第6章:諏訪の空の下、最後の収穫
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2008年、10月。
信州の空気はすでに骨に染みるほど冷たくなり始めていた。六渡野林檎園では、林檎の木々が重そうに枝をたわませ、収穫を待つ真っ赤な実を誇らしげに見せている。僕が最も待ち望み、そして最も恐れていた季節が来た。
僕の体はすでに僕を裏切っていた。足はゆっくりと引きずらなければ動かず、右手はほとんど感覚を失っている。あかりが僕の歩行を助け、彼女の小さな肩が、日に日に弱まっていく僕の体の支えとなっていた。隣では、しおりが小さなカゴを抱え、パパがもう以前のパパではないと知りながらも、必死に気丈な顔をしていた。
「ここ……だよ……」
僕はたどたどしい日本語で囁き、園の隅にある一本の古い林檎の木を指差した。
この木は、十年前の静かな目撃者だ。インドネシアから無謀にも夢を追ってやってきた一人の青年だった僕が、父親の手伝いをしていたあかりと出会った場所。この木の下で、僕は彼女を一生守り抜くと誓ったんだ。
「あかり……、しおり……」
僕はその木の幹に背を預けて座り込んだ。呼吸は重く、甘い林檎の香りがまるでお別れの挨拶のように感じられた。
僕は激しく震える指で、シャカシャカとしたナイロンジャケットのポケットを探った。そして、まだ手が自由に動かせた数ヶ月前から準備していた、二つの小さな箱を取り出した。
「最後……の、贈り物だよ」
僕は言った。
しおりには、林檎の花びらを形取ったペンダントのついた銀のネックレス。その裏側には、インドネシア語で言葉が刻まれている。「Anakku sayang.(愛する我が子へ)」
「しおり、もしパパがもう君の名前を呼べなくなっても……このネックレスに触れて。パパはそこにいるから」
僕は囁いた。しおりは声を上げて泣きながら僕に抱きつき、彼女の涙が僕の古びた作業シャツを濡らした。
それから、僕はあかりを見つめた。僕にすべてを捧げてくれた女性。僕は、出会った頃からしおりが生まれるまでの思い出を詰め込んだ一冊の小さなフォトブックを渡した。最後のページには、押し花にした林檎の葉と、指先が動かなくなる直前に書き残した、精一杯の丁寧な筆跡のメッセージを添えて。
『僕を「古戸波エド」にしてくれてありがとう。僕は君の名前を忘れてしまうかもしれない。けれど、僕の魂は君が僕の手を握るその感触を、ずっと覚えているはずだ。来世でも、林檎の木の下でぼんやりしているインドネシア人の男を探して。そして、もう一度彼の妻になってください。』
あかりは手で口を覆い、堰を切ったように泣き崩れた。彼女は冷たい地面に膝をつき、もう真っ直ぐに立つこともできない僕の足を抱きしめた。
「エドくん……、お願い、その霧の中に……遠くへ行かないで……」
彼女は震える声で訴えた。
僕は透き通るような諏訪の青空を見上げた。一番低い枝から真っ赤な林檎を一つ手に取り、その香りを嗅いだ。分かっている。明日には、この実の食べ方さえ分からなくなっているかもしれない。目の前で泣いている女性が誰なのか、尋ねてしまうかもしれない。
けれど、この瞬間、温かな秋の陽光の下で、僕は「勝った」のだと感じた。僕は最後の一本の「枝」を折ることに成功した。たとえ僕が消えてしまっても、この園で育んだ愛は、二人の心の中で永遠に実り続けるのだと確信できたから。
「Aku... bahagia.」
僕はインドネシア語で呟いた。通訳なんていらかった。光を失い始めた僕の瞳の輝きから、あかりには僕が「幸せだ」と言っていることが伝わっていた。
僕はそっと目を閉じた。信州の風が僕の意識の残骸をどこかへ連れ去っていくのを許した。僕の手は、妻と娘に固く握られていた。まるで、僕の魂が山を越えて飛んでいってしまわないように引き止めているかのように。




