16話 清掃おじさん、ギャルと飲む
仕事を終えて一度家に帰り、風呂に入って着替えた。
鏡の前に立つ。
黒のシャツ、グレーのパンツ。いつもの休日と大して変わらない格好だ。
だいたい、服に頓着無いから大したもん持ってないんだよな。収入が幾らになろうが、昔からユ〇クロしか使ってないからなぁ⋯⋯。
「⋯⋯これでいいよな?」
おじさん過ぎない?大丈夫?⋯⋯そんなの、おじさんに分かるわけないだろ。
別にデートじゃない。ただ飯を食うだけだ。
相手は水野さん達、VIVIDの四人だ。全員20代の女性で、モデル雑誌に載るような美人揃い。
対する俺は41歳のおじさん。仕事はダンジョン清掃員。
「⋯⋯やっぱ場違いじゃない?」
昼間、山下に言ったことをもう一度呟く。
とはいえ、行くと返事をしてしまった。今更断るのも失礼だ。
俺は財布とスマートフォンをポケットへ入れ、家を出た。
◆
「田中さーん!」
「はいはい。聞こえてますよ」
待ち合わせ場所へ着くと、すぐに水野さんが俺を見つけた。
大きく手を振っている。
目立つ⋯⋯。非常に目立つ。
「声大きいですよ」
「だって田中さん全然こっち見ないんだもん!」
「探してたんですよ」
「じゃあもっと周り見て!」
「見てましたよ」
「嘘!」
「本当ですって」
そんなやり取りをしながら近付く。
当然だが、今日は全員私服だった。
水野さんは明るい色のトップスにパンツ姿。
黒川さんは落ち着いた服装で、四人の中では一番大人っぽい。
小宮川さんは⋯⋯。
「田中さん」
「はい?」
「今、美月のこと見た?」
「見ましたけど」
「どこ見た?」
「⋯⋯どこってそりゃ⋯⋯顔ですよ」
「本当に?」
「本当に」
「つまんなーい」
今日も胸元が結構開いている。それにパンツ——下着の方のパンツ——の腰部分が見えてるし、お腹も見える。目のやり場に困るから勘弁してほしい。⋯⋯これって見たらダメなの?見せたいんじゃないの?どういう事なの?
分かんないよ!おじさん若い女の子の気持ち分かんないよ!!
「美月さん、田中さん困らせたら駄目ですよ」
橘さんが苦笑する。
「だって面白いんだもん」
「四十路越えのおじさんで遊ばないでくださいよ⋯⋯」
「田中さんって、自分のことすぐおじさんって言うよね」
「おじさんですから」
「41ってそんなおじさん?」
「24歳から見たら十分過ぎるくらいおじさんでしょう」
水野さんを見る。
「えー」
不満そうな顔をされた。
「私は別に気にしないけど」
「水野さんが気にしなくても、俺が気にするんですよ」
「めんどくさ!」
「何でだよ」
黒川さんが小さく笑った。
「とりあえず入りません?予約の時間になりますし」
「あ、そうだった!」
「水野さんが誘ったんでしょうが⋯⋯」
「行こ行こ!」
水野さんに背中を押される。
こうして俺は、人気女性探索者四人に囲まれて店へ入った。
◆
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「乾杯です」
「⋯⋯乾杯」
俺だけ若干テンションが違う気がする。
案内されたのは、個室のある居酒屋だった。
VIVIDほど有名になると、普通の席では落ち着いて食事も出来ないらしい。
「田中さんビール?」
「最初は」
「私も」
黒川さんもビール。
水野さんと橘さんはカクテル、小宮川さんはハイボールだった。
「田中さんって結構飲む?」
「昔は飲みましたけどね。最近はそんなに」
「何で?」
「次の日きついから」
「あー」
「夏希にはまだ分かんないよ」
黒川さんが言う。
「玲奈さんも29じゃん!」
「24とは違うのよ」
「5歳しか変わんないじゃん!」
「その5年が大きいの。夏希も29になれば分かるわ」
