第十九夜 僕、が知らないところで本物のエルフが来たようです。
前夜:自警団はダークエルフが必要だった。栄太は月魔法『陰真似子』を使い影武者を仕立てることを提案する。
ところが魔法は失敗し、野良猫に当たってしまう。全裸のダークエルフに身を変えた猫は、栄太たちの努力虚しく人混みに消えていった。
◇
副署長室でアードは金髪のエルフと対峙していた。エルフ自治領、別名『白の屋敷』の特使としてきたのは物腰の柔らかな女性だった。普段捜査権を巡って対立するエルフは、どれも高圧的で一方的な要求ばかり突き付けてきたため、今回の賓客に少々面食らっていた。
「私ここの副署長をしております、アード・ディルケです。本来ならグレイス署長が出向くべきなのですが、少々込み入った事情がありまして今は席を外しております。なにとぞご容赦を」
「結構ですよ。わたくしはエルフ自治領の特使としてまいりました、アリシアと申します。以後お見知りおきを」
意外な挨拶にアードは目を丸くした。エルフは個人的な話題を避ける。特に自分の名前や年齢などは他種族には決して漏らさない。だからこそアードはますます警戒心を高めた。偽名である可能性が高い。
「失礼。少々驚きまして。エルフ殿からお名前を頂戴いただけるとは」
「貴殿の反応から察するに、我が同胞はずいぶんご迷惑をおかけしているようですね。わたくしから非礼をお詫びします」
信じられないことにエルフの特使アリシアは深々と頭を下げた。アードが生きていた中で、エルフが頭を下げるなど想像もつかないことであった。
「頭をお上げください。このようなところを誰かに見られてしまっては、後々面倒なことになります」
「エルフはプライドが高くて排他的。そのようなイメージを植え付けてしまった我々が悪いのです。この世はエルフだけのものではありません。もっと他種族と手を取り合って、友好関係を築かなければ、エルフに将来はありません」
ずいぶん世俗的というか我々の感覚に近い方だ。アードはそっと感心した。
「我々エルフは長寿のあまりつい錯覚に陥ってしまいます」
「錯覚、ですか?」
「いえ、病と言ってもいいでしょう」
アリシアは悲し気に目を伏せた。
「我々はあまりにも長い時を生きるあまり、自身があたかも神であるように錯覚してしまいます。世の中のすべてを知り、ひとの何たるかを見極めたように達観します。そして他種族を取るに足らない些末なものと見くびってしまう。同じ理に生きる者ということを忘れて」
エルフは魔法や美貌ばかり注目されるが、アードは真の脅威はそこではないと思っている。エルフの本当の恐ろしさ、武器は長寿であるということ。400年前の混乱期を生き抜き、現在の社会体制の構築に協力し続けている、これこそがエルフの強みである。国家の正統性を保証し、国家間の紛争に仲裁者として常に顔を出している。いわば時代の生き証人であり、歴史の修正者ともいえる。
100万の兵に匹敵するひとりの英雄より、100万の市民を支配するひとりの王のほうが恐ろしい。どれだけ武勇に優れていようとも、その力の正当性を保証してくれるものがいなければ、ただの荒くれ者と変わらない。正しさを保証し続けること。それこそが世界を支配するにあたって最も必要な力だ。
「アリシア殿は謙虚なお方なんですね」
厄介だな。アードの直感が告げる。上記の理由からエルフというのは傲慢で直情的なタイプが多い。自警団に要求するときはいつだってそうだった。怒りながら不備をなじるか、見下しながら自尊心を満たそうとする。ひとの怒りは精々3時間でおさまる。自尊心なら1時間もおだてれば満たされる。どれも気分のいいものではないが、ある意味とても扱いやすい。
「そんな、滅相もない。エルフがもっと歩み寄る姿勢を見せなければ、解決できる問題もかないません」
解決、ときたか。解決より決着を望むアードたちにとって、それが最も厄介なことと知っているのだろうか。どんな結末を迎えようとも早く終わりを迎えること、それが自警団の美学でもあった。少なくとも問題をほったらかしにしている騎士団よりは遥かにマシだ。
