20話 清掃おじさん、撮影現場にお邪魔する
「主任」
「ん?」
「最近、楽しそうですね」
博多ダンジョン環境サービスの事務所。
今日の作業予定を確認していた俺は、山下の言葉に顔を上げた。
「そう?」
「そうですよ」
「何が?」
「何がって」
山下がニヤニヤしている。
嫌な顔だ。
「VIVIDですよ」
「⋯⋯何で知ってるの?」
「SNSですよ!いやー、羨ましいったらありゃしない!」
「ああ⋯⋯」
そういえば水野さんが、この前の食事を投稿していた。
「基本高橋が教えてくるんですよ」
「高橋ぃ⋯⋯!」
「俺まだ何も言ってないっすよ!?」
少し離れたところで高橋が叫ぶ。
「いや、絶対何か言ってるだろ」
「今回はマジです!」
「今回はって言ったな?」
「あ」
「後で話しようか」
「主任、仕事しましょう!」
「急に真面目になるな」
まったく。調子の良さだけは水野さんと良い勝負だ。
「で?」
山下が続ける。
「家にも来たんですって?」
「⋯⋯」
「主任?」
「誰から聞いた?」
「高橋です」
「高橋ぃ!なんで知ってんだお前!!」
「それは俺じゃないっす!!」
「じゃあ誰だよ!」
「山下さん今適当に言いましたよ!」
「おい山下」
「あははは!」
こいつら⋯⋯。カマかけやがったのか⋯⋯。先輩の威厳もクソも無いな、まったく⋯⋯。
呆れる気持ちもそこそこに、コーヒーを口に入れる。
「まあ⋯⋯来たよ」
「四人とも?」
「四人とも」
「主任の家に?」
「そうだよ」
「若くて美人な女性四人が?」
「その言い方やめろ」
何だか急に犯罪臭がする。⋯⋯とんでもなく異様な光景なのは俺自身理解してますよ。ほんと。
「で、何したんです?」
「昼飯皆で作ってそれ食べて、その後はゲームかな」
「⋯⋯」
「何だよ?」
「健全ですねぇ」
「当たり前だろ」
「一人くらい⋯⋯何かないんです?」
「何かって何だよ」
「ほら、主任も独身ですし」
「全員20代だぞ」
「20代とは恋愛禁止なんですか?」
「そうじゃないけど⋯⋯」
俺はため息をつく。
「向こうからしたら、俺なんて友達のおじさんみたいなもんだろ」
「⋯⋯主任」
「何?」
「それ、本当に全員そう思ってるって思ってます?」
「思ってるだろ」
「⋯⋯」
山下が何とも言えない顔をした。
「何だよ」
「いやぁ」
山下は笑う。
「主任ってそういう人ですよねぇ」
「何の話?」
「何でもないです」
最近、黒川さんにも似たようなことを言われた気がするが、よく分からない。
「主任!」
佐々木がこちらへ顔を出す。
「そろそろ出ましょう!」
「ああ。分かった」
今日も仕事だ。くだらない話をしている場合じゃない。
俺たちは命懸けのダンジョン清掃員なのだから。
◆
今日の現場は、福岡市中央区内にある天神ダンジョン——全26階層——だ。
俺達の担当は1階から15階だった。
「13階終了。14階行くぞ」
「はい!」
いつものように清掃する。
「『清掃』」
死体や残留魔素などをまとめて消す。清掃スキルの後には、綺麗さっぱりしたダンジョンがそこにあるだけだ。うん、綺麗綺麗!
一仕事終えた喜びに浸っていると、佐々木が声をかけてくる。
「主任」
「何?」
「最近さらに速くなってません?」
「そう?」
「前から速かったですけど」
「気のせいじゃない?」
「そうですかね⋯⋯」
俺自身は何も変わった感じがしない。
協会で検査を受けてから、少し意識してスキルを使うようになったくらいだ。
毒や呪い、魔法など、今まで汚れだと思っていなかったものまで消せることは分かった。とはいえ、仕事でやることは変わらない。いつも通りゴミを片付けるだけだ。
◆
「お疲れ様でした」
「お疲れー」
午後4時過ぎ。
珍しく早めに作業が終わった。
会社へ戻ろうとしたところで、スマートフォンが鳴る。
「⋯⋯」
画面を見ると——小宮川美月の文字。
「美月さん?珍しいな」
「誰です?」
高橋が覗き込もうとする。
「見るな」
「VIVIDですか!?」
「何で一瞬で分かるんだよ!」
「主任、VIVID以外からそんな顔でスマホ見ないっすもん」
「どんな顔だよ」
とんでもないへんたいみたいじゃないか。やめてくれ。
高橋の頭を軽く押し退け、電話に出る。今更だけど、どういう仕組みでスマホ繋がるんだろうか。専門家の方々には頭が下がるばかりだ。
「はい」
『田中さーん!』
「どうしました?」
『今日仕事?』
「今終わりました」
『本当?じゃあちょうどいいね!』
「何がです?」
『今から来れない?』
「どこに?」
『撮影!』
⋯⋯撮影?撮影って、カメラで撮られたりするやつだよな?⋯⋯なんで俺?
