第321話 リーダーの価値
――守れなかった。
相手は、まだ誰も倒したことのない真インフェルノだ。
犠牲なしで勝てる相手じゃないと、頭ではわかっていた。
それでも心のどこかで、このまま最後までいけると思っていた。
その甘さが――砕かれた。
「……俺のせいだ」
胸の奥が、鈍く痛んだ。
もっと警戒するようウリエルに伝えていれば、結果は変わっていたかもしれない。
あるいは、俺の防御力がもっと高ければ、ルシフェルやアセルスがリミットスキルを使わずに助け出せていた。そうすれば、ウリエルのときにそれらを使うことができた。
リーダーとしても、一プレイヤーとしても、俺は――
「ショウ!」
立ち尽くしていた俺の背中を、力強い声とともに誰かが叩いた。
顔を向ければ――ルシフェルだった。
ウリエルはルシフェルのギルドメンバーだ。
彼には俺を責める権利がある。
殴られても、罵られても、受け止めるしかない。
「……すまな――」
「リーダーが下を向くな」
ルシフェルは顔を上げ、真インフェルノを睨みつけていた。
「皆が余計に動揺する。こういうときこそ、顔を上げてまだ勝てると示すのがリーダーの仕事だ」
「ルシフェル……」
今のルシフェルの背中には、確かなリーダーの重みがあった。
「……だけど、ウリエルが――」
「いいか、ショウ。――ウリエルは、ただ無意味にやられたわけじゃない」
ルシフェルは手を止めず、真インフェルノへスキルを繰り出しつつ、言葉を続ける。
「HNMを初攻略する際に犠牲はつきものだ。だが、その犠牲の一つ一つが攻略へのヒントに繋がる」
「攻略へのヒント……?」
「ああ。ウリエルは、空中でも獄炎咬縛があることを、身をもって示してくれた」
「それは俺も見ていたからわかっているが……ウリエル以外に空の真インフェルノに近づく奴なんて――」
言いかけて、気づく。
ただ一人、真インフェルノのそばに残っている存在に。
――クマサンだ。
弓を使うアタッカーが狙いやすいよう、クマサンは真インフェルノの下でヘイトを重ねている。
その場所なら、真インフェルノが態勢を変えて首を下に伸ばせば――届く!
「――タンクが喰われる可能性があるってことか!」
「そういうことだ。ウリエルがやられていなければ、私達はタンクを失っていたかもしれない」
地上なら、俺達近接組も奴のそばにいる。
だが、空にいるときに近くへ張りついているのはクマサンだけだ。
ほかに獲物がいないなら、獄炎咬縛の標的は一人しかいない。
「それにだ。――奴の翼を見てみろ」
言われるまま、真インフェルノの翼に視線を集中させる。
そこには、大きな傷がついている。
ウリエルのあの一撃で、翼へのダメージが一定量を超えた証だろう。
「あの傷、見覚えがないか?」
「いや……翼の傷なんて初めてみるんだが……」
料理スキルが近距離専用である以上、三つ星食堂のメンバーで行う狩りの標的は地上の敵だ。空中の敵と戦った経験なんて、俺にはほとんどない。
「初めてなんてことはないだろ? ショウは同じような傷を見ているはずだ」
「いや、だから俺は空の敵とは戦わないから――」
言葉の途中で思い出す。似たような傷を。
――尻尾だ。真インフェルノの尻尾。
後ろ脚はいくら斬っても、あそこまで深い傷にはならなかった。
だが、尻尾は違った。
俺はこの手で、あの翼と同じ傷を刻んでいる。
「尻尾と同じ傷……」
「ああ、そういうことだ。そして、あの傷ができた尻尾を切断できたのなら――」
「あの翼も破壊できるってことか!」
「そういうことだ。――ウリエルは私達にいくつものヒントを残してくれた。あいつは、自分にしかできない仕事をしてくれたんだ」
「ウリエル……」
ウリエルは最後まで、空のエースだった。
そして俺は――地上のエースであり、このユニオンのリーダーだ。
「クマサン! その場に留まるのは危険だ! 獄炎咬縛が来る危険性がある! タゲを取りながら、移動してくれ!」
「――わかった」
詳しいことを問い返すこともなく、クマサンはすぐに動き出した。
真インフェルノはそれを追って、クマサンとの距離を詰めようと動く。
俺の言いたいことをすべて理解してくれたのか、それともただ俺の言葉を信じてくれたのか――どちらでもいい。
その迷いのない動きが、何より心強かった。
「アタッカーは狙いにくくなったが、真インフェルノの翼に攻撃を集中してくれ! 奴の翼は――壊せる!」
攻撃を続けてはいても、ついに犠牲者を出してしまったことで、みんなの顔には動揺が滲んでいた。
だが、俺の言葉にその目つきが変わる。
「地上にさえ墜とせば――俺が奴を倒す。勝つのは、俺達だ!」
真インフェルノの唸り声が轟く中、それに負けない俺の声が響いた。
「そうだ! 俺達は負けてない!」
「まだ圧倒的に有利なのは私達のほうだ!」
「地上に引きずり落としましょう!」
みんなの声に覇気が戻る。
――そうか。これがリーダーの声の力か。
ルシフェル自身が声を上げ、みんなを落ち着かせることもできたはずだ。
なのに、あいつは俺を諭し、俺にそれをさせた。
その意図が、腑に落ちた。
……借りができたな、ルシフェル。
ちらりと視線を向けると、彼は涼しい顔でいつものように魔法スキルを放っていた。
その姿は、とても凛々しく――そして、ひどく美しく見えた。
ほんの一瞬、目を奪われる。
ねーさんやソルジャーとはまた違うリーダーの姿。
それは、俺が思い描く理想のリーダー像に一番近いものかもしれない。




