第4章:レンズの裏で壊れた秘密
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諏訪の街に雨がしとしとと降り注ぎ、窓の隙間から濡れた土の香りが入り込んでくる。僕は林檎園から帰ったばかりで、体はひどく疲れ切っていた。しかし、広間に足を踏み入れた瞬間、いつも僕を迎えてくれるはずの温もりが消えていることに気づいた。
静寂。そして、冷気。
あかりが畳の上に膝をついて座っていた。彼女の前には、僕の古い木箱が開け放たれている。震える手で書き綴った手紙が床に散らばり、彼女の手の中では、僕たち家族の小さなデジタルカメラの液晶が光っていた。
世界が音を立てて崩れ去るようだった。全身の関節が、感覚を失っていく。
「エドくん……」
あかりの声はとても小さく、雨の音に消えてしまいそうだった。彼女は振り向かない。その目は、僕の自撮り動画が流れるカメラの画面に釘付けになっていた。
画面の中の僕——数週間前のエドが、涙を流しながらカメラに向かって語りかけている。
『あかり、この動画を見ているということは、僕はもう自分自身を失い始めているんだね。お願いだ、僕がしおりの名前を忘れ始めたら、彼女には僕の姿を見せないでほしい……』
あかりがゆっくりと顔を上げた。顔色は青ざめ、瞳は腫れ上がり、真っ赤になっていた。「これ、どういう意味なの、エドくん? 『自分を失う』? 『名前を忘れる』って?」
僕は口を開こうとしたが、舌がもつれて動かない。これまで築き上げてきた嘘が、木っ端微塵に砕け散っていく。「あかり、それは……僕はただ……」
「もう嘘をつかないで!」あかりが叫んだ。結婚して十年間、彼女が僕に怒鳴ったのはこれが初めてだった。その声は震え、傷ついていた。
「私はあなたの妻よ!あなたにこの名字をあげて、どんな時も一緒にいるって誓ったじゃない!なぜ、こんな地獄を一人で背負っていたの?!」
僕は彼女の前に崩れるように膝をついた。すべての防壁が崩壊した。
「……怖かったんだ、あかり! 君の瞳の輝きが、僕への同情に変わってしまうのが怖かった。僕は完璧な夫でありたかったんだ。赤ん坊みたいに君の手を焼かせる、お荷物になりたくなかったんだ!」
あかりが這うようにして近づき、僕を力いっぱい抱きしめた。彼女の顔は僕の肩に埋められ、激しい嗚咽で肩が大きく揺れている。
「お荷物なんかじゃない……。あなたは私の、魂の片割れなのよ」彼女は泣きじゃくった。「もしあなたが記憶を失うなら、私が代わりにそれを守ってあげる。あなたが帰り道を忘れるなら、私があなたの道しるべになる。だからもう二度と、一人で枝を折ったりしないで……」
僕は彼女の抱擁を返し、中毒のようになっていた彼女の髪の香りを深く吸い込んだ。外では雨がますます激しくなり、まるで一人の男が静寂の中で苦しみ、家族を深く愛した姿を見て、信州の空が共に泣いているようだった。
その腕の中で、僕は最も残酷なことに気づいた。この真実が僕の病を治すわけではない。けれど、少なくとも今、僕たちはもう暗闇の中を一人で走っているのではない。僕たちは共に堕ちていく。けれど、少なくともその手は固く握り合っているのだ。
「ごめんね、あかり……。いつか君を忘れてしまう僕を、許してほしい」
僕は彼女の耳元でそう囁いた。
その夜、広間の薄暗い明かりの下、もう秘密は存在しなかった。そこにあったのは、たとえ秋が来て林檎園の美しい色を消し去ってしまうとしても、止まることのない時間を必死に引き止めようとする、二人の人間の姿だけだった。




