19話 清掃おじさん、料理を作る
「田中さん」
「はい?」
「お腹空いた!」
「⋯⋯知らないですよ」
12時前。ソファでくつろいでいた水野さんが突然言い出した。
「お昼どうするの?」
「俺は適当に作りますけど」
「作れるの!?」
「一人暮らし何年だと思ってるんですか」
「何作るの?」
「冷蔵庫見てからですね」
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
ふむふむ。豚肉、キャベツ、玉ねぎ、卵、後は昨日炊いて冷凍してる米か。
「焼き飯(炒飯のこと)と豚汁くらいなら」
「食べたい!」
「え?」
「私も!」
小宮川さんが手を挙げる。
「私もいいですか?」
「田中さん、五人分いけます?」
何故か橘さんと黒川さんも手を挙げた。
「⋯⋯」
冷蔵庫を見たところ、米は炊かないと足りないけど、ギリ5人前出せなくない量は入っているようだ。
⋯⋯でも、えー。俺が?俺がこんな美女に焼き飯と豚汁?嘘だろ⋯⋯。今からデリバリー頼んだ方が良くない?てか飯食いに帰れば?など色々考え————。
「まあ、出来ますけど⋯⋯」
結局、作ることを決めた。これで文句言われたり、謎の病気とかかかっても知らないからな!
「やった!」
「その代わり手伝ってくださいよ」
「はーい!」
結果⋯⋯黒川さんは米を炊いてくれた。小宮川さんは——。
「小宮川さん」
「なに?」
「味見何回目です?」
「え?んー、3回とか?」
「まだ完成してません」
「美味しいよ?」
「でしょうね。俺が作ってるんで」
「田中さん自信あるじゃん」
「長いこと一人暮らしで焼き飯は作ってますから」
「それ言うとちょっと悲しくない?」
「余計なお世話ですよ」
そして橘さんは、俺の横で玉ねぎを切っていた。
「田中さん」
「はい」
「これくらいですか?」
「ああ、それくらいで」
「分かりました」
なんだか手際がいい。
その横でキャベツを切る水野さんの手は、危なっかしくて見てられないが、橘さんの包丁さばきはちゃんと見てられるものだ。
「橘さん、料理するんですね」
「しますよ。一応」
「なんか意外です」
「え!?何でですか?」
「いや、探索者って外食多そうだから」
言っちゃなんだが、探索者はめちゃくちゃ稼げる。命懸けの仕事だし、若いうちが資本だからかなりの高給取りだ。特に高ランクのVIVIDメンバーは、凄いお金持ちのはず。
プラス、メディア露出なども多い彼女たちが自炊しているイメージが全く無かったのである。
俺の言葉に、橘さんはクスクス笑う。
「夏希ちゃんは多いですね」
「ちょっと由香里さん!」
「事実でしょ?」
「自炊もするもん!」
「何作るの?」
「⋯⋯目玉焼きとか?」
台所が一気に騒がしくなった。水野さん、多分こうやっていつもチームの末っ子として弄られてるんだろうな。このハイテンションさは、確かに面白い。弄りがいあるのも分かる。
俺は豚肉を切りながら笑った。
「田中さん」
「ん?」
「楽しそうですね」
橘さんが言った。
「そうです?」
「はい」
そう言われ、俺は四人を見る。
「一人で作るよりは楽しいですね」
「⋯⋯そうですね」
橘さんが柔らかく笑った。
◆
「美味しい!」
「良かったですね」
「田中さんこれ普通に店出せるよ!」
「福岡の中華屋舐めんな」
料理が完成し、5人でテーブルを囲んだ。
焼き飯と豚汁。あとは冷蔵庫に残っていた漬物。ただの家庭料理だ。
まさかこの一人で使うには無駄に広い机が、こうも手狭になる日が来るとはな⋯⋯。生きてれば分からないものだ。
「でも本当に美味しい」
橘さんが豚汁を飲む。
「味噌、何使ってます?」
「合わせです」
「あ、やっぱり」
