11話 清掃おじさん、反響を知る
春日第二ダンジョンでの事故から、三日が経った。
俺——田中和彦は、いつも通り仕事をしていた。
「主任、そっち終わりました?」
「終わったよー。山下、そっちは?」
「こっちも終わりました」
「じゃあ佐々木と高橋のところ手伝って、今日は上がるか」
「了解です」
福岡市内にある小規模ダンジョン。
今日は朝から浅い階層を中心に、三件の清掃作業を行った。
モンスターの死体を消して、残留魔素を処理して、血で汚れた床を綺麗にする。いつもの仕事だ。
「『清掃』」
スキルを発動する。
床に残っていた血痕と細かな肉片が一瞬で消えた。
「よし」
綺麗になった。⋯⋯やっぱりこれが一番落ち着くなぁ。
ここ最近は色々ありすぎた。
仕事中にレッドドラゴンと遭遇して、何故か殴ったら倒せて⋯⋯。
水野さんに目を付けられて、博多第三ダンジョンに連れて行かれて、魔素量を測ったら8192とかいう意味の分からない数字が出て⋯⋯。
挙げ句の果てには、ダンジョン事故で人を助けることになった。
我ながら、とんでもない一週間だった。
「主任ー!」
「ん?」
遠くから高橋が走ってくる。
「何だ?」
「これ見てください!」
高橋がスマートフォンを突き出してくる。
「またネットか?」
「はい!」
「嫌だよ⋯⋯」
「いいから見てくださいって!」
「最近それで良い思いしたことないんだけど⋯⋯」
渋々画面を見ると、それはニュースサイトの記事だった。
《春日第二ダンジョン崩落事故、取り残された探索者11名全員が無事救助》
ここまではいい。——問題はその下だ。
《救助したのは話題の“清掃おじさん”》
「⋯⋯」
俺はそっとスマートフォンを高橋へ返した。
「主任?」
「見なかったことにしよう」
「なんでですか!」
「なんでまた清掃おじさんなんだよ⋯⋯」
「もう定着してますからね」
「定着しないでほしかったよ⋯⋯」
ドラゴンを倒した時から、ネット上では完全にこの名前で呼ばれている。
最初はすぐ飽きられると思っていた。
しかし、世界一の魔素量、そして今回の救助事故。
話題が途切れるどころか、どんどん大きくなっている。
「でも主任、コメント結構凄いですよ」
「見せなくていいって⋯⋯」
「読みますね!」
「聞けよ⋯⋯」
高橋が勝手に読み始める。
「『命令違反ではあるけど、全員助けたなら何も言えん』」
「それは本当にすみませんでした」
「『魔素汚染を消して、瓦礫撤去して、モンスター倒して、瓦礫の奥に取り残された7人全員連れて帰ってきたらしい』」
「まあ⋯⋯そうだな」
「『一人だけ災害救助隊みたいになってて草』」
「それは違うだろ」
「『この人、ドラゴン倒した時より今回の方が好きだわ』」
「⋯⋯」
少しだけ、反応に困った。
「『普通にカッコいい』」
「もういいって⋯⋯」
「『助けても配信されてないからバズ目的でもないのが良い』」
「高橋」
「『福岡最強のおじさん』」
「⋯⋯仕事するぞ!」
「あっ!待ってください主任!」
俺は高橋を置いて歩き出した。
恥ずかしい。非常に恥ずかしい⋯⋯。
俺は別に、カッコいいことをしたつもりはない。
あの時はただ、救助隊が間に合わないかもしれないと思った。
そして、俺なら助けられるかもしれないと思った。
だから行った、それだけだ。
「⋯⋯まあ」
7人とも助かったんだ。なら、それでいいか。
◆
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様です!」
夕方、会社へ戻ると妙な違和感があった。
「⋯⋯?」
なんだ?事務所に知らない人がいる。
一人や二人ではない。
若い男性が何人も椅子に座っている。
「部長」
「おう、田中。お疲れ」
「あの人達、誰ですか?」
「面接」
「面接?」
「採用面接だよ」
「こんな時期に?」
「お前のせいだよ」
「また俺!?」
最近、何でも俺のせいにされてない?
