第十八夜 僕、初めて魔法を使います。
前夜:自警団内ではエルフ自治領の対策が急務とされているさなか、指名手配中のダークエルフとの関係を疑われ、栄太はまたもや自警団のご厄介になることに。
僕はヴァンに連れ出さられて人気のない路地にいる。なんか昨日から自警団にご縁があるようだ。できればもうご厄介になりたくはないんだけどな。
「ダークエルフの居場所を教えてもらおう」
ヴァンが険しい顔で僕を問い詰める。ただでさえ威圧感のある顔なのに、更に鼻先に近づけられると膝が笑ってしまう。半日前はヴァンと肩を並べてというか、ヴァンを背中に乗せてマルリの救出をしていたっていうのにこの扱いは何なんだ。
「なぁ、ちゃっちゃと女王様のいるところに連れていけよ」
「アタシたちもちょっと尋ねたいことがあんだよね、さっさと吐いてくんないかな」
ヴァンだけじゃない。カルラとユズもこれ以上ないほどいら立っている。もちろんこの三人とはダークエルフの姿になったときに出会ただけで、昼間の僕を知らない。
「ああ、もういちいちキョドってんじゃねぇよ。タマついてんだろ!」
カルラが耐え切れず壁を殴りつける。遅れて風が僕の頬をなぶる。
「あのさ、まだ気が付いてないみたいだから教えてあげるけどね。アンタの女王サマ呼んでこないと、下着泥棒としてこのまま逮捕されんだよ」
逮捕!? なんで?
「待ってください、あの下着は僕のです!」
「お前どんだけ下着に執着してんだよ」
呆れたようにカルラが見下す。うっかり口がすべった。いや実際にお金を出して下着を買ったのは僕なんだけど、男の姿じゃ変態の戯言にしかならない。
「そのダークエルフさんでしたら、僕が連れてきますので」
「やっぱり居場所知ってんじゃない。今から案内してもらうよ」
「いえ、あのひとは夜にならないと現れないというか、お会いできないんですよ」
気は進まないけれど、夜を待って再度自警団に顔を出すしかないのかな。
「それは駄目だ。今すぐ会いたい」
ヴァンは表情を変えずに言う。なんでそんなに急ぐんだよ。今は魔時計で二時半。あと四時間もすれば日は落ちる。
「ヴァン隊長。さっきから何焦ってるんですか? らしくないですよ」
ヴァンはひとつ深呼吸をすると、他言無用だぞと念を押した。
「本日エルフ自治領から特使が来る。ダークエルフ拘束の件でだ」
「ええ!? 聞いてませんよ! いつ?」
「副署長には6時がリミットだと言われている」
「はぁ? あと三時間半じゃねーか!」
ヴァンが慌てているのはそういうことか。エルフが自警団に拘束されたなんて聞いたら、真っ先に抗議しに行くような種族だ。下手を打ったら騎士団を巻き込んでこの街で内乱を引き起こすかもしれない。
「お気持ちはわかりますが、僕としても夜にしかお会いしたことがないので」
「それを何とかしろと言いている!」
ひぃぃぃぃ! 顔が近くて怖い! 無茶苦茶なことを言わないでほしい。昼を夜にするようなことはできない。ん? 夜? 月? そうだ! 月の女王の別人格、エータならいい案があるかもしれない。
《まぁ! ようやく妾を頼ってくださいましたか! 今か今かと待ちわびていたのですよ》
嬉しそうに脳内に語りかけてくる。何か知っているのか?
《昼間にエルフの姿になることはできませんが、ひとつ方法がございます》
おお、あるのか! どんな方法だ?
《女王さまから送られたマスクがございましたよね? あれをつけている間は昼でも月の魔法が使えます》
なんと! あのマスクにはそんな効果があったのか。
《ただし、昼間の主様は魔力が低いので、精々一度しか使えないでしょう》
僕は魔法の才に恵まれていない。魔法も辛うじて発現するだけで実用には程遠い。
「よお、姿は違うがお前昨日のエルフだろ? また会ったな」
エータと相談していたところに黒猫が近寄ってきた。お前ブルームか?