「橘さんも?」
「私も合わせ味噌好きです」
「美味しいですよね」
「ですよね」
「あと豚汁はちょっと生姜入れます」
「あ、それ私も!」
「分かります!?あのちょっとした生姜の刺激というか、あれが良いんですよね!」
「美味しいですよね!」
「うんうん!⋯⋯ん?」
「⋯⋯」
ふと視線を感じる。
水野さん、小宮川さん、黒川さん。三人がこっちを見ていた。
「え、何ですか?」
「いや」
水野さんが言う。
「二人めっちゃ話合うなって」
「そうです?」
「さっき料理してる時もずっと喋ってたよ」
「普通ですよ」
「普通です」
また橘さんと声が重なる。
「ほら!」
「何がほらなんですか」
橘さんが笑う。つい、俺もつられて笑ってしまった。
「ゆかりん⋯⋯」
小宮川さんがニヤニヤしている。
「な、なんですか?」
「別にー」
「何か含みのある言い方な気が」
「何でもないよーん」
「⋯⋯気持ち悪いなぁ」
「ひどっ!」
女4人で騒ぎ始めてしまう。俺は豚汁を飲みながら、それを眺めた。
——賑やかだ。
この家でこんなに人の声がするのは、いつ以来だろう。
会社の連中を呼んだことはある。
山下達と飲んだこともある。——でも、こんな休日の昼間から、五人で飯を食った記憶は最近ない。
「⋯⋯」
「田中さん?」
橘さんがこちらを見る。
「どうしました?」
「いや」
俺は首を振る。
「何でもないです」
「そうですか?」
「はい」
ただ——悪くないなと思っただけだ。
◆
昼食後。
「田中さん!」
「次から次に何ですか」
「これ何!?」
水野さんがテレビ台の下から何かを発見した。
「ああ」
昔買ったゲーム機。
「ゲームですよ。水野さんでもギリ産まれてると思うけどなぁ」
「知ってるよ!」
「じゃあ聞かないでください」
ビックリした。これゲーム機なんですか?とか聞かれるのかと思った。おじさんはちょっとしたジェネレーションギャップで死ぬ生き物なのでね。優しくしてほしい。
「田中さんゲームするの!?」
「昔は色々⋯⋯」
「何やってた?」
「色々ですよ。RPGとかシミュレーションとか⋯⋯」
「えっ」
橘さんが食いついた。
「シミュレーションゲームお好きなんですか?」
「好きでしたよ。街作ったり国作ったりするやつ」
「私も好きです!」
「本当です?」
「はい。戦うより内政ばっかりやるタイプです」
「あー、分かる分かる。俺アクションゲームとか下手くそなんで、こういうのの方が好きで」
「分かります!!」
「資源集めて施設効率良く配置してる時が一番楽しい」
「そうなんですよ!」
「⋯⋯」
パッと見ると、また三人から視線が送られていた。
「何ですか」
「いや」
黒川さんが笑っている。
「由香里と本当に話合いますね」
「趣味が一個同じだけでしょう」
「一個かなぁ?」
水野さんが怪しい顔をする。
「何ですか、その顔」
「別にー」
今日何回目だ。
「ねえ田中さん!」
「はい?」
「ゲームやろ!」
唐突に水野さんが提案してくる。
「五人で出来るのあったかなぁ⋯⋯」
「探そ!」
「いやちょ、勝手に棚漁らないでください!」
そんなこんなで、俺の静かな休日は完全に消えた。
◆
結局、VIVIDの四人が帰ったのは夕方6時過ぎだった。
「お邪魔しました!」
「はい。気を付けて」
「田中さん!」
「何です?」
「また来ていい!?」
「⋯⋯」
マジでこんな何の変哲もないおっさんの一軒家に来て何が楽しいんだ。有り得んだろ普通⋯⋯。
顔をあげると、四人ともこちらを見ていた
「まあ」
俺は頭を掻く。
「暇な時なら」
「やった!」
「ただ毎週とかはやめてくださいよ」
「考えとく!」
「やめろって意味ですよ」
