第25話 同意なき契約は封じられない
先代公爵の赤い家門封が、青い封庫の中で強く光った。
白銀の狼。
亀裂の入った喉元から、赤い光が滲み出す。
それは炎のようでありながら、熱くはなかった。
むしろ、冷たい封庫の空気を押し返すような、凛とした光だった。
青い封蝋たちが一斉に震える。
黒紫の封蝋の粉が、確認台の上でざわざわと動いた。
まるで、赤い光を恐れているように。
「何を……」
イザークの声から、初めて余裕が消えた。
彼はすぐに表情を整えようとしたが、遅い。
その一瞬の動揺を、私は見逃さなかった。
この反応は、彼にとって想定外なのだ。
「先代ヴァイス公爵の家門封が反応しています」
私は言った。
「つまり、この王宮保管封はまだ有効です。再封によって消されるべき劣化封ではありません」
「封蝋反応だけで判断はできません」
イザークが鋭く返す。
「むしろ、外部職能者の干渉によって封が不安定化した可能性があります。セラフィナ嬢、あなたは先ほど黒紫の封蝋に反応しましたね」
「反応したのは封蝋です。私は触れていません」
「封蝋読みの職能は、接触を伴わずとも干渉し得る。そうでは?」
言葉の刃が来た。
私が触れずに読んだことを、今度は罪にするつもりだ。
封庫内の禁制契約に触れた。
指定確認者を共犯として拘束する。
最初から、そう持っていくための罠だったのだろう。
でも。
「職能による読解と、契約への同意は別です」
私は静かに答えた。
イザークの目が細くなる。
「何を?」
「契約は、同意を覚えます」
確認台の上の黒紫の封蝋粉を見つめる。
気味の悪い色。
人を縛るための色。
けれど、その中に最も重要なものが欠けている。
「封蝋は、押された時の意思を残します。契約封なら、なおさらです。誰が、何に、どの条件で同意したのか。完全でなくとも、痕跡は残る」
私は黒紫の封蝋には触れず、一歩だけ近づいた。
レオン様が苦しげに息をする音が聞こえる。
すぐに駆け寄りたい。
でも今、私がここで止まれば、イザークはこのまま私を拘束する。
レオン様を契約反応で黙らせ、先代公爵の遺言も再封する。
だから、進む。
半歩横に立つと決めたのだから。
「この黒紫の契約封には、私の同意がありません」
私は言った。
「指定確認者を共犯として拘束するという追記があるなら、それは後から書き足されたものです」
「証拠は?」
イザークが低く問う。
「私自身です」
私は白手袋を胸元で重ねた。
「私はこの契約の締結時に存在していません。先代公爵の遺言保管時、私は王宮文書局と何の契約関係にもなかった。さらに、指定確認者としての私の名は先代公爵の覚書に残されたものであり、王宮文書局側の禁制契約に同意した事実はありません」
「禁制契約は封庫保全のための包括規定です。入室者は入室時点で規則に同意したものとみなされます」
「では、入室前に提示された規則書に、指定確認者を共犯拘束する条項はありましたか」
イザークは黙った。
その沈黙に、クラリッサ夫人の目が鋭くなる。
「メルヴィン殿。入室規則書は私も確認しました。禁制文書への接触禁止、封蝋破損時の聴取、封庫内物品の移動制限はありましたが、指定確認者を共犯として拘束する条項は見ておりません」
クラリッサ夫人の声は冷静だった。
味方というより、形式の番人。
でも今は、それがありがたい。
セルジオ司祭も黒紫の封蝋粉を見つめていた。
「私も確認しておりません」
低い声だった。
「教会側立会人として申し上げますが、同意なき拘束契約は、神殿法上も問題があります」
イザークの目が冷えた。
「セルジオ司祭。これは王宮文書局の保全規則です」
「保全規則であっても、同意なく対象者を増やす契約は、正当な封とは言えません」
