第45話 決着
黙って見ていられるかよ!
インフェルノの目は、ミコトさんだけを見ている。
俺など、最初からいないかのように。
奴は止まらない。
分かっている。
だとしても、何もしないでいられるか。
俺は地面を蹴った。
彼女の前へと飛び出し、竜の進路へ割り込む。
無視されてもいい。
踏み潰されてもいい。
それでも、抗う。
俺は包丁を振りかぶった。
「スキル、みじん切り!」
【ショウはインフェルノにみじん切り ダメージ385】
前脚に刃を叩き込む。
だが――止まらない。
インフェルノは、俺を見もしなかった。
視線の先にいるのは、ミコトさんだけ。
くそっ……!
「スキル、陽動!」
「スキル、挑発!」
クマサンがヘイトを奪おうと必死にスキルを重ねる。
それでも、動きは変わらない。
奴の視線は、微塵も揺らがない。
巫女の祝福のヘイトが剥がれるのは、そのプレイヤーが死んだとき――この世界では、それが常識だ。
つまり、奴は彼女が倒れるまで追い続ける。
……ふざけるな。
そんな結末、認めるか。
俺はミコトさんの方へと顔を向けた。
「ミコトさん、とにかく逃げ回れ! 時間を稼いでくれれば、その間に俺達がなんとかする!」
「わ、わかりました!」
ミコトさんは、その場に留まるつもりだったのだろう。
その方が、俺は攻撃しやすい。
だが――
仲間を囮にして得る勝利なんて、いらない。
ミコトさんが時間を稼げば、クマサンが奪い返せるかもしれない。
それに賭けるしかない。
しかし――わずかな希望は一瞬にして絶望へと変わる。
ミコトさんがインフェルノから逃れるために走り出そうとしたとき――
「グォォォォォォォォオオオオッ!!」
洞窟内に、竜の叫びが響き渡る。
ちょっと待てよ! この声は――
【インフェルノは咆哮を使った
ショウはレジストした
クマサンは動けなくなった
ミコトは動けなくなった
メイはレジストした】
駆け出そうとしたミコトさんが、そのままの姿勢で固まっていた。
「よりによって、今かよ……」
幸運にも、俺は抵抗に成功していた。身体は自由に動く。しかし、それで何ができる?
ミコトさんを助ける回復スキルは俺にはないし、挑発でインフェルノの注意を引くこともできない。無力感が胸を締めつける。
けれど、黙って見ているわけにはいかない。俺は彼女の方へ向かって全力で走り出していた。
そのとき、インフェルノの巨体が赤い輝きを帯び始めた。
見覚えのある光――あの流れだ。咆哮の後に繰り出されるのは、あの凄まじい破壊力を誇る必殺のブレス。
「そうまでしてミコトさんを倒したいのかよ!」
ヒーラーを封じ、必殺で仕留める。
理にかなっている。
まるで知性があるかのような動きだ。
だけど――卑怯だろ、それは!
「ショウさん、今のうちにインフェルノに攻撃を!」
行動不能でも会話は可能だった。ミコトさんの切迫した声が耳に響く。
確かに、あのブレス攻撃の間、インフェルノの動きは止まっている。前回は俺も行動不能になっていたので何もできなかったが、今なら尻尾攻撃の心配もなく、むしろ攻撃チャンスだと言えた。
しかし、俺はそうする気になれなかった。
このまま攻撃すれば、ミコトさんは確実に焼き尽くされる。
ヒーラーを失い、時間を稼ぎ、次はタンクを犠牲にして削る――
理屈だけなら、勝てるかもしれない。
ゲームだと割り切れば、それも一つの選択かもしれない。
だけど――
俺は、この世界で生きている。
仲間の命を切り捨てて得る勝利に、意味があるのか。
目指すのは――四人全員での勝利。
それだけだ。
インフェルノが大きく口を開く。
赤く灼けた喉の奥、その先にミコトさんがいる。
俺は、そこへ向かって走る。
「ショウさん、どうして!? このままじゃ二人ともブレスを受けちゃいます!」
ミコトさんの声は驚きに満ちていた。
それはそうだろう。このままなら二人そろって炎の海に飲み込まれるだけだ。現実とは違い、ほかのキャラクターを抱えて逃げるようなこともできない。
でも、俺は知っている。
プレイヤーを強制的に移動させるスキルがあることを。
