第二十一夜 僕、奴隷屋敷に入ります。
前夜:エルフ自治領のアリシアに強引に連れられパーティーに参加することになった。しかしそこは奴隷商人という悪名で知られる男爵の家だった。
◇
「よろしかったのでしょうか?」
「何が?」
ヴァンの突然の質問に反応することなく、アードは憮然とした面持ちで報告書を作成している。エルフ自治領のアリシアが自警団署を退出してすぐ、騎士団の代表者がアードの下を訪れた。要求はただ一つ。今回のダークエルフに関するすべての事案を騎士団に引き継がせること。
通り魔の被害者は上級市民であり、自警団が拘束していたエルフもそれに準ずる立場にある。この一連の騒動は自警団に手に負えるものではなく、今後は自治領と騎士団の合同捜査で解決すべき事案である、というのが騎士団の主張であった。アードとヴァンが署長の代わりに粘ったが、要求をはねのけることはできなかった。
「話が出来過ぎています。エルフ自治領の特使と入れかわりに騎士団が来るのは不自然です」
「まぁあいつらは繋がっているんだろうな」
渋い顔をしたままのアードは署長にかわり引き継ぎ書を作成している。騎士団は解決を図るといっていたが、貴族や上級市民を逮捕や取り調べをしたことは、アードの40年ばかりの人生にを振り返っても聞いたことがなかった。つまり今回の事件はもみ消されたようなものである。
「今は黙ってやるべきことをしろ。報告書が書けたら私がチェックする。喋る猫とかイノシシとか、頭のおかしいことはもう書くなよ」
ヴァンは今回の件にあたり報告書を作成している。昨晩の体験したことを、そのまま文字にして提出したところ、副署長から「クスリでもキメたのか?」と叱責され本日三枚目の書き直しを強いられている。
「入れ」
副署長室の扉をノックするする者がいた。音を立てず静かに入室した者をみてアードとヴァンは身をこわばらせた。
「グレイス署長。もう動いて大丈夫なのですか?」
「ええ、もう大丈夫」
「とりあえずここにお掛けください」
「どうも、アードさん。ありがとう」
自警団の誰よりも体躯に恵まれた女署長が静かに答える。静かというか、淑やかというか、女性らしい柔らかなしぐさが随所に香る。彼女の身に何が起こったのか。アードとヴァンはお互いに顔を見合わせる。
((気持ち悪い……))
「えー……病み上がりのところ失礼ですが、本日の報告を簡単にさせていただきます。またグレイス署長にも質問したいことがいくつかありますのでご協力願います」
アードは本日起こったことをかいつまんで説明した。拘束中のダークエルフが逃げたこと。エルフのアリシアが来たこと。ごまかすためにダークエルフの影武者を使ったが失敗して騒動になったこと。騎士団が通り魔事件と昨日の誘拐事件を引き継いだこと。報告するうちに失態続きだと再確認して情けなくなってくる。
「そう……私のせいで随分と失態を演じてしまったわね」
「我々の力が及ばすこのような事態になったのです。署長は悪くありません」
「いいえ、自警団員たちはよくやってくれているわ。特にヴァン。それにカルラとユズもね。本当にこんなときに気を失っているなんて。まんまとしてやられたわ」
「気を失っていた? 詳しく教えてくれませんか?」
よくそんなこと聞けるな。恐れ知らずのヴァンを横目にアードは冷や汗をかいた。
「やだ……少し恥ずかしいわ。そうね。今回の首謀者と思われる男の首をもぎ取ったあと、自警団署に戻ってお楽しみ……じゃなくて尋問をしていたのだけれど、ちょっとした抵抗を受けて気絶しちゃったのよね」
「はぁ(もいだ?)」
「なるほど(首を?)」
ふたりは一部情報に不安を感じつつも黙って聞く。
「それで凄い頭痛と吐き気で目が覚めたら夕方だったの。口元に液体の乾いた跡があったから、知り合いの薬師に頼んで分析してもらったのよ。そしたら熊用の麻酔薬ですって、どおりで長時間気を失っていたわけだわ」
ひとという生き物は熊用の麻酔薬を飲まされて、こうも平然としているものだろうか。ヴァンはふと疑問に思ったが考えるのをやめた。
「それでは誰かが署長に一服盛ったってわけですか。目的に心当たりは?」
「採れたての生首が消えていたわ。騎士だと知られると都合が悪いようね」
「その……生首てのは何ですか?」
聞き間違いではないようだ。本当にひとの首をもいだのか? であるならば、それはひょっとして殺人ではなかろうか。アードはふと疑問に思ったが考えるのをやめた。
「言ったでしょ? 今回の件の首謀者よ。アンデッドになったかつての騎士だったわ。身体は別のところに保管してあるから大丈夫だと思うけれど」
アードは回らぬ頭でなおも必死についてゆく。
「なぜ首をもいだのですか? いや、そうでなくて、今回は騎士団の仕業ということですか?」
「首をもいだのはそのときの気分よ。騎士団が裏で糸ひいているかはわからないわ。これから調べるつもりだったから。でも騎士団って慣例では聖光教団の地下墓地に安置されるはず」