「素晴らしいお考えです。我々も見習わなければ」
「いえ、当然のことですから。そのために本日わたくしが参りました」
いよいよ本題に入ったか。
「この街でダークエルフがご迷惑をおかけしていると伺いまして。同族として恥じるばかりです。ぜひ自警団さまにご助力させていただければと存じます」
ご助力ねぇ。
「ご協力ありがとうございます。アリシア様のお力をお借りできるとは感激の極み。ですが、まだ取り調べもすんでおりませんので、暫くお待ちいただければと」
現在ヴァンたちがダークエルフを探している。なんとか時間を稼がないと。
「ええ、そのつもりでおります。実はわたくし昔……といっても300年前でしょうか、この街で暮らしていたのですよ。かつての街並みもすっかり変わって。あら、やだ。こんな年寄りの話をしてもつまらないですよね」
「いえ、ぜひお聞かせください。我々にとって貴女たちは歴史の生き証人です。もしよろしければこの街で一番の宿を手配いたします。存分に懐かしさに浸っていただければと」
これで時間を稼ぎつつ、途中退席してヴァンたちの進捗を知ることができる。アリシアは大いに喜んだようで胸の前でポンと手を合わせた。
「まぁ、素敵! ぜひそうしましょう! ですが、お宿の手配は結構です。こちらに伺う前に懇意にしていただいている、とあるお貴族様のお屋敷にお邪魔させていただくことになったんです」
「そうですか、それは残念。ちなみにお名前を伺っても?」
「ロナード男爵様です」
無邪気に笑うアリシアとは反対に、アードは顔を青ざめる。彼はこの街で生活が困難な者や、旅人たちを一時的に匿い、市民と貴族が触れあえるサロンとして屋敷を提供しているという。
しかし、若い女性を中心にあの屋敷から出てきたものはいない。彼は下働きとして雇っているというが、実際は奴隷として売られているのではないかと噂されている。自警団が秘かにマークしており、ついたあだ名が奴隷商ロナード。騎士団にも献金をしているせいか、身辺はがっちりと守られている。
「そ、それはなにより」
彼女はロナードの裏の顔を知っているのだろうか。アリシアがいては当分ロナードを探ることができない。
「ではすぐに特使の仕事を済ませてしまいましょう!」
「はあ、しかし……」
「ここに例のダークエルフはいないのでしょう? 取り調べを担当した方を連れてきていただけますか」
アリシアはゾッとするような冷たい笑みを浮かべた。
◇
「急に呼び戻して済まない」
副署長のアードがまたもや深々と頭を下げる。カルラとユズとともにダークエルフに化けた猫を四方八方探しているさなか、ヴァンは緊急事態とのことで自警団署まで呼び戻された。
「こちらも手違いがありまして、更に混乱を招いてしまいました。申し訳ありません」
ヴァンはこれまでの経緯を包み隠さず報告した。報告を受けて副署長は軽くよろめく。
「最悪の事態だ……」
外では全裸のダークエルフが走り回っているという。こんなことがアリシアの耳に入ればさすがに抗議してくるだろう。事態が収まるまでアリシアを外に出すことができなくなった。
「エルフの特使はお前を指名した。くれぐれも外の件を漏らすな」
「承知しました」
ヴァンは副署長の部屋に通されると、エルフ自治領の特使に挨拶をした。
「自警団第三中隊長、ヴァン・スプリングであります!」
「まぁ、ギガスさんでしたのね! わたくしアリシアと言います。よろしくね」
柔和な表情で握手を求められる。思わぬ好意的な態度にヴァンは戸惑いながらも握手を交わした。
「早速なんですが、わたくしダークエルフの捜索に協力させていただきたいんです。お手数ですけれどこの水晶を握っていただけますか?」
アリシアから小粒な水晶を渡される。これで嘘を見抜くのであろうか。
「そんな警戒しないで。嘘発見器じゃありません。ただそれを握って質問に答えてほしいだけです」
「はぁ、そうでありますか」
「ダークエルフの特徴を教えてください。髪の色や長さ、瞳の色は? 何でも構いません。どんな小さなことでも構いません。覚えていることならなんでも」
ダークエルフを取り逃がしたことには触れず、昨晩取り調べをしたときのことだけを慎重に答える。