昔、パーティで探索中にゴブリンナイトの群れに不意打ちを受けたことがある。
逃走中、武闘家が俺に放ったのが――スキル「弾き飛ばし」。
味方を――俺を――敵の中へ吹き飛ばした。
その隙に逃げるパーティメンバー達。
俺はボコボコにされた。
嫌な記憶だ。
だが――サブ職業を武闘家にしている今、そのスキルを使えるのは俺だ。
「スキル、弾き飛ばし!」
ミコトさんの側面に回り込むと、俺は味方に向けてスキルを放った。
衝撃波が弾ける。
ミコトさんの身体が、強制的に吹き飛ばされる。
一瞬、彼女が目を見開き、反射的に手を伸ばす――が、俺は黙って見送った。
――大丈夫、あそこまで離れれば、ブレスは届かない。
「どうしてもう回復もできない私なんかを……」
弱々しいミコトさんの呟きが耳に届く。SPが尽き、回復もできない自分がどうして助けられたのかという戸惑いが、その声には滲んでいた。
だけど、理由なんて単純だ。
そんなの――大切な仲間だからだ。
心の中でそう呟きながら、俺はインフェルノの方へと向きを変えた。
庇って、ただ一緒に倒れるつもりはない。
四人全員で、勝つ。そのための賭けに出る。
「うおぉぉぉぉ!」
俺は包丁を振り上げて、走った。
ブレスから逃れるため横方向に――ではなく、まっすぐ前に、インフェルノの口に向かって。
その瞬間、インフェルノの口から炎の奔流が放たれ、俺の身体を一瞬で覆い尽くす。
【インフェルノはブレスを使った ショウにダメージ120】
俺にダメージを与えた炎はそれでは収まらない。そのまま俺の身体を焼き続ける。
【ショウにダメージ120】
それでも、俺は灼熱の炎の中を突き進み、インフェルノの巨大な顔の前までたどり着いた。そして――
「スキル、輪切り!」
【ショウはインフェルノに輪切り ダメージ270】
思った通りだった。
後ろ脚には180程度しか通らなかった「輪切り」が、頭部では大幅に威力を増している。単純計算で1.5倍。やはり、頭部が大きな弱点部位だ。
普段、高い位置にある頭部に、俺の刃は届かない。
だが、継続ブレスの間だけは、インフェルノの頭が地表近くまで下りてくる。
炎を食らい続けることにはなるが、それは同時に奴の頭を切り続けるチャンスでもあった。
これが――俺の最後の賭けだ。
【ショウにダメージ120】
しかし、想像以上にブレスの継続ダメージは深刻だった。
このままでは確実に、俺の体力が先に尽きる。
これでも、足りないのか……
諦めがじわじわと心に広がり始めたそのとき、不意に視界の隅に違和感を覚えた。スキルウィンドウの中で、見慣れぬ白く輝くスキルがひと際目を引いたのだ。
「火加減調整? なんでこんなときに?」
戦闘中は使用不可を示す黒色のはずのそのスキルが、なぜか使用可能を意味する白い文字に変わっていた。
スキル「火加減調整」――料理をする際の「切る」と「焼く」の工程のうち、「焼く」ときに使う料理スキルだ。まさか、こんな戦闘中の真っ最中で使えるなんて考えたこともなかったが――このスキルに賭けるしかないと直感した。
切る際の料理スキルが、俺をアタッカーにしてくれた。だったら、この火加減調整のスキルだって――
「スキル、火加減調整!」
俺の身体が淡く光る。そして――
【ショウにダメージ40】
ブレスの熱はまだ感じるものの、先ほどまでの灼熱とは違い、驚くほどダメージが軽減されていた。
耐火効果――これはまさに、火の加減を調整するスキルがもたらした奇跡のような効果だった。
俺は、料理の際の切るスキルと同様、このスキルも戦闘で役立つことを初めて理解した。
普段の炎は一瞬で終わる。
だが、このブレスは違う。
焼かれ続けるこの状況こそ――火を「調整」する俺の出番だ。
「これならまだもつ! スキル、乱切り!」
【ショウはインフェルノに乱切り ダメージ610】
【ショウにダメージ40】
ブレスからダメージを受けながら、俺は連続してスキルを放っていく。
奴の体力ゲージは、あとわずか。
でも――このままでは先に俺の体力が尽きる。
まだ届かないのか……!
