第8話 ギルドシンボル
ミコトさんは満面の笑みで、期待に満ちた目を向けてくる。
「……今、俺がギルドマスターって聞こえた気がしたんだけど、気のせいだよね?」
「いえ。そう言いましたよ」
真顔で即答された。
冗談だと言ってくれ。
「えっと……さっきの流れだと、ミコトさんが作るって話じゃなかったっけ?」
「私は前のギルドでサブマスター経験がありますから、サブマスターをやります。サブマスターは二人まで設定できますし、クマサンもサブマスターで。フォローは私がします」
「いやいや、人望と経験で言ったらどう考えてもミコトさんがギルドマスターだよね?」
「そうですか? 私はショウさんが相応しいと思いますけど?」
「……俺もショウがいいと思う」
「クマサンまで何言ってんだよ!」
完全に外堀を埋められている。
六人パーティも組めない、三人だけのギルド。
しかも俺がギルドマスター。
メンバーは、無口で不愛想だが、誰より責任感が強くて頼りになる重戦士のクマサン。
そして容姿も実力も一流で、ハズレ職業の俺を一度もバカにすることもなく、昔から親しく接してくれている巫女のミコトさん。
ギルドを作ったところで、できることは限られている。
特別な目的があるわけでもなく、ただ三人でくだらない話をして、笑って……。
…………。
それって……めちゃくちゃ楽しいじゃない。
さっき俺は、ミコトさんの理想を幻想だと思った。
でも――
この二人となら、その幻想を現実にできるかもしれない。
「……俺がギルドマスターで、本当にいいのか?」
「もちろんだ」
「ショウさんがいいんですよ」
二人の表情には、仕事を押しつけるときのあの打算的な笑顔はない。
あるのは、ただ信頼だけ。
――ああ。
人に期待されるって、こういうことなのか。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「……やってみるか」
気づけば、自然にそう言っていた。
「さすがショウさん! そうこなくては!」
「でも、俺、ギルドの作り方とかよくわからないんだけど……」
「大丈夫です! 私が教えますから!」
その頼もしい言葉に背中を押され、俺はギルドウィンドウを開いた。
これまで無縁だと思っていた画面だ。
少し緊張しながら、ミコトさんの指示に従って設定を進めていく。
途中で何度も思った。
――ここまで詳しいなら、ミコトさんがやればいいのでは?
でも、言わない。
二人が俺を選んでくれたのだ。
なら、最後までやる。
「はい、そこでギルド名を登録してください。一度決めたら変更できませんから、慎重に考えてくださいね」
「ちょっと待って。そんなこと、急に言われても……」
俺は助けを求めるように二人を見る。
「……二人は、どんな名前がいいと思う?」
「ショウに任せる」
「私もショウさんが決めた名前なら何でも構いませんよ」
「丸投げかよ!」
思わずツッコミが出た。
「どうせなら、三人で考えたいんだけど?」
「まぁ、その気持ちはちょっとわかりますけどね」
くすっと笑いがこぼれる。
その空気の中で、クマサンがぽつりと呟いた。
「……だったら、食堂って名前を入れてほしい」
「いいかもしれませんね! 私達が出会った場所ですし。ショウさんの食堂に名前があれば、そのまま使えたんですけど……まだないんですよね?」
残念ながら、この店はNPCから借りているだけだ。
自分で購入した店舗でなければ正式な店名はつけられない。
表示されているのは、ただの「ショウの店」。食堂という単語すら入っていない。
「ああ、自分の店じゃないからな」
「だったら、代わりにギルド名を『ショウの食堂』にするのはどうだ?」
「やめてくれ。ギルド名にギルマスの名前を入れてるとか、一番恥ずかしいやつじゃないか」
「じゃあ、『みんなの食堂』っていうのはどうですか?」
「……町内会感がすごいな」
「なら、『アナザーワールド食堂』は?」
「未知の食材を平然と出してきそうで怖いんだけど……」
くだらない。
でも、楽しい。
そんな空気が一度、ふっと落ち着いた、そのとき――
「……三つ星食堂」
クマサンが、静かに呟いた。
俺のまぶたが、ぴくりと反応する。
三つ星――ミシュランの星評価だ。食堂を名乗るのならミシュランの三つ星は、一つの到達点。
けれど、クマサンの言う「三つ星」は、きっとそれだけじゃない。
俺と、クマサンと、ミコトさん。
猛き猪を倒した、この三人。
名前をそのまま並べるのは照れくさい。
だが――こういう形なら、三人を刻める。
「いいじゃないですか!」
ミコトさんが、ぱっと表情を明るくして親指を立てる。
二人の視線が、俺に集まる。
最終決定は、ギルドマスターである俺の役目だ。
胸の奥が、少しだけ熱い。
「俺もいいと思う! ――俺達のギルド名は『三つ星食堂』だ!」
登録ボタンを押す。
ギルド設立完了。
