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第13話 誰かの不幸せはネットの住人にとっては最高の撮れ高でしかない

世の中には、知りたかったくせに知った瞬間しんどくなることがある。


元カノの本音とか、上司の査定コメントとか、そして今みたいに、ずっと冷たくて強そうに見えていた女の人が、昔は左から二番目の補助員席に座っていた事実とかだ。


俺たちは旧合同庁舎の地下を引き払い、真壁の車で臨時拠点らしい雑居ビルの一室へ移動した。表札はない。あるのは複合機と折りたたみ机と、徹夜前提みたいな蛍光灯だけ。役所の秘密部門って、どうしてどこも居心地の悪さに統一感があるんだろう。


高城さんは別室で保護された。温かい飲み物を渡され、事情聴取という名の再ヒアリングを受けている。あの人が無事なのは救いだ。救いだが、こっちはこっちで空気が重い。


机の中央に置かれたのは、A-0001の番号札だった。

裏の手書き文。

《初回受理者 九条霧絵》

《次の処理者は、夜の配信をする男》


誰が書いた。いつ書いた。なぜそんな雑に俺の人生へ踏み込んだ。


「説明してください」


俺が言うと、九条さんは椅子へ浅く腰かけたまま、しばらく黙っていた。いつもの彼女なら、黙る代わりに切る。説明不能です、規程です、後日です。でも今夜は違った。逃げるより先に、観念した顔をした。


「二十一歳のときです」


声が少しだけ若く聞こえた。


「当時、私は行政補助の研修で旧第二案内列に回されました。まだ表の窓口に近い時代でした」


「近いって」


「隠れてはいたけれど、戻す前提だった」


過去形がきつい。


九条さんは続ける。


「その頃、宇宙観光の自由化直後で、保険、事故、移民、労災、居住許可の相談が一気に増えました。表の窓口は持たない。だから整理のために、左列第二補助へ流した」


「左から二番目、か」


「ええ。最初はただの配置名です」


名前は軽い。でも軽い名前ほど、人を雑に扱う口実になる。


「で、何を見逃したんです」


俺の声は思ったより硬かった。

責めたいわけじゃない。たぶん。いや、少しは責めたい。責めたいし、知りたいし、でも話している相手が疲れた顔をしているから、うまく怒れない。人間関係で一番面倒なやつだ。


九条さんは番号札を見たまま言った。


「大量未受理の夜がありました」


その一言で、部屋の温度が少し下がった気がした。


「停電と通信障害と、保険会社側の一斉照会が重なって、相談が一度に来た。私は当番の補助員で、上位判断者は別階へ呼ばれていた。目の前の人たちをとにかく分類して、待たせて、あとで戻す。その指示だけ残されて」


「戻らなかった」


「はい」


短い返事だった。

でも、その短さがたぶん何年分かの重さだった。


「中に、子ども連れの女性がいました。夫が軌道事故に巻き込まれ、補償も連絡も途絶えた人です。泣いてはいなかった。怒ってもいなかった。ただ、今夜眠る場所だけ教えてほしい、と」


九条さんの指先が、わずかに震えた。


「私は、その人を保留へ回した。分類上は緊急医療でも犯罪でもなく、翌朝に回せると判断したから」


真壁が静かに目を伏せる。

俺は何も言えなかった。


「翌朝、その記録は消えていました」


「……消えた」


「物理的ではなく、制度上です。受付番号が他案件へ再利用され、相談票は欠番扱い。私は抗議しました。でも、上からは『現場の混乱時に誤記録が出るのは当然だ』と」


俺は笑いそうになった。笑う場面じゃない。でも、役所のひどさって、たまに笑いの構造に似る。言い逃れがあまりに完成されすぎていて。


「それで、黙ったんですか」


少し棘が出た。

九条さんは受け止めた。言い返さない。


「黙りました。二度と起こさないために残る、と自分に言い訳して」


最悪だ。

正しいことをしたい人間ほど、その言い訳で長く腐る。


でも、そこで完全に嫌いになれないのがまた面倒だった。俺だって似たようなことをしてきたからだ。底辺配信者を名乗りながら、どうせ世の中は変わらないと決めつけて、バズる怪談だけ拾ってきた夜が何度もある。本当に困ってる人の話は数字になりにくい。だから少しだけ横へ置いた。規模は違っても、やってることの骨組みはたぶん同じだ。