「田中さん、またご飯作ってね」
「小宮川さん、食費取りますよ」
「身体で払——」
「美月」
黒川さんが止めた。
「まだ最後まで言ってないじゃん!」
「言わせないよ」
「黒川さん助かります」
「慣れてるんで」
「美月への扱いひどくない?」
「橘さんも」
「はい?」
「またゲームの話でも」
「あ」
橘さんが笑う。
「はい。ぜひ!」
「今度おすすめ教えてください。最近のは疎くて⋯⋯」
「任せてください!田中さんも、面白いレトロゲー教えてくださいね!」
「分かりました」
⋯⋯レトロゲー、レトロゲーかぁ。そうだよなぁ。27の橘さんからすれば、41の俺の青春ゲームは全部レトロゲーだ。⋯⋯あー、辛くなってきた。
「⋯⋯由香里さんだけ普通な感じだよね」
水野さんがぼそっと言った。
「普通でいいでしょう」
「そうだけど!」
「じゃあ、また」
「うん!またね田中さん!」
4人が帰っていく。角を曲がって見えなくなるまで玄関で見送り、そして扉を閉めた。
「⋯⋯」
静かになった。数秒前までの騒がしさが嘘みたいだ。
「⋯⋯静かだな」
今までこの家では、それが普通だった。
一人で飯を食う。一人でテレビを見る。一人で煙草を吸う。
——別に寂しいと思ったことはない。しかし——。
「⋯⋯」
リビングへ戻ると、テーブルの上には五人分のコップ。
ゲームのコントローラーも出しっぱなしで、ソファのクッションも少しずれている。
「散らかして帰りやがって⋯⋯」
俺は苦笑する。
いつもならすぐ片付ける。
でも何となく、今日は少しだけ、そのままにしておきたかった。
いやホント、何となくよ。本当に変な意味じゃないからね。ああ、なんか言われの無い罪を被せられる予感がするから、清掃スキルだけかけておくとしよう⋯⋯。
◆
その頃、田中宅から少し離れた場所。
「ねえ」
水野夏希が三人を見る。
「何?」
玲奈が答える。
「田中さん家、めっちゃ居心地良くなかった?」
「分かる」
美月が即答する。
「普通にまた行きたい!」
「だよね!」
「私はちょっと申し訳なかったけど」
由香里が言う。
「何で?」
「休日なのに5人分ご飯作らせちゃったし」
「由香里さんも手伝ってたじゃん」
「そうだけど」
玲奈が由香里を見る。
「楽しそうだったね」
「え?」
「田中さんと料理してる時」
「そうですか?」
「ゲームの話も」
「趣味が合っただけですよ」
「へぇ〜」
美月がニヤニヤする。
「何ですか?」
「別にー」
「今日そればっかり!」
由香里が美月の肩を叩く。
「あはは!」
夏希が笑う。
「でもさ」
「ん?」
「田中さんって、何か変だよね」
「今更?」
「強さじゃなくて!」
夏希が少し考える。
「何て言えばいいんだろ」
レッドドラゴンを一撃で倒し、ドラゴンブレスを清掃スキルで消してしまう男。
今や福岡中に名前を知られ始めている、謎の清掃員。
しかし、家では朝から洗濯や掃除をして、ご飯を作って、くだらないゲームで笑っていた。
「普通なんだよね」
夏希が言った。
「昨日、私も同じこと言ったなー」
「そうなの?」
玲奈が頷いた。
「うん。でも、それがいいんじゃない?」
「⋯⋯うん」
夏希が笑う。
「何か分かる」
それが憧れなのか。友情なのか。興味なのか。
それとも——もっと別の感情へ変わっていくのか。その答えは誰も知らない。
ただ一つ確かなのは、レッドドラゴンを一撃で倒した時より、魔素量が判明した時より。今日、ただ一緒に昼食を食べて、ゲームをして笑ったことで、四人にとって田中和彦という男は、少しだけ近い存在になっていた。
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