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第3話 美少女が部屋に来る時は大抵ろくな用件じゃないと相場が決まってる

再生数より高いものはいろいろあるが、いちばん腹が立つのは電気代だ。


事故の翌日、俺の動画『空から給湯器が降ってきた朝』は三百二十七再生で止まっていた。コメントは四件。そのうち二件が「釣り」、一件が「画質どうにかしろ」、最後の一件が「給湯器かわいそう」だった。被害者より給湯器に感情移入が集まるインターネット、やっぱり油断ならない。


そこへポストに刺さっていたのが、電気代の請求書である。


金額を見た瞬間、俺は思わず空を見た。宇宙船の落下物より理不尽だろこれ。冷蔵庫と安い編集用パソコンしかまともに回してないのに、どうして俺の生活だけいつも中ボス戦みたいな出費になるんだ。


だが、怒っても数字は減らない。必要なのは金だ。そして金に一番近いのは、いまのところ再生数だった。


つまり俺は、その夜、判断を間違えた。


九条さんから渡された臨時入館証は返していない。返していないというか、返す前にコピーを取っていた。犯罪と節約の境目が曖昧になってきた自覚はある。でも家賃滞納者の倫理観なんて、乾いた雑巾みたいなもので、絞ればまだ水が出るだけましだ。


午後十一時四十分。都庁外郭の地下搬入口は、昼間よりずっと病院の裏口みたいな顔をしていた。白い光、無人の台車、やけに静かな自動ドア。俺は黒パーカのフードを深くかぶり、スマホを胸ポケットに差し込んだ。


配信タイトルは『閉鎖中の窓口が動いてる件』。


視聴者は開始五分で十一人。たぶん半分は偶然流れてきた迷子だ。


「こんばんは、『深夜二時の境界線』の名倉です。今日はですね、役所の地下にある閉鎖窓口が、どう見ても生きてるんじゃないかって話でして」


小声でしゃべると、自分の人生が余計にしょぼく聞こえる。


地下二階の通路は、昼間より長かった。壁に貼られた案内板は全部まっとうなのに、ひとつだけ古いテプラが残っている。


『苦情は左から二番目へ。』


またそれだ。


三つ並んだ受付のうち、左から二番目だけがシャッターを下ろしたまま、薄く灯りをにじませていた。閉鎖中、と札がかかっている。なのに内部から、プリンタが紙を噛むような音がする。


コメント欄がわずかに動いた。


『やらせ?』

『映して』

『警備くるぞ』


警告だけは的確だな、おまえら。


俺は息を殺して近づいた。シャッターの隙間は指二本ぶん。そこから青白い光が漏れている。中をのぞこうとしゃがみ込んだとき、内側から音もなく紙片が滑ってきた。


番号札だった。


受付番号A-0000。


誰もいないはずの窓口から、いちばん最初の番号が出てくる。


その瞬間、機械音声が鳴った。女の声とも男の声ともつかない、温度だけ抜いたみたいな声だ。


『苦情は左から二番目へ。』


ぞわっとした。怖い、というより、嫌な確信が皮膚の下で形になる感じだ。昨日の台帳から消えた事故。回収品のラベル。ここ。


撮れ。いまだ。スクープだ。


俺の中のまともじゃない部分がそう叫んだ。


窓口の脇には職員用らしいドアがある。カードをかざすと、拍子抜けするほど普通に開いた。返却前のコピー入館証、仕事しすぎだろ。


「失礼しまーす……」


もちろん誰も返事しない。狭い通路の先には、書類棚とコンベア、それから細いレールのついた搬送台車が並んでいた。役所の裏側というより、無人クリーニング店の巨大版だ。紙と金属と消毒液の匂いが鼻につく。


