17話 清掃おじさん、ギャルとヤニ吸う
食事が進むにつれ、最初に感じていた居心地の悪さはいつの間にか消えていた。
VIVIDの四人は、テレビや配信で見る印象とは結構違う。
水野さんは配信でも元気だが、普段はさらにうるさい。
黒川さんは落ち着いている。ただ、時々かなり辛辣なツッコミを入れる。
小宮川さんは想像通り自由。あと、隙が多くて色々チラチラ見えてしまう。本当に良くない。
橘さんは一番普通に話しやすい。温度感が丁度良いのだろう。
「それ分かります」
橘さんが笑う。
「でしょう?」
「私もあれ苦手なんですよ。説明書読まずに始める人」
「分かる。最初に読めば大体書いてあるのに」
「そうなんです!」
「二人とも真面目だねぇ」
小宮川さんが言う。
「普通ですよ」
「普通です」
俺と橘さんの声が重なる。
「ほら!」
橘さんが笑った。
「何がほらなんですか」
「やっぱり田中さん、話合いますね」
「橘さんが四人の中で一番常識人だからじゃないですか?」
「えっ」
「ちょっと!」
「田中さん、それどういう意味?」
「玲奈さんは!?」
一斉に責められた。
「いや、黒川さんも常識人ですよ」
「じゃあ私と夏希は?」
小宮川さんが聞く。
「⋯⋯」
「何で黙るの!?」
「田中さん!」
「冗談ですよ」
「絶対本音だった!」
個室に笑い声が響く。
何だか不思議な感じだった。
つい少し前まで、この四人は俺にとって動画で見かける有名探索者だった。
水野さんに至っては、史上最年少でA級になった有名人。俺とは住む世界が違う人達だと思っていた。
それが今は、同じテーブルを囲んで、くだらない話をして笑っている。こんなの誰が想像できるだろうか。
「田中さん」
「はい?」
黒川さんが席を立った。
「煙草、行きません?」
「ああ⋯⋯」
そういえば結構吸ってない。酒飲んでると吸いたくなるんだよな。
「行きますか」
「私も行く!」
水野さんが立ち上がろうとする。
「夏希、吸わないでしょ」
「ついてくだけ!」
「いいから食べてな」
「えー」
「すぐ戻りますよ」
「田中さんまで!」
何故か不満そうな水野さんを残して、俺と黒川さんは個室を出た。
◆
「すみません、紙なんですけど良いですか?」
「全然大丈夫ですよ」
店の喫煙室。
俺は紙巻き煙草に火を点ける。
黒川さんはポケットから電子タバコを取り出した。
「田中さん、紙なんですね」
「ずっとこれです」
「変える気は無いんですか?」
「何回か考えたんですけどねぇ」
「結局?」
「これが一番落ち着くというか。⋯⋯やっぱ、吸った感があるんですよね」
喫煙者の立場は年々狭まる一方だ。
ダンジョン内は全面的に禁煙だし、昔はデスクで吸えていたのが今はオフィスビルの外まで行かないと吸えない。特に紙タバコは酷いものだ。
電子に移行することも考えたけど⋯⋯やっぱ紙なんだよなぁ。
「黒川さんは電子ですか」
「私は匂いが残るの嫌なんで」
「ああ」
煙を吐く。
店の中とは違い、静かだった。
二人きりになると黒川さんはさらに落ち着いて見える。
「⋯⋯夏希」
「はい?」
「最近ずっと田中さんの話してますよ」
「そうなんですか?」
「はい」
黒川さんが電子タバコを口元へ運ぶ。
「田中さんがどうした、田中さんが何した、田中さんから返信来ない、みたいな」
「最後は俺悪くないでしょう」
「返信遅いんですか?」
「仕事中はスマホ見ませんからね」
「それで騒いでたのか」
黒川さんが笑う。
「水野さん、誰にでもあんな感じなんですか?」
「いや」
即答だった。
「珍しいですよ」
「そうなんです?」
「夏希は人懐っこいですけど、誰にでも懐くわけじゃないんで」
「へぇ」
「特に男には」
「⋯⋯」
何となく黒川さんを見る。
「何ですか?」
「いや」
俺は煙草を灰皿へ向ける。
「俺、男としてカウントされてます?」
「は?」
「いや、20代の女の子からしたら41のおじさんなんて、親戚のおじさんみたいなもんじゃないですか?」
「⋯⋯」
黒川さんが俺を見る。
「田中さん」
「はい」
「それ、本気で言ってます?」
「?はい」
「⋯⋯なるほど」
何やら意味深に頷く黒川さん。なんだ?
