第11話 深夜のSOS
クマサンとのボイスチャット誤爆事件から数日が経った。
俺はあの件を、あえて思い出さないようにしながら、深夜ひとりでログインしていた。
今日はクマサンが不在で、ミコトさんと二人で狩りに出かけていた。
タンク不在の分、効率は正直よくない。それでも――中身がどうであれ、見た目は可愛らしく、話も軽妙なミコトさんとのプレイは、十分に楽しかった。
だが、彼女はとっくにログアウトしている。
一方、無職の俺には時間があり余っていた。
いつぞやの夜のように、店売り用の料理を仕込んでおこうと肉を取り出した、その瞬間――
【クマサンがボイスチャットを申し込んでいます。許可しますか? はい/いいえ】
表示されたシステムメッセージを見た途端、記憶の奥に押し込めたはずの「あの日」が、鮮明によみがえる。
「……また誤爆じゃないだろうな」
ミコトさんと遊んでいる間、クマサンはログインしていなかった。
こんな時間に入ってくるのは珍しい。
――となると、誤爆の可能性はむしろ高いのかもしれない。
今回はどっちの声が聞こえてくるのか。
そんな少し意地の悪い考えをよぎらせながら、「はい」を選択する。
『ショウ! まだ起きてる?』
繋がった瞬間、聞こえたのはいつもの低い声。
……だが、違う。
早口で、いつもの落ち着きがない。
胸の奥が、ざわりとする。
「起きているから、こうしてボイスチャットに出てるわけだけど――どうした?」
『…………』
返事がない。
ヘッドセット越しに伝わってくるのは、荒くはないが落ち着きのない呼吸音だけ。
数秒の沈黙が、やけに長く感じられる。
やがて――
『……ショウ、この前、俺が間違ってボイスチャットしたとき、待ち合わせ場所に行けなくはないって言ってたよな? あそこ、近いのか?』
唐突な問いだった。
あの駅は確かに俺の最寄りだ。
だが――リアルの話題?
俺達はゲーム内では徹底してロールプレイしてきた。現実の話など、ほとんどしたことがない。
それなのに、いきなり。
しかも声には、いつもの冷静さがない。
押し殺した焦燥と、かすかな悲壮感。
背筋が、ひやりと冷える。
「ああ。自転車で十分くらいかな」
わずかな間。
『……頼む。非常に申し訳ないんだが、今から駅まで来てもらえないか?』
終電はとっくに終わっている時間だ。
駅前に人影はほとんどないはずだ。
……もしかして、家まで送ってほしいのか?
ゲームでは世話になっているし、送ること自体は構わない。
だが、それ以前に大きな問題がある。
「……クマサン、俺は車を持ってないよ?」
『自転車でも、徒歩でもいい』
即答だった。
車で送れという話ではない。
……なら、なぜ。
「……どうしたんだ? 今日のクマサン、ちょっと変だよ?」
短い沈黙。
そして――ためらうように、押し出された声。
『……ストーカーに、つけられているみたいなんだ』
「――は?」
息を呑む。
電車がないとか、帰れないとか、そういう次元の話ではない。
一気に、現実の危険へと跳ね上がる。
『一人では怖くて……。でもスマホの充電が切れてしまって、連絡を取れる手段がなくて。カバンに入れていたヘッドディスプレイでゲームに繋ぐしかなかったんだ』
スマホの充電が切れて、モバイルバッテリーも持っていないのに、ヘッドディスプレイは持ち歩いているのか……。
確かに無料Wi-Fiでもあれば、外でもゲームはできるだろうが……クマサンは、思っている以上のゲーム廃人なのかもしれない。
そんな考えが浮かぶが、今はそこを気にしている場合じゃない。
声のトーンが冗談ではないことを告げている。
ストーカーというからには、クマサンへの好意をこじらせたちょっとヤバめの女の人かもしれない。
一対一では面倒になる可能性は高い。第三者がいれば抑止にはなる。
それに――俺は「三つ星食堂」のギルドマスターだ。
ゲームの外だろうが関係ない。
仲間は守る。
「わかった。クマサン、その駅で待ってて。すぐに行くよ」
『ホント!? ありがとう!』
安堵がにじむ声。
その響きがどこか女の子っぽく感じたのは、あの夜の誤爆のせいか。
一瞬だけ妙な想像がよぎるが、すぐに振り払う。
今は笑っている場合じゃない。
俺は通話を切り、即座にログアウトした。




