15話 清掃おじさん、社長と話す
「おはようございまーす」
「おはようございます!」
「田中さん、おはようございます!」
「はい、おはようございます」
探索者協会で『清掃』スキルの検証を行った翌日。
俺は、いつも通り朝の八時前に会社へ出勤していた。
昨日は結局、水野さん達に追加の実験へ付き合わされそうになったところを何とか逃げ切った。
いや、正確には高橋を捕まえて説教している間に、探索者協会の職員さんから「今日はこれで終了です」と言われただけなのだが。
おかげで今日は普通に仕事が出来る。——やっぱり俺にはこっちの方が性に合ってるな。
「田中」
「はい?」
席へ荷物を置こうとしたところで、部長に呼び止められた。
「社長が呼んでるぞ」
「⋯⋯俺、また何かしました?」
「何で真っ先にそれを聞くんだよ」
「最近呼び出される時、大体ろくなこと無いんで⋯⋯」
「まあ、気持ちは分かる」
「やっぱり何かあるんじゃないですか」
「とりあえず行ってこい」
「はぁ⋯⋯」
嫌な予感しかしない。
「失礼します」
「おう、田中。座れ」
「はい」
社長室へ入る。
博多ダンジョン環境サービス株式会社の社長——古賀社長は、今年で58歳。
俺が入社した19年前はまだ課長だった。昔から現場上がりの人で、社員の顔と名前をよく覚えている。
俺が課長——非現場職——に昇進しそうな時も、『お前は現場出たいんだろ?』と聞いてくれて、主任——現場職のトップ——のままで、役職を上げずに昇給だけしてくれた人でもある。ありがたかったなぁ。
「何か飲むか?」
「いや、大丈夫です」
「そうか」
社長は机の上で手を組む。
「単刀直入に聞く」
「はい」
「探索者になる気はあるか?」
「無いです」
「即答だな」
何かと思えば⋯⋯。俺の意見は変わらない。
「前にも言いましたけど、今の仕事好きなので」
「そうか」
社長は、それ以上何も言わなかった。
「⋯⋯それだけですか?」
「いや————」
違うらしい。
「探索者協会から正式に連絡が来た」
「何のです?」
「お前の扱いについてだ」
「扱い、ですか⋯⋯」
物みたいな言い方だな。⋯⋯いや、危険物って感じか?
「魔素量やスキル出力含め、今のお前は普通の清掃員として——というか、人間として扱うには特殊すぎるらしい」
「俺は普通に働きたいんですけど⋯⋯」
「だろうな」
社長が苦笑する。
「会社としては、特に気にせずお前を通常通り現場へ出すつもりだ」
「本当ですか?」
「ああ」
「良かったぁ⋯⋯」
思わず息を吐いた。
現場から外されるのが一番嫌だった。
「ただし——」
「⋯⋯ただし?」
「探索者協会から、緊急時には協力要請を出す可能性があるそうだ」
「俺に?」
「お前にだ」
「清掃員ですよ?」
「知ってる」
「探索者じゃないですよ?」
「それも知ってる」
「⋯⋯何で?」
「⋯⋯そりゃお前、少なくとも福岡で一番強いからだろ」
「⋯⋯」
改めて言われると、未だに違和感が凄い。
「まあ、強制ではないらしい。あくまで民間企業への協力要請だ」
「なら⋯⋯」
「どうする?」
「人が死にそうなら行きますよ」
自然と答えていた。
「仕事に影響しない範囲なら」
「お前らしいな」
社長が笑う。
「それともう一つ」
「まだあるんですか?」
「こっちが本題かもしれん」
社長が一枚の資料を俺へ渡した。
「⋯⋯求人?」
「ああ」
採用状況の一覧だった。
応募人数⋯⋯先月は12人。今月は——。
「⋯⋯187人!?」
「まだ月途中だぞ」
「えぇ⋯⋯」
何が起きてるんだ。
「ほとんどお前の影響だ」
「また俺ですか⋯⋯」
「レッドドラゴンを倒して、春日で人助けして、それでも清掃員を辞めない。むしろ誇りを持ってる。それで、ダンジョン清掃業そのものに興味を持つ人間が増えたらしい」
「⋯⋯」
そういえば、前にも面接に来た若い子からそんな話を聞いた。
「うちだけじゃないぞ」
「え?」
「福岡県内の同業他社も求人応募が増えてるらしい」
「マジですか?」
「ああ」
それは——ちょっと嬉しいかもな。
「お前のおかげで、ダンジョン清掃員って仕事が世間に知られた」
「俺は別に何も⋯⋯」
「したさ」
社長がニヤリと笑い、俺を見た。
「ずっとやってきた仕事を、今までで一番目立つ場所に持ってった」
「⋯⋯」
「胸張っとけ」
「⋯⋯はい」
何だろう。
福岡最強と言われた時より、こっちの方が嬉しいかもしれない。
「あと、広告効果も凄かったからな。次のボーナスは期待しとけ」
「!?は、はい!ありがとうございます!!」
あ、今が一番嬉しい。ボーナス最高!!
