第3話 料理スキル
「今のダメージは、なんだ!?」
「……もしかして、バグでしょうか?」
クマサンとミコトさんも、揃って目を見開いている。
二人の反応を見る限り、俺の見間違いではなさそうだ。
だが――
暗黒騎士が防御を捨てて攻撃しても、せいぜい10前後のダメージしか与えられなかった相手だ。
それに、非戦闘職の料理人である俺が、128ものダメージを叩き出すなんて――どう考えてもおかしい。
「ショウさん! もう一度、その攻撃をやってみてください!」
ミコトさんの声には、はっきりと期待が滲んでいた。
だが、視線を落としたスキルウインドウでは、「輪切り」がすでに再使用待ちを示すグレー表示に変わっている。
「すまない! 今はリキャスト中だ!」
戦闘スキルに比べれば短いとはいえ、料理人スキルにもリキャスト時間は存在する。
さすがに連続使用はできない。
「ショウ、ほかの料理スキルは使えないのか!?」
はっとした。そうだ、俺の技は「輪切り」だけじゃない。
急いで確認すると、ほかの料理スキルも白文字――使用可能だ。
「使える! いくぞ――スキル、半月切り!」
【ショウは猛き猪に半月切り ダメージ137】
――まただ。
戦闘職ですら届かなかったダメージ領域に、俺の包丁が平然と踏み込んでいる。
「……どうやら、さっきのはマグレじゃなかったみたいだな」
「効くんだったら、マグレでもバグでも何でもいいですよ!」
クマサンとミコトさんの言葉に、俺も一度はうなずきかけた。
だが――このゲームは、高性能AIによって常時デバッグが行われている。そのため、驚くほどバグが少ないことで有名だ。
だとしたら、この現象にも、必ず仕様としての理屈があるはずだ。
考えろ。
料理スキル――あれは、硬い「肉」を切るための技だ。
待てよ。だったら、目の前のこいつはどうだ。
生きていようが、巨大だろうが、料理人の俺にとっては――こいつも「肉」じゃないのか?
だから、食材と同様、防御を無視して刃が通る。
いや、それだけじゃない。
思い出せ。料理スキルのダメージは、武器の攻撃力で決まるんじゃない。包丁の「切れ味」だ。
攻撃力に全振りした戦士が一桁、攻撃力皆無の俺が三桁。
矛盾してる。だが、計算式が違うなら――当たり前の話だ。
この包丁の切れ味は、20。
――そうか。
筋は、通る。
「これはマグレでもバグでもない! 料理スキルなら、猛き猪にもダメージが通るんだ!」
「詳しい理屈はわかりませんけど……つまり、ショウさんが私達の最大アタッカーってことですね!」
ミコトさんは即座に判断を下した。
「クマサンは、私が全力で支えます! ショウさん、猛き猪は、任せました!」
俺が……最大アタッカー?
料理人の、この俺が?
ミコトさんの言葉に、体が震えた。
それは恐怖でも、緊張でもない。
――武者震いだ。
仲間に託され、アタッカー三人が尻尾を巻いて逃げ出した相手に、真正面から立ち向かう。
その状況が、俺の心を一気に燃え上がらせた。
「スキル――いちょう切り!」
興奮で震える右手を、再び猛き猪へと振り下ろす。
【ショウは猛き猪にいちょう切り ダメージ156】
表示されたダメージ値に、思わず笑みが浮かぶ。
快感――そう言っていい。
「猛き猪」相手に、ここまでやれる。
たとえこの先で倒されるとしても、料理人としての俺にとっては、もう十分すぎるほどだった。
だが――
クマサンとミコトさんは、さらにその先を見ていた。
二人は一瞬だけ視線を交わし、次の瞬間、迷いなく行動に移る。
【クマサンは自分に硬化薬・上を使った】
【ミコトは自分にSP常時回復薬・中を使った】
表示されたシステムメッセージに、俺は目を見張った。
どちらも店売りはされておらず、プレイヤーである錬金術師しか作れない高価な薬だ。
多くのプレイヤーは「いざという時」のために持ち歩きながら、結局は使わずに死ぬ。
――それほどのアイテム。
それを、今この場で、惜しみなく使った。
「おい……どうしたんだよ二人とも!? こんな戦い、長引かせてどうするつもりだ!?」
「どうするって……決まってるだろ」
「勝ちにいくに、決まってるじゃないですか」
二人の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
そこにあったのは、覚悟と――期待。
もう随分と長い間、俺が向けられたことのなかった、熱い期待の眼差しだった。
その瞬間、はっきりと理解した。
二人は本気で、この猛き猪に勝つつもりなんだ。
そして――
そのために、俺に「削り切る役目」を託してくれている。
高価なアイテムを惜しげもなく使ったのも、俺ならやれると、信じてくれているからにほかならない。
だったら――応えるしかない。
「スキル、みじん切り!」
魂を込めた一撃を、猛き猪へ叩き込む。
【ショウは猛き猪にみじん切り ダメージ312】
この戦いで、最大のダメージ表示。
敵の体力ゲージが、誰の目にもわかるほど削れた。
もう、これはただの悪あがきじゃない。
猛き猪を倒すための――俺達三人の、本気の戦いだ。




