102話 清掃おじさん、真相を知る②
※分かりにくい説明が続いてすみまさん⋯⋯
「皆様が『ダンジョン』と呼んでいるものです」
「⋯⋯え?」
水野さんが声を漏らす。
俺も、すぐには理解出来なかった。
「ダンジョン?」
「はい」
「俺達が普段潜ってる、あのダンジョンですか?」
「その認識で間違いございません」
さすがに全員が驚いていた。
ダンジョンが何故突然世界中に現れたのか。
五十年経った今でも、人類には分かっていない。
それを目の前の女性は、別の世界から魔素を送り込むために作られた器だと、あっさり告げてしまった。まさか世界の謎がこんなあっさり判明するとは。
「では、モンスターは?」
神崎さんが尋ねる。
「魔素の性質によって生み出されたものです。大量の魔素が蓄積されると、様々な生物が発生します。その体内で魔素が結晶化したものが、皆様の呼ぶ魔石です」
「⋯⋯それを俺達が発電に使ってる」
俺が言うと、サクヤさんが頷いた。
「はい。魔石は私たちの世界でもエネルギー源として使っていました。器の中で管理可能なモンスターを適度な数倒せば、平行世界の利益にもなるだろうと考えられていたと聞いております」
実際、利益どころの話ではない。
今の俺達の世界は、魔石なしではまともに回らない。
世界の電力の大半を魔石に頼っている以上、ダンジョンが突然全部なくなれば、それはそれで大問題になる。
「では、スキルもあなた方が?」
白峰さんが尋ねた。
「『スキル』という言葉は、皆様の世界について調べた際に知りました。ですが、あれは私達が意図して与えたものではありません」
「違うんですか?」
「はい。平行世界へ魔素を送れば、そこに暮らす人々が魔素の影響を受けます。
そのため、ダンジョンを作った魔法使いは、接続した世界の人々にも私達と同じように魔素への耐性を与えました。
その影響によって、皆様の世界では一部の人間に特殊な能力が発現するようになったと考えられています」
「副作用みたいなものですか?」
「近いと思います。ただ、私達が使う魔法とは性質が異なります。少なくとも、私達の世界に皆様の『スキル』と同じものは存在しません」
俺は自分の右手を見る。
ずっと使い続けてきた『清掃』。
それまでダンジョンと何の関係があるのか考えたこともなかったが、元を辿れば同じ一人の魔法使いへ行き着くらしい。
「ここまでは、かつての魔法使いが作った仕組みのお話です」
サクヤさんの表情が変わった。
「今回、皆様の世界で起きた異常は、ここから先のお話になります」
全員の意識がサクヤさんへ集中する。
「ダンジョンを作った魔法使いは既に亡くなっています。しかし私達の世界の魔素は今も増え続け、人が生きられる領域も少しずつ狭くなっています。
そこで各国の支配者達は、自分達の国に残る魔法使いを集め、かつて作られたダンジョンへ、これまで以上の魔素を送ることを決めました」
「⋯⋯勝手に量を増やしたってこと?」
空さんの声が低くなる。
「はい」
「それで、こっちがどうなるかも分からないのに?」
「私達の世界が滅亡へ向かっていることを理由に、強行されました。私自身、それが正しかったとは申し上げません」
サクヤさんは言い訳をしなかった。
「各国には、平行世界との接続に利用する基点があります。私達の日本では伊勢になります。
そこから、こちらの日本に存在する複数のダンジョンへ100の新たな魔素経路が伸ばされました。
本来、その経路には魔素を送るだけではなく、平行世界側へ一度に流れ込みすぎないよう調整する役割があります。
しかし、あまりにも多くの魔素を流そうとした結果、いくつかの接続先でダンジョンが耐えきれなくなりました」
少しイメージしづらかったな。と思っていると、顔に出ていたのかサクヤさんがニコリと笑った。
「イメージしやすいように説明しますね。
まず各世界に送り込む用の魔素は、大気中の魔素を吸い溜め込む特殊な鉱石を使って用意しています。各世界用に貯水タンクのようなものがあると思ってください。
貯水タンクの鉱石から、100の経路に沿って魔素が日本中のダンジョンに流れ込んでいきます。水道管のようなものです。
しかし、貯水タンクに入れ込んだ水が多すぎた結果、いくつかの水道管が壊れて量を調整できなくなった。その結果、水道管の先——ダンジョンに亀裂が入り、そこから一気に貯水タンクの水が大量に噴き出す。といった感じです」
サクヤさんの説明で、ようやく俺にも分かった。
「経路を通って魔素の量を調整し、適量の魔素が流れ込む予定でしたが⋯⋯。
器——ダンジョンの亀裂から未調整の膨大な魔素が溢れました。それが、皆様の世界で『異常魔素』と呼ばれている現象です」
つまりこういうことだ。
まず、サクヤさん世界の日本から俺の世界の日本へ、100本の経路が伸びた。経路はサクヤさん世界と俺の世界のダンジョンを繋ぎ、魔素の量を調整しながら、より多くの魔素を流す機能を持つ。
しかし、経路に流し込む魔素が多すぎた結果、北海道、東京、神奈川、静岡、大阪、広島、福岡、沖縄の8ダンジョンでダンジョンに亀裂が入ってしまった。
亀裂はサクヤさん世界から大量の魔素を直接吸い込んでしまう。宇宙船に穴が空いて、空気が外に一気に出るようなものだろうか。とにかく、この一気に増えすぎた魔素が『異常魔素』ということだ。
内容を整理していると、白峰さんが尋ねる。
「福岡の異常を田中さんが最初に消した時、他の七ヶ所まで一時的に正常値へ戻ったのは何故ですか?」
「送る予定だった魔素そのものが減少したからです」
サクヤさんの答えは早かった。
「私達は、その現象を確認しています」