◆
「主任ー!」
「ん?」
社長室から戻ると、山下が俺を呼ぶ。
「今日、糸島第四ダンジョンです」
「了解。糸島かー⋯⋯遠いなぁ」
「まぁ仕方ないですよ。あと——」
「何?」
「外見ました?」
「外?」
事務所の窓から外を見る。
「⋯⋯うわ」
会社の前に人がいた。
10人くらいだろうか。若い男女が、歩道からこちらを見ている。
「何あれ⋯⋯」
「主任待ちらしいですよ」
「何で!?」
「清掃おじさんのファンですよ」
「俺の!?⋯⋯けどなんだろう、清掃おじさんってのが嬉しくないよな⋯⋯」
嫌な有名人になってしまった。だいたい出待ちって。スターかよ。
「裏から行きます?」
「いや⋯⋯」
少し考える。
別に悪いことしてるわけじゃない。会社の前で騒いでいるわけでもないし。
「普通に出よう」
「お、流石福岡最強」
「煽るな」
大型バンに荷物を積み、田中班の四人で会社を出る。
「あっ!」
一人が俺に気付いた。
「清掃おじさん!」
「⋯⋯どうも」
「本物だ!」
「田中さん、握手いいですか!?」
「仕事行くところなんで、一人だけなら」
「ありがとうございます!」
若い男性と握手する。
すると、その横にいた高校生くらいの男の子が俺を見る。
「田中さん!」
「はい?」
「俺、卒業したらダンジョン清掃の専門学校行こうと思ってます!」
「⋯⋯え?」
「田中さん見て決めました!」
満面の笑み。
「探索者じゃなくて?」
「はい!」
「清掃員?」
「はい!」
俺は少し固まった。
その子の隣では、母親らしき女性が苦笑している。
「危険な仕事ですよ」
「分かってます!」
「汚いですよ」
「それも!」
「給料は⋯⋯まあ悪くないけど」
「頑張ります!」
「⋯⋯そっか」
俺は少し笑う。
「じゃあ、ちゃんと勉強してね」
「はい!」
「安全管理が一番大事だから」
「はい!」
「あと、怪我しないように」
「はい!」
「田中さん」
山下が後ろから笑う。
「お父さんみたいになってますよ」
「うるさいよ」
でも、悪くない。素直に嬉しいと思った。
俺は目をキラキラさせている少年の肩を叩く。
「頑張って」
「ありがとうございます!」
俺達はその場を後にし、バンへ乗り込んだ。
「主任」
「何だ?」
「ニヤけてますよ」
「————ニヤけてない」
「めちゃくちゃ嬉しそうじゃないっすか」
高橋まで言ってくる。
「⋯⋯まあ」
窓の外を見る。
「ちょっとな」
かつて、夢——探索者——を諦めて、たまたま入った清掃会社。そんな俺を見て、清掃員になりたいと言ってくれる人がいるとは⋯⋯。人生、何があるか分からないなぁ⋯⋯。
◆
糸島第四ダンジョンでの作業は、何事もなく終わった。
「『清掃』」
最後の残留魔素を除去する。
「よし。終了」
「お疲れ様でした!」
「お疲れー」
今日は本当に平和だった。
ドラゴンも出ない。ダンジョンも崩れない。測定器も壊れない。好奇心旺盛配信中毒超天才少女も来ない。
なんて素晴らしい日だろう。実に仕事日和である。
そんな事を耽っていると、佐々木が声をかけてくる。
「主任」
「ん?」
「スマホ鳴ってますよ」
「あ、本当だ」
ポケットからスマートフォンを取り出す。——すると、通知が大量に溜まっていた。
「⋯⋯何これ」
相手は——水野夏希。⋯⋯ 好奇心旺盛配信中毒超天才少女さんじゃないですか、やだー⋯⋯。
《田中さん!》