「求人応募がとんでもないことになってんだよ」
「なんでですか?」
「お前がテレビやネットに出まくったからだろ!」
「俺、テレビには出てませんよ」
「勝手にニュースで流れてんだよ!」
「あー⋯⋯」
それは俺にはどうしようもない。
部長がパソコンの画面を見せてくる。
「うちの採用ページ、アクセス数が先月の300倍だ」
「300倍!?」
「応募もめちゃくちゃ来てる。経験者までいるぞ」
「⋯⋯マジですか」
それは素直に驚いた。
ダンジョン清掃業は、あまり人気のある仕事ではない。
危険、汚い、モンスターの死体を扱う。
場合によっては、人間の遺体だって回収する。
給料はかなり良い方だと思う。
俺も年収としては1500万近く貰っている。東京だとそう珍しくないかもしれないが、福岡ならまぁまぁ珍しい方だ。
それでも、人が集まりやすい仕事ではない。
「何でまた⋯⋯」
「お前を見て、ダンジョン清掃に興味持ったって奴が多いらしいぞ」
「俺?」
「そうだ」
部長が笑う。
「今までニュースになるダンジョン関係者って、ほとんど探索者だったからな」
「あー⋯⋯」
「ダンジョン清掃員なんて、一般人からしたら何やってるのかもよく分からない仕事だった。それがお前のおかげで知られた」
「⋯⋯なるほど」
言われて、面接を待っている若い人達を見る。
——二十代くらいだろうか⋯⋯。緊張した顔で座っている。
その中の一人と目が合った。
「あっ!」
「?」
「田中さんですよね!?」
「え?あ、はい」
青年が立ち上がった。
「俺、動画見ました!」
「ありがとうございます⋯⋯?」
こういう時、何て答えるのが正解なんだ。
「春日の救助も見ました!俺、あれ見てダンジョン清掃の仕事調べたんです!」
「⋯⋯そうなんですか」
「はい!」
青年が嬉しそうに笑う。
「探索者だけじゃなくて、こういう仕事もあるんだなって」
「⋯⋯」
少しだけ、嬉しかった。
俺は19年間、この仕事を続けてきた。
探索者を諦めて、仕事も辞めて⋯⋯。何となく縁があって入った会社だった。
最初からダンジョン清掃員になりたかったわけではない。
それでも19年間、ダンジョンの清掃を続けてきた。——探索者の遺体を地上へ連れて帰ったり、危険な目に遭う事もあった。辞めたいと思ったことだって何度かあった。
それでも続けた。
今では部下もいて、主任なんて肩書きも貰った。
自分なりに、この仕事には誇りを持っている。
その仕事を見て、やってみたいと思ってくれた人がいる。それが嬉しかった。
「⋯⋯頑張ってください」
「はい!」
「結構大変ですよ、この仕事」
「分かってます!」
「あと、清掃スキル持ってます?」
「持ってます!」
「それなら良かった。面接、頑張って」
「ありがとうございます!」
青年が頭を下げる。
俺も軽く頭を下げて、その場を離れた。
「主任」
「ん?」
山下がニヤニヤしている。
「何だよ」
「嬉しそうですね」
「⋯⋯まあな」
否定するのも違う気がした。
「ちょっとな」
「主任のおかげですよ」
「俺は何もしてないけどな」
「してますって」
山下が笑う。
「少なくとも、あの若い子がここにいるのは主任のおかげでしょ」
「⋯⋯」
そう言われると、悪い気はしない。
「まあ、採用するか決めるのは俺じゃないけどな」
「そこは現実的なんですね」
「そりゃそうだろ」
俺はただの主任。現場の責任者だ。人事権なんて持ってない。
ただ、あの人達が上手くいくと嬉しいなとは思う。
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