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104話 清掃おじさん、悩む

「勇者!?なんで!?」


 思わず大きな声が出た。


 これまでの人生で、そんな呼ばれ方をされたのは当然初めてだ。

 しかも俺は剣士でも英雄でもなく、ただのダンジョン清掃員である。


「私達の世界を救う力をお持ちなのですから、勇者様とお呼びするほかありません」

「いや、普通に田中でお願いします」

「ですが——」

「田中でお願いします」


 そこだけは譲れない。

 サクヤさんは少し残念そうな顔をしたが、ようやく俺の手を離してくれた。


「それで⋯⋯助けてほしいというのは、具体的に何をすればいいんですか?」


 大体の予想はついている。

 それでも確認すると、サクヤさんは俺の目を真っ直ぐ見た。


「私達の世界へお越しいただきたいのです。そして田中様のお力で、世界に満ちている魔素を消滅させていただきたいと考えております」

「向こうの世界に⋯⋯」


 思わず歪みを見る。


 白峰さんのスマホに映っていた、モンスターだらけの荒廃した世界。ついさっきまで俺達を殺そうとしていたエルダー・ドラゴニュートも、あそこから来た。

 そんな場所へ行けと言われて、すぐに「分かりました」と言えるはずがない。


「田中さん、駄目だからね」


 隣から水野さんの声が飛んできた。

 見ると、さっきまで黙っていた水野さんが俺を睨んでいる。


「まだ行くなんて言ってませんよ」

「田中さん、こういう時に頼まれたら断らなそうだもん」

「いやいや、俺だって命は惜しいですよ」

「じゃあ断って」

「まだ話を聞いてる途中ですから⋯⋯」


 水野さんは納得していない顔だった。

 サクヤさんが申し訳なさそうに俺達を見る。


「危険なお願いであることは承知しております。ですが、田中様のお力であれば、私達が100年以上解決出来なかった問題を終わらせられるかもしれません」

「危険って、具体的にはどの程度なんですか?」


 神崎さんが尋ねた。

 サクヤさんは少し考えてから答える。


「先ほど皆様が倒されたエルダー・ドラゴニュートは、私達の世界でも危険なモンスターです。生息数は多くありませんので、遭遇すること自体が珍しい存在ではあります」

「⋯⋯珍しいだけで、あれがその辺を歩いてる可能性は無くないってことですか」

「⋯⋯はい」


 エルダー・ドラゴニュートはSS級。天城姉妹が二人がかりで手も足も出なかった化け物だ。そんな化け物が複数存在していて、しかも地上を歩いているという。

 ——さらに、サクヤさんの説明はそこで終わらなかった。


「ですが、エルダー・ドラゴニュートは私達が最も恐れているモンスターではございません」

「⋯⋯あれより上がいるんですか?」


 俺が聞くと、サクヤさんは頷いた。


「私達の世界には、人類が現在まで領土の大半を取り戻せずにいる最大の理由となった四種のモンスターが存在します。いずれもエルダー・ドラゴニュートとは比較にならないほど強大で、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸を支配しています」


 嫌な情報が追加された。

 エルダー・ドラゴニュートですら、俺達の世界では初めて確認されたSS級モンスターだ。

 それより遥かに強いものが四種類いて、それぞれが大陸を支配しているらしい。オーストラリア大陸は多くが砂漠で住めないし、南極大陸は言わずもがなだ。

 それに、そんなヤバいのが居ないだけで、どこにでも強いモンスターがいるのだから、恐ろしいことこの上ない。


「討伐したことは無いの?」


 空さんが尋ねる。


「ございません。少なくとも、現在まで確実な討伐記録が残っている個体はいません。私達は四種が支配する地域を避け、その活動範囲から可能な限り離れた場所に都市を築いております」


 それを聞いて、向こうの世界の人類が1000万人程度まで減っている理由が少し分かった気がした。

 サクヤさんのような戦闘に明るくなさそうな人でさえ、A級探索者の剣を指二本で止められる。それほど強い人間達が百年以上も世界を取り戻せずにいるのだ。相応にモンスターも強く、多いのだろう。


「田中さん」


 黒川さんが真剣な顔で俺を見る。


「行ってはいけません」


 普段より強い口調だった。


「私も反対です。今のお話を聞いた限り、安全を確保出来る要素がありません」


 橘さんも続く。

 周囲にいた探索者達からも同意する声が上がった。


 俺自身、今すぐ向こうへ行くつもりなんてない。それでも、サクヤさんの話を聞けば聞くほど、とんでもない場所へ誘われていることだけはよく分かった。


「そもそも貴方の世界の事情に巻き込み、こちらの世界で死者まで出しておいて、虫がいい話にも程があるでしょう」


 白峰さんの声は静かだったが、明らかに怒っていた。


「貴方達が生き残るためだったことは理解します。

 しかし、こちらには何の相談もなく大量の魔素を送り込み、その結果として異常が発生した。

 さらに今回はこちらと直接接続したことで、SS級モンスターまで侵入してきました。田中さんに助けを求める以前に、まずこちらの世界に対して責任を負うべきではありませんか」


 サクヤさんは反論しなかった。

 深く頭を下げる。


「仰る通りです。厚かましいことは理解しています。ですが⋯⋯!」


 顔を上げたサクヤさんの目には、さっきとは違う必死さがあった。


「私達には、もう他に方法がないのです。世界に満ちた魔素を減らすため、100年以上あらゆる方法を試してきました。それでも現状維持が精一杯でまともに減らすことは出来ず、多くの平行世界に負担していただくことで、どうにか今日まで生き延びてきました」


 サクヤさんは俺を見る。


「その中で初めて、魔素そのものが消滅しました。田中様のお力は、私達が100年以上探し続けてきたものなのです」


 必死なのは分かる。

 人口が千万人程度まで減り、人間が暮らせる土地も限られ、外にはエルダー・ドラゴニュートどころか、それ以上の怪物までいる。


 そんな世界に突然、魔素を完全に消せる人間が現れた。


 縋りたくなるのも当然だと思う。

 それでも、こちらにも事情がある。


「事情は分かりました。しかし、田中さん一人に負わせていい問題ではありません」


 神崎さんがそう告げると、サクヤさんは唇を結んだ。


 誰もサクヤさん達の状況を軽く考えているわけではない。

 だからといって、俺が向こうへ行けば解決するという話でもない。


 サクヤさんは俺達の世界を救ってほしいと頼み、白峰さん達は俺を行かせるべきではないと主張する。

 どちらにも譲れない理由がある以上、話はいつまで経っても平行線だった。


 俺は目の前で続く話を聞きながら、もう一度巨大な歪みへ目を向けた。


 向こうからは今も、凄まじい量の魔素が流れ込んでいる。

 サクヤさんの世界には、これが満ちている。


 そして俺なら、その魔素を消せる。


「⋯⋯もしかして」


 ふと、一つ試してみたいことが浮かんだ。

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