第322話 想定内と想定外
「怯むな! 火力集中!」
声を上げながら魔法スクロールを繰り出す。
正直、俺の与えるダメージはたいしたことない。
だけど、俺の行動、俺の声が仲間を鼓舞する――そう信じて戦い続ける。
「随分とリーダーらしくなってきたな!」
組立式重装砲を放ちながらメイが、こっちに顔を向けてきた。
「三つ星食堂のギルマスとして、ほかのギルドに恥ずかしいところを見せるわけにはいかないからな」
「さすが私の見込んだ男。頼もしいじゃないの」
メイが嬉しそうに笑う。
俺にしてみれば、頼もしいのは彼女のほうだ。
組立式重装砲を完成させたメイは、魔法スクロールから重装砲による攻撃へ切り替えていた。上空の真インフェルノの翼を正確に狙い撃ち、現状ではユニオン内最大のダメージを叩き出している。
空のエースだったウリエルがいなくなった穴を埋めてくれているのは、間違いなくメイだ。
ウリエル死亡の動揺が広がらなかったのは、俺の声だけでなく、メイのこの火力があればこそだろう。
だが――
こっちがいけると思ったときに限って、真インフェルノは仕掛けてくる。
奴が大きく吼えると、身に纏う紅い光の輝きがさらに強くなった。
二度目の強化――本能でそう理解する。
「ここからが本番ってことか」
真インフェルノの体力は、残りおよそ二割。
それでも、聖域のインフェルノ戦を経験した人間ならわかっている。本当に厳しいのはここからだ。
――警戒するそばから奴の翼が炎を帯びる。
【真インフェルノは紅蓮災雨の豪翼撃を使った】
奴の翼から、さらに強化された炎の雨が降り注いだ。
一瞬、スキルウィンドウの「火加減調整」の文字が輝くが、一秒にも満たない刹那の瞬きでしかない。
継続する炎なら軽減できる。
しかし、一撃で降り注ぐ炎の雨では、せっかくのスキルも使いようがない。
ダメージログが一気に溢れ出す。
そのダメージは今までの全体攻撃とはレベルが違う。
全員の体力が半分近く削られた。
「まじかよ……」
連発されれば大量の死者が出かねない。
せめてもの救いは、連続使用する気配がないことか。
俺達はそれぞれのパーティのヒーラーのもとに集まり、範囲ヒールをかけてもらう。
全体攻撃に対して個別回復をしていたら、ヒーラーのSPなんてすぐに尽きる。効率よく回復するためにパーティ全員で範囲ヒールをもらうのが鉄則だが――さすがだ。近距離アタッカーだけでなく、遠距離アタッカーも遅れることなく即座に集合している。
「いいぞ、みんな! 落ち着いて戦えば、そう簡単には崩されはしない!」
俺が声を上げ反撃に転じようとしたときだった。
グワァァオォォォォォ!
森の木々を揺るがす轟音が炸裂した。
俺は知っている、この声を――
【真インフェルノは咆哮を使った
ショウは動けなくなった
ミコトは動けなくなった
メイはレジストした
ソルジャーはレジストした
シアは動けなくなった
ルシフェルはレジストした】
――やはり今回もきたか!
聖域のインフェルノ戦で、最も嫌な攻撃の一つがこの咆哮による行動不能だった。
レベル40制限では回復手段が限られていたが、今ならサブ職業のハイキュアでも回復可能。
それでも、ヒーラー全員が行動不能になろうものなら、全滅のリスクさえ出てくる厄介な技。
だが――
俺はタンクパーティのログへ目をやる。
【クマサンはレジストした
フィジェットはレジストした
ミネコは動けなくなった
ラファエルは動けなくなった
エイルには効果がなかった
ミートには効果がなかった】
――よし!
