12話 清掃おじさん、地域ナンバーワンになる
翌日、珍しく俺は仕事以外の用事で、福岡県探索者協会へ呼ばれていた。
以前行った測定室とは違う会議室。俺の隣には、何故か水野さんがいる。
「なんで水野さんいるんです?」
「気になるから!」
「関係者じゃないですよね?」
「田中さんがここに来るきっかけ作った関係者!」
「そうなのかなぁ⋯⋯」
まあ、いいか⋯⋯。なんかもう慣れてきた。
正面には探索者協会の職員さんが三人座っている。
随分と偉そうな人までいる。
⋯⋯嫌な予感がする。
「田中和彦さん」
「はい」
「先日行った精密検査及び、過去の記録との照合が完了しました」
「はい」
「改めてご報告します」
書類が置かれる。
《田中和彦》
《年齢:41歳》
《魔素量:8192》
見慣れた数字だ。
いや、見慣れちゃいけない数字なんだろうけど。
「測定結果に誤りはありません」
「⋯⋯やっぱり8192なんですね」
「はい」
「減ったりしません?」
「しません」
「そうですか⋯⋯」
少し期待したのに。
「また、現在までに確認されている田中さんの身体能力、スキル出力、レッドドラゴンの討伐実績、博多第三ダンジョンにおける戦闘記録、春日第二ダンジョンでの救助活動についても精査しました」
「はい」
随分調べられている。
「結論から申し上げます」
職員さんが真っ直ぐ俺を見る。
「現在、福岡県内において、田中さんを上回る戦闘能力を持つと判断できる探索者は確認できません」
「⋯⋯」
俺は瞬きをした。
「⋯⋯はい?」
「現時点で、田中さんは福岡県内最高戦力である可能性が極めて高いです。⋯⋯恐らく世界で見ても最高戦力だと思いますが、そこの判断は我々では出来ず。すみません」
「いやいやいや」
流石にそれはおかしい。
「俺、清掃員ですよ?」
「職業は関係ありません」
「探索者ですらないんですけど」
「元探索者資格保有者ですね」
「F級ですよ?」
「A級上位のレッドドラゴンを一撃で討伐しています」
「⋯⋯」
言い返せない。
「博多第三ダンジョンでは、A級モンスターを含むオーガの群れを単独で殲滅」
「⋯⋯はい」
「魔素量は8200弱」
「⋯⋯はい」
「春日第二ダンジョンでは複数のモンスターを単独討伐し、高濃度魔素汚染を除去しながら救助活動を成功させています」
「⋯⋯はい」
「以上を踏まえた判断です」
「⋯⋯なるほど」
並べられると、なんか凄い人みたいだな。
「田中さん!」
横を見ると、水野さんの目が輝いている。
「福岡最強だって!」
「そうみたいですね⋯⋯」
「反応薄っ!」
「いや⋯⋯」
実感がない。
俺が探索者——しかもF級探索者だったのは19年も前の話だ。同期がどんどん先へ進んでいく中、俺だけが弱かった。
魔素量は5。戦闘向きではない清掃スキル。
何度ダンジョンへ入っても強くならない。
自分より若い探索者が、俺では勝てなかったモンスターを簡単に倒すところを見た。
その時、諦めた。
——俺には才能がない。探索者は向いていない。そう思って辞めた。
それから19年間、ずっと掃除していただけだ。
なのに今——。
「俺が⋯⋯福岡で一番強い?」
「少なくとも福岡で、です。十中八九世界最強だと思われます」
「⋯⋯人生、分からないもんですねぇ」
思わずそんな言葉が出た。
「田中さん」
「はい?」
職員さんが一枚の書類を取り出す。
「そこで、探索者協会として田中さんにご提案があります」
「⋯⋯提案?」
「探索者資格の再取得です」
「⋯⋯」
来た——。何となく、そんな気はしていた。
「現在の田中さんであれば、F級から再スタートする必要はありません。特例審査を行い、実力に応じたランクを——」
「あー⋯⋯」
「田中さん?」
「すみません」
俺は頭を下げる。
「今のところ、探索者に戻るつもりはないです」
「えっ!?」
水野さんが一番大きな声を出した。
「なんで!?」
「なんでって⋯⋯」
俺は少し考える。
——確かに、昔は探索者になりたかった。
強くなりたかった。モンスターを倒して活躍する人達に憧れていた。
今の俺なら⋯⋯もしかしたら、19年前に諦めた夢を叶えられるのかもしれない。でも————。
「今の仕事、結構好きなんですよ」
「⋯⋯清掃作業が、ですか?」
「はい」
山下がいて、佐々木がいて、高橋がいて⋯⋯会社にも世話になった。
