第二十三夜 僕、悪女の毒気にあてられます。
前夜:エルフのアリシアに嵌められて地下の檻に繋がれてしまった。そこで瀕死のドライアドの少女、ベランナに出会う。栄太は同じように衰弱しているものたちを見て、今まで避けてきた義憤に直面してしまう。
「妾と踊ってくださるかしら? 嘆き女の葬列」
ロナードたちの足元から黒い染みが広がり、おぞましい泣き声が地下室一杯に響く。喪服に身を包んだ女がロナードの足を伝って上ってきた。目元が隠れているため表情は分からないが、その動きから生者ではないことは確かだ。青白い腕が伸びる。これが嘆き女か……
「ひぃい! なんだ、なんだ! このやかましい女は!」
ロナードは恐怖に顔を歪ませ力任せにバンシーを振りほどく。しかし次から次へと、ぞろぞろと同じ格好の女たちがはい出てくる。他の男たちにもそれぞれバンシーが取りつき嗚咽を漏らしている。
「この、不浄な悪霊め、ええい! 私の服を汚す出ない! 冥府還し!」
司教と呼ばれている白髪の男が魔法を唱える。おそらくアンデッドを一瞬で消し飛ばす聖光教団の魔法だろう。しかしバンシーは構うことなく司教の腰に胸にまとわりつく。
「な、なぜだ! なぜ効かん!」
「あらあら。バンシーはアンデッドではありませんよ」
《バンシーは生と死の狭間を渡り歩き、名誉ある方の死期を感じとって嘆き悲しむ精霊です。地位が高くなるにつれあちら側へ引きずり込む力が強くなるんです。権力を笠に着て女をいたぶってきたもの共には効果がありますね》
高揚した様子でエータが解説している。貴族や上級市民だけに通用する召喚魔法か。対象は限定されるがこれは使える。
「ふ、ふざけるな! こんなことが、こんなことが許されるはずがない!」
喪服の女たちは司教の服から細かな装飾品を剥ぎ取りながら、暗い淵へと引きこんでゆく。どれだけ高価な魔法具で身を固めても、次々とバンシーたちが湧き出て持って行ってしまう。
「忌々しい売女が! 排除! 炎障壁!」
バンシーにもみくちゃにされながらも、なおも諦めずに魔法をかけ続ける。しかしヴァンシーたちは炎に包まれながらも司教に縋りつく。こいつらは魔法が効かないのか。
「バンシーにあなたの魔法は効きませんよ。彼女たちにとって、地位の高い方からの攻撃は全て施しになりますからね。一層喜んで泣いてくれるでしょう」
アンデッドより厄介だな。物理攻撃も魔法も効かないんじゃ対処のしようがない。
《あら、主様。バンシーを悪霊のように言うのはよしてください。彼女たちがかわいそうです。そもそも精霊に善悪の概念などありません。自然の理、ひとの理に従って精霊は発現するんです》
そうかな? その割には見渡す限り、阿鼻叫喚の地獄絵図なんだが。
《バンシーは高貴な方が亡くなる前に不浄なものを持って行ってくれるんです。賄賂、恐喝、略奪、詐取、嘘、虚飾、虚栄。死後の世界まで持ち越さぬよう、邪悪なものを剥ぎ取り死者を清める。慈悲深い精霊です》
ではあの司教と呼ばれた男から靴や腕輪を奪っているのは……
《邪な方法で手に入れたのでしょうね。あらあら下着まで取られて、このままですと彼には何が残るのでしょう》
「おい! お前たち助けろ! 私は、私は! 死にたくない!」
必死に騎士たちに助けを呼ぶ。騎士たちも自分に縋りついてくる女を引きはがすので精一杯のようだ。
「こんなところで死んでたまるか!」
剣を持った男がバンシーの一体を斬りつけエータに襲い掛かる。しかし渾身の一振りは空を切ってしまう。
「影歩き」
エータは一瞬にして男の背後に立っていた。そしてそっと愛撫するように首筋を撫でる。
「ぐぅう!」
首筋を撫でられた男は剣を落とすと、がくがくと震え床にのたうち回った。
《黒の葬衣を身につけている間は触れただけで、相手を苦しみながら地面を這いつくばる、という呪いがかけられています。こういう状況に最適ですね》
