第二十二夜 僕、悪女に嵌められます。
前夜:奴隷商と名高い男爵のパーティーに誘われるハメになった栄太。絶対に奴隷フラグが立っていると確信するも、同じエルフのアリシアの誘いを断ることもできずに着替えの準備に行ったのだが……
アリシアに連れられて広い部屋に通された……ところまでは覚えている。ドレスのフィッティングがどうとか言っていたっけ。それに身体の付呪を解くとかも言っていたような。
《主様、お気づきになりましたか》
その声はエータか。真っ暗で何も見えないんだけどここはどこだ?
《地下に運ばれたみたいですね》
地下? なんで? 部屋にいたんじゃなかったのか?
《主様は弱体魔法をかけらられたのですよ。暗闇/虚脱/痛覚倍化/麻痺/反動/気絶……フルコースですね》
弱体魔法? なんで? ていうか食らった魔法って聞きおぼえがあるんだけど。
《あのアリシアというエルフの仕業ですね。反射魔法を使ったのでしょう》
僕は自分で設置した魔法に引っかかったのか? それってめちゃくちゃマヌケじゃないか。でもアリシアには一度しか触れられていないような。
《全方位の魔法を予めかけていたのでしょう。一度で全ての身体を触れられるように。しかも全身の付呪魔法の魔力を補充しているので魔法が使えません。向こうは主様のことを調べているようですね。自警団の調書を入手したのでしょうか》
こっちの付呪魔法が補充式というのも知られているわけか。僕の魔法を利用して動きを封じるなんて、ずいぶん計画的な行動だ。まさか僕を売るつもりなんだろうか。同じエルフなのに。
部屋の暗さにようやく目が慣れてきた。どうやら檻に入れられているようだ。湿った床が腿を不快に濡らす。生臭い異臭が鼻をつく。それと僕はまた裸にひん剥かれたようだ。ほんと裸に縁があるよな、いや服に縁がないって言ったほうがいいか。
「気が付きましたか?」
暗闇の中ぼんやりとした輪郭がかすかに動く。同居人がいたようだ。細い首に枷を嵌められていてそこから鎖が伸びている。
「そこに毛布ありますよ。地下は冷えますからね」
優し気な様子で話しかける。女の子かな? がりがりに痩せこけた腕と、干からびたような肌が衰弱の度合いを表している。栄養が足りていないのか、さっきからピクリとも動かない。
《主様、ドライアドみたいですね。まぁ、可哀そうに。こんな暗いところにいては病気になってしまいます》
ドライアド……。植物とヒトの特徴を併せ持つ種族だ。植物みたいに光合成をして栄養を補給するため、こんな暗いところにいてはすぐに弱ってしまう。この街では珍しいけど、やっぱり奴隷として売られたのかな。
「ありがとう、君はドライアドかな?」
「はい。北の森林から来ました。ある日馬に乗った山賊がやってきて辺りに火を放ったんです。家族とはぐれた私は彼らに捕まって……」
そこまでいうとドライアドは黙ってしまった。まぁこの劣悪な環境に放り込まれたら誰だって参ってしまうだろう。あたりを見回すと他にも大きな檻がいくつもあった。所々ですすり泣く声が聞こえる。ロナードが奴隷を売っているという話は本当だったか。
「僕……いや、私はエータ。ダークエルフだよ。君は?」
「ベランナです。エルフにお会いできるなんて光栄です。といっても、もう目も見えないのですが……」
長時間劣悪な環境にいたせいだろうか。回復魔法でどうにかできないかな。
「ちょっと待って、いまから魔法をかけるから」
『魔術師入門』で覚えた回復魔法を使う。おでこのあたりに触れると、手のひらから淡い光が灯った。魔法が使えないと聞いたけどちゃんと使えるじゃないか。なんか胸がギリギリ締め付けられるような痛みがあるけれど。
「あたたかい……冬の日だまりみたい……懐かしい」
わずかな光からベランナの顔が見えた。顔色は土のように悪く、顔の半分がカビに覆われている。閉じられた目から一筋の涙がこぼれた。
「ありがとう……でも、もう私は長くないから。この魔法は他のひとに使ってください」
ゆっくりとした動作で僕の手に触れた。ベランナの指は硬直していて冷たい。まるで死体のようだ。
「最期にこんなに優しくされるなんて、神様は意地悪ですね。やっと諦めがついたと思ったのに。光を見たら、まだ生きたいって思ってしまう……もう身体が動かないのに」
なんて言葉をかけていいかわからない。僕にできるのは回復魔法をかけ続けるくらいしかなかった。胸の痛みを我慢して両手でいっそう魔力を込める。
「もういいんです……これ以上私に構わないで……あぁぁッ! 痛い!」
《痛覚が戻ったようですね。しかし、これはかえって彼女を苦しめるだけでは? それに今主様はご自身の命を削って魔力を捻出している状態なんです。そこまでして魔法を使うのは賛同できません》
そんなことは分かっているさ。しかし放っておくわけにもいかないだろう?
