13話 清掃おじさん、検証する
福岡最強⋯⋯。そんな大層な肩書きを勝手に付けられてから、数日が経った。
俺——田中和彦は、今日も普通に仕事を——。
「田中さん!こっちです!」
「⋯⋯してないんだよなぁ」
福岡県探索者協会。
俺は朝から、魔素量を以前計測した建物へ来ていた。仕事ではなく、検査のために。
「田中さん遅い!」
「時間通りですよ⋯⋯」
廊下の向こうで手を振っているのは、水野夏希さん。
その周囲には、VIVIDのメンバーである黒川さん、小宮川さん、橘さんの姿もある。
「というか、なんで皆さんいるんですか?」
「見たいから!」
「でしょうね⋯⋯」
水野さんならそう言うと思った。
「私は純粋に興味ありますけどね」
黒川さんが腕を組みながら答える。
「ドラゴンのブレスを消した『清掃』がどういうスキルなのか」
「玲奈さんも大概じゃない?」
「夏希ほどではないよ」
「えー⋯⋯」
水野さんと黒川さんは随分仲が良さそうだ。
「私は面白そうだから♪」
「小宮川さんは正直ですね⋯⋯」
「田中さんが何やっても面白いんだもん!」
「俺、そんな珍獣みたいな扱いなんですか?」
「最近ほぼそうじゃない?」
否定出来ないのが悲しい。
「私は⋯⋯」
橘さんが少し申し訳なさそうに笑う。
「皆が来るって言ったので⋯⋯」
「そんなので来ないでくださいよ⋯⋯」
そんな事を話していると、聞き慣れた男の声が聞こえる。
「田中主任!」
「おう」
そしてVIVIDの横には、田中班の三人もいた。
山下、佐々木、高橋。
今回は清掃スキルの比較実験をするため、協会から俺だけでなく田中班全員に協力依頼が来たのだ。
「主任、何か今日もやらかしそうですね」
「やらかさないよ」
「世界一の魔素量を叩き出した人が言ってもなぁ」
「俺は測定器に手置いただけだろ⋯⋯」
「主任!」
高橋が妙に楽しそうに俺を見る。
「今日は何壊すんですか?」
「壊す前提やめろ」
俺、協会から出禁になるぞ。
◆
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
案内されたのは、探索者協会地下にあるスキル検証施設だった。
体育館くらいはありそうな広い空間だ。
壁や床は、魔法やスキルの実験に耐えられる特殊素材で作られているらしい。
中央には様々な機材が並べられている。
「今回の目的は、田中和彦さんの保有スキル『清掃』について、その能力範囲を確認することです」
説明をしているのは、探索者協会の研究職員さん。
白衣姿の40代くらいの男性だ。
「田中さんの『清掃』は、一般的な清掃スキルと明確に異なる挙動を示しています」
「まあ⋯⋯そうみたいですね」
ドラゴンのブレスとか消しちゃったしな。
「そのため今回は、通常の清掃スキルとの比較から開始します」
「はい」
職員さんが後ろを見る。
そこには2体のモンスターの死体が置かれていた。
どちらも浅層に出現する、小型の獣型モンスター。
「既に魔石等の素材回収は完了しています。まず山下さん、こちらをお願いします」
「了解です」
山下が前へ出る。
「『清掃』」
スキルを発動——。モンスターの死体周辺に残っていた血や汚れが消え、死体から漂っていた残留魔素がゆっくりと薄くなっていく。
「現在、残留魔素除去率約85パーセント」
職員さんが計測器を見る。
「もう一度お願いします」
「『清掃』」
再び魔素が減る。
「約98パーセント減少です」
「へぇ⋯⋯」
普段何気なく見ていたけど、数字にするとこんな感じなのか。
「一般的な清掃スキルの場合、このように複数回使用しながら残留魔素を除去します」
「そうですね」
俺達にとっては普通の作業だ。
「では、田中さん」
「はい」
「お願いします」
「分かりました」
山下が清掃しなかった方の死体へ手を向ける。
「『清掃』」