「なるほど、グレイス署長に引き渡した後のことはご存じないのですね。署長とは面会できそうにありませんし……わかりました。本日はここでお暇させていただきます。もしわたくしの力が必要でしたら、遠慮なくお申し付けください」
ヴァンから水晶を受け取るとアリシアは席を立った。
「いえ! せっかくですからゆっくりしていってください! 大したおもてなしもできませんが」
外に出すわけにはいかない。アードが縋りつくように引き留める。
「お心遣いありがとうございます。ですがそろそろロナード様のお屋敷に戻らないと」
「男爵には我々から連絡いたします。ぜひともこの街で暮らしていた頃のお話を伺いたい」
「ただでさえお忙しい自警団さまの手を煩わせることはできません。それに」
にこやかな表情を崩さず振り返ると、アードとヴァンにこう告げた。
「いま外を騒がせているダークエルフは偽物です」
◇
ダークエルフ化した猫はあちこちで目撃され、痴女騒動としていま街中の話題をさらっている。まいったな、これじゃあ夜中に外出できないじゃないか。僕も微力ながら協力はしているけれど、一向に足取りがつかめない。
同行していたヴァンは緊急事態ということで団署に戻っていった。これだけ騒ぎが大きくなったらわざわざ僕が協力する必要もないのかもしれない。
《主様の魔力からして、魔法の効果はそこまで長くはもちません。今晩中に魔法は解けるでしょう》
頭の中でエータが慰める。いや、君はそれでいいのかよ。曲がりなりにも君の身体が不特定多数に見られてるんだぜ。
《自慢ではありませんが、妾の身体に恥じる部分などありません。むしろ恵まれた身体を布で覆い隠すことこそ、妾にとっても他のものにとっても不幸なことではありませんか》
めっちゃ前向きだな。僕はこれからの生活がままならなくて気が重いってのに。
《逆に考えればよろしいではないですか。今夜主様が服を着て多くの人目に触れれば、全裸のダークエルフとは別人であるという証明になります》
そうか? そういうもんか?
《ええ、そういうものですよ。ひとは分かり易いものに縋る生き物ですから。自分が見たものだけを信じる習性を利用しましょう》
結構辛らつだね。気は進まないけどしっかり服を着て徘徊するか。
《それに夜でしたら『陰真似子』も使えますよ。猫の目を借りて探すことだってできますし、見つけたら支配できます》
そういえばそんなおまけ作用もあったな。じゃあ夜までじっとしているか。
《ふふふ、よろしければ他の月魔法もお教えしましょうか? 主様が魔法で活躍されれば、月の女王さまもお喜びになるでしょう》
それはいいな。色んな魔法が使ってみたかったんだ。うん、なんかワクワクしてきたぞ!
◇
「特使様、お屋敷までお送りいたします」
自警団のひとり、ゲーツがアリシアに恭しく跪いた。
「あら、ありがとう。ご一緒していただけるかしら」
「分不相応でありますが、ご容赦ください」
ゲーツはアリシアの手を取ると馬車の中へと案内する。いななきを一つ上げると馬はゆっくりと走り出した。
「自警団はどこまで気づいているかしら」
「ほんの入り口まででしょう」
「例の騎士の首は?」
「こちらに」
ゲーツは布で覆われた丸いものを取り出す。
「名前は分かりましたか?」
「第34期騎士団副隊長バスク。彼が亡き後は騎士団の慣例に従って、聖光教団の霊廟に安置されていました」
「思った通りですね。彼をアンデッドに変えたのは聖光教団の誰かでしょう」
「我々ではおいそれと捜査することはできませんので」
聖光教団は自警団と同じく国家認定のギルドだ。ギルド同士の真っ向からの対立はご法度とされている。
「ええ、承知していますよ。かといって騎士団も兵団も当てにならない。だからこそ『白の屋敷』の出番というわけです」
「よろしくお願いしますよ。ダークエルフはアリシア様にお渡しいたしますので」
西から差し込む陽を受けて、アリシアはにっこりとほほ笑んだ。
近々タイトルを変えようかと思っています。「ダークエルフ」と「エロい」の言葉は残すつもりです。




