第十六夜 僕、指名手配中みたいです。
前夜:エルフ化の加護を受けたとき、栄太の中に月の女王なる別人格が宿っていた。彼女の発言の一つ一つに不気味さを感じながらも、栄太はこれから一緒に生活してゆくことを決心する。彼女の名はエータ。これから栄太とエータと月の女王の奇妙な三角関係がはじまる。
◇
男は見慣れぬベッドの上で目を覚ました。窓辺から日が差し込み男の頬を照らす。
「お目覚めになりましたか」
声がした方に目を向けると、はちきれんばかりに盛り上がった胸があった。慌てて目を背けると右の脇腹がずきりと痛んだ。
「マルリです。あなたに助けられた」
肩幅をゆうに超える巨大な角を生やした少女がいた。
「ああ、君か。無事でよかった」
礼を言われたのに顔を見ないのは失礼にあたる。男は努めて平静を装うとマルリに向き直る。彼女は目の下に大きなクマを作りながらも優しく微笑んでいた。
「あ、やだ!」
マルリはあわてて胸元にあてていた男の手を離す。
「そ、そうだ。部下の方を呼んできますね!」
そう言い残すとそそくさと退室していった。ひとり残された男はゆっくりと何が起こったのか思い返す。
(たしか……マルリを抱えて階段を昇り、団員に引き渡したところまでは思えている)
男の記憶はそこで途切れていた。その後どうなったのだろう。イノシシに変身する黒猫は何だったのか。そしてイノシシの姿を解いたあの姿、自分が昨夜取り調べをした銀髪のダークエルフだった。彼女は署内でグレイス署長に引き渡したはず。どうして現場にいたのか。
「ヴァン隊長! ああ、よかった!」
いつも行動を共にしている部下のひとりが部屋に飛び込んでくる。
「ゲーツか。悪いがミノタウロスの少女を引き渡して以降の記憶がない。教えてくれるか」
「ええ、僕もそのために来たんです。いまこっちは大変な騒ぎなんです!」
ゲーツの話によると自分は意識を失った後、聖光教団に運び込まれ回復の処置を施された。致命的な傷はふさがったが、様子を見て二、三日は休養することをすすめられた。
「賊どもはどうなった?」
「順番に取り調べをしています。賊の頭にも回復を施しましたがまだ話せる状態じゃありません」
「死霊術師は捕まったか?」
「はい、グレイス署長が一部を捕獲」
「一部?」
「アンデッドに拷問は効かないという判断で、署長なりに尋問するとのことです」
尋問か……ヴァンは奥底で苦笑した。グレイスという女ギガスは、男勝りな体格と性格にも関わらず、繊細かつ陰湿な攻めを得意とする。尋問では剛柔様々な趣向で必ず相手を吐かせることから、『鬼蛇』とあだ名されていた。
「そうか。では取り調べはグレイス署長がしているのか?」
「いえ……それが……本日グレイス署長は体調不良でお休みとなております」
「鬼蛇でも体調を崩すのか……」
「崩すものなんですね……」
ふたり揃って嘆息する。グレイスのもとで働いてきたものたちには今年一番の大事件だった。
「署長室から獣のようなうめき声が絶え間なく聞こえたので、団員たちがまたやってるな、程度に思っていたんですが。そのあと部屋からダークエルフが出てきたんです」
「私が取り調べを担当したあのダークエルフか!?」
一体どういうことだ。現場でダークエルフの姿を目撃した。それどころか共闘して生ける屍を倒したはず。なのに署長室に例のダークエルフは繋がれていたという。
「それで、そのダークエルフはどうした?」
「いや、それが……」
「まさか逃がしたのか?」
「署長の尋問から逃れて悠然と立ち去ったんです。僕たちではどうすることもできませんよ」
言われていみればそうである。荒れくれものが多い自警団の中で、しっかりとした統率が取れているのはグレイス署長の賜物である。グレイスはこの自警団において絶対的な存在であり、陰に陽にと団員たちに細やかな手ほどきをしている。グレイスが敵わない相手などこの街にはいないはずだった。
