14話 清掃おじさん、魔法も清掃する
「最後に一つ」
研究員さんが言う。
「魔法スキルそのものに対する作用を確認したいと思います」
「魔法ですか」
「はい。ただし安全のため、攻撃力の低いものを使用します」
協会所属の探索者さんが前へ出る。
魔法スキルは、探索者として生きるならとびきり当たりのスキルだ。『魔法』という包括スキルは無く、『炎魔法』『水魔法』『土魔法』『風魔法』『光魔法』『闇魔法』の6種類が存在する。
魔法スキルはそれぞれの属性で決められた魔法名を詠唱し、体内の魔素を消費することで発動できる。他のスキルがスキル名の詠唱が必要な中、魔法名の詠唱が必要な辺りがちょっと特別っぽい。
「小型の炎を出します」
「お願いします」
『炎魔法』スキルを持っているのであろう探索者さんが手を前へ向ける。
「『火球』」
拳くらいの大きさの炎が浮かび上がった。『火球』は『炎魔法』スキルでもかなり簡単な魔法であり、その名の通り火の球を生み出し、それを飛ばすことができる魔法である。
まだ俺の方へは飛んでこない。空中で静止しているだけだ。初心者なら宙に留めることは難しいので、この人はある程度の経験者なのだろう。それなら安心である。
「では田中さん、行きますよ」
「はい。お願いします」
ドラゴンのブレスは消せた。——なら、これも出来る気がする。
手を伸ばす。
「『清掃』」
火球が消えた。
「⋯⋯」
まあ、そうなるよな。
もう驚かなくなってきた。
「魔力反応、消失」
「完全に?」
「完全です」
研究員さんの声が少し震えている。
「田中さん」
「はい」
「恐らくですが」
研究員さんが慎重に言葉を選ぶ。
「あなたの『清掃』は、単純に魔素や汚れを除去するスキルではない可能性があります」
「⋯⋯と言うと?」
「スキルの基本的な性質としては、確かに清掃です」
「はい」
「ただ、田中さんの場合⋯⋯」
研究員さんが、先程まで実験に使った物を見る。
——死体、毒、呪い、魔法。
「田中さん自身が『除去する対象』と認識したものへ、清掃効果を適用している可能性があります」
「⋯⋯除去する対象?」
「はい」
「つまり、俺が汚れだと思ったら消えるってことですか?」
「そこまで単純ではないと思います」
研究員さんが首を振る。
「例えば、人間そのものを汚れだと思ったからといって消せるとは考えにくい」
「そんな怖い実験絶対しませんよ」
「勿論です」
やめてくれ。人間を清掃出来たら一気に悪役の能力になる。あと『人間を清掃』って、ヤバい思想のサイコパスすぎるだろ。
「恐らく、元々の『清掃』というスキル概念から大きく外れない範囲で、除去可能対象が異常に拡張されているかもしれません」
「拡張⋯⋯」
「そして、それを可能にしているのが——」
研究員さんが俺を見る。
「魔素量8192と、異常なまでのスキル熟練度だと考えられます」
「スキル熟練度⋯⋯ですか?」
「田中さん」
「はい」
「これまで『清掃』を何回程度使用しました?」
「何回って⋯⋯」
そんなの数えたことないぞ。
「一日何回程度とか、分かりませんか?」
「仕事なら最低でも10回以上は使いますね」
「現場出るのはどれくらいの頻度ですか?」
「まぁ週5とか週6とかですかね⋯⋯」
「と言う事は、年間換算すると⋯⋯240日とかですか⋯⋯」
研究員さんが計算機を操作する。
「凄く雑に計算して——最低一日10回として」
「はい」
「年間約2400回」
「はい」
「それが19年とすると⋯⋯」
「はい」
「⋯⋯47500回」
「⋯⋯」
「大雑把に計算して最低でも、です」
「⋯⋯そんな使ってたんだ」
何かこうして数字にされると驚きの回数だ。
「実際にはもっと多いですよね?」
「家でも使うんで⋯⋯」
「家で!?」
水野さんが食いついた。
「家の掃除で使うよ」
「休日まで清掃スキル使ってるの!?」
「便利なんですよ。埃とか一瞬で消えるし」
「職業病すぎる!」
何が悪いんだ。
便利なものは使えばいいだろ。
てか、家でも使う人は多いぞ。山下も佐々木も家で使ってるらしいし。高橋は使って無さそうだが⋯⋯。
「つまり⋯⋯」
研究員さんが呟く。
「魔素量8192という異常な出力」
「はい」
「4万回を遥かに超える使用経験」
「はい」
「その両方が組み合わさって、現在の——田中さんが持つ異常な『清掃』スキルになっている可能性が高いです」
「なるほど⋯⋯」
俺は自分の手を見る。
ずっと、ハズレスキルだと思っていた。
探索者だった頃、剣術系でもなく魔法でもなく、身体能力を強化するわけでもない。ただ、掃除するだけの清掃スキル。だから戦闘では何の役にも立たないと思っていた。
しかし——。
「⋯⋯何か」
「はい?」
「ちょっとだけ嬉しいですね」
研究員さんが首を傾げる。
「嬉しい?」
「いや⋯⋯」
俺は少し笑う。
「ずっとやってきたことが、無駄じゃなかったんだなぁって」
「⋯⋯」
探索者としては、何者にもなれなかった。
でも、清掃員として積み上げてきた19年は——どうやら、ちゃんと俺の中に残っていたらしい。
「田中さん」
「はい?」
横を見ると、水野さんがニヤニヤしていた。
「⋯⋯何ですか、その顔」
「いやぁ」
「嫌な予感しかしないんですけど」
「清掃でどこまで消せるか、もっと試したいね!」
「嫌ですよ」
「即答!?」
「今日はもう帰ります」
「まだいっぱい実験しようよ!」
「仕事あるんですよ!」
「今日休みって聞いた!」
「なんで知ってるんですか!?」
「高橋くん!」
「高橋ぃ!!」
「すみません主任!!」
後ろで高橋が笑いながら逃げ出した。
「待てお前!」
「主任速いから本気で追いかけないでください!」
「だったら逃げるな!」
俺が高橋を追いかける。
その様子を見て、VIVIDの四人が笑っていた。
探索者協会の研究員さん達だけは、笑っていなかった。
机の上には、田中和彦——魔素量8192。スキル『清掃』。そして、その下に。
《既知の清掃スキルと著しく異なる性質を確認》
研究員の一人が、小さく呟いた。
「⋯⋯これ、本当に『清掃』で分類していいのか?」
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