体を起こそうともがく男の影から、一体のバンシーが這い出てくる。
「来るな! 来るな! 俺はまだ、俺はまだ、ここで終わる男じゃない!」
バンシーは男の腹の上にまたがり首に指を絡めると、ゆっくりと雑巾を絞るように力を込める。男は恐怖と不快感で強張った顔のまま影の中へと沈んでいった。
《彼はのどが邪だったようですね。生来の嘘つきなのでしょうか》
そのあともエータは『影歩き』という魔法で闇に溶け込みつつ、男たちをひと撫でしては床に落としていった。床にはバンシーたちが待っている。緩慢な動作で男たちをどこかへ引きずり込んでゆく。
「エルフ! 私を助けろ! 私はこの街の司祭、ピスキオ・ナルディであるぞ! このような冒涜はただちにやめさせよ! 私は神の使い! 神が、我らの神がお怒りになるぞ!」
ピスキオという男はもう肩までバンシーたちに引きずり込まれている。エータはその男の前に立ち、汚物を見るような目で見下ろしていた。
「あら、あなたがこの街の司教様ですか。このような薄汚い奴隷屋敷に何の御用で?」
「私は! ダークエルフがいるというから会いに来たのだ! 祝福を、そう祝福を授けるために来てやったのだ! それなのにこのような仕打ち、何と心得る! 神罰が下るぞ!」
こんな危機的状況に置かれても、よくもまぁ図々しいことが言えたものだ。お偉方というのは、自分の今までの行動を悔いることはないのだろうか。反省も学習もしない、ただ己の欲望に忠実なだけの醜悪な肉塊。これ以上不快な声を聞くのも煩わしい。
「神罰ならもう下っていますよ」
「わ、私が神罰だと!」
エータは両手を腰にあて胸を大きく反らす。そう、あのポーズだ。
「吾は月に住まう夜の神、月の女王である。淫蕩にふける堕落した貴様らに鉄槌を下さん!」
そういえば、エータって月の女王の別人格だったっけ? ということは、まぁ神を自称しても間違いはないか。
「月の女王? ふざけるな……!」
「貴様は誰にも悼まれることなく、送られることなく、ただ闇に沈め」
太ももを露わにしてピスキオの頭を踏みつける。おいおい、それのどこがお淑やかなレディなんだよ。これじゃハードコースの女王さまじゃないか。なんて思いつつ、ズブズブと闇に沈んでいくピスキオを眺めた。
《ここにいる者たちは家柄だけは立派だったんでしょうが、肝心の魂が邪悪だったようですね。身体ごとバンシーに持っていかれてしまいました。バンシーに沈められた者は、生と死の狭間をただ歩き続けるといいます。復活も転生もない、どこへもたどり着くことない場所だそうです》
残酷な仕打ちだな。まぁ奴らの今までの所業を考えたら、自業自得なので心が痛まないけど。あぁ……僕もエータの毒気にあてられたかな。
《それよりも、主様。残すはロナードひとりとなりました。おや、バンシーが積極的ではありませんね。彼女たちにもわかるのでしょうか。爵位を金で買っただけの下賤だというのが》
「エータ。変わってくれ」
《よろしいのですか? この程度の汚れ仕事は妾がいくらでも引き受けますのに》
いいんだ。これは僕がきちんと決着をつけなくちゃならない。この身体の主は僕だ。僕がこの惨事の責任を負うのが道理だ。
《承知しました。ただし、魔法を使うのはご遠慮ください。主様はまだお若いんです。こんなつまらぬ下衆のために命を削る必要はありませんよ》
エータの忠告と共に意識が身体に吸い込まれてゆく。どうやら交代してくれたみたいだ。手足の感覚が戻る。魔法を使ったときの影響か再び胸がズキズキと痛んだ。
「ま、ま、ま、待っていただきたい! 私は貧しいものを相手に商いをしておりましたが、それは彼らに輝ける場所を手配しただけ! これは社会貢献の一環なのです」
《この期に及んでまだ都合のいい弁疏をするとは、底なしの愚か者ですね》
「あのアリシアという女エルフについて聞きたい」
「私は何も知らない、『白の屋敷』の者だという以外には! あと、よく私の奴隷を買ってくれた! それだけだ!」