俺の名前の横に、真っ白な円のシンボルが表示された。
初期設定だと、ただの白い円なのか……。
「じゃあ、私とクマサンをギルドに誘ってください。『ギルド勧誘』を選べば招待できます」
「わかった」
ミコトさんの指示に従い、二人に勧誘を送る。
すぐに了承され、ギルドウィンドウのメンバー欄に三人の名前が並んだ。
……本当に、この二人とギルドを作ったんだ。
三人の名前を見つめる。
ただそれだけなのに、胸の奥がじわりと温かくなる。
「次に『サブマスター設定』を選んで、私とクマサンをサブマスターに設定してください」
「了解」
二人をサブマスターに設定する。
解散権限こそないが、運営のほとんどを任せられる立場だ。万が一、俺が急にログインできなくなっても、このギルドは続いていく。
「じゃあ、あとはギルドのシンボルマークですね。後からでも変更できますけど、真っ白なままはさすがに味気ないですし、とりあえず何か作りましょうよ」
ミコトさんの言葉に、俺はうなずく。
実は――前から少し憧れていた。
彼女が以前つけていた、青い五角形に二本の剣が交差するシンボル。あれは本当に格好よかった。
剣、魔法、ドクロ、ドラゴン……他のギルドのマークを見るたび、羨ましく思っていたのだ。
さて。
いざ自分で作るとなると――
魔法もいい。ドラゴンも捨てがたい。
けれど、やっぱり純粋な格好良さなら武器だろう。
違う武器同士がぶつかる瞬間。
たとえば、剣と槍が火花を散らす構図。
シンボルにするなら、そういう男のロマンを刻みたい。
そんなことを考えていると、クマサンが口を開いた。
「街の食堂をイメージしたシンボルはどうだ? 店の看板みたいなやつとか」
「ダメダメ! 俺のイメージはそういうのじゃないから!」
「なぜだ? 『三つ星食堂』なんだぞ?」
「名前はそうだけど! シンボルまで食堂感全開にしなくていいだろ!」
「いや、むしろ統一感が大事じゃないか?」
「統一感より格好良さだ!」
しばらく真剣に言い合う俺達。
その間、ミコトさんはほとんど口を挟まず、宙に向かって何度も手を動かしていた。
俺と同じように、自分のウィンドウを開いて、何かを操作しているらしい。何をしているのかまでは、わからないが。
やがて、小さく息を吐く。
「……試しに作ってみました。ちょっと見てもらえますか?」
「え、今の間に作ってたの?」
「はい。こういうの、好きなので」
俺とクマサンは顔を見合わせた。
「こんな短時間で? すごいな。見せてくれ」
クマサンの言葉に、ミコトさんは少し照れたようにうなずく。
「フレンド同士なら画像共有できますから、少し待ってくださいね」
数秒後――
「へぇ……いいじゃないか」
クマサンが素直に感嘆する。
二人してうなずき合っているのは微笑ましいが、ギルドマスターを放置しないでほしい。
「……ミコトさん、俺にも」
「はい。今共有しますね」
ミコトさんからの申請を承諾すると、目の前にデザインが表示された。
白い円形の盾を背景に、片刃の剣と三又の槍が交差している。
ミコトさんが前につけていたギルドマークに似た構図だが、洗練されているのはこちらだ。
線は細く、均整が取れ、無駄がない。
シンプルなのに、力強い。
素直に――格好いい。
とてもこの短時間で作ったとは思えない完成度だ。
ミコトさん、こんな才能まであったのか。
「これ、いいじゃないか!」
「ありがとうございます! そう言ってもらえると嬉しいです。クマサンもこれでいいですか?」
「ああ。俺も気に入った」
満場一致。
……の、はずだった。
ふと、違和感が走る。
もう一度、じっと見る。
片刃の剣と三又の槍。
――に見えたそれは、形が微妙に違う。
攻撃性よりも、扱いやすさを重視した曲線。
武器にしては少々丸みを帯びた先端。
これは――
フォークとナイフだ。
そして、背景の円形の盾は――どう見ても、ただの白い皿。
剣と槍と盾だと思っていたものは、ナイフとフォークと皿だった。
完全に、食器。
思わず口を開きかける。
いや、ちょっと待て。これは……。
「三つ星食堂にぴったりだと思いませんか?」
「ああ。さすがミコトだ。食堂らしさが見事に表れている」
二人の顔は、本気で嬉しそうだった。
その表情を見た瞬間、俺の中のこだわりは、すっと引いていった。
我慢したわけじゃない。妥協でもない。
俺の自己満足よりも、二人が楽しそうに笑っていることのほうが、ずっと大事だと自然に思えた。
ただ、それだけだ。
「……いいな。三つ星食堂らしくて、最高じゃないか」
俺がそう言うと、ミコトさんは照れながらも、花が咲いたように笑った。
こうして、新たなギルド「三つ星食堂」が誕生した。
その象徴は――
白い皿を背景に、ナイフとフォークが交差するシンボル。
戦うための武器ではなく、誰かを満たすための道具。
それが、俺達の印になった。




