第77話 ミコトさん落ち込む
ミコトさんが肩を落としたまま、ぴくりとも動かない。
いつも明るい彼女からは想像もできないその姿に、俺は言葉を失っていた。
とはいえ、このまま放っておくことはできない。
俺はなんとか口を開く。
「それで、カレンはどこに行ったの?」
「……わかりません」
ミコトさんは静かに首を振り、絞り出すように答えた。
……これは困ったぞ。カレンに出ていかれたショックで、探しにも行けていないようだ。
でも、こんな大事なライブイベントの日に、どうしてこんなことになってるんだ?
「21日目のイベントで喧嘩したって言ってた後も、ミコトさんとカレンだけはうまくやっていたんじゃなかったのか?」
バッドイベントで捻挫をしたエルシーは三日間棒に振るというデメリットを負うことになった。
でも、ミコトさんとカレンに関しては、そういった要素もなく、その後も普通に街頭パフォーマンスやライブを続けていたはずだ。
だからこそ、今こうなっているのが不思議だった。
「……そのつもりだったんですけどね。カレンの気持ちを考えて、今までとは違って適度に距離を取って、カレンに嫌われないように振る舞ってきたんですけど、やっぱり私はダメですね。今日この会場に来て、いよいよライブが始まるって時に、『ミコトはうわべだけで、私に本気でぶつかろうとしてない!』って言われちゃいました。きっとカレンは私のこと嫌いになったんです。そのまま走って会場から飛び出して行っちゃったし……」
ただでさえ落としていた肩を、ミコトさんはさらに落とした。
おそらくこれは、仲直りに失敗した場合に発生する派生イベントなのだろう。
本来ならもっと早い段階で表面化していたはずだ。だが、ミコトさんがうまく立ち回りすぎたせいで、最悪のタイミングまで爆発を先延ばしにしてしまった――そんなところかもしれない。
「ミコトさん、今から探して仲直りすれば、終了時間までには少しはライブができる。すぐに探しに行こう!」
俺はミコトさんの手を握って引っ張った。
けれど、その手は驚くほど力がなく、引いても引いても返ってこない。
いつもなら、こんなとき真っ先に立ち上がる人なのに。
どうしたんだ!? あまりにもミコトさんらしくないぞ!?
「ミコトさん、こんなところにいても何も解決しないよ!」
「……カレンの言うとおりなんです。私はうわべだけで、本当の自分を隠している、卑怯な人間なんです」
……これは、もしかしてカレンの言葉がミコトさんの心にクリティカルヒットしてしまったのか?
ゲームの台詞だとか、そういう理屈で片づけていい空気じゃなかった。
下手な慰めは、たぶん逆効果だ。
――どうする。
「ミコトさんは卑怯な人間なんかじゃないよ。そんなことは俺が一番よくわかってるから」
それは俺の正直な気持ちだった。俺が知っているのはゲームの中でのミコトさんだけだが、それだけでも彼女が信頼できる人だということくらいはわかる。
だが、完全に塞ぎ込んでいるミコトさんには、俺の言葉は届かないようで――
「ショウさんは本当の私のことを知らないから、そんなふうに思うんですよ。カレンはきっと本当の私のことを見抜いていたんです。だからあんなことを……。ショウさんだって、私のことをゲームの中のミコトとしてしか知らないですよね。本当の私のことを知ったら、カレンみたいにきっと離れていくんです……」
その言葉に、胸の奥がかちりと鳴った。
それは違う、と思った。
この世界で交わしてきた言葉まで、偽物みたいに言われた気がしたからだ。
俺はこのキャラクターだって、自分の一部だと思っている。
だからこそ、リアルを知らなくたって、ミコトさんを信頼しているんだ。
「ミコトさん、それは違うよ! 今ここにいるミコトさんだって、間違いなく本当のミコトさんだ! リアルのミコトさんがどんな人でも、それも含めてミコトさんだろ。だったら、俺が離れる理由なんてない!」
ミコトさんの唇が、かすかに震えた。
「……うそです。そんなわけないです」
ああ、もう!
今日のミコトさんは一体どうしたっていうんだよ!
完全に塞ぎ込んでいるうえに、妙に頑固だし!
いつまでもそんなふうに否定ばかりされたら、こっちまでむきになってくるじゃないか!
「うそじゃないよ! だいたい、俺なんて仕事辞めた引きこもりニートゲーマーなんだぞ! ミコトさんはそれを知って、俺との付き合い変えるのか!?」
……あ。
勢い任せに、恥ずかしいリアルの自分をさらけ出してしまった。
ミコトさんが無職の引きこもりニートだったとしても、俺は接し方を変えるつもりなんてない。だから言えた。
……とはいえ、向こうも同じとは限らない。
これで本気で引かれたら、さすがに落ち込む。
俺は急に冷静になり、恐る恐るミコトさんの表情を窺う。
ミコトさんは驚いた顔を少し見せたが、すぐに今日初めて笑顔を見せて笑い出した。
それを見た瞬間、張り詰めていた気持ちがほんの少しだけ緩んだ。
「ぷっ……ふふふふ。ショウさんって、引きこもりニートゲーマーだったんですね。確かに平日の昼間も普通にゲームしてますもんね」
……さすがに引かれたか?
いや、笑ってるけど、内心では呆れてる可能性もある。
そう思った瞬間、背中が妙に冷えた。
焦る俺だったが、そのときミコトさんの手が、握ったままの俺の手をそっと握り返してきた。
「確かにショウさんの言う通りです。ショウさんが引きこもりニートでも、私にとってショウさんはショウさんです。何も変わりません。……ショウさんも、そうなんですよね。私がどんな私でも、変わらずにいてくれる――そう信じていいんですよね?」
「そんなの当たり前だろ!」
俺の即答に、ミコトさんの目が大きく見開かれた。
次の瞬間、沈みきっていた表情が嘘みたいにほどけていく。
「……はい!」
ミコトさんは小さく息を吸い、迷いを振り切るように勢いよく立ち上がった。
さっきまでの沈んだ姿は消え、そこにはいつものミコトさんが戻ってきていた。
「カレンを探しにいきます」
「俺も手伝うよ」
「いいんですか?」
「これでもギルドマスターだからな」
「ありがとうございます」
頭を下げる代わりなのか、ミコトさんは俺の手をさらにぎゅっと握り返してきた。
その温もりは、ちゃんと前を向けた証みたいに思えた。