分かる、分かるよ黒川さん。けど、おじさんからすればまだまだ若いよ。30超えてから、また一段階ギアが上がるからね⋯⋯。
そんな事を考えていると、水野さんがバッとこちらを向く。
「田中さん!」
「何です?」
「29って若いよね!?」
「若いでしょう」
「ほら!」
「じゃあ24は?」
「もっと若い」
「ほら夏希!」
「玲奈さんこそ!」
「何の勝負なんですか⋯⋯」
俺はビールを飲む。
——美味い。仕事終わりの一杯はやっぱりいい。
「そういえば」
橘さんが俺を見る。
「田中さんって、普段こういうところ来るんですか?」
「居酒屋ですか?」
「はい」
「会社の人とはたまに」
「一人では?」
「ほとんど行かないですね」
「じゃあ休みの日は何してるの?」
水野さんが聞いてくる。
「えー⋯⋯まぁ家事とか、掃除とか」
「出た!」
「何がですか」
「こないだも言ってたじゃん!休みの日まで掃除してるって!」
「家は掃除しないと汚れるでしょう」
「スキル使うの?」
「使いますよ」
「絶対家めちゃくちゃ綺麗じゃん」
「普通ですよ」
「普通の基準が違いそう」
小宮川さんが笑う。
「田中さんの家、ちょっと見てみたいかも」
「何でですか」
「41歳独身男性の一人暮らしだよ?見た事無いもん」
「言い方」
「絶対面白いじゃん」
「何を期待してるんですか⋯⋯」
「実家じゃないんですよね?」
橘さんが聞く。
「実家ですよ」
「え?」
「親が住んでた家に、そのまま住んでるんです」
「ご両親と?」
「いや————」
俺は枝豆を一つ摘まむ。
「二人とも、もう死んでます」
「あ⋯⋯」
橘さんの表情が変わった。
「すみません」
「いやいや」
俺は笑う。
「結構前の話ですから。気にしないでください」
「⋯⋯はい」
「兄弟はいないの?あ、待って当てたい!」
「⋯⋯お好きにどうぞ」
「うーん⋯⋯はい!弟がいる!」
「残念。一人っ子です」
水野さんが少し驚く。
「じゃあ実家に一人暮らしなんだ」
「そうですよ」
「寂しくない?」
「今更寂しいとか無いですよ」
「彼女は?」
「今はいません」
「てことは昔はいたんだ!結婚しなかったの?」
「してないですね」
「何で?」
「⋯⋯水野さん、面接官ですか?」
「気になるじゃん!」
悲しくなるからあんまり聞かないでくださいよ。
「夏希」
スっと黒川さんが止める。
「その辺にしときな」
「えー!」
「別にいいですよ」
俺は苦笑した。
「タイミングが無かっただけです」
「41まで?」
「41までって言うなよ⋯⋯」
何か急に重くなるだろ⋯⋯。
そうですよ。俺は41で独身のおじさんですよ。けっ!
「仕事して、帰って、休みの日に家のことやって——。その繰り返ししてたら41になってた感じです」
「それでいいの?」
水野さんが聞く。
「いいも何も、別に不幸じゃないですよ」
仕事は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
職場にも恵まれた。
山下達みたいな仲間もいる。金に困っているわけでもない。家もある。これ以上を望むのは高望みと言えよう。
「まあ、結婚して子供いる山下とか見ると、楽しそうだなとは思いますけどね」
「じゃあ結婚したい?」
「いい人がいれば」
「へぇー」
「何ですか」
「いやぁ?」
水野さんがニヤニヤする。
何だその顔。
「夏希、楽しそうだねぇ」
小宮川さんが言う。
「楽しいよ!」
「田中さん弄るの?」
「違うって!」
「同じことしてるじゃないですか」
「田中さんまで!」
賑やかだなぁ⋯⋯。
でも、こういうのも、たまには悪くない。
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