セルジオ司祭は淡々と返す。
ベルナール司祭とは違う。
この人は少なくとも、今この場では手続きの筋を見ている。
私はその隙を逃さなかった。
「この黒紫の封蝋は、封庫の規則ではありません。相続調査制限契約の一部です」
イザークが私を見る。
「断定するのですか」
「はい」
「触れてもいないのに?」
「触れなくても分かる程度に、封蝋が暴れています」
私は確認台を指さした。
黒紫の粉は、赤い家門封の光を避けるように台の端へ寄っている。
不自然だった。
ただの崩れた蝋なら、こんな動きはしない。
「この契約は、先代公爵の家門封を恐れています」
「詩的な表現ですね」
「いいえ。手続き上の表現です」
私はまっすぐイザークを見た。
「本来、王宮保管遺言と相続調査制限契約が互いに正当なら、反発する理由がありません。けれど今、赤い家門封は黒紫の契約封を拒絶しています。つまり、黒紫の契約は先代公爵の意思に反している」
レオン様が低く息を吐いた。
痛みに耐えている。
左手が震えている。
私は胸が締めつけられた。
契約書に書いた。
胸痛、呼吸困難、左手の震え、顔色の悪化があれば休息。
今まさに、その状態だ。
私はレオン様へ向き直った。
「レオン様。椅子へ」
「まだ」
「契約書に基づく休息指示です」
彼は何か言いかけた。
でも、私が見つめると、苦しげに目を伏せた。
「……分かった」
護衛とオルデン様が彼を支え、封庫の壁際に置かれた椅子へ座らせる。
イザークがすかさず言った。
「公爵閣下の体調不良により、本日の確認は中止すべきです」
「いいえ」
私は即答した。
「婚約契約書第三条および休息条項により、レオンハルト様が一時的に休息している間も、私は指定確認者および文書監査人として確認を継続できます」
「婚約契約書を、王宮封庫内手続きより優先すると?」
「優先ではありません。補完です」
私は契約書の写しを取り出した。
昨日、何度も確認した羊皮紙。
白銀の狼と蔦と小鳥の封蝋が並ぶ。
「王宮文書局は、私の第七封庫入室に対し、正式婚約者としての身元保証を条件としました。よって、この婚約契約書は本日の入室資格の根拠です。その契約書に定められた職務継続条項と休息条項を、王宮文書局が都合よく無視することはできません」
イザークの口元がわずかに引きつった。
自分たちが押しつけた条件。
その条件を満たすための契約書。
それが今、こちらの盾になっている。
クラリッサ夫人が小さく息を吐いた。
「筋は通っています」
その一言で、場の流れが変わった。
イザークは彼女を見た。
「ルヴェール夫人」
「王宮礼法顧問として申し上げます。王宮文書局が正式婚約者としての身元保証を条件とした以上、婚約契約の有効性を認めたことになります。その契約に基づく立場を、ここで否定するのは不自然です」
やはり、この人は敵ではない。
厳しいが、形式には忠実だ。
私はクラリッサ夫人へ軽く礼をした。
「ありがとうございます」
「礼は不要です。私は手続き上の矛盾を指摘しただけです」
「はい」
それでも、ありがたかった。
確認台の上では、赤い家門封の光が少しずつ安定している。
黒紫の粉は、まだざわついている。
「相続調査制限契約の目録を、正式に開示してください」
私は言った。
イザークは黙っている。
「開示を拒否する場合、その理由を記録します。王宮保管遺言の状態確認中に、関連契約目録が反応し、対象者であるヴァイス公爵に身体拘束反応が発生したにもかかわらず、担当官イザーク・メルヴィンが目録開示を拒んだ、と」
「脅しですか」
「記録です」
私は静かに答えた。
「王宮文書局の場ですので」
イザークの目に、明確な怒りが浮かんだ。
けれど彼は、すぐに微笑みを貼り直した。