「⋯⋯何で俺が?」
『いいからいいから!』
「嫌な予感するなぁ」
『夏希も由香里もいるよ』
「黒川さんは?」
『別仕事ちゅー』
「なるほど」
『ね、来て?』
「何の撮影です?」
『探索者向けウェアの広告』
一般スポーツブランドと同じくらい、探索者向けウェアブランドも人気である。そんな所の広告モデルなんて凄すぎだろ。完全に別世界の住人だ。
そして、尚のこと俺が呼ばれる理由が分からない。
「俺、関係なくないですか?」
『スタッフさんが清掃おじさんに会ってみたいんだって!』
⋯⋯嘘だろ。完全に珍獣扱いじゃないか。
「⋯⋯⋯行きませんよ」
『ご飯奢るから!』
「行きません!」
『焼肉』
「⋯⋯」
『田中さん?』
「店によります」
『釣れた!』
「冗談ですよ」
電話の向こうで笑い声が聞こえる。
本当だよ?焼肉に釣られた訳じゃないよ?
『近いから来てよ。もう撮影ほぼ終わるし』
「⋯⋯まあ」
今日は早く終わったし、明日の現場も遅めだ。
帰って報告書やら書くのもそんなに時間はかからない。
「少しだけなら大丈夫です」
『やった!場所送るね』
「はいはい」
電話を切り顔を上げると、三人が俺を見ていた。
「え?何?」
「主任」
山下が言う。高橋は俺を憎しみの目で見てくる。⋯⋯何故だ。
「本当にただの友達ですか?」
「だから何なんだよ!」
「仕事帰りに美月ちゃんと会えるとか!羨ま死にます!」
「変わってくれるなら変わって欲しいよ⋯⋯」
◆
「田中さーん!」
撮影スタジオへ入るなり、水野さんが寄ってきた。
「お疲れ!」
「お疲れ様です」
「仕事帰り?」
「はい」
「着替えてきたの?」
「そりゃそうでしょ」
探索者も清掃員も、ダンジョン内ではめちゃくちゃ汗をかく。そんな状態でこんなキラキラした現場に行ける訳ないだろ。その辺は弁えてるおっさんなのだ、俺は。
「清掃おじさん感が無い⋯⋯」
「悪かったですね⋯⋯」
「次から外着用の作業着も会社から貰おうよ!」
「なんで人の作業着を衣装みたいに言うんですか⋯⋯」
嫌だよ、休みの日とかに会社名がしっかり入った作業着を着るのは。仕事は好きだけど、オフはオフで切り替えたい。
「田中さん、こっちです!」
すると、橘さんが手を振ってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。すみません、急に呼んじゃって」
「橘さんが謝ることじゃないですよ」
「美月さんが勝手に電話したから⋯⋯」
「やっぱり?」
「ゆかりん!」
その美月さんは、撮影用のウェア姿だった。
黒を基調とした探索者用インナー。普段より身体のラインがはっきり出ている。普段の方が露出が多いのに、なんだろう。こっちの方が————。いや、止めよう。
「田中さん」
「はい?」
「どう?」
「何がです?」
「これ」
両腕を広げる。
「似合ってるでしょう?」
「似合ってますよ」
「それだけ〜?」
「格好いいと思います」
「⋯⋯」
「⋯⋯何ですか?」
「いや」
小宮川さんが少し近付く。
「可愛いとか、綺麗とかないの?」
「ああ⋯⋯綺麗ですよ」
「⋯⋯」
「モデルみたいですね」
「モデルみたいじゃなくて、今日モデルなんだけど」
「あ、そうか」
「田中さんさぁ⋯⋯」
「はい?」
「⋯⋯女の扱い下手って言われない?」
「扱うほど女性と関わってないです」
「⋯⋯確かに」
水野さんと橘さんが笑っている。
そやなに女性の扱いが下手だろうか⋯⋯。分からん⋯⋯。
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