第44話 巫女の祝福
クールタイムを終えた回復スキルが発動し、クマサンの体力が一気に戻っていく。
――あのドラゴンブレスは、冗談じゃない。
耐火バフも、料理効果もあった。それでも、ぎりぎりだった。普通のタンクなら、あの継続ダメージを耐えきれなかったはずだ。
しかもあの咆哮。全員が抵抗できずに行動不能になっていれば、その時点で詰みだった。
とはいえ、あれほどの攻撃だ。連発はできないはず。
――次が来る前に、削り切る。
「みんな! もう一度ブレスがくる前に倒しきるぞ!」
クマサンが「挑発」でヘイトを上積みする。
「ターゲットは俺に任せてくれ!」
頼もしい声に頷き、俺は尻尾へ走る。
「すみません、メイさん。休息に入ります。回復、お願いします」
「わかった!」
ミコトさんのSPは限界に近い。
先ほどの連続ヒールは、終盤の局面、本来なら抑えたかったSP消費だ。
それでも、あの場面で切らなければ、クマサンは落ちていた。
選択は間違っていない。
だからこそ――今度は、俺が削る番だ。
「スキル、乱切り!」
【ショウはインフェルノに乱切り ダメージ461】
止まるな。止まれば押し切られる。
俺は回復したSPを吐き出すように、スキルを重ねる。
メイのスクロールも氷、水と尽き、今は土系に切り替わっている。火力は確実に落ちていた。
だからこそ、俺が削るしかない。
だが――
インフェルノが翼を広げた。
「みんな、気をつけろ!」
風圧が全身を叩きつける。
振り下ろしかけた刃がぶれ、足元がよろめく。
次の瞬間、尻尾が消えた。
いや、尻尾だけじゃない。あの巨体そのものが、視界から消えていた。
「一体どこに!?」
「上です!」
見上げた先――巨大な影が空を覆っていた。
あの巨体が、宙に浮いている。
物理法則を無視していると抗議したくなるが、ここはゲームの中。理屈など関係ない。
問題はそこじゃない。
空中のあいつに、俺の包丁は届かない。
まともに攻撃できるのは、魔法スクロールを持つメイだけだ。
――とはいえ、悪い状況ばかりでもない。
あいつが空にいる間、ミコトさんは休める。
それは、今の俺達にとって何より大きい。
「せいぜい空中で時間稼ぎをしてろ! その間にこっちは――」
言葉が途切れた。
宙に浮かぶインフェルノの巨体が、赤く輝き出す。
「まさか、これって……」
嫌な予感が、胸を締めつける。
ホバリングしたまま、巨大な口が開く。
口内に見える赤い灼熱の輝きが、脳裏をよぎる最悪のシナリオを現実に引き寄せていく。
「ブレスがくる! みんな、散開だ!」
俺達は別方向へ駆け出す。休息していたミコトさんも中断して走り出す。
「空中から撃たれたら、この洞窟ごと焼かれる……!」
平面で放たれるブレスなら、横に逃げれば範囲外に逃れられる。
だが、上空から放射線状に撃たれれば、逃げ場はない。
もしこれが時間制限の全滅ギミックだとしたら――
削り切れなかったのは、俺の責任だ。
一瞬、視界が揺らぐ。
「ブレスがくるぞ!」
クマサンの声が意識を引き戻す。
まだ終わっていない。
俺はインフェルノを睨み据えた。
――そして、ブレスが放たれた。
それは、あの扇状の洪水ではなかった。
インフェルノの口から炎が伸び、多少広がりを見せてはいるが、地上に達したところで直径せいぜい十メートル程度。それ以上広がることはなく、まるでスポットライトのように地面を炎で包んでいる。
しかし――そこには誰もいない。
「なんだよ、全然たいしたこと――」
安堵しかけた瞬間――炎が動いた。
首が振られる。
炎が横へ走る。
――速い。
俺達の走る速度を、軽く上回る。
「うわぁぁ! こっちに来たっ!」
必死に逃げる。
だけど炎は追いつき、俺を呑み込み――
【インフェルノの空中ブレス ショウにダメージ82】
通り過ぎていった。
致命傷ではない。
だが――
読めない。
ヘイトを無視して、無差別に薙ぎ払っている。
「いつからこのゲームはアクションゲームになったんだよ!」
愚痴が漏れる。
それでも足は止められない。
【インフェルノの空中ブレス クマサンにダメージ61】
【インフェルノの空中ブレス メイにダメージ80】
【インフェルノの空中ブレス ショウにダメージ81】
【インフェルノの空中ブレス ミコトにダメージ79】
炎が、生き物のように追ってくる。
誰も、安全な場所にいられない。
【インフェルノの空中ブレス ショウにダメージ82】
【インフェルノの空中ブレス メイにダメージ82】
【インフェルノの空中ブレス クマサンにダメージ62】
【インフェルノの空中ブレス ショウにダメージ80】
炎が飛び交う。
次々と削られていく体力。
……俺だけ多くないか?