《目の前の悲劇に囚われるのはひとの性ですが、主様はもっと視野を広く持ってくださいまし。主様にはそれだけのお力があるのですから》
じゃあここにいる奴隷たちを全員解放すればいいのか? ロナードは男爵と言えども貴族だ。貴族に逆らったら正義者気取りの騎士団と兵団に追われる身になる。社会に何も影響を与えられない非力な一般人に何ができるというのか。
《主様ったら、そんなにいじけないで。この際ですからもう少し月の生き方を学びましょう》
英雄を見つけるというやつか? ヴァン以外にもいるのだろうか。とてもじゃないけど、このドライアドが英雄になれるとは思わない。
《あれはオモテの月の生き方ですよ。妾が言うのはウラの月の生き方です》
なんだよそれ。表とか裏とか。他のやり方があるっていうのか?
《光のない世界でも身の処し方はいくらでもあります。ふふふ、表の月の女王には思いもつかない方法が》
エータが不気味に笑う。何をする気かわからないが、こいつ、ついに本性を現したか。苦しむベランナに魔法をかけ続けていると奥で扉のあく音がした。
◇
「さぁ皆様! たった今入荷したばかりのダークエルフですぞ!」
やけに張り切った声がすると思ったらロナードだった。パーティーにいた客だろうな、後ろにめかしこんだ男たちが群がっている。柱の松明をともしながらこっちにやってくる。
「これが先ほどのダークエルフか。いい体つきをしている」
「いえいえ、クラウス司教。本日お招きしたアリシア様のお知り合いとは別人ですとも」
「そう。ロナード男爵がアリシア様の知人を檻に入れるなどあり得ません」
「然り。例のダークエルフ殿は今お着換えをされている途中のはず。これとは別ですよ」
口々に白々しいことを言う。ていうか司教って聞こえた気が……ロナードが酒臭い息を吹きかける。
「廃棄前のドライアドを介抱するとは健気なものだ。ほらこっちを向きなさい」
「毛布が邪魔ですね。とってしまいましょう」
「褐色の肌に珍しい紋様が映えますな」
「それに触れると魔法が発動します。まずは解呪をしないと」
男たちは僕たちを無視して勝手に盛り上がっている。ベランナは可哀そうに、恐怖で震えている。今まで怖い思いをしてきたんだろうな。
「魔法破壊をしたのち魔封じを施そう。非力なエルフなど怖くない」
「おお、司教さま。よろしくお願いしますよ」
白髪の老人が前に出ると手のひらをかざして何か唱える。
《魔法破壊ですね。主様にかけられている魔法の効果がすべてなくなりました。それと魔封印を施されました》
魔法が使えないんだろう? それってまずいんじゃないか?
「ハリといいツヤといい、これは上玉です。この廃棄前のドライアドとセットでお譲りいたしましょう」
「金貨100でも足りませんな。金貨150」
「金貨200」
「いや250」
「300!」
《主様。月の魔法はどの魔法体系にも属さないものです。矮小なものが繰り出す封印など取るに足りません。ここにいる下衆どもで月の魔法の偉大さをお見せしましょう》
エータの静かな口調から怒りが滲んでいる。僕と同じで相当頭に来ているようだ。わかったよ。じゃあ僕は見学するからさ、そのウラの方法を教えてくれ。
《承知しました。では裏の生き方をお見せしましょう》
そういうと僕の意識はスッと身体の外に出てゆく。風船のようにふわりと浮き上がりエータたちを見下ろしていた。俯瞰して初めてわかる。僕たち以外にも檻が10ほどあって様々な種族が収容されている。ベッドやトイレといった気の利いたものがなく、汚れた床に倒れるようにぐったりと寝そべっている。
「この愚か者どもめ! この程度で妾を御せると思うたか! 黒の葬衣!」
エータは勢いよく啖呵を切ると、彼女の周りに黒い霧が立ち込めた。じょじょに霧が固まり一つのロングドレスへと纏まってゆく。いや、これは喪服といった方がいいかもしれない。この魔法いいな、もう全裸でうろつく必要がないじゃないか。
《黒の葬衣に触れた者は猛毒に侵されます。死ぬことはありませんが、激痛に苦しみますので戦うことはできません》
「影歩き!」
《闇の濃い部分に移動できます。これで檻から出て広々と戦えますね》
エータがひとつひとつ丁寧に解説をしてくれる。嬉しいんだが、もっとこう、爽快なのないかな。目の前のクソ野郎どもを一撃でぶっ殺すような凄いやつ。
《あらあら、主様。お口が悪いですよ。レディはもっとお淑やかでなければ》
「どういうことだ! 司教、魔法は封じたのでは!?」
「私の魔法破壊は最高位の魔法だ。効かぬわけがない!」
「現に檻から脱出しておりますぞ! 魔法壁を作って攻撃に備えないと」
知らぬ魔法を見て明らかに動揺したようだ。いい年したおっさんたちが慌てている。
「ではわたくし騎士団がお相手しょうか。あれの商品価値を少し下げますが、構いませんな?」
後ろで様子を見守っていた男たちが前に出る。やっぱり騎士団は奴隷商と繋がっていたか。騎士団はウジと同じで腐ったところに常に湧くからな。
「では主様のご希望通り、さっさと塵を片付けるとしましょうか。お淑やかな方法で」
エータは余裕の笑みをたたえ、ロナードたちにふわりと手を差し出した。
「妾と踊ってくださるかしら? 嘆き女の葬列」