「まさか教団が関わっているとか言わないでくださいよ」
「教団が上級市民を狙っているのですか? 得意先を潰してメリットがあると思えませんが」
聖光教団は各地に支部を持つこの国の最大派閥の宗教団体であり、孤児院の運営から未成年の育成、弱者への経済的支援など様々な活動をして国を支えている。自警団と同じ半官半民のギルドで、税金以外の運営費は貴族と上級市民からの喜捨で賄っている。
「そもそも教団に死者を復活させるほどの僧侶なんていますか?」
「あの騎士はアンデッドだったから死霊術といった方がより正しいかしら」
「僧侶が違法な死霊術を使いますかね」
「さあ、400年前の死霊術を教えられる魔術師がいれば使えるかもしれないわね。もっともその手の本は全て焚書されたって聞くけど。単独の犯行なのか組織ぐるみかはわからいけれど、そこにどうエルフが絡んでいるのか気になるわ」
そういいつつもグレイスの顔は生き生きとしている。こういう顔をしているときは大抵ろくなことにならない。これはアードの経験則だ。
「やっぱりエルフも一枚噛んでいるとお考えですか」
「じゃないとこんな短時間で特使が来るなんてありえないわ。表向きはダークエルフの身柄引き渡しだけど、裏の目的があるんじゃないかしら」
裏の目的。アリシアという女エルフは至って温厚な淑女に見えた。彼女は知らぬうちに何かの計画に加担させられているのか、それとも……
「生首を持って行ったのはアリシアっていうエルフちゃんでしょうね」
突然グレイスの口から名前が出てアードはドキリとする。
「何か根拠があるのですか?」
代わりにというわけではないが、今度はヴァンがグレイスに質問する。
「アードさんの話を聞く限り、そのエルフちゃんは変わり種みたいね。他種族を威圧せず要求することもなかったとか」
「まぁ確かに物腰の柔らかな女性でしたが」
「好奇心旺盛なエルフは基本的に他種族にも丁寧に対応するわ。あのダークエルフみたいに。それと野心家も」
「彼女が野心家のようには思えませんでしたが」
野心家か。儚げな淡い雪のような彼女が野望を抱えているようには思えない。むしろアードの眼前にいるグレイスにこそふさわしい気がする。
「あら、相手は400年以上オンナを続けているのよ。猫を被るくらい造作もないはず。それだけの時間があれば、いくらでも男を骨抜きにできる手管を磨けるでしょうね。その様子だと、アードさん、彼女に相当仕込まれたみたいね」
「人聞きの悪いことを言わんでください」
こう否定するのが精いっぱいだった。実際ヴァンが一時退室し、ふたりきりになったとき、アリシアはそっとアードの手を握り目を潤ませながら、お互いの友好関係の大切さを説いていた。あれは罠だったのだろうか。
「では副署長の他にも自警団内に仕込まれた者がいると考えていいのですか?」
「そうね。おそらく協力者いえ、内通者が自警団内外問わずいるのでしょうね。今回そのうちのひとりが生首を持って行った。騎士団もしくは教団と何か取引きするつもりかしら。そのアリシアというエルフちゃんは今どこに?」
「奴隷商の屋敷に滞在するそうです。これからひと月ばかり」
「ロナードに……ねぇ」
グレイスは顎に指をあてて遠くを見つめる。何か心当たりがあるのだろうか。
「エルフは人道支援と称して奴隷の子どもたちを大量に買い取って、『白の屋敷』で育てているのは知っているかしら?」
「もう10年以上も前の出来事でしたね。まさかスパイを育てているとかやめてくださいよ」
「ロナードが爵位を得たのもちょうど10年前です」
ヴァンの余計な一言でバラバラになっていた素材が一つにまとまった。奴隷屋敷、エルフの介入、内通者。死霊術、エルフ、聖光教団。思考が嫌な方向へと流れてゆく。
「少し調べてみる価値はありそうね。ひょっとしたらそのエルフ、とんでもないことを考えているかもしれないわ」
「ですが署長。すでに捜査権は騎士団と自治領に移っています。自警団には手が出せませんよ。それにロナードの件もエルフがいるせいで探ることもできません」
「上手に自警団をブロックしてるわね。でも自警団じゃなくて、私個人が興味を持ったの」
「しかし署長」
アードは必死に食い下がる。これ以上の介入は自警団の全体の問題に発展する。国と事を構えるのはよろしくない。
「アードさん。今回の件で私は責任を取ることになるわ。よくて異動か降格、悪ければ除名もありうるわ。上とはさんざんやりあってきたから、これ幸いにと訴追してくるでしょうね」
「ではどうなさるおつもりですか?」
「これまでの全責任を負って自警団を辞めるわ」
「は?」
今この女は何といったのか。自警団を辞める? 冗談じゃない。この『鬼蛇』を野に放つというのか。そもそも後始末は誰がつけるというのか。