動けないので、心の中でガッツポーズを決める。
ヒーラー二人が行動不能になっているが、それでも「想定通り」と思えたのは、エイルとミートの二人が「効果なし」だったからだ。
真インフェルノ相手に、咆哮をくらう場面まで進んだユニオンはいない。それでも、俺は必ず使ってくると踏んでいた。
だからこそ、その対策をしてきた。たとえ、全員が同時に、抵抗できずに行動不能になっても生き延びられるように。
そのためのアイテムが――耳栓だ。
耳栓を装備すれば、音による攻撃は無効化できる。
ただし、音声チャットも文字チャットも届かなくなる。HNM戦で全員がつけるのは自殺行為だ。
だから俺達は、タンクパーティのヒーラー二人だけに耳栓を装備してもらっていた。
目で見たものと戦闘ログだけを頼りに戦うのは容易ではない。
それでも、タンクパーティのヒーラーは同じ場所に固まっている。このクラスのヒーラーなら、サインさえ決めておけば、チャットなしでも連携は取れる。
【エイルはラファエルにハイキュア ラファエルは回復した】
【ミートはミネコにハイキュア ミネコは回復した】
回復優先順位も決めてある。
まずタンクパーティのヒーラー。次にタンク。その次に各パーティのヒーラー。最後にアタッカー。
動けるようになったヒーラーから、次の仲間へハイキュアを繋いでいく。
アタッカーパーティ2も含めて、約半数が動けなくなっていたが、流れるようにハイキュアが繋がり、順番に行動可能になっていく。
【ミコトはショウにハイキュア ショウは回復した】
俺も、ミネコさんのハイキュアによって動けるようになったミコトさんからハイキュアをもらい、戦線復帰した。
「見たか、真インフェルノ! これが学習する人間の力だ!」
吼えながら魔法スクロールを使う。
咆哮により俺達の戦線を崩したかったんだろうが、少なくとも、今の俺達にとって咆哮は決定的な脅威ではない。
――このまま地上に墜としてやる!
俺の魔法スクロールによる攻撃では、特定部位は狙えない。
それでも、弓攻撃のアタッカー達が、そして組立式重装砲のメイが、奴の翼をぶち抜いてくれるはずだ。
「いつまでも空の支配者でいられると思うなよ!」
だが、翼破壊よりも先に、真インフェルノが動いた。
【真インフェルノは標的を探している】
不穏なログとともに、奴の首が巡る。
――嫌な予感がした。
こんな動きは聖域のインフェルノ戦でも見た覚えはない。
ヘイト自体はクマサンが取り続けているので、ヘイト無視の攻撃なんだろうが――それ以上のことはわからない。
「全員、警戒しろ!」
大声で叫ぶ。
何に警戒するのかもわからない無責任な呼びかけだ。
それでも、今の俺にはそれしか言えない。
一瞬、奴と目が合った気がした。
俺が狙われるのか――と焦りもしたが、すぐにその視線は逸れた。
なぜだか、今日はよくこういうことがある。
【真インフェルノはバッファローに狙いを定めた】
標的はバッファロー。
自分じゃなかったことにホッとしたことに自己嫌悪を覚える。
仲間が正体不明の攻撃に狙われているっていうのに……。
俺達が注目する中、バッファローへ顔を向けた真インフェルノが口を開く。
――ブレスか!
予感は当たった。
奴の開いた口の前に火球が出現する。
いや――火球なんてレベルじゃない。
現れた火球は、真インフェルノが炎を吹き込むように膨らんでいく。
弾丸ブレスの比じゃない。あれでさえ人ひとりを飲み込む大きさがあったのに、この巨大火球は余裕でその十倍はある。
「バッファロー、逃げろ!」
俺が叫んだときには、彼はもう走り出していた。
それは、避けるためというより、仲間と距離を取り、巻き込まないための動きに見えた。
逃げ切れるかどうかより、被害を自分一人に抑えることを選んだ動きだった。
ヒーラーから、短時間だけ耐火を大きく引き上げるバフが飛ぶ。
バッファローは牛型獣人。俺達の中でも、体力は最大値の1168を誇る。
この中で一番タフなあいつなら――耐えられるかもしれない。
――頼む。
そう願った次の瞬間だった。
超巨大火球が猛烈な勢いで吐き出され――バッファローを一瞬で飲み込んだ。
【真インフェルノはバッファローにインフェルノブレス ダメージ1825】
――え?
そう思ったときには、すべてが終わっていた。
【バッファローは死亡した】
誰も、声を出せなかった。