現場に出るのが好きだからと、昇進を止めてもらって主任に留めてもらい、現場へ出続けることを許してもらっている。
それに——今日も、俺達が掃除しなければならないダンジョンがある。
「別に探索者にならなくても、人を助ける必要がある時は助ければいいかなって」
「⋯⋯」
「俺は清掃員なんで」
それでいい。——少なくとも今は。
◆
その日の夜、仕事を終えた俺は自宅へ帰っていた。
既に他界した両親が残してくれた、少し広い平屋。一人で住むには若干広い。
「ただいまー」
当然、返事はない。
作業着を脱いで、洗濯機へ放り込む。
風呂を沸かす間に掃除機を掛ける。昨日サボったからか、少し埃が溜まっている。
「⋯⋯『清掃』」
埃が消えた。
「⋯⋯」
世界最高記録の8倍の魔素量。
ドラゴンのブレスを消し飛ばす清掃スキル。
福岡県内最高戦力。
「⋯⋯家の埃消すのに使ってんだよなぁ」
我ながら、勿体ない気がしてきた。
そう思っていると、スマートフォンが震える。そこに表示されていたのは、無理やり連絡先を交換させられた水野さんからだった。
『田中さん!ニュース見て!!』
「⋯⋯また?」
嫌な予感しかしないが⋯⋯致し方なくテレビをつける。
『——今、福岡で最も注目されている人物といえば、やはりこの男性でしょう』
「⋯⋯」
そこには——俺が映っていた。
作業着姿でドラゴンを殴っている。
『通称、“清掃おじさん”こと田中和彦さん、41歳』
「本名出てるんだから通称いらないだろ⋯⋯」
『A級上位モンスター、レッドドラゴンを一撃で討伐。その後の配信では複数のA級モンスターを単独討伐しました』
映像が切り替わる。
博多第三ダンジョンでオーガを殴り飛ばす俺だ。おい、俺の許可取れよ。
『さらに測定された魔素量は、世界最高記録を大幅に更新する8192』
また切り替わる。
春日第二ダンジョンだ。⋯⋯これは救助隊の記録映像だろうか。俺が怪我人を抱えて戻ってくる姿が映っている。
『そして先日発生した春日第二ダンジョン崩落事故では、救助隊到着前に単独で崩落地点へ進入。高濃度魔素汚染とモンスターを突破し、取り残された探索者7名全員を救助しました』
「⋯⋯」
なんだろう。
テレビで見ると、俺じゃないみたいだ。
『福岡県探索者協会関係者への取材によると、現時点で——』
女性アナウンサーが、少し笑いながら言った。
『“福岡県内に田中さん以上の戦力は確認できない”とのことです』
画面に大きな文字が出る。
《福岡最強!?謎の清掃員・田中和彦》
「⋯⋯マジかぁ」
俺はソファへ深く座る。
福岡最強⋯⋯。とんでもない肩書きが付いてしまった。
スマートフォンがまた震えた、水野さんからだ。
『福岡最強の清掃員!!!』
「楽しんでるなぁ⋯⋯」
返信する。
『俺は普通の清掃員です』
すぐに既読が付いた。
『普通の清掃員はドラゴン殴り殺さないよ!!!』
「⋯⋯確かに」
少し笑ってしまった。
かつて俺は探索者を諦めた。才能がないと思った。
F級のまま、何者にもなれずに終わった。
それか俺はただ、毎日仕事をした。
誰かが倒したモンスターを片付けたり、汚れたダンジョンを綺麗にしたり、探索者の遺体を家族の元へ帰したり。それだけだった。
その19年間がどういうわけか——俺を福岡で一番強い男にしていたらしい。
「⋯⋯どうしてこうなったんだろう」
何度目か分からない言葉を呟く。
⋯⋯まあ、いいか。明日も仕事だ。
俺はテレビを消し、風呂へ向かった。
この時の俺は、まだ知らなかった。
福岡で起きた一連の騒動は、既に福岡だけの話ではなくなっていた。
◆
同時刻——東京。
日本探索者協会、本部。
一通の報告書が、机の上に置かれていた。
《対象者:田中和彦》
《年齢:41歳》
《職業:ダンジョン清掃員》
《元探索者ランク:F級》
《現時点における推定戦闘能力:測定不能》
《魔素量:8192》
報告書を読んでいた男の手が止まる。
「⋯⋯8192?」
もう一度見るが、何度見ても変わらない。
「福岡に⋯⋯何がいるんだ?」
ただの清掃員だった男は、福岡で一番強い男になった。
そしてその存在に——日本が気付き始めた。
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