「近くを通ったらお前の匂いがしたから見に来たんだよ。なんだお前、ひょっとしてカツアゲされてんのか?」
はたからすればそう見えるだろうな。できるならまた変わってほしいくらいだ。
「身代わりなんてもう絶対しねぇ」
「あ! 猫だ。やだ、かわいいなぁ。アタシ猫好きなんだよね。ほーらおいで」
急にユズが甘えた声を出す。こいつ猫が好きなのか。ブルームの言葉は僕にしかわからないようだ。
「おいユズ! こっち持ってくんな。あたしは猫に触るとくしゃみが止まらなくなんだよ! やめろって!」
「ふたりとも遊んでないで仕事に集中しろ!」
ユズがブルームにじゃれついているのを見てふと思った。なあ、エータ。質問があるんだが、『陰真似子』って自分以外にもかけられるのか?
《はい、主様。『陰真似子』は誰かにかけることも可能です。対象となる相手に思念をぶつけるようなイメージで魔法をかけてください》
なるほど、やっぱり可能か! 女王さまが僕たちに魔法をかけていたから、もしやと思ったんだよな。ならば僕が自警団に出向く必要はない。誰かがダークエルフの影武者になればいいんじゃないか? これはナイスアイディア!
「皆さんのお話はよく分かりました。要するに特使を納得させるだけの、ダークエルフのガワがあればいいってことですよね?」
ブルームを押し付けあっていたカルラとユズがこちらを見る。
「それは一体どういうことだ?」
「エルフの特使が来たときに、ダークエルフがいないとまずいんですよね? なら誰かがそっくりに変身すればいいだけで」
そうだ、自警団の者がダークエルフになったほうが口裏も合わせやすい。
「おいおい、本人そっくりに変身できる魔法があったらとっくに使ってるだろ」
「もしかして変身魔法が使えるの?」
女王さまがしたように影真似子を使えば可能だ。僕を光源として影を作れば、僕そっくりのダークエルフができるはず。
「一度しか使えませんが」
「マジかよ? あのエロエルフに変身できるのか!? ハイハイ! あたしがやるぜ!」
目を輝かせてカルラが立候補する。
「勝手に話進めないでよ。ヴァン隊長どうします?」
「うーむ。特使を騙すのは気が引けるが、あと三時間半で見つけ出せるとも思えない」
「じゃあ! いいですよね!」
ヴァンは静かに目をつむった。肯定という意味なのだろう。
「それでは魔法の準備をしますので、僕の鞄からマスクを取り出してもらえますか?」
「あの歪なマスクか? これでいいのか?」
ヴァンは僕の鞄からマスクを取り出すと僕に手渡す。紐はないが、顔にはめるとピッタリとくっついた。
「うわー変態に磨きがかかったぜ」
うるさいよ。始めるからじっとしててくれ。
《では主様。この赤髪の方に意識を集中させてください。できるだけご自身がエルフになった姿を思い浮かべながら》
エータがゆっくりと僕を落ち着かせる。魔法はイメージと集中力が大事だ。自分が変身したときのことを思い出す。
《主様素敵です。その調子》
エータの励ましを受けて、集中力の高まりとともにイメージが固まってゆく。傷ひとつない褐色の肌、すらりとどこまでも伸びた四肢。キュッとしまった腰回り。肉付きのいい太もも。
《いいですよ。それでは主様、相手にそのイメージを飛ばしてください!》
カッと目を見開きカルラを見る。よし、いくぞ、飛んでけ!
