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お母さんと私と騎士

「あ、あの。申し訳ありません。これ以上本隊から離れる訳には…。」


 何か動物を狩ってくると言ってやる気満々のお母さんをなんとか宥めて、その代わりに私が行くことにした。お母さんに大人しくしているように伝えてから森に入ろうとすると、先程の黒髪の男に遮られてしまった。とってもイライラしたが、とりあえず理由を聞いてやった。


「ちょっと食べ物をとってくるだけだ。逃げようなんて思っていない。その証拠にお母さんが残っているだろう?そんなことも分からないのか。」


 冷たい目で睨みつけてやるが、男は無表情のままで首を横に振る。


「あなたのお母さんが子供のあなただけを逃すために自分がわざと残っているのかもしれません。それに子供のあなたを1人にする訳にはいきません。1人で森に行って獣に襲われでもしたらどうするんですか?」


 最初、男が何を言っているのか分からなかった。こいつには、自分の右腕と左足が見えていないのだろうか。獣のように醜いこの手足が。オグリアンヌはその容姿が醜いほど異能の力が強いと言われており、それはこの世界の常識だ。これだけ醜い姿をしているのだから、いくら幼く見えても大人でも敵わないほどの力を持っているということは分かっているはずだ。


「ふざけているのか?…これ以上時間の無駄だ。そんなに心配だと言うならもう1人、私の監視役を連れてくればいいだろう?」


「いえ、本隊は近くの宿場町にいるのでここから呼んでくるのは少し時間がかかってしまいます。それに俺が頼みに行っても誰も来てはくれません。」


「…そんなこと、正直に言っていいのか?今、お前を殺せば私たちは逃げられると言うことだぞ?」


「…君はそんなことはしないだろう?お母さんの言いつけを守るいい子だ。」


「っはぁ!?何を言ってるんだお前!私がいい子だと!?舐めてるのか貴様!!」


 予想もしなかったことを言われて頭が混乱してしまった。いい子だなんて、お母さん以外に言われたことはないこの世界ではない前の世界でも、そんな言葉をかけられたことはなかった。いつも「目障り」だの「役立たず」だの「化け物」だのとしか呼ばれていない。それを何を言うのだ、この男は。


「こ、子供だからって舐めるなよ!お前なんかすぐに殺せるんだからな!」


 怒りのあまり男に飛びかかり地面に押し倒した。男は目を丸くしてこちらを見ている。こちらをまるで脅威とも思っていない澄んだ目にさらに怒りがこみ上げてくる。


「お前、さっき手を出してきた時は怯えて震えていたくせに、いったいどういうつもりだ!」


「さっき…?」


 少し考えるそぶりを見せた後、男が「あぁ!」と声を上げる。


「やっぱり震えているのが分かりましたか?いや、女性をエスコートするのが初めてだったもので失敗してはいけないと緊張してしまいました。情けない姿を見られて恥ずかしいです。」


 今まで無表情だった男がほんのりと頬を赤く染めて頬をかく。なんなんだこいつは。今の状況が分かっているのか。下手したら私に殺されるかもしれないのに照れるな。それに女性をエスコートってなんだ。本当に私のことを女性だと思っているのか。だとすればなんて能天気な男なんだ。お母さんと同じぐらい能天気な男だ。

 男にどう接すればいいのかわからず、男の上に乗ったまま呆然としていると、男が困ったような表情で顔を覗き込んでくる。


「レディが男性の上に乗っかったままではいらぬ噂がたてられますよ。立たせますので、お身体に触ることを許してもらえますか、レディ?」


「うわぁ!!」


 顔を近づけてきたことに驚いて、思わず飛び退いてしまう。これ以上近寄られては敵わない。ここは戦略的撤退だと、お母さんの後ろへと逃げ込んだ。そんな私を見てお母さんはクスクスと笑い始める。


「あらあら、ユフィがこんな風になってしまうなんて。もしかして初恋かしら?」


「そんな訳ないでしょ、お母さん!冗談はやめて!」


 顔が赤くなったのは決して照れているからではない。


 あらあら、そうなの?と信じているのか分からないようなセリフを言いながら、お母さんは男の方へと近づいていく。


「大丈夫かしら。うちのユフィがごめんなさいね。あまり男性と接したことがないから

照れてしまったみたい。」

 お母さんがしゃがんで手を差し出す。すると男は目を丸くしてお母さんと差し出された手を交互に見ている。


「あら、私に触られるのは嫌だったかしら?ごめんなさいね。」


「い、いえ!違います!」


 お母さんが手を引っ込めようとすると、男が慌ててその手を取る。お母さんの白くて細い華奢な手が男の豆だらけで無骨な手に握られるのを見て若干苛立ったがお母さんは気にしていないようなので許してやる。


「あなたのように美しい人に俺のような汚らしい男が触れていいものかと。お許しがいただけるのならぜひ手をお借りしてもよろしいですか?」


「あらあら、お上手ね。」


 気を良くしたのか、お母さんが声を上げて心底嬉しそうに笑う。そして男を助け起こすと

服の埃を払ってあげた。


「あなた、オグリアンヌの力を感じるわ。…でも血は入っていない。どういうことかしら?」


 立ち上がった男にお母さんが尋ねる。それは薄々自分も感じていた。紫色の男の髪の一房。オグリアンヌの関係者でなければ、紫色は絶対に現れない。でも私やお母さんのようにオグリアンヌの血が流れている訳ではないことは、その力の弱さで勘づいていた。お母さんに尋ねられた男は苦笑してその場に座り込んで小さな声で呟いた。


「俺はオグリアンヌから呪いを受けているんですよ。死の呪いをね。」


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