「よろしいでしょう。目録の確認のみ許可します」
「のみ、では不十分です。原本保管の有無、保管番号、契約者、対象者、発動条件の確認が必要です」
「契約本文の開示には、別途申請が必要です」
「その契約が現在進行形でレオンハルト様の身体に作用している以上、緊急確認の対象です」
セルジオ司祭が頷いた。
「身体拘束を伴う契約なら、教会証人として私も確認を求めます」
イザークは今度こそ、短く舌打ちしそうな顔をした。
しかし封庫内には、クラリッサ夫人、セルジオ司祭、封庫管理官、エリアス様、オルデン様、護衛たちがいる。
ここで強引に拒めば、それも記録される。
「……第七封庫、相続関連契約、ヴァイス公爵家関連。目録番号を開いてください」
封庫管理官が慎重に目録を開く。
黒紫の封蝋粉がさらに震える。
頁がめくられるたび、レオン様の呼吸が浅くなる。
私は駆け寄りたい気持ちを押さえ、確認台から目を離さなかった。
ここで原本に辿り着ければ、彼を縛るものの正体がはっきりする。
そして、壊す道も見える。
「ありました」
封庫管理官が言った。
声が少し震えている。
「相続調査制限契約。保管番号、七封庫・北方貴族・制限契約・一一九」
「契約者は」
私が尋ねる。
管理官はイザークを見る。
イザークは黙っている。
クラリッサ夫人が冷たく言った。
「読み上げなさい」
管理官は喉を鳴らした。
「契約申請者、王宮文書局補佐官イザーク・メルヴィン」
封庫内が静まり返る。
エリアス様が小さく息を呑んだ。
イザークは表情を変えない。
けれど、銀の指輪をした右手がわずかに強張っている。
「続けてください」
私は言った。
「共同確認者、ベルナール・ダレス司祭」
孤児院で拘束したベルナール司祭。
繋がった。
「続けて」
「商業保証人、クラウス商会代表代理、マルコ・クラウス」
クラウス商会。
やはり。
そして、まだ続きがある。
管理官の顔色が、さらに悪くなった。
「対象者、レオンハルト・ヴァイス」
レオン様の手が椅子の肘掛けを掴む。
契約が反応した。
私は声を抑えて尋ねる。
「発動条件は」
管理官は頁を読む。
「対象者が、先代ヴァイス公爵アルベルト・ヴァイスの遺言、エリシア・ヴァイスに関する出生登録、孤児院名簿、または王宮保管封の改変疑義に接近した場合、身体拘束反応を発生させ、調査続行を困難にする」
分かっていた。
でも、実際に読み上げられると怒りで指先が冷えた。
これは保全契約ではない。
調査妨害だ。
レオン様の身体を使った、真実の封殺だ。
「同意者は」
私が尋ねると、管理官が一瞬止まった。
「対象者本人の署名欄は……空欄です」
封庫内の空気が変わった。
空欄。
やはり。
レオン様は同意していない。
契約の対象者でありながら、署名していない。
ならばこれは、契約ではない。
少なくとも正当な契約ではない。
「対象者本人の封蝋はありますか」
「ありません」
「では、なぜ成立しているのですか」
管理官は答えられなかった。
イザークが口を開く。
「相続危機における保全措置です。対象者が遺言改変の疑義を持つ場合、家門の混乱を防ぐため、王宮文書局が一時的制限を申請できる」
「一時的制限?」
私は彼を見た。
「レオンハルト様が父君の遺言を調べるたび、胸痛と呼吸困難を起こす契約が、一時的制限ですか」
「過剰に表現しないでいただきたい」
「では、正確に記録しましょう」
私はオルデン様へ視線を向けた。
彼はすでに筆を取っている。
「対象者本人の署名および封蝋を欠いた相続調査制限契約が、王宮文書局補佐官イザーク・メルヴィン、ベルナール司祭、クラウス商会代表代理により申請され、レオンハルト・ヴァイス本人の身体拘束反応を発生させていた」
