第二十五夜 僕、奴隷を解放します。
前夜:アリシアと対峙したが、栄太は自分の軽はずみな行動を叱責される。一時は自分の考えなしの行動を反省したが、アリシアがとある思想に傾倒していることに感づき考えを改める。彼女の思想に巻き込まれないように細心の注意を払いベランナたちを助けることになった。
アリシアの部屋に入ると所狭しと木箱が積まれていた。自治領から持ってきたのだろうか、よくもまぁこんだけの量を一室に運び込めたものだ。この中から回復薬を探さなくちゃいけないのか。まずは近くにあった箱を開けてみる。そこにはアリシアのものと思われる服がきれいに詰められていた。違う、これじゃないな。次の木箱を開ける。あ、こっちは下着だ。じゃあこっちかな、これも下着だ。これも、これも。どんだけあんだよ!
《……主様? 女性の下着を物色するなんて趣味が悪いですよ》
分かってるよ! 人聞きの悪いこと言わないでくれ。これでも真面目に探しているつもりだ。
《そうですかぁ? 仕方ないですね……左の奥の木箱にありますよ》
エータが魔法をかけたのだろう、奥の木箱がきらりと光った。積み上げられた木箱を慎重に崩してゆき、中身を確認する。そこには紫色の液体が入った、細長い小瓶がきっちりと収まっていた。これが回復薬だろうか、見たことない色をしているけれど。
《主様。解析魔法は使えますか? よろしければ教えましょうか?》
僕を見くびってもらっちゃ困る。これでもマジックショップの見習いなんだ。店主のプロントさんに一度教えてもらったことがある。全然使えなかったけれど。しかし、エルフ化した今なら使えるはずだ。プロントさんの言葉を思い出せ。手をかざし、紫の液体に意識を集中して……しばらくすると脳内にぼんやりとイメージが沸いてきた。力強いどっしりとした巨大な樹が見える。
《これは……千年大樹の樹液を精製して作った万能回復薬みたいですね。体力魔力状態異常全て回復しますよ》
それはすごい! 見たことなくて当然だ。これが伝説に聞くエリクサーなら金貨10枚でも足りない代物。エルフは薬学にも精通しているというが、こんな超高級品までホイホイ作れてしまうのだろうか。これならベランナたちの体調も一発で治るはず。さっそく届けよう!
《お待ちください、その前にこれで主様の魔力を回復させることをお勧めします》
僕を気遣ってくれるのは嬉しいが、今は先を急ぎたいんだが……
《主様はご自身の命を削って魔法を使われました。魔力を回復させないと命にかかわります》
そんな大げさな。少しぐらい後まわしにしてもいいだろう。
《ですが、日の出を迎えたら死んでしまいますよ》
そんな急に死ぬの!? じゃあもっと早く言ってよ! 慌ててエリクサーを一本取り出すと、蓋を開け一気に飲み干した。うーん……美味しいとは言えないな。しかし、みるみるうちに腹の底から活力が漲ってきた。おお、回復してる回復してる。
《エルフは長寿だからこそ、命を削ってでも魔力を捻出することができます。今回は無理して50年ばかり寿命を削りましたからね。元の姿に戻ったときに、その影響を受けてしまいます。魔力の使い過ぎにはお気を付けください》
ええ……僕、知らないところで死にかけてたじゃじゃないか。それに50年分削った寿命ってエータの魔法が原因のような……以前付呪してくれたプロントさんの忠告が頭をよぎる。魔法の使い過ぎで死んじゃうとか笑えないぞ。
《魔力もすっかり回復できてよかったですね。主様、エルフは体内に蓄える魔力量が多ければ多いほど、寿命が延びると言われています。たくさん魔法を練習して長生きをしてくださいね》
エータから謎の励ましを受けつつ、部屋のあたりを探す。どこかにエリクサーを持ち運べるものないかな。それと着替えもほしい。この喪服姿は迂闊に触れることもできないし、落ち着かないからね。気はすすまないがアリシアから服を借りようかな。
《承知しました。では上に羽織るものとして、闇の羽衣という魔法をお教えしましょう。魔法でできているので重さがなく、かさばることもありません。さらに魔法耐性も高く、魔法の効果も高めてくれるといいことづくめ! もう一枚作れば鞄がわりに運べますよ》
エータから闇の羽衣という魔法を教わると、さっそくアリシアの服の上から羽織った。少しだけ魔力が上がった気がする。もう一枚作製した羽衣にエリクサーを持ち運べるだけ詰め込んだ。
《魔法を使用したらすぐ回復。主様、お忘れなく!》
はいはい、エリクサーね、わかってますよ。それじゃあ今度こそ地下室に行くか。
◇
大量のエリクサーを担いで、ロナードのワインセラーからまた地下へと入っていった。
「だ、誰だ!? たすけてくれぇ!」
扉を開けると、鎖で繋いだまま変わらずの状態でロナードが叫んでいた。よし、異常はないな。
「き、貴様! さっきのエルフか? こんなことをして済まされると思っているのか? 貴様は貴族に手を出したのだぞ! 国を相手に戦う覚悟があるんだろうな!」
ロナードの鼻に一発蹴り飛ばしたあと、急いでベランナに駆け寄る。息は荒いがまだ生きているようだ。
「お待たせ、ベランナ。今助けるから」
ベランナの口にエリクサーを流し込む。しかし勢いが強かったのか、ベランナはすぐに吐き出してしまった。飲み込む体力も残っていないようだ。
《差し出がましいことですが、主様。やはりここはアレをすべきかと》
僕の考えを読み取ったかのようにエータが進言する。わかっているよ。これは仕方なくすることだ。今は緊急事態だからな。ブツブツ言い訳をしながら、エリクサーをもう一瓶開けると、僕の口に流し込んだ。雑草をまますりつぶしたような、苦くて土臭い香りが鼻から抜ける。
ベランナを抱き起すと下顎を押え口を開けた。ベランナの小さな白い歯が見える。そこに意識を向けて唇を重ねた。雨水が岩に染みこむように、ゆっくりとゆっくりと、少しずつ流し込む。抱きかかえながら回復魔法もかける。ベランナの身体が白い光に包まれる中、彼女の顔を覆っていたカビがはらはらと剥がれてゆき、冷たかった身体に熱が再び戻ってきた。
「まだ生きている……」
うっすらと開いたベランナの瞼から涙がこぼれた。よかった! 一命をとりとめたか。
「ベランナ。覚えている? エータだよ。ダークエルフの」
「神様っているんですね……こんな奇跡があるなんて……エータさんお願い。他の方にも慈悲を……」
すがるように伸ばしたベランナの手を握る。わかっている。みんな助けてやるからな。
「ああ、そのつもり。残りは自分で飲める?」
半分ほど残ったエリクサーをベランナに手渡すと、肩まで毛布をかけた。よし! 次次いくぞ!