回復は間に合っている。
だが、そのたびにミコトさんとメイのSPが削られていく。
メインヒーラーのミコトさんが、休息を中断せざるを得ず、たいしてSP回復できなかったことが悔やまれる。
ダメージを受ければ、休息状態は強制解除される。この炎の中では、休む隙などない。
俺達は、この一方的な蹂躙をただ耐えるしかなかった。
やがて――インフェルノは降下を始めた。
「やっとかよ! 溜まってたこの鬱憤、一気にぶつけてやる!」
着地点へ駆け込む。
迫る尻尾。
「きたっ! スキル、みじん切り!」
【ショウはインフェルノにみじん切り ダメージ555】
インフェルノの体力はすでに一割を切っている。
咆哮、空中ブレス、理不尽な蹂躙――追い詰められているのは、こいつの方。
ここからは削り合いだ!
「すみません、SPがもうありません! 休息します!」
ミコトさんの声が震える。
限界だ。
あの空中ブレスを、最後まで支えきっただけでも奇跡に近い。
メイに後を託し、ミコトさんはしゃがみ込む。
回復は、もうメイ頼みだ。
――これ以上、何も来るな。
祈るようにスキルを叩き込む。
【インフェルノはクマサンに攻撃 クリティカルダメージ252】
嫌な音が響いた。
よりによって今か……。
ここにきてこのダメージは痛い。
しかも――
インフェルノの体が、再び赤く染まる。
「クマサン、ブレスがくるぞ!」
「わかっている!」
咆哮はない。
今回は動ける。
しかし、すぐには逃げない。
クマサンは待つ。
早すぎれば首が追う。
遅れれば巻き込まれる。
ぎりぎりまで引きつけ――
「今だっ!」
横へ跳ぶ。
――完全回避。
しかし、放たれたのは、これまでのどの型とも違う。
太い炎の柱が一直線に伸び、洞窟の壁まで届いている。
――新型ブレス!
問題ない。
クマサンはすでにかわしている。
――そう思った瞬間。
インフェルノが、回った。
炎を吐いたまま、その場で回転する。
円を描く炎。
いや――全方位焼却。
【インフェルノは回転ブレスを使った
クマサンにダメージ280
ショウにダメージ325
メイにダメージ322
ミコトにダメージ318】
視界が赤に染まる。
一瞬で、全員の体力が削り取られた。
クマサンにはクリティカルのダメージがまだ残っている。
ミコトさんはSPゼロ。休息も、被弾で解除された。
「ダメだ……このままじゃクマサンが死ぬ」
タンクが落ちれば――総崩れだ。
次に狙われるのは、俺か、ミコトさん。
――どちらにしても終わる。
「くそ……ここまで追いつめたのに!」
必死にスキルを叩き込む。
それでも、削りきれない。
あと少し。
ほんのわずか。
それが遠い。
インフェルノが、体力の減ったクマサンへと向き直る。
とどめを刺す構え。
「ヒール!」
メイが回復を飛ばす。
――足りない。
しかも、メイのSPにも余裕はない。
すべてが終わりへ傾く――その瞬間。
「巫女の祝福!」
ミコトさんの声が、洞窟に響き渡った。
【ミコトはリミットスキル巫女の祝福を使った
ミコトの体力は全快した
ショウの体力は全快した
クマサンの体力は全快した
メイの体力は全快した】
全員の体力が一瞬で最大値まで跳ね上がる。
リミットスキル――各職業ごとに用意された切り札だ。一度使えば、現実時間で二十四時間は再使用できない。
しかも――代償がある。
『巫女の祝福』は、パーティ全員を全快させる代わりに、使用者に凄まじいヘイトを集中させる。
さらに一定時間、回復スキル使用不可。
つまり――回復もできず、狙われ続ける。
待っているのは――死。
「ミコトさん!」
思わず叫ぶ。
彼女はインフェルノに目を向けない。
ただ、俺をまっすぐ見ていた。
その瞳に迷いはない。
覚悟だ。
自分が狙われるとわかっていて、使った。
俺達を、生かすために。
ダメだ……。
このままじゃ、ミコトさんが殺される。