「うおおおお! めっちゃエロいメス猫発見! 真昼間からハッスルかますぜ!」
「うわ! ちょっと猫ちゃん暴れないでよ」
「やめろ、ユズ! こっちに猫を寄こすな! あ、あ……ぶわッくしゅッ!!」
カルラが大きく屈みこんで盛大にくしゃみをした。その背後には一匹の灰色の猫が。僕の魔法を受けて黒い霧をまとい、ひとりの女性を形作った。さらりと流れる銀の髪、肉付きの良い身体。豊満な胸。見慣れたダークエルフだ。
おいいいいいいい! 馬鹿ルラなんで避けるんだよ! 一度きりの魔法を猫にかけちゃったじゃないか!
《あー……これはやってしまいましたね》
エータですら呆れてしまったようで無感情のまま感想を述べる。なんかどっと疲れた。これは魔力切れだけではないはずだ。
「失敗……したのか?」
厳めしい顔つきのヴァンですら目が点になっている。
「またエルフのメスかよ! ハッスルできねぇじゃねーか!」
反省しない発情猫が姿を変えたメス猫を追いかける。たまらずメス猫は四足歩行で一目散に逃げてしまった。ダークエルフの姿をしていても猫だ。もちろん服なんて来ちゃいない。
「捕まえろ! このままでは戦争に発展する!」
「アタシは空から追うから! カルラのバカ! 早く追いなさいよ! ほらダッシュ!」
「ひッぐじッ! そう言ったって、くしゃみが、えッぐじッ! とまんねぇ」
傷口をおさえ、ふらふらとよろめきながら走るヴァンと、これまたくしゃみに阻害されてまともに走れないカルラが後を追う。
「何ボケっと突っ立ってんのよ! アンタ男でしょ! さっさと走れ!」
なけなしの魔力を使い果たした僕に、ユズが空から怒鳴りつける。勘弁してくれよ。僕は走る気力も残ってないってのに。
◇
人間万事塞翁が馬という言葉がある。人生は禍福を転々として計り知れないという意味なんだけど、僕の場合禍の部分に比重がある気がする。なにをやっても悪い方に転がっている状態だ。弱り目に祟り目のほうが今の状況にあっているかな。馬のように駆けたいのはやまやまなんだけど、足が全然ついていかない。
「ひとの目につく前にあいつを捕まえるよ!」
空からユズが追跡する。全裸のエルフが街中を走り回ってるなんて知ったら、それこそエルフ自治領の特使たちは武器を掲げて猛抗議するだろう。もちろん魔法をかけた僕だってただじゃすまない。エータどうにかならないか?
《主様の魔力は底をついています。魔法の再使用は夜を待ってからですね》
やっぱりそうか。じゃあどうしたらいい?
《ここは走って捕まえるしかないでしょうね。主様は運動不足でいらっしゃいますから、ちょうどいいのでは?》
何のんきなこと言ってんだよ。自分の裸が街中を駆けずり回って恥ずかしくないのかよ。
「ユズは対象が大通りに出ないように先回りしてブロックしろ!」
「あーそっち行った!」
少し離れたところからユズとヴァンのやり取りが聞こえる。なかなかに苦戦しているらしい。
「カルラ、お前はユズと連携して私のところまで誘導してくれ」
げ、こっちに向かってきた来た。銀の髪をふり乱し一直線に突っ込んでくる。
「絶対に通すなよ!」
めいっぱい腕を大きく広げて道を塞ぐ。こっちくんな! 意図が伝わったのか、褐色の肌の猫は急に方向を変え直前の角を曲がった。その先にはヴァンがいる。ヴァン捕まえてくれ!
「うおおお!」
全裸の女性に対して真剣な顔つきで迎えうつヴァン。なんていうかシュールな光景だね。ふたりの動きがスローモーションのようにスローで流れる。ダークエルフと化した猫は猛然ととびかかるヴァンをかわし、背中を踏み台にして更に跳躍する。きれいな着地と共に走り抜けてしまった。
《逃げてしまいましたね》
遠くから数々の悲鳴と歓声が響く。あー……人目に付いちゃったよ。どうすんだこれ。




