第二十夜 僕、貴族のパーティに誘われます。
前夜:自警団にアリシアという特使が来た。アリシアは自警団の団員と繋がっており、通り魔事件の首謀者の証拠とダークエルフの捜査権を手にいれる。その頃栄太とカルラたちはまだ猫の行方を追っていた。
「はぁ? 捜索は打ち切り? なんで?」
カルラが連絡用の水晶に向かって抗議している。相手はヴァンのようだ。ここまで散々街中を駆けずり回って成果なし。さらに捜査打ち切りとなれば文句もひとつも言いたくなる。
「あーそーかよ。じゃあこのもやし野郎はどーすんだよ? はぁ?」
応答するたびに顔が険しくなっている。相当ストレス溜めこんでるな。空から捜索していたユズが大きな羽根をなびかせふわりと着地する。
「あーもー疲れた! やっぱりエルフと関わって何もいいことないじゃん! 昨日から怪我まで負って成果なしだよ」
冷静なはずのユズも不満の気色を隠さずにいる。
「おい、もやし野郎。なんかしんねーけど、取り調べは後日だとよ。」
「じゃあ帰っていいんですか?」
「お前の住んでるところをちょっと調べて、異常がなければそれで終いだとよ」
カルラの水晶にユズは割り込むと早口でまくし立てる。
「ヴァン隊長! アタシたち今週働き詰めですから、明日から二日間休ませてもらいますからね! 休暇届? 引き継ぎ書? 隊長の方で作っといてくださいよ。どうせいま団署にいるんでしょ? もうアタシたち直帰しますから!」
もう日が落ち始めている。このままユズとカルラにエルフになるところを見れらるのはまずい。これは僕にとってもありがたかった。
「よーし、ちゃちゃっとお前んち行ってさっさと終わらせようぜ」
「これでアンタん家にダークエルフがいたらキレるかんね!」
すでにプリプリ怒っているふたりのあとについていき、僕の下宿先を案内する。手狭な部屋で大したものは何もない。自分でも殺風景な部屋だと思う。
「よーし、何もないな。帰ろ帰ろ」
「じゃあアンタの女王サマが見つかったら、団署に来るように言っといてね」
ふたりは雑に部屋を検めるとさっさと出て行ってしまった。あぁ、疲れたー……
◇
熱気と湿気で蒸れた部屋を換気する。雨の季節も近い。昼間に走り回ったので汗だらけだ。身につけている服をぬぎすて水で身体を拭く。
《主様はもう少し筋肉をつけたほうがよろしいですね》
黙っていたエータが余計なことを言う。いいんだよ、僕はひょろい身体で。食費がかからなくて経済的なんだぞ。
《しかし、これから夏を迎えるのに、そのように貧相な身体ではいい女ひとができないではないですか。今年も童貞を重ねるのですか?》
わかってるよそれくらい。転生前と同じで立派な体躯を誇る男に女性というものは惹かれるようだ。生命力に乏しい僕には無縁の話というわけ。
《またそのようにいじけてしまって。何と愛らしい。妾がお相手してもよろしいのですよ?》
実体がないのにどうやって僕の相手をするというのか。そんなに童貞をからかうのはやめてほしい。童貞だって傷つくんだぞ。
《妾でよければ。ふふふ、楽しみにしていてくださいまし》
エータが不気味に笑う。ただでさえ得体が知れないんだから、頼むからじっとしててほしい。身体を拭き終わり素っ裸のままベッドに突っ伏す。そろそろ夜になる。そしてまたエルフの身体になる。今日はもうこのまま寝てしまいたい。
《主様、ダメですよ。この後しっかり服を着て衆人に知らしめないと》
わかってるよ。逃亡中のダークエルフとは別人だってアリバイ作りをしなくちゃな。でも体が重くて言うことをきかない。
《弱気にならないで。月の光を浴びればすぐに好くなります》
そうだった。この身体になって日が浅いが、どうやら夜の間は身体能力が向上し、たちどころに傷や疲労が回復してしまう。これも魔法のなせるわざということか。
《蓄えている魔力が高ければ高いほど、身体にもフィードバックされます。エルフやドラゴニアンが長寿なのもこのためですね》
うらやましいことこの上ない。何でもできてしまうじゃないか。
《ようやくお気づきになられましたか。主様は妾の胸と尻ばかり見て、本質を見ようとしませんでしたものね》
悪かったよ……
《話をもとに戻しますが、主様の身体は月から魔力を供給されています。なので月が昇っている間でしたら、英雄クラスの魔術師にも負けぬほどの素養を秘めています》
そりゃ凄い。じゃあ魔法も使いたい放題じゃないか。
《ええ、自警団に向かう前に魔法のお勉強もしましょうか》
本棚から一冊の本を取り出す。『魔術師入門』。これはまだ自分の未来に希望を持っていたときに買った本だ。ファンタジーの世界に転生したのだから、何か特別な能力が与えられているはず。根拠のない自信に酔いしれて日夜魔法の訓練に明け暮れていたっけ。
兄弟からは冷ややかな目で見られ、父からは怠け者と蔑まれながらも毎日この本を読んで練習していた。けれど何年経っても一向に芽が出ず、親から借りたお金で魔術師学校の入学試験に臨むも不合格。家族からは見放され、行き場を失って、それでもまだマジックショップにしがみついている。もう魔法の才なんて諦めたはずなのに。
《主様。今なら魔法が使えますよ》
エータがそっと話しかける。昔の苦い思い出に浸っていたら、いつの間にかダークエルフになっていた。つい昔の癖で手のひらで皿を作る。油がこぼれ落ちないイメージで、その中に火種をそっと落とす。