《今日仕事!?》
《何時まで!?》
《既読つかない!》
《まだ仕事!?》
《既読ついた!!!!》
「⋯⋯怖っ」
昔少しだけ付き合った、メンヘラ気味な元カノを思い出した。⋯⋯あの時は大変だったなぁ⋯⋯。
あの日々を思い出して身震いしていると、山下が声をかけてくる。
「どうしたんですか?」
「水野さん。鬼通知でさ⋯⋯」
「あー」
山下が何故か納得する。
「仲良いですねぇ」
「どこがだよ⋯⋯」
返信する。
《今終わりました》
《電話していい!?》
「早っ」
おいおい、メッセージ返して一秒くらいしか経ってないぞ。——その直後、本当に着信が来た。
「⋯⋯はい」
『田中さん!』
「耳痛い⋯⋯」
『今日もう仕事終わった!?』
「今終わったところですけど」
『じゃあ暇!?』
「会社戻って報告書とか書いて、家帰って風呂入って飯食って寝る予定があります」
『それ暇って言うんだよ!』
「社会人には大事な予定ですよ⋯⋯」
『ねえねえ!今日ご飯行こうよ!』
「ご飯?」
『うん!』
俺は周囲を見る。
山下達がニヤニヤしている。
「何だよ」
「いや別に」
「主任、行けばいいじゃないですか」
「誰もお前達に聞いてないよ」
電話の向こうから水野さんの声。
『山下さん達いるの?』
「いますよ」
『じゃあ聞いて!田中さん貸してくださいって!』
「俺、会社の備品じゃないんですけど⋯⋯」
何なんだ、この子。
「水野さん一人ですか?」
『ううん!玲奈さん達もいるよ!』
「あー⋯⋯」
VIVID全員か。流石に41の俺と24の水野さんがサシで飯食ってたら、周りにパパ活とか思われかねん。
週刊誌に『清掃おじさん、パパ活疑惑!?』とか書かれたら死ねるもんな⋯⋯。
いや、流石に水野さんの方が有名だし、俺の痴態は水野さんの配信でしか流れない訳だから、流石に大丈夫だと思うけど。思うけど⋯⋯。
おじさんは、ちょっとした事で世間体を気にしてしまう生き物なのだ。
『この前から田中さんとゆっくり話したいって言ってたの!』
「そうなんですか?」
『だから来て!』
「⋯⋯まあ」
明日は休みだし、たまにはいいか。
「分かりました」
『本当!?』
「はい。ただ、あんまり高い店はやめてくださいよ」
『田中さん年収一千万以上はあるんでしょ!?』
「何で知ってんの!?」
『高橋くん!』
「高橋!!」
「すみません主任!!」
少し離れたところで高橋が走り出した。
「お前またか!!」
『あはははは!』
電話の向こうで水野さんが大笑いしている。
「⋯⋯はぁ」
最近、静かだった俺の生活が妙に騒がしくなった。
まあ悪いことばかりでもないけど。
⋯⋯だいたいの元凶は、この電話先の少女一人であることに目を瞑れば、だが。
『じゃあお店送るね!』
「はいはい」
『あと田中さん!』
「何です?」
『玲奈さんが、田中さん煙草吸うなら喫煙席ある店にしようって!』
「⋯⋯ああ。それは助かります」
『じゃあ後でね!』
電話が切れた。
俺はスマートフォンを見る。
VIVIDの四人と食事かー⋯⋯。芸能人顔負けの人気女性探索者——しかも全員20代——4人と、41歳の清掃員のおじさん。
「⋯⋯場違いすぎだろ」
「今更ですか?」
山下が笑った。
⋯⋯それもそうか。
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