18話 清掃おじさん、家に招く
《田中さん今日休みだよね!?》
朝の9時過ぎ。
顔も洗い、リビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいた俺はスマートフォンの通知を見る。水野さんからのメッセージだった。
⋯⋯正直、嫌な予感しかしない⋯⋯無視しようかな⋯⋯。
いや、駄目だ。昨日、仕事中は返信しないと言ったばかりだ。今日は休みだと向こうも知っている。
《休みですよ》
とりあえず事実を送信。すると、すぐ既読が付いた。
目をキラキラさせたアニメキャラ?のスタンプが送られ、すぐにメッセージが返ってくる。
《何してる!?》
《掃除です》
《また!?》
またとは失礼な。休日に掃除することの何が悪い。家は綺麗にするべきだぞ。
《もう終わりますけど》
《じゃあ今日暇!?》
俺は考えた。
掃除、洗濯、買い物、庭の草むしりなど、したい事は山ほどある。⋯⋯ここは素直に返そう。
《忙しいです》
《絶対嘘》
「何でだよ⋯⋯」
思わず声に出てしまった。
すると直後に電話がかかってくる。なら初めから電話かけてくれれば良いのに。なんて思いながら、電話をとる。
「はい」
『田中さん!』
「朝から元気ですねぇ」
『今日家行っていい!?』
「駄目です」
『何で!?』
「何で来るんですか」
『昨日約束したじゃん!』
「してませんよ」
『した!』
「水野さん達が勝手に決めただけでしょう」
『一緒じゃん!』
「全然違いますよ⋯⋯」
電話の向こうから別の声が聞こえる。
『夏希、貸して』
『えー』
この声は黒川さんか。マジで毎日一緒に行動してるのだろうか。仲良いことだ。
一瞬の静寂に心を落ち着けたのも束の間、黒川さんの声が聞こえる。
『もしもし、田中さん?』
「あ、黒川さん」
『おはようございます』
「おはようございます」
『朝からすみません』
本当だよ。お宅のお転婆娘どうにかしてくれませんか。俺からすれば子供みたいな若さだけど、24ってちゃんと大人だぞ。言動とかホント中学生と話してるのかと思ってしまう幼さだ。おじさん心配です。
そんな本心を包み隠し、黒川さんに話しかける。
「いえ。黒川さんなら話が通じそうで安心しました」
『今日、四人で田中さんの家に行っていいですか?』
「黒川さんも⋯⋯ってか、皆そっち側だったのか⋯⋯!」
思わず額を押さえる。
後ろから笑い声が聞こえた。
『昨日あれだけ話したから、みんな本当に興味持っちゃって』
「面白いものないですよ?」
『いいんですよ。普通に家見に行くだけなんで』
「それが一番嫌なんですけど⋯⋯」
『本当に嫌ならやめますけど』
「⋯⋯」
そう言われると弱い。
別に嫌ではない。ただ、41歳の独身男の家に、20代の女性4人を招くという状況に抵抗があるだけだ。
「⋯⋯何時ですか?」
『十一時くらいはどうですか?』
「分かりました」
『!ありがとうございます!』
電話の奥から、『やったー!』と水野さんの声が聞こえた。
「ただし」
『はい?』
「本当に何もないですよ」
『大丈夫です』
「あと写真とか勝手にネットに上げないでくださいよ」
『分かってます』
「住所も」
『もちろん』
「絶対ですよ?」
『信用ないなぁ』
「昨日、一緒に飯食っただけで20万いいね行ったんですよ⋯⋯!」
『あれは夏希が悪い』
『何で!?』
また向こうが騒がしくなる。仲良いのは良いけど、1回電話終わってからにして欲しいものだ。
「じゃあ11時に。住所送っておきますね」
『はい。また後で』
電話が切れた。
「⋯⋯」
時計を見る。時刻は9時15分。約束は11時なので、あと1時間45分⋯⋯。
「とりあえず掃除するか⋯⋯」
◆
「田中さーん!」
「住宅街で叫ばないでください」
11時2分。玄関を開けると、水野さんが満面の笑みで立っていた。その後ろに黒川さん、小宮川さん、橘さんの3人がいる。うーん、目立つ。福岡は割と可愛い子が多い街だけど、こうも可愛い子がいるとまるで渋谷とか原宿のような華やかさだ。⋯⋯行ったことないけど。
「お邪魔しまーす!」
「まだ入っていいって言ってませんよ」
「来ていいって言ったじゃん!」
「そういう意味じゃなくて⋯⋯まあ、どうぞ」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
3人はちゃんとしてる。水野さんだけがおかしい。
「靴、そこ適当でいいですよ」
「はーい」
4人が玄関へ入ってくるが————何故か全員止まった。え?マジで普通の平屋の玄関なんだけど⋯⋯何かヤバい物とか置いてた?まさかG!?