「ああ、俺たち助かるのか……?」
隣の檻では仰向けでひっくり返っているオークが僕を見上げていた。
《まあ、なんという博愛精神なんでしょう! 種族性別問わずその身を捧げるとは。さすが主様!》
そういえばベランナばかり意識が向いていたけど、オークやゴブリンたちもいたんだった。こいつらもベランナ同様、自分で立ち上がることができないくらい衰弱しきっている。やっぱりここは、同じことをやるしかないのか?
《何をためらっているのですか、主様? 慈悲深い月の女王の御子が選り好みするなどあり得ませんよねぇ?》
何だよ、やけに煽ってくるじゃないかエータ。ちくしょう! いいさ、やってやる!
◇
全員の口にエリクサーをお見舞いしてやると、捕らわれていた奴隷たちはみるみるうちに元気になった。
「うおー! 一時はどうなるかと思ったたがお前さんのおかげで一命を取り留めたぜ!」
オークが喜びのあまり僕に抱きつく。嬉しいのは分かるけどさ、あまり力を込めないでほしい。背骨と肋骨が悲鳴をあげている。僕がみんなから感謝を受ける一方で、ロナードは奴隷たちに囲まれ、口々に責め立てられていた。まぁ、当然のことだよな。
「なぁ、ダークエルフさんよ。俺たちのかわりにこいつを殺してくんねぇか?」
ひとりのゴブリンがロナードを指さした。
「俺たちはこいつに奴隷紋ていう呪いを刻まれてて、反逆することができねぇんだ」
《奴隷紋ですか。相手を一方的に隷属させる呪いの魔法です。使用者が奴隷となるものの身体に魔法陣を書き入れ、魂と肉体を支配します。奴隷紋を受けた者が使用者を攻撃すると、呪いが発動して心臓を握りつぶされます。また使用者から逃げた場合も同様に呪いが発動します》
「こいつが何らかの形で死ねば、俺たちの奴隷紋は消えるんだ」
なるほど、だから彼らはロナードを嬲り殺すことなく取り囲んでいるのか。なぁエータ、ロナードを殺さずに、この奴隷紋だけを解除することはできないかな? あの司教がやっていた解呪魔法とか魔法破壊とかいうやつ。
《そうですねぇ……主様のお力になりたいのですが、妾はこの世の邪悪なものを滅殺する魔法しか使えません。ひと様をお助けする魔法には自信がありませんね》
おいおい、滅殺って物騒だな。困った、アリシアなら解呪の魔法を知っているかもしれない。
「なぁ、助けてくれた恩人にこんなこと言うのは悪いけど、もうひと肌ぬいでくんないか? こいつさえ殺せたら俺たちは自由なんだ」
「お願いです! もうこんなクズに弄ばれるのは嫌! 故郷の海にかえりたい」
ゴブリンの隣でマーメイドが涙ながらに訴える。
《このゴブリンたちの言うとおりです。さっさと殺してしまいましょう》
「気持ちはわかるけどさ、まぁ待ちなって。ロナードを殺すことは簡単だ。しかし、その後どうする? ここから逃げたところでどこへ行く? 貴族を殺されて騎士団や兵団から追われる日々じゃないか」
ロナードだけじゃない。それ以外にも貴族や騎士など大勢葬ったんだ。いずれ僕にも嫌疑がかかる。うまくいけば騎士団や兵団をうまく丸め込めるかもしれない。
「そっから先は俺たちで考えるさ。アンタたちエルフには迷惑をかけない」
大柄なオークが僕の肩を抱く。こいつさっきからべたべたと接触が多いな。それにしても、ここにいる奴隷たちはロナードを殺すことで意見が一致している。気持ちは分からなくもないが、それじゃあ僕を含めて彼らの立場は何も変わらない。遅かれ早かれ捕まって処刑されるのが目に見えている。
「僕に考えがある。一旦ロジャーを連れてここを出よう。みんなに会わせたいひとがこの上にいるんだ。そいつと交渉する」
「こいつを生かす必要はないぜ、それに会わせたい奴って誰だよ?」
「会えばわかるさ。ベランナ、お願いがある。一足先にこの邸宅にいる使用人たちを呼んで、全員広間に集めてほしい。たぶん客室に閉じこもっていると思うから」
「わかりました。お役に立ってみせます」
「アンタひとりじゃ大変だろう、俺もいっしょに行くぜ」
すっかり顔色が良くなったベランナと隣にいたオークにお願いして、一足先に地下室から出ていってもらった。アリシアのいう革命なんて過激なことをするつもりはない。だが、このままおとなしくしているつもりもない。奴隷を食い物にしている連中にはしっかりと報いを受けさせないとな。