スキルを発動すると、死体から残っていた魔素が綺麗に消えた。それどころか——死体まで消えてしまう。⋯⋯困ったな。計測用に残しておこうと思っていたんだけど⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
研究員さん達は黙ってしまっていた。なんか⋯⋯。
「すみません」
「何故謝るんですか?」
「いや⋯⋯消すつもりじゃなかったので⋯⋯」
「いつもそうなんですか?」
「まあ、ある程度のモンスターなら大抵は⋯⋯」
「ある程度?」
「はい」
「どの程度まで?」
「⋯⋯結構?」
「曖昧すぎますね」
「仕事では感覚でやってるんで⋯⋯」
そんな細かいこと考えたことなかった。
測定器を見ていた別の職員さんが声をかける。
「残留魔素、ゼロです!」
「完全に?」
「はい」
「⋯⋯一回で?」
「一回ですね⋯⋯」
研究員さんが腕を組む。
「やはり、出力だけでも一般的な清掃スキルとは別物ですね」
「19年やってますから」
「19年でここまでなるんですか?」
「俺に聞かれても⋯⋯」
「主任⋯⋯俺も14年くらいやってるんで⋯⋯年数が理由だったら落ち込みますよ⋯⋯」
悲痛な山下の声に、俺は内心で謝った。ごめんな、お前を傷付けるつもりじゃなかったんだ⋯⋯。
「じゃあ次!」
何故か水野さんが仕切り始めた。
「夏希、あなた研究員じゃないでしょう」
「いいじゃん玲奈さん!気になるし!」
「私も気になりますけど」
黒川さんも気になるんじゃないか⋯⋯。
「次はこちらです」
テーブルの上に、小さな透明容器が置かれた。中には紫色の液体が。
「何ですかこれ?」
「D級モンスターから抽出した毒です」
「毒?」
「はい。ただし人体に致命的なものではありません」
「⋯⋯これを清掃するんですか?」
「試していただけますか?」
「まあ⋯⋯」
毒って汚れ⋯⋯なのか?
俺の中では掃除するものというより、処理するものって感じだが。
とりあえず手を向ける。
「『清掃』」
透明容器の中から、紫色だけが消えた。
「⋯⋯」
残ったのは透明な水のような液体。
「成分を分析します!」
「毒性反応、消失しています」
「⋯⋯毒、消えましたね」
「消えましたね」
俺も研究員さんも同じことを言った。
「田中さん」
水野さんが俺を見る。
「うん?」
「毒って清掃するもの?」
「⋯⋯俺に聞かれても」
「出た!」
「出たって何ですか」
「最近ずっとそれ言ってる!」
「だって分からないんだから仕方ないでしょう⋯⋯」
俺のスキルなのに、俺が一番分かってない。
でも毒を消すって、『治癒』スキルとかの領域だよな⋯⋯。まぁ、細かいことは気にしないでおこう⋯⋯。
「では次です」
「まだあるんですか?」
「本番はここからです」
「嫌な予感するなぁ⋯⋯」
次に運ばれてきたのは、小さな金属板だ。見た目は普通だな。
「こちらには、簡易的な呪いが付与されています」
「呪い!?」
「人体への影響は軽微です。触れた際に、数分程度手が痺れるものです」
「充分嫌ですけど⋯⋯」
「田中さんが触る必要はありません」
「なら良かった」
呪いって⋯⋯こんなのまで掃除出来るとは思えない。毒の時点でアレだったけど、清掃の域を超えてる。
「では、お願いします」
「はい」
とはいえ、実験だからやるしかない。
俺は金属板を見る。何か黒いモヤのようなものが見える⋯⋯気がする。とりあえず試してみるか⋯⋯。
「『清掃』」
スキルを発動。
「⋯⋯」
「測定します」
研究員さんが機械を操作する。
「呪術反応⋯⋯消失」
「⋯⋯消えた?」
「はい」
「呪いも?」
「はい⋯⋯」
俺は自分の右手を見る。
「⋯⋯怖くなってきた」
「今更!?」
水野さんが叫ぶ。
「ドラゴンのブレス消した時点で怖がってよ!」
「いや、あれは必死だったから⋯⋯」
「毒と呪いまで消す清掃って何!?」
「だから俺に——」
「聞いても分からない!」
「分かってるじゃないですか⋯⋯」
段々扱いが雑になってきたぞ、この子。
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