「何ですか?」
「いや」
黒川さんが少し笑った。
「夏希、大変そうだなって」
「何がです?」
「こっちの話です」
よく分からない。
「でも」
黒川さんの表情が少し変わった。
「田中さんって、不思議ですよね」
「最近よく言われます」
「あぁいや、強さじゃなくて⋯⋯。まぁ強さはとびきり不思議ですけど⋯⋯」
俺も不思議です。なんでこんな力を持ったのが俺なのか、分かりません。だれか教えてください。
やや自暴自棄になる心を鎮め、黒川さんに聞き返す。
「じゃあ何です?」
「⋯⋯うーん、なんだろ。⋯⋯凄い普通なんですよ」
「えっ、それ褒めてます?」
「褒めてます」
黒川さんが壁へ軽く背中を預ける。
「レッドドラゴンをワンパンするし、魔素量も世界一高いし。普通ならもっと変わってもよくないですか?」
「変わるって?」
「偉そうになるとか。探索者になって稼ごうとするとか。注目されて遊び始めるとか」
あー、そういう事か。
いやぁ⋯⋯おじさんは変化とか嫌いなんだよねぇ⋯⋯。満たされてないならまだしも、俺は清掃員として十二分すぎるくらい満たされてるからな⋯⋯。
煙草の灰を落とし、また吸う。煙を吐き、返事を返す。
「俺、もう41ですよ」
「年齢関係あります?」
「ありますよ。今更人生変えるのもしんどい。黒川さんも41になれば分かりますよ」
「ふふっ」
「笑うところですか?」
「田中さんらしいなと思って」
黒川さんは少しだけ目を細めた。
「夏希が懐く理由、ちょっと分かったかも」
「珍獣だから?」
「違います」
「じゃあ何です?」
「自分で考えてください」
「一番困るやつだ⋯⋯」
煙草を吸い終え、灰皿へ押し付ける。
「戻りますか」
「ですね」
喫煙室を出ようとしたところで。
「あ、田中さん」
「はい?」
「今度、二人で吸う時は」
黒川さんが電子タバコを軽く持ち上げる。
「美味しい煙草の話でもしましょう」
「いいですね」
「約束ですよ」
「覚えてたら」
「そこは覚えといてくださいよ」
黒川さんが笑った。釣られて俺も笑ってしまう。
何となく黒川さんとは、水野さんとは違う意味で話しやすい。
年齢が少し近いからだろうか。まあ、それでも12歳離れてるけど。
⋯⋯12は干支1周だ。何を思い上がったんだ田中和彦。一回り離れてるのだ、年齢が少し近いなどと、ふざけた事を考えてるんじゃないぞ、田中和彦!