イザークの目が冷えた。
「その記録は認められません」
「ここにいる全員が聞きました」
クラリッサ夫人が言った。
「少なくとも、私は聞きました」
「私も」
セルジオ司祭も続く。
エリアス様は青ざめている。
彼はおそらく、ここまでのものだとは知らなかったのだろう。
自分が利用されていたことを、ようやく理解し始めた顔だった。
「原本を確認します」
私は言った。
イザークが即座に返す。
「許可できません」
「なぜですか」
「対象者本人の体調が悪化しています。これ以上の確認は危険です」
「その体調悪化の原因が原本である可能性が高いから、確認するのです」
「危険だと言っている」
その時、椅子に座っていたレオン様が低く言った。
「開けろ」
声は弱くない。
痛みに耐えながらも、冷たい命令だった。
「対象者は私だ。本人である私が確認を求める」
「公爵閣下、あなたは契約反応により冷静な判断が」
「私が冷静でないなら、婚約者であり文書監査人であるセラフィナが判断する」
レオン様はゆっくり私を見た。
「彼女に任せる」
胸が、強く鳴った。
任せる。
その言葉は、信頼だった。
重い。
でも、逃げない。
「では、私が確認します」
私は言った。
「原本を開示してください」
イザークは動かない。
だが、封庫管理官の一人が、ためらいながらも奥の棚へ向かった。
イザークが鋭く言う。
「誰が許可した」
管理官は震えながら答えた。
「対象者本人、公爵閣下が確認を求め、立会人二名が確認を支持しています。規則上、開示拒否の根拠が……ありません」
クラリッサ夫人が淡々と頷く。
「正しい判断です」
イザークの顔から、完全に笑みが消えた。
封庫管理官が奥の棚から、細長い黒い文書筒を持って戻ってくる。
筒には黒紫の封蝋。
その上に、王宮文書局の青い補助封。
さらに、教会の白い確認印。
三つの封が重なっている。
近づいただけで、息が苦しくなるほどの悪意があった。
レオン様が苦しげに目を閉じる。
「レオン様!」
「……開けろ」
彼は短く言った。
「そのために、来た」
私は頷いた。
原本の前に立つ。
触れない。
まず見る。
黒紫の封蝋の縁。
青い補助封の重なり。
白い教会印の角度。
おかしい。
順番が、おかしい。
「この契約書は、後から封を足されています」
私は言った。
「最初に押されたのは黒紫の契約封。次に教会印。最後に王宮文書局の青い補助封」
「それが何か」
イザークが言う。
「通常、王宮文書局が保管契約を扱う場合、王宮補助封が先です。契約書を受理した時点で青い封を押し、その後、証人印が重なります」
私は青い補助封を指さす。
「でもこれは逆。つまり、この契約は王宮文書局に正式受理される前に、どこか別の場所で成立したことにされています」
セルジオ司祭が目を細める。
「教会印も、通常の証人印とは角度が違います。これは後日確認印です」
「では、この契約の最初の成立場所は王宮でも教会でもない」
クラリッサ夫人が言った。
私は頷いた。
「はい。おそらく、クラウス商会です」
エリアス様が青ざめた顔で呟く。
「商会で、王宮契約を……?」
「偽装したのです」
私は答えた。
「王宮文書局の形式を借りて、商会で作った拘束契約を、後から王宮保管に紛れ込ませた」
イザークは何も言わない。
その沈黙が、肯定に近かった。
「原本を開けます」
私は封庫管理官へ言った。
「封を切る前に、現状を記録してください。封の順序、色、重なり、割れ、封蝋粉の状態」
管理官が慌てて記録する。
イザークは黙っている。
もう止められない。
でも、その静けさが逆に怖かった。
彼が何も仕掛けていないはずがない。
封庫管理官が小刀を取る。
黒紫の封蝋に刃を入れようとした瞬間。