「ファイア」
すると両手から勢いよく炎が立ち上がった。今まで何度も何度も練習しても出なかった炎がいま手のひらにある。炎は大きく揺らめくと肌をチリチリとあぶり、部屋の闇を吹き飛ばす。
「魔法って簡単なんだな……」
焦がれに焦がれた魔法がここにある。けれど、不思議なことに達成感も満足感も湧いてこなかった。
《主様?》
少しの間ひとりにしてくれないか。お前にこの気持ちは分からないさ。
◇
湿ったぬるい風が首筋をなでる。今は午後7時といったところか。僕は街の中心地に向かった。
一時間もしないうちに『魔術師入門』に書かれている魔法は全て習得してしまった。どの魔法もするすると覚えてしまう。淡々とページをめくりイメージする。本の半ばからは説明図を見ただけでコツをつかみ、最後の方はタイトルを見ただけでマスターしてしまった。魔法に必要なのは知識でも努力でもなく才能と体質なんだなって改めて痛感させられた。
《念願の魔法を習得されたのに、主様は嬉しくないのですか?》
エータが不安そうに尋ねる。嬉しくないと言えば嘘になる。しかし想像していたよりも感動は大きくなかった。この身体は借り物だから。頭のどこかでそう思っているのだろう。
狭い路地を抜け大通りに出ると陽気な喧騒が響き渡っている。鮮やかに彩られた看板に魔法の明りが灯り、めかしこんだ若者たちが群れをなして大通りを闊歩する。ヒューム、バードマン、ギガスにコボルト。それにマーマンまでいる。喜色憂色温色慍色様々に通り過ぎてゆく。
「お、あれ昼間のダークエルフじゃねえか?」
「いや、全裸じゃねぇぜ? それに服着てるしよ」
若い男の集団が遠くから僕を指さす。まだ僕の姿をした猫は捕まっていないようだ。昨日までなら勇敢というか、お調子者の男たちが僕に声をかけてくるのに今日は近寄りもしない。
「こんばんわ、ダークエルフさん」
背後で僕を呼ぶ声がした。振り向くとそこには金髪の麗しい女性がいた。エルフだ。本物のエルフだ!肌は白く透き通り柔和な笑みを浮かべている。月の女王さまとは違い、しっかりとお化粧をしているせいか、ぐっと色ぽさを引き立たせている。これからパーティーにでも出かけるのだろうか、優雅なドレスに身を包み身体のあちこちに宝石をちりばめている。
「貴女を探していたんですよ。わたくしは『白の屋敷』のアリシアといいます。以後お見知りおきを」
アリシアと名乗った女性は、往来の真ん中で自己紹介をはじめた。
「少しお話を伺いたくて。お手数ですがご一緒していただけますか?」
きっと昼間の騒動のことで聞きつけてきたのだろう。いや、もっと前かもしれない。頭突き女の事件からかもな。
「ごめんなさい。これから自警団署に出頭しなくてはいけなくて」
「ご心配なく。取り調べはわたくしが引き継ぎました。もう自警団に足を運ばなくても結構です」
にこやかな笑みだがどこか薄気味悪い。こんなにタイミングよく出会うだろうか。
《主様。このエルフは要注意です》
「そんなに緊張なさらないで。エルフ同士仲良くしましょう。お手数ですがゲーツさん、彼女もいっしょに送っていただけますか?」
「承知しました。安心して下さい。もう自警団は貴女に手を出せません」
ゲーツが耳打ちする。本当に自警団が僕を手放したというのか。
「本当ですか?」
「彼女の指示に従わなければ、自警団がお前を牢にぶち込む。これ以上この街に迷惑をかけるな」
仕方ない。彼女に促されるまま馬車に乗り込む。僕たちが座るとぎしりと音をたたてゆっくり動き出した。
「貴女のことを何とお呼びすればよろしいですか?」
どう答えるべきか悩む。強力な魔法を使う相手に真名を明かすと、精神を支配されたり自分の生命力を奪われたりしてしまう。
《エータと名乗ってください》
いいのか? エータに不利にならないだろうか。
《妾も月の女王のはしくれです。たかがエルフに支配されることなどありえませんよ》
「エータです」
「エータ。珍しいお名前ですね。どちらからお越しなのですか?」
「それは……」
どうしよう。なんて言えばいいかな。
「我らは月から降り月を見上げ、ただ祈りをささげるのみ。同胞よ、それ以上の何を望みましょうか」
僕の口から思わぬ返答が出た。エータの仕業のようだ。
「そうですね。そうでした。どこで暮らそうが我らは同じ」
アリシアはそういったきり黙ってしまった。ガラガラと車輪が回る音だけが聞こえる。気まずい。
「あの、どちらに向かっているのでしょうか?」
「わたくしが懇意にされているロナード男爵のところですよ。ご厚意でひと月あまり滞在させていただくことになりました」
ロナード男爵? 奴隷売買の噂が絶えないあの悪趣味野郎のところかよ。
「それにしても良かった! こんなにも早く貴女が見つかるなんて。男爵様がわたくしのために歓迎会を開いてくださるとおっしゃっていたので、同族の貴女もお誘いしたかったのですよ」
ゆったりと笑うアリシアとは別にエータが緊迫した声で警告する。
《主様。とても嫌な予感がします。なんとかしてこの場から逃げてください》
《なんてこと…… 主様ご覚悟ください。ロナード/ヒューム/男爵/58歳/男性/独身、フラグが立ちました。『高級奴隷 貴族専用エルフ』ルートに移行します》