【ショウにダメージ40】
俺の体力がじりじりと削られていく。
ログにダメージが表示されるたびに、希望は薄れ、絶望が心の中に広がる。
そのとき――突然、メイの声が響いた。
「ヒール・中!」
【メイはショウにヒール・中 体力が240回復】
【ショウにダメージ40】
それはメイの最後のSPを使って行った援護だった。
そういえば、メイも咆哮に抵抗をしていた。
ありがたい!
俺は――まだ振れる!
「スキル、いちょう切り!」
【ショウはインフェルノにいちょう切り ダメージ362】
【ショウにダメージ40】
竜の炎はいくらか回復した俺の体力をすぐにまた奪っていく。
【ショウにダメージ40】
だめだ……これではまだ届かない。
俺はさらにスキルを重ねるが、インフェルノはまだ倒れない。
俺の体力を蝕み続ける竜の炎は、いよいよ俺を焼き尽くそうとする。
次のダメージで俺の体力は尽きる――そう思ったとき――
【メイにダメージ118】
【メイはショウに高級回復薬を使った 体力が250回復】
「――――!?」
俺は驚愕し、思わず目を見張った。
高級回復薬――錬金術師しか作れない希少な回復アイテム。
しかも、隣にいなければ使えない。
それなのに――
手を止めないまま、視線だけチラリと隣に向けると、同じ炎の中、そこにメイがいた。
「一人で格好つけさせはしないよ」
炎の中、メイは微笑んでいた。
その笑顔は眩しく、まるで闇を切り裂く光のようだった。
俺の心に、再び火が灯る。
【ショウにダメージ40】
【メイにダメージ118】
メイもまた、ブレスに焼かれながら、俺を回復するために飛び込んできていた。
メイの体力も削られていく。
このままインフェルノを倒せなければ、ここで二人とも死ぬ。
「スキル、ぶつ切り!」
【ショウはインフェルノにぶつ切り ダメージ473】
【ショウにダメージ40】
【メイにダメージ118】
これでもまだ倒せないのか……。
敵の残り体力はほとんど尽きかけているのに、インフェルノはまだ悠然と立っている。
あと少しなのに……まだスキルのクールタイムが終わっていない。
使えるスキルがない。
まだ――ない。
【ショウにダメージ40】
【メイにダメージ118】
早く、早くクールタイムが終わってくれ!
俺の通常攻撃では、インフェルノには1ダメージしか与えられない。
通用するのは、料理スキルだけだ。
俺はスキルウィンドウを睨みつける。
【ショウにダメージ40】
【メイにダメージ118】
そのとき、灰色に沈んでいたスキル名が白く輝いた。
咆哮の前に使用していた「みじん切り」が、ようやくクールタイムを終えたのだ。
俺は迷わず発動する。
「スキル、みじん切り!」
【ショウはインフェルノにみじん切り ダメージ725】
刃が深く食い込み、竜の顔が大きく仰け反る。
インフェルノの巨体が揺れ、炎が一瞬ふっと弱まる。
新たな攻撃が来るのか?
絶望的な予感が胸を締めつける。
【ショウはインフェルノを倒した】
そのシステムメッセージと共に、インフェルノは崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。
「……勝ったのか?」
俺は自分の体力ゲージを見る。
大丈夫……まだわずかに残っている。
メイも同様だ。彼女の体力も限界に達していた。
あと少し遅ければ、二人揃って燃え尽きていたはずだ。
「やったな、ショウ!」
ようやく動けるようになったクマサンが、こっちに駆け寄ってきている。
「……ショウさん、信じてました」
ミコトさんは座り込んだまま感極まった顔を俺に向けている。
「だから言っただろ」
肩に手を置いてきたメイの方を見れば、満面の笑みを浮かべていた。
仲間達の顔を見て、ようやく俺にも勝利の実感が湧いてくる。
「俺達の勝ちだぁぁぁぁ!」
俺は天に向かって思い切り勝利の雄叫びを上げた。