◆
「遅い!」
個室へ戻った瞬間、プリプリした水野さんに叱られた。いやいや、遅くはないでしょ⋯⋯。
「10分も経ってないでしょう」
「8分!」
「測ってたんですか?」
「玲奈さんと何話してたの?」
「うーん。煙草の話」
「嘘!」
「何で嘘になるんですか」
「玲奈さん!」
「内緒」
「何で!?」
黒川さんが俺の横で笑っている。
何故わざわざ煽るんだ。
「田中さん」
今度は小宮川さんが話しかけてくる。
「はい?」
「美月とも二人で内緒話する?」
「しません」
「即答!?」
「絶対ろくな話じゃないでしょう」
「ひどーい!」
「あははっ!」
橘さんが声を上げて笑った。
水野さんは黒川さんにまだ何を話していたのか聞いている。
小宮川さんは俺の腕を引っ張って文句を言っている。
黒川さんは適当にあしらっている。
橘さんはその光景を見ながら笑っている。
「⋯⋯元気だなぁ」
「田中さん!」
「はい?」
水野さんが俺を見る。
「今度は田中さんの家ね!」
「はい?」
「さっき言ってたじゃん!」
「何を?」
「家めっちゃ綺麗なんでしょ?」
「普通です」
「見たい!」
「何でそうなるんですか⋯⋯」
「はいはーい!美月も見たーい!」
「私もちょっと興味あります」
小宮川さんと橘さんまで乗ってくる。酷い悪ノリだ。
「橘さんまで?」
「もしかしたら、田中さんの体質の秘密があるかもですし」
「何その研究者みたいな理由⋯⋯!?」
ふと脳裏に、メスを持った橘さんに切り刻まれる姿が過ぎった。え?俺のこと実験動物とかって思ってないですよね?
恐ろしい妄想を振り払うと、水野さんが黒川さんに問う。
「玲奈さんは!?」
「面白そうではある」
「黒川さんまで⋯⋯」
4対1になってしまった。勝てる気がしない。
「いや、でも女性四人を家に上げるって⋯⋯」
「何?」
水野さんが首を傾げる。
「何か問題ある?」
「⋯⋯」
問題しかないような気がする。だって、ただの女性じゃない。一回り以上離れた、超人気の美少女達だぞ。なんか不味いだろ。
ただ——本人達が全く気にしていない。なんでだ。まだ長期ドッキリの可能性も捨て切れてない。それなら早くネタバラシしてくれ!
「田中さん」
「はい」
「嫌?」
水野さんが聞く。上目遣いで、目をウルウルと⋯⋯。
うっ、流石に⋯⋯これは⋯⋯。
「⋯⋯そういう聞き方、ズルくないですか?」
「じゃあ決まり!」
「まだ何も言ってない!」
「やったー!」
「話聞いて!」
また笑い声が上がる。
どうやら、俺の静かな休日まで、近いうちに侵食されるらしい。
だって仕方ないだろ。流石に可愛すぎた⋯⋯。おじさんには刺激が強すぎたよ⋯⋯。
——その夜。
五人で撮った一枚の写真が、水野さんのSNSに投稿された。
『今日はこのメンバーでご飯!!清掃おじさん、ダンジョンの外でも普通におじさんでした!』
VIVIDの四人と俺の五人が並んだ、ごく普通の写真だ。ただし、投稿から一時間後。
『清掃おじさんVIVIDに混ざってて草』
『違和感あるのに馴染んでるの何なんだよ』
『夏希ちゃん距離近くね?』
『玲奈さん田中の隣じゃん』
『美月までいるの羨ましすぎる』
『由香里ちゃんめっちゃ笑ってる』
『清掃おじさん爆発しろ』
『こいつレッドドラゴンより人生強くね?』
『恨み晴らしたいけど絶対返り討ちに合うからやめた』
写真は20万を超えるいいねを記録。
翌朝には、『清掃おじさん、VIVIDを清掃!?』という意味不明な切り抜きタイトルまで作られていた。
「⋯⋯何も清掃してないだろ」
翌朝、自宅のリビングでその動画を見つけた俺は、一人で呟いた。
《田中さん今日休みだよね!?》
すると、水野さんからメッセージが届く。
「⋯⋯嫌な予感するなぁ」
俺の予感は、最近よく当たる。
なんとなく今日が休みなの言わなきゃ良かったかなぁと思いながら、俺は顔を洗いに洗面所へ向かった。
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