「無責任なこと言わんでください。そんな簡単に辞められたら規律が緩みます。せめて代わりのものが選ばれるまでここにいてくださいよ」
「もちろんちゃんと引継ぎはするわ。だから、これまでの全責任を負ってって言ったでしょう?」
猛烈に嫌な予感がする。まるで嵐を目前にして船を出す気分だ。
「署長が交代するまでにできるだけ準備しなくちゃね」
それはいたずらに各勢力を刺激するだけではないか。アードとしてはさっさと市街なり国外なりどっかで好きに暮らしてくれた方がよっぽどマシだ。
「それから次期署長にあなたを推薦しておくけれど、あまり期待しないでね」
「……お心遣い感謝します」
どうやら本気のようだ。これからエルフと騎士団と鬼蛇を相手に治安を守らねばならない。グレイスの蛇のように邪悪な表情を見てアードの胃は悲鳴をあげた。
「年を取った猫は化けるというけれど、私の故郷では蛇も化けるといわれているわ。しかも強力な悪魔にね」
◇
《主様ご覚悟ください。ロナード/ヒューム/男爵/58歳/男性/独身、フラグが立ちました。『高級奴隷 貴族専用エルフ』ルートに移行します》
これから向かう先が楽しいパーティでないことは理解した。ロナードはしがない奴隷商だったが、貴族に奴隷を格安で提供し続けることで爵位を買ったと言われている。この国では奴隷売買は禁止されて久しいが、なぜか貴族の屋敷の近くでボロボロになって使われている人たちを見かける。
こういうのを見かけると何とかしてやりたいって思う。でも僕には奴隷社会を正すことも糺すこともできない。個人が背伸びしてどうにかできる問題じゃない、ここでNOといったところで僕が殴られて牢屋にぶち込まれるだけだ。この世界は既得権益者にとって都合のいい仕組みになっている。
自分が無力だと見せつけられてとても嫌な気分になるがどうにもならない。精々できることといえば目をつぶって忘れるくらいしかない。ここは転生前の世界より欲望に忠実で、歪な道徳心で構成されている。
《目的地に着きました。主様、困ったときは妾に交代してくださいまし》
僕たちをのせた馬車は大きな門をくぐり、広い庭の中へと入ってゆく。これが貴族の庭ってやつか、実家の農場より大きい。この広さなら牛を二十頭は飼育できるだろう。なんて飼養面積で換算していたら、丸々と太った小男がアリシアに近づいてきた。あれがロナード男爵かな。
「よくぞお帰りくださいました、アリシアさま。華のない私では皆さんをつなぎとめられるか心配でしたよ」
「あらロナード様。お待たせして大変申し訳ありません。ですがこの通り、わたくしのお仲間をお連れすることができましたよ」
ローナードは僕に気づくと、満面の笑顔から一転ねっとりとした笑みを浮かべる。
「おや、君が巷を騒がせているダークエルフかね? 君も私の屋敷に招待しよう。アリシア様のご厚意に感謝したまえ」
「さぁ、エータさん。馬車から降りてらっしゃい。せっかくの歓迎を受け入れないのは失礼ですよ」
アリシアに促され渋々馬車を降りる。ロナードのなめまわすような視線が不快極まりない。隙を見てさっさと逃げたほうがいいな。邸宅に入ると折れそうなほど体が細いメイドが出迎えた。
「このようにお美しい方々をご案内できるとは光栄ですな」
ロナードが上機嫌で僕とアリシアを両脇に侍らせて会場に入ってゆく。こういうときって男が先に歩いてエスコートしない? まぁ女性を連れて歩いた経験がないからわかんないけど。周りの好奇な視線を浴びながら歩かされると、なんか見せ物になった気分だ。
ただ広いだけのホールにテーブルが置かれ、料理がこんもりと盛られている。大丈夫かな? 今にも倒れそうなヨレヨレの爺さんがシャンパングラスを僕たちに手渡す。
「本日は急なご案内にもかかわらず、お歴々のお顔を拝見できたことを光栄に思います。皆様この時ばかりは煩わしいしがらみを忘れ、エルフ殿を交えて今後の我が国の発展を語り明かせれば幸いです。それではエルフ自治領『白の屋敷』アリシア様よりご挨拶を賜りたいと思います」
「本日はわたくしのためにこのような催しを開いてくださいまして、大変感激しております。また我が同胞を自警団から取り戻せたことが、何よりの幸運でございます。これもロナード様をはじめ、ここにいらっしゃいます皆様のご助力があってのこと。今後とも我らの関係が末永く付かんことを願って」
アリシアも負けじと舌を噛みそうな口上を述べる。よくやるよ本当。アリシアがグラスに口をつけると周りもそれに倣いシャンパンを呷った。
「ダークエルフの華麗な変身に思いを馳せつつ、しばしご歓談ください」
「それではエータさん。お着換えしましょうか。わたくし何着かドレスを持ってきておりますのでご安心なく。それと身体にある付呪魔法は危険なので全て解呪してしまいますね」
アリシアが余計な気遣いをしてくれる。けれど僕はドレスに身を包む趣味なんて持ち合わせちゃいない。さっさとこの悪趣味な部屋から退散してやるさ。