封蝋が、内側から膨れた。
「離れて!」
私は叫んだ。
管理官が小刀を落として飛び退く。
黒紫の封蝋が、音を立てて裂ける。
中から、黒い煙のようなものが立ち上がった。
煙はまっすぐレオン様へ向かう。
私は考えるより先に動いていた。
婚約契約書の写しを広げ、白銀の狼と蔦と小鳥の封を黒煙の前にかざす。
「同意なき契約は、婚約契約の保護条項に反します!」
自分でも無茶な言い方だと思った。
でも、封蝋は理屈だけで動くわけではない。
意思を覚える。
封じた願いを覚える。
この婚約契約書には、私とレオン様が互いを守る意思が残っている。
ならば、盾になる。
黒煙が契約書の前で止まった。
白銀の狼の封が赤く光る。
蔦と小鳥の封が琥珀色に光る。
二つの光が重なり、黒紫の煙を押し返した。
レオン様が息を呑む。
イザークが低く呟いた。
「馬鹿な……」
私は契約書を握りしめた。
指先が焼けるように痛い。
でも、離さない。
「この契約は、レオンハルト・ヴァイス本人の同意を欠いています」
私は声を張った。
「対象者本人の封蝋も、署名もありません。さらに、指定確認者である私を後から共犯拘束対象に加えています。これは契約ではありません」
黒煙が震える。
赤い家門封がさらに光る。
先代公爵の遺言箱が、確認台の上で小さく鳴った。
私は言った。
「これは、偽装拘束です」
その瞬間、黒紫の封蝋が砕けた。
文書筒の封が開く。
中から、一枚の契約書が滑り落ちた。
古い羊皮紙。
黒紫の罫線。
青い追記。
そして、空白のままの対象者署名欄。
レオン様の名だけが、冷たい文字で書かれている。
私はその契約書の末尾を見た。
契約申請者。
イザーク・メルヴィン。
ベルナール・ダレス。
マルコ・クラウス。
そして、もう一つ。
隠すように薄く削られた署名があった。
私は息を止めた。
削られている。
けれど、封蝋の粉が文字の溝に残っている。
読める。
触れなくても、分かる。
「もう一人います」
私の声に、全員が凍りついた。
イザークの顔色が変わった。
「やめなさい」
初めて、彼が敬語を崩した。
私は契約書の末尾を見つめたまま言った。
「この契約には、もう一人、署名者がいます」
「それは削除済みの無効署名です」
「削除されているなら、なぜ封蝋がその名を覚えているのですか」
私は白手袋の指先を握りしめた。
寒い。
でも読む。
この名前だけは、逃がしてはいけない。
削られた文字の奥から、古い声が浮かぶ。
焦り。
憎しみ。
家門への嫉妬。
エリシアを消せ。
レオンハルトを縛れ。
ノアを証人にするな。
そして、その名。
「署名者は――」
その時、封庫の扉が外側から激しく叩かれた。
どん、どん、と重い音。
封庫内の全員が振り返る。
扉の向こうから、王宮衛兵の声が響いた。
「王宮命令である! 第七封庫を開けよ!」
イザークの唇が、薄く笑った。
私は嫌な予感に背筋を冷やす。
扉の外の声が続いた。
「セラフィナ・ロウエル嬢に、王宮文書偽造および禁制契約干渉の疑いあり。身柄を確保する!」
レオン様が椅子から立ち上がった。
顔色は悪い。
でも、その瞳は氷のように冷たかった。
「誰の命令だ」
扉の向こうの衛兵が答える。
「王宮文書局長代理――ヴィクトル・グレン閣下の命である!」
グレン。
エリアス様が、目に見えて固まった。
私も息を呑んだ。
グレン子爵家。
元婚約者の家。
イザーク、教会、クラウス商会。
そして、王宮文書局長代理ヴィクトル・グレン。
削られた署名の名は、まだ読めていない。
けれど、封蝋はもう答えを示し始めていた。
私は婚約契約書を胸元に抱きしめ、扉を見た。
敵は、封庫の中だけではなかった。
王宮文書局そのものが、こちらへ牙を剥いている。