白の屋敷……エルフ自治領の別名だ。エルフを助ける立場にある彼女がこのことを知っているのか。
「彼女に連れられて部屋に入ったとたん気絶させられた。お前たちは僕を奴隷として売るつもりだったのか?」
「あのアリシアという女が唆したのだ! ダークエルフは真のエルフではないと、淘汰されるべき亜種だと私に言って!」
《にわかには信じがたいですね。白い肌のエルフ、ハイエルフとダークエルフは昔こそ対立していましたが、同族を売るような真似はしていません。個体数が減った現在では種を保存するため協力関係にあります》
「助かりたい一心でデタラメを言っているんじゃないか?」
「そんな! 嘘偽りない真実です! 順を追って話しますから、まずはこの不気味な女を何とかしていただきたい!」
バンシーの鳴き声がうるさいし、この男にはあまり効果がないみたいだからもう還そうかな。
《承知しました。必要とあればまたお呼びください》
ロナードの足元からバンシーたちが消える。
「それで?」
「ダークエルフが街中の店を訪ね回っているという噂が流れてすぐです。白の屋敷からそのダークエルフを捕まえろという通達がありまして」
「それがアリシアだった?」
「恐らく。それで方々手を尽くしたのですが、手掛かりもなく」
「それを誰かに漏らしていないか?」
「いえ、ひとことも漏らしていません」
怪しい。明らかに目が泳いでいる。聖光教団の司教と繋がりがあるならアンデッドの調達も可能なはずだ。
「昨晩賊をけしかけてマルリを襲っただろう? ミノタウロスの娘だ」
「何のことですか? 私は……」
「お前たちの中に司教と呼ばれていたやつがいたな? あれは聖光教団の司教だろう?」
「いえ、あれは内々で呼び合っているあだ名みたいなもので……あぁぁぁッ!」
あんだけ聖光魔法をポンポン繰り出せる素人がいるかよ。ロナードの首をぐっと掴む。すると床に崩れ落ち焼けたミミズのようにのたうち回る。
「賊を指揮する中にアンデッドがいたぞ! 生死に関わる魔法は聖光教団しか扱えないはずだ。あの司祭が関わっているんじゃないか!?」
もだえ苦しむロナードの胸ぐらを掴む。
「あああ! 体中が焼け付くように痛い! なんとかしろこのクソッたれ!」
「お前が本当のことを話すまで同じことを繰り返す」
「クソ! エルフに関わるんじゃなかった! お前たちさえいなければ、俺はまだ上へ行けたのに!」
《主様。この男は後回しにしてアリシアに直接聞いてみてはいかがでしょうか?》
そうだな、しかしその前に檻の中にいるひとたちを解放してからだ。ロナードから鍵の束を奪い取るとひとつひとつ開錠してゆく。鍵が開いたのに誰も喜びもせず、外に出ようとしない。すでに魂が抜けきってしまったようにぐったりと無抵抗を貫いている。
《アリシアと決着をつける前に回復アイテムを探しましょう。給仕をしている者たちも奴隷でしょうから。協力してくれるかもしれません》
そうだな。ロナードは……鎖があるから、これで縛っておこうか。これは後々役立ってもらうからな。
「ベランナ……」
痛みなのか恐怖なのか、震えるドライアドに声をかけたが返事はなかった。
「すぐに助けるから。もう少しの我慢だ」
僕が使っていた毛布を彼女に触れないようにそっとかける。やはり返事はない。さっさとアリシアの真意を問いただしてすぐに治療にとりかからないといけないな。
《相手は本物のエルフです。主様からすると、魔法の知識も経験も遥かに及ばない格上の相手です。妾が代わりましょうか?》
そうだな、危なくなったらそうしてもらおうか。この黒の葬衣があれば接触を封じれるはず。まずは僕が対峙するよ。こんな胸糞悪い思いをさせられたツケはしっかり払ってもらおう。
注)バンシーは高貴な身分のもとに訪れる、女の精霊である、大声をあげて泣く以外はオリジナルの設定です。