俺はスマホを少し上げた。


「皆さん見えますか。これ、完全に閉鎖窓口の裏です」


コメントは十三人に増えていた。全然救われない人数だが、いまは大事なのはそこじゃない。


搬送台車のひとつに、透明ケースが載っていた。中身は子ども用の浮遊ベビーカーみたいなものだ。タグには多言語で注意書き、そして赤字で同じ文言。


『苦情は左から二番目へ。』


「なんで荷物にそれ貼るんだよ……」


思わずつぶやいた瞬間、足元でぴ、と乾いた電子音が鳴った。


赤いランプ。


次の瞬間、背後のドアがばたんと閉まった。


「え」


天井のスピーカーが事務的に告げる。


『無許可入域を検知しました。区画を一時封鎖します』


「待って待って、それ初耳なんだけど」


壁の隙間から冷気が吹き出した。思ったよりガチなセキュリティだった。さっきまで余裕ぶっていたコメント欄が急に活気づく。


『逃げろ』

『警備員くる』

『草』


最後のやつ、性格が終わってる。


ドアノブを回しても開かない。ガラスのない通路の先では、搬送台車が勝手に動き始めている。俺の人生、いよいよお化け屋敷を行政委託した感じになってきた。


「すみません、いますよね、中に!」


返事はない。あるのは冷気と機械音だけだ。歯が鳴りそうになったころ、通路の向こうから早足の靴音が来た。


九条さんだった。


「何をしているんですか」


声が低い。怒ってるときの人の声だ。


「ちょっと社会の闇を撮影しようと」


「あなたの人生の闇が深くなるだけです」


彼女は職員カードをかざして封鎖を解除した。ドアが開く。助かった瞬間、膝の力が抜けそうになるのが悔しい。


「なぜ場所がわかったんです?」


「配信、見ていました」


「え」


「視聴者十四人目でした」


あまりにも屈辱的な事実で、逆に息が止まった。


だが説教が始まる前に、通路の奥で甲高い泣き声が上がった。振り向くと、さっきの透明ケースの近くで、小柄な観光客の子どもがしゃがみ込んでいた。肌は人間とそう変わらないが、耳の後ろに薄いひれみたいな膜がある。たぶん水圏系の客だ。両手で空のベルトを握って泣いている。


その後ろから、青ざめた清掃員のおばさんが叫んだ。


「その子の荷物、勝手にレーンが持ってっちゃって!」


九条さんが舌打ちしかけて飲み込んだ。珍しい。


「通訳端末がまだ――」


「いりません」


俺は子どもの前にしゃがんだ。泣いている相手には、まず質問を短くする。


「なくしたの、乗るやつ?」


子どもは鼻をすすってうなずいた。腰の高さでふわふわ浮くはずの移動器具らしい。ベルトの跡が床に擦れて、コンベアの方へ続いている。


「盗まれたんじゃなくて、吸われたんだな」


レーンの行き先を見る。さっきの第二窓口裏保管と同じ赤スタンプがある。つまり、苦情処理より先に荷物が秘密保管に回されたってことだ。


「九条さん、停止できます?」


「三十秒だけなら」


「十分です」


俺は清掃員のおばさんに聞いた。


「その子、どこで迷いました」


「受付の前よ。翻訳モニターが急に“左から二番目へ”って出て、それで……」


やっぱりそこか。


停止したレーンの脇をたどると、浮遊ベビーカーはすぐ見つかった。窓口の裏で、忘れ物扱いのトレイに半分差し込まれていた。迷子の荷物を自動で秘密側へ回すとか、設計したやつの性格が終わってる。


子どもに返すと、泣き声はぴたりと止んだ。代わりに親らしい二人組が駆けつけ、ものすごい勢いで頭を下げてきた。何を言っているか半分もわからないが、助かった側の声だというのはわかる。


九条さんは深く息を吐いた。


「名倉さん」


「はい」


「二度と勝手に入らないでください」


「はい」


「ただし」


彼女は親子とベビーカー、それから停止したコンベアを見た。


「臨時協力は継続します。現場判断ができる人手が足りません」


社会に認められた瞬間に聞こえる言葉としては、だいぶしょっぱい。でも、俺の人生では十分に破格だった。


「日当、少し上がります?」


「調子に乗らないでください」


ですよね。


その夜の配信は、結局アーカイブ非公開にした。再生数は伸びなかった。代わりに首はつながった。


帰り際、地下通路を振り返る。閉鎖中の札はちゃんと下がっている。静かだ。何も起きていないように見える。


けれど、照明の切れ目の向こうで、左から二番目のシャッターだけが、ほんの数センチだけ持ち上がった。


青白い光が線になって漏れる。


閉鎖中の窓口は、やっぱり夜に呼吸していた。

もし少しでも「名倉、頑張って家賃払えよ」と思っていただけたら、下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして「受理(ポイント投入)」**していただけると、筆者の手取りが……あ、いえ、執筆のモチベーションが上がります!


評価、ご感想などお待ちしております。

※作品への苦情につきましては、新宿駅地下、左から2番目の窓口までお願いいたします。

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