俺は思わずサクヤさんを見る。
「確認してたんですか?」
「はい。それこそが、私がこちらへ来た理由です」
サクヤさんの視線が俺へ向いた。
「私達は、皆様の世界へ送る魔素の総量を観測しています。最初の異常が発生した後、本来ならこちらの世界に存在しているはずの大量の魔素が、突如として消失しました」
今度は俺以外の視線まで集まってくる。
——嫌な予感がした。
「その結果、壊れた経路から無理に溢れ出していた魔素が一時的に減り、経路から溢れない程度の魔素量に一時的に落ち着きました。
そしてその後、各地で亀裂そのものが消失するたび、経路の調整機能が正常な状態へ戻っていきました。それだけではありません。その度に、こちらの世界へ既に送られていた魔素まで大量に消失しています」
サクヤさんは明らかに俺を見ている。
どうやら俺のせいで事態は解決したものの、ややこしい状態になったようだ。
俺はサクヤさんから何か言われる前にと、気になっていたことを尋ねる。
「福岡で最初に異常が起きた理由も分かるんですか?」
「はい。新たな経路を繋げる際には、魔素の濃い場所ほど発見しやすく、接続も容易になります。たとえば人口の多い場所ですね。そんな中、皆様の世界の福岡には他では考えられないほど巨大な魔素反応が存在していました」
「⋯⋯おっちゃんやな」
獅子堂さんが即答した。
「まだ俺とは限らないでしょ!」
「魔素量8000超えが他にもおるんやったら連れてきてみい」
「⋯⋯そんな人、連れてこれませんよ⋯⋯」
「ほなおっちゃんやないか!」
反論出来なかった。
サクヤさんが俺を見ながら続ける。
「その影響で、福岡にある複数のダンジョンは非常に捉えやすい状態だったと記録されています。私達が把握している限りでは、少なくとも三つのダンジョンへ強い経路が伸びていました」
これまで福岡で立て続けに起きた異常が頭に浮かぶ。
全部、俺の魔素が目印になっていた可能性があるらしい。
「⋯⋯俺、悪くないですよね?」
「誰も田中さんを責めてませんよ」
白峰さんに苦笑された。
少し安心した。
「それで」
神崎さんが目の前の巨大な歪みを見る。
「全国八ヶ所の亀裂が田中さんによって全て消された。その直後、伊勢でこれが発生した」
「はい」
サクヤさんの表情が険しくなった。
「私達の日本では以前から、こちらの世界で起きている異常を観測していました。そして皆様の世界だけで、送った魔素が減っていることも確認していました。最初は観測上の異常だと考えられていたそうです。しかし、各地の亀裂が一つずつ消え、その度に魔素まで失われていった」
「だから、原因を調べようとした?」
「それだけではありません」
サクヤさんは首を横に振った。
「私達にとって、魔素が消えるという現象は⋯⋯希望だったのです」
その言葉に、俺は黙った。
「私達の世界が滅びようとしている最大の原因は、世界が抱えきれないほど増え続けた魔素です。それを減らす方法がないからこそ、かつての魔法使いは他の世界へ分担してもらう方法を選びました。それなのに、こちらの世界では魔素そのものが消えている」
サクヤさんの声が僅かに震える。
「もし意図的に行われているのであれば、私達の世界を救う方法になるかもしれない。そう考えた者達が、こちらの世界と直接接触することを決めました」
「それが、この歪みですか」
白峰さんが尋ねる。
「はい。これまでの魔素経路とは全く異なります。私達の日本にある伊勢の基点と、皆様の世界の伊勢を直接接続しました。魔素だけを送る経路ではなく、人や物も通ることが出来る空間接続です」
だから、白峰さんのスマホも向こうへ行けた。
サクヤさんもこちらへ来られた。そして——。
「エルダー・ドラゴニュートも⋯⋯」
水野さんが呟く。
サクヤさんの表情が曇った。
「はい。直接接続を作ったことで、周辺に生息していたモンスターまでこちらの世界へ侵入出来る状態になってしまいました。
あの個体を意図的に送り込んだわけではありません。しかし、私達がこの道を作らなければ、こちらへ来ることもありませんでした」
誰もすぐには返事をしなかった。
三浦さんが死んだ。
海さんは両腕を失い、目まで斬られた。
他にも大勢が負傷している。
わざとではなかったから仕方ない、で済ませられる話ではない。
「⋯⋯申し訳ございません」
サクヤさんが深く頭を下げた。
「私達の都合で皆様の世界を危険に晒し、実際に命まで奪ってしまったことに、弁明の余地はございません」
空さんは何も言わない。
水野さんも俯いている。
俺だって、何と答えればいいのか分からなかった。
ただ、一つだけ分かった。
サクヤさんは、魔素が消えたことを調べるだけのために来たわけではない。
それが何なのか、既にある程度分かった上で来ている。
俺達の世界で、魔素を消している何か。
それを求めて。
「⋯⋯それで」
白峰さんが静かに口を開いた。
「あなたは先ほど、僕達に『世界を助けてほしい』と言いました」
「はい」
「つまり、あなたがこちらへ来た目的は——」
「魔素を消滅させている方を見つけ、その力で私達の世界を救っていただくことです」
サクヤさんが顔を上げる。
そして、その視線が真っ直ぐ俺へ向いた。
もう嫌な予感どころではない。
完全に俺を見ている。
「⋯⋯あの」
思わず一歩下がった。
「もしかして、俺ですか?」
サクヤさんは答えなかった。
ただ、俺を見つめたまま、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。
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