それが腹立たしかった。九条さんにじゃない。たぶん、自分にも。


俺は椅子から立って、窓のない壁際を二往復した。狭い部屋だ。二往復で十分イライラできる。


「じゃあ、今までずっとこの仕組みの横で働いてたわけですか」


「ええ」


「俺に近づけたくなかったのも、同じ目に遭わせたくなかったから?」


「それもあります」


「それも?」


九条さんはそこでやっと俺を見た。


「あなたが適合しそうだったからです」


本当に嫌な褒め方しかしないな、この組織。


真壁が会話を引き取るように口を開いた。


「監査線は動かしています。ただ問題は、監査対象そのものが夜ごと書き換わることです」


彼はタブレットをこちらへ向けた。旧合同庁舎の記録ログ。さっきまであった高城さんの受付痕跡が、もう薄くなっている。削除ではない。別の相談へ再紐付けされかけている。


「気持ち悪っ」


「システムが自律学習しているのではなく、人が都合よく運用している。だから余計に厄介です」


俺は画面を睨んだ。高城案件。宇宙観光保険。不払い。弟。事故。ここまでわかっていても、まだ入口だ。


だが一つ、引っかかることがあった。高城さんは“区役所の別館に来いと通知された”と言っていた。つまり窓口側から能動的に呼び出している。人手がなければそんな真似はできない。しかも、相談内容を把握した上で夜に来させている。


「これ、完全に自動じゃない」


「ええ」


「処理者を選んでるのも、人だ」


「その可能性が高い」


俺は息を吐き、机上の資料を引き寄せた。相談票の残骸、旧運用記録、通知文面のスクショ。高城さんの通知だけ、言い回しが少し古い。《担当窓口が変更されました》ではなく、《担当列へお回りください》。列。今どきそんな表現、普通は使わない。


「古いテンプレを使ってる」


真壁が目を細める。


「理由は」


「古い運用を知ってる人間が、今も手を入れてる。新しい部署の人なら列なんて言わない。しかも左から二番目って、元は配置名なんでしょう。昔を知ってるやつの癖だ」


九条さんがわずかに顔を上げた。


「……いる」


「心当たりあるんですか」


「一人だけ。旧運用の文言に異常に執着していた人が」


彼女は名前を言いかけて止まった。その顔を見て、俺は察した。嫌な相手だ。たぶん昔の上司とか、その手だ。


「今も第二窓口に?」


「いえ。表向きには異動しています」


表向き。便利な日本語だな。


俺はA-0001の裏面をもう一度見た。《次の処理者は、夜の配信をする男》。こんなものに従う義理はない。ないはずだ。でも高城さんみたいな人がこれからも釣られるなら、放っておけない。


「行きます」


自分でも驚くくらい、声はまっすぐ出た。


九条さんが眉をひそめる。


「どこへ」


「第二窓口の現場に。今度は最初から、俺が見る」


「危険です」


「もう知ってますよ。今さら安全講習みたいな顔しないでください」


真壁が小さく笑った。

笑うな。だいたい嫌な意味だ。


「いいでしょう」


彼は鞄から細長いケースを出し、中からカードを一枚滑らせた。灰色の仮身分証。氏名欄に名倉巡。所属欄は空白。その下に赤字で、第二応答臨時。


「正式ではありません」


「見ればわかります」


「ですが、少なくとも夜間補助網は通れます」


「通したくないものばっか通るな、その網」


カードを受け取ると、妙に軽かった。軽いのに、首に提げた瞬間だけ人生が重くなる。


裏面を見る。

小さく印字があった。


《案内に応答するな》


今さら遅い忠告だと思った、そのときだった。


仮身分証のIC部分が微かに熱を持ち、液晶表示が自動で点灯する。


《集合通知》

《対象:第二応答臨時 名倉巡》

《時刻:本日 02:00》

《場所:第二窓口 本庁舎側入口》


その末尾に、見慣れた一文が続いていた。


『苦情は左から二番目へ。』

もし少しでも「名倉、頑張って家賃払えよ」と思っていただけたら、下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして「受理(ポイント投入)」**していただけると、筆者の手取りが……あ、いえ、執筆のモチベーションが上がります!


評価、ご感想などお待ちしております。

※作品への苦情につきましては、新宿駅地下、左から2番目の窓口までお願いいたします。

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