった。
内心慌てていると、カラッとした笑顔で水野さんが小宮川さんの肩を組む。
「田中さん、美月さんのこと綺麗だって!」
「私だけじゃないじゃん!」
「でも綺麗だって!」
「うるさい!」
小宮川さんが水野さんを叩く。
「痛い!」
⋯⋯水野さんが悪いよ、水野さんが。
そうして1時間ほどで食事を終え、店を出る。
「じゃあ俺、こっちなんで」
「田中さん」
「はい?」
小宮川さんに呼び止められた。小さく俺のシャツを掴んでいる。⋯⋯相変わらず、所作があざと可愛いんだよな。
「今日はありがと」
「何がです?」
「急に呼んだのに、現場来てくれて」
「ああ⋯⋯」
俺を一番呼びたがっていた撮影スタッフさんからお礼は貰ったから、小宮川さんは気にしなくて良い。律儀な人だ。
「暇だったんで」
「そこは、小宮川さんに会いたかったから。って言うところでしょ?」
「俺のモットーは正直でいることなんで⋯⋯」
「ふふっ」
小宮川さんが笑う。
「ねえ」
「はい?」
「今度、二人でご飯行こうよ」
「⋯⋯え?二人?」
「うん」
「な、なんでですか?」
「⋯⋯」
小宮川さんが一瞬固まる。
「普通そこ聞く?」
「聞くでしょ、大事なことでしょ!」
「⋯⋯えー。美月とご飯行きたくないの?」
「⋯⋯⋯⋯行きたくない、わけじゃないですよ」
「じゃあいいじゃん」
何をやっとんだ俺は。41にもなって、一回り年下の女の子にこんな事を言わせて、出てきた言葉が「行きたくないわけじゃない」って⋯⋯ダサすぎる⋯⋯。
自分のダサさに自己嫌悪を覚えていると、小宮川さんが小指を立てて右手を出してきた。
「じゃ、約束ね」
「⋯⋯はい。約束です」
「よし!ゆーびきりげんまん!嘘ついたら針千本飲ーます!ゆびきった!」
小宮川さんの小さくてスベスベした小指に、ゴツゴツした傷だらけの小指を絡める。
指切りの形になると、そのまま小宮川さんが手をぶんぶんと振った。指切りなんて、何十年ぶりにしたのか思い出せないくらいだ。
「じゃあまた」
「はい。気を付けて」
俺は駅へ向かって歩き出す。ふと顔を触ると、ビックリするくらい火照っていた。
——これはあれだ。ビールが進みすぎただけだ。恥ずかしさやらなんやらで照れてる訳じゃない。
⋯⋯もうちょっと女性慣れするように頑張ろう。
◆
「⋯⋯」
田中の背中が遠ざかる。
美月はその場に立ったまま、それを見ていた。
「美月さん」
「何?」
夏希が隣へ来る。
「珍しいね」
「何が?」
「自分から二人でご飯誘うの」
「普通に誘うけど?」
「遊びならね」
「⋯⋯」
美月は少し押し黙る。
「田中さん相手だと、何か違くない?」
「別に何も違わないけど?」
「本当?」
「本当」
美月は歩き出す。
今まで、男の扱いに困ったことなんてほとんどなかった。
近付けば喜ぶ。触れば意識する。少し意味深なことを言えば、その気になる。
男とは単純で馬鹿ばかり。それは田中も同じだと思っていた。
実際、『こんな美人にくっつかれたら普通に緊張します』なんて口走る辺り、ちゃんと女として見ている。
なのに、それ以上何もしてこない。自分の恋愛事情を話しても——『小宮川さんが楽しいならいいんじゃないですか?』これといって引くこともなく、説教も口説きもしなかった。
「⋯⋯何なの、あのおじさん」
美月が小さく呟く。
「ん?」
「何でもない」
ただ、少しだけ——面白くなってきた。
今まで田中和彦をからかっていた時とは、違う意味で。
「なっちゃん」
「ん?」
「田中さんってさ」
「うん」
「本当にモテなかったのかな?」
「知らないよ!」
美月はもう一度、田中が消えた方向を見る。
「⋯⋯絶対嘘でしょ」
今度は夏希にも聞こえない声で、そう呟いた。
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