101話 清掃おじさん、真実を知る①
※分かりにくい説明が続きます。すみません⋯⋯
「どうか、私たちの世界をお助けください」
サクヤと名乗った女性は、深く頭を下げたまま動かなかった。
俺達もすぐには言葉が出なかった。
目の前の歪みをどうするか調べていたはずなのに、その向こうには滅びた日本のような場所が広がっていて、そこから突然人間が現れた。それだけでも理解が追いつかないのに、今度は世界を助けてほしいと言われている。
「⋯⋯とりあえず、顔を上げてもらっていいですか?」
「ありがとうございます」
女性がゆっくりと顔を上げる。
改めて見ると、驚くほど整った顔立ちをしていた。長い黒髪に、白と赤を基調とした見慣れない衣装。さっき自分をサクヤと名乗っていたが、それ以外は何も分からない。
「助けてほしいと言われても、俺達は何が何だか分かってないんです。まず、あそこがどこなのか教えてもらえませんか?」
俺が歪みの向こう側を指差すと、サクヤさんは頷いた。
「もちろんです。そのために私は参りました。ですが⋯⋯全てをお話しするには、少し長くなるかもしれません」
「構いません」
白峰さんが答える。
「僕達も、聞きたいことが山ほどありますから」
「ありがとうございます。改めまして、私はサクヤと申します。私達の日本を治める王家の者です」
「王家?」
空さんが怪訝そうな顔をする。
「はい。皆様の日本とは異なる歴史を歩んでおりますので、政治体制も異なります。立場だけで申し上げれば、私は日本の姫にあたります」
「お姫様ですか⋯⋯」
見た目だけならそんな感じだと思っていたが、本当にそうらしい。
「ではサクヤさん。先ほど『私達の世界』と仰いましたね」
白峰さんが尋ねる。
「はい」
「この歪みの向こう側は、ダンジョンの深層ではない?」
「違います」
サクヤさんははっきりと否定した。
「この先にあるのは、皆様が暮らしている世界とは異なる世界です。私達は長い間、皆様のような世界を平行世界と呼んできました」
「⋯⋯平行世界」
神崎さんが呟く。
「はい。私達の世界にも日本があり、伊勢があります。海の向こうにはアメリカも、イギリスも、中国も存在します。地形や国家、文化にも共通する部分が多くありますが、歩んできた歴史は大きく異なります」
スマホに映っていた光景を思い出した。
荒れ果てた道路。朽ちた建物。そこに残っていた日本語。
「あれは、本当に日本だったんですね」
「はい。皆様がご覧になった場所は、私達の世界の伊勢です」
「⋯⋯何であんなことになってるんですか?」
水野さんが尋ねる。
サクヤさんは少しだけ目を伏せた。
「戦争です」
短い答えだった。
「私達の世界には、古くから魔素が存在していました。皆様の世界とは比較にならないほど大量の魔素が自然界に存在し、人々はそれを利用して文明を発展させました。そのため、産業の発展も皆様の世界より百年ほど早く進んだとされています」
「だから、百年以上前の街なのに、あんな見た目なんですか?」
「はい。私達の日本では19世紀前半には近代化が進み、行政制度も大きく変わっていました。現在の都道府県に近い制度も、皆様の世界より早く成立しています」
それなら、あの映像にも説明がつく。
問題は、その文明がどうして滅びたのかだ。
「西暦1850年頃、世界規模の戦争が始まりました。当時の各国は魔素を利用した強力な兵器を保有しており、戦争の激化とともに、それらが実際に使用されました」
サクヤさんは淡々と話しているが、内容は酷いものだった。
一度に大量の魔素を解放し、都市そのものを消し飛ばす兵器。
それが世界各地で使われた結果、大地だけでなく海や大気まで大量の魔素に汚染された。
ただでさえ魔素の多かった世界に、人間がさらに大量の魔素を撒き散らしたらしい。
「その結果、世界の環境は大きく変わりました。魔素に適応出来なかった人々が死に、生き残った者も食糧不足や病、そしてモンスターによって命を落としていきました」
「モンスターも、その時に?」
神崎さんが聞く。
「元々、魔素から生まれる生物は存在していました。ただ、世界大戦後に数も種類も急激に増加し、強力な個体も次々と現れるようになったと伝えられています」
「エルダー・ドラゴニュートも?」
俺が尋ねる。
「はい。あれも私達の世界に生息する生物です」
分かってはいたが、実際に聞くと嫌な話だ。
あんなものが普通に生息している世界。
スマホに大量のモンスターが映っていた理由も分かった。
「現在、私達の世界に残っている人類は1000万人ほどと言われています。正確な数を把握出来ていない地域もありますが、最盛期と比較すれば99パーセント以上の人類が失われました」
「⋯⋯それで100年以上も耐えてきたんですか?」
黒川さんが聞く。
「はい。残された土地に都市を築き、結界や防壁でモンスターから身を守りながら暮らしています。私達が自由に生活出来る土地は、世界のごく一部に過ぎません」
百年以上もそんな状態が続いている。
それでも人類が絶滅していないことの方が凄いのかもしれない。
「一つ分からないことがあります」
白峰さんが口を開いた。
「先ほど僕が向こう側を調べた時、人間が普通に生活出来るとは思えないほどの魔素濃度でした。それなのに、あなたは平気なんですか?」
「それについては、私達の世界にかつて存在した一人の魔法使いが関係しています」
「魔法使い?」
「はい。世界大戦によって人類が滅亡しかけた時代に現れた、歴史上最も偉大な魔法使いです」
白峰さんの表情が僅かに変わる。
世界で唯一のS級魔法使いと呼ばれている人だから、やはり気になるのだろう。
「その方は、生き残った人類全てに魔法を施しました。高濃度の魔素の中でも生存出来るよう耐性を与え、さらにその後に生まれる子供達にも自動的に同じ耐性が受け継がれるようにしたと伝えられています」
「そんな魔法が⋯⋯」
「現在の私達には再現出来ません。その方が亡くなってから百年以上が経ちますが、未だに同じ領域へ到達した魔法使いはいないでしょう」
白峰さんは何も言わず、考え込んでいる。
「しかし、人間が魔素に耐えられるようになっても、世界そのものの問題は解決しませんでした。私達の世界にはあまりにも多くの魔素が存在し、今も世界を圧迫し続けています。そこで、その魔法使いは別の方法を考えました」
サクヤさんが俺達を見る。
「これ以上は抱えきれない魔素を、一つの世界だけで抱え込まない方法です」
「⋯⋯まさか」
白峰さんが目を細めた。
「はい。その方は、私達の世界と複数の平行世界を魔法によって接続しました」
俺達の世界もその一つ。
サクヤさんはそう言った。
「一つの平行世界へ大量に送り込めば、その世界を滅ぼしてしまう可能性があります。そのため数多くの世界へ少量ずつ分散し、私達の世界が抱える魔素を負担していただく仕組みを作ったのです」
「ちょっと待って」
空さんが口を挟む。
「勝手に他の世界へ押しつけたってこと?」
「⋯⋯そうなります」
「それで向こうがどうなるかなんて関係なく?」
「いいえ。その方も、それを危惧していたと伝えられています。ですから、魔素をそのまま世界へ放出するのではなく、安全に管理できる器を用意しました」
サクヤさんがそこで一度言葉を切った。
「皆様が『ダンジョン』と呼んでいるものです」
「⋯⋯え?」
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