俺は恐る恐る4人に声をかける。
「ど、どうしました?」
「田中さん」
水野さんが玄関を見回す。
「綺麗すぎない?」
なんだ、そんな事か。俺は慌てた心を抑え、ほうっと息を吐く。
「そうですか?」
「靴一個も出てないじゃん!」
「履いてない靴はしまうでしょう」
「玄関ってもっとこう⋯⋯何かあるじゃん!」
「何かとは⋯⋯?」
「傘とか!段ボールとか!」
「そんなのちゃんとしまうでしょ。段ボール溜めたら虫とか湧くんですよ」
「怖っ」
「何でだよ」
いやマジでなんでだよ。何もおかしくないだろ。
すると橘さんが床を見て呟く。
「田中さん、もしかして今朝も掃除しました?」
「しましたよ」
「やっぱり」
「朝から?」
小宮川さんが聞く。
「8時に起きて、洗濯回してる間に掃除機かけて、窓拭いて、風呂掃除して⋯⋯」
「休日ですよね?」
「休日だから出来るんですよ」
「清掃おじさん、ガチだ⋯⋯」
「その呼び方やめてもらえません?」
会社でも言われるようになってきたんだから。
あと、お客さん来るんだからしっかり掃除するに決まってるだろう。⋯⋯来なくてもこれくらいは掃除してたけど、それはまぁ、うん。良いのだ。
◆
「広っ!」
リビングへ入った水野さんの第一声だった。
「一人で住む家じゃなくない?」
「元々両親と3人で住んでた家ですからね」
俺が子供の頃から住んでいる家だ。
新しくはないけど、両親が亡くなってからも定期的に手入れしているので、それなりに綺麗ではある。あと博多まで電車か新幹線で1本なのが良いのである。こんだけ好立地だと、実家から出なかったのも仕方ないだろう。しっかり子供部屋おじさんやらせてもらってました。
少しノスタルジーに浸っていたかったが、水野さんがドタバタと家を駆け巡るのでそれどころではない。
「庭もある!」
「ありますよ」
「部屋いくつ?」
「使ってないところ含めたら4つかな」
「一人で!?」
「だから元々実家ですって」
リビングダイニング、俺の部屋、両親の部屋、父の書斎、一応客間用の和室。まあまあ広い平屋の4LDKだ。
「美月ここ住めるじゃん」
「住まないでください」
「即答ひどくない?」
「何で住ませるんですか」
「家賃払うよ?」
「そういう問題じゃないでしょう」
仮にも成人した男と女がひとつ屋根の下なんて、そんなのダメに決まってるだろ!小宮川さんは本気なのか冗談なのか分からない。おじさんを揶揄うのも大概にしてくれ⋯⋯。
「田中さん」
「はい?」
黒川さんが棚の上を見る。
「ご両親ですか?」
「ああ」
目線の先には写真立てがある。20年以上前に撮った家族写真だ。
「そうですね」
「田中さん若ーい!」
「そりゃ20そこらですから」
「今とあんまり変わらないですね」
「あはは。いやいや、それは無理がありますよ」
「いや、雰囲気は本当にそっくりです!」
「⋯⋯えっ、昔から老けてたってことです?」
「何でそう取るんですか」
黒川さんが笑う。いや、こちとら真面目にショック受けてるんですけど?
すると横から橘さんがやって来て、写真立ての写真を覗き込んだ。
「田中さんのお母さん、優しそうですね」
「優しかったですよ」
「お父さんは?」
「頑固でしたねー⋯⋯。いかにも昭和の親父って感じで」
「あはは」
「でもまあ、いい親でした」
それだけ言って、写真立てを元の位置に戻した。
もう随分昔のことだ。
悲しくないと言えば嘘になるが、いつまでも引きずっているわけでもない。
この家に住んでいると、たまに思い出す。——それくらいがちょうどいいのだ。な、親父。お袋。
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