「それで現在は誰が指揮を執っている?」
「副署長のアードさまです。現在人手が足りず、ダークエルフの追跡まで手が回りません」
「ミノタウロスの少女はどうした?」
「取り調べはもう終わりましたよ。彼女頑として隊長のそばを離れなくって。隊長を看病しながら僕が担当しました」
彼女こそ心身ともに疲れているであろうに。そう思うとその場ですぐに礼を言わなかったことが悔やまれた。ゲーツは意地悪くヴァンの顔を覗き込む。
「へへっ。あれは隊長に惚れてますね。ピンチなところを颯爽と助けに来てくれた、まさに英雄様なんですから」
「からかうな。当然のことをしたまでだ」
そういえば彼女はひとを呼んだきり帰って来ない。気になるので副署長に挨拶するついでに様子を見に行くことにした。
「まだ動いちゃダメですよ。当分は安静にしないと。」
「頑丈なのが私の唯一の取り柄だ。杖が欲しい」
ヴァンはゆっくり起き上がるとゲーツの肩に腕を回した。
◇
自警団署は蜂の巣をつついたような有様だった。副署長アードはまばらに生えた無精ひげを撫でまわしながら報告書とにらみ合っている。上級市民を殺害した通り魔事件。夜間男たちを頭突いてまわる頭突き女事件。そして両方の容疑で連れてきたダークエルフが失踪したこと。通り魔の真犯人がアンデッドだったこと。そのアンデッドが騎士団の鎧を身につけていたこと。あのグレイス署長が全裸で気絶しており、信じられないことに乱暴された形跡があること。
「なんなのだこれは……」
頭の中が一向に収拾がつかない様子でアードは髪をかきむしった。そしてもうひとつ厄介な問題が積み上げられた。エルフ自治領、別名『白の屋敷』からの緊急通達書だった。
『自警団がエルフを拘束していると聞いた。特使を派遣するので至急対応せよ』
簡素ながらも高圧的な、いかにもエルフらしい手紙である。エルフはその個体数の少なさから同族同士の結束が強い。また特殊な魔法を操ることもでき、国家間で特別な地位にいる。エルフ単体で国と交渉が可能なほど影響力を持っているため、自警団とはいえども無下にすることはできない。
本来であればこういう厄介事はグレイス署長が裏に手を回し解決する。しかし今回はそうもいかなかった。例のダークエルフを拘束したのはグレイスの命であり、そのグレイス自らがダークエルフを取り調べという名目で尋問を行った。そしてどういうわけかダークエルフは姿を消し、肝心のグレイスは今も意識が戻っていない。
「副署長。ヴァンです」
「入れ」
規則正しいノックのあと杖をついた大男のヴァンが入ってきた。ヴァンに座るよう席を進める。
「お前には称賛の数々を送りたいのだが、事態が事態だ。エルフ自治領から特使が来る」
「例のダークエルフの件で?」
「そうだ。昨晩の件なのにもう知られている」
「まずいですね。例のダークエルフは逃走したとか」
「非常にマズい。夕方には特使が着く。それまでに女を捕まえておかないと、あいつら自警団を通り越して国と交渉をはじめるぞ」
「国を巻き込むと騎士団が首を突っ込んできます。通り魔事件の首謀者は騎士団ですから、いま絡まれると面倒です」
騎士団と自警団は長きにわたり対立関係にあった。上級市民が一般市民に危害を加えた場合、勝手に騎士団が介入し容疑者を連行、大した取り調べも裁判もせずにすぐに釈放してしまう。自警団からすれば騎士とは腐敗の象徴に他ならない。
「大した数を割くことができないが、現在ダークエルフを指名手配して捜索している。満身創痍のお前には酷かもしれないが手伝ってほしい」
「承知しました。心当たりがありますので、あたってみます」
ヴァンにとってもダークエルフの行方は気になる。自分を守ったあの黒猫と同人物なのか確認したい。
「リミットは今日の午後6時までだ。頼む、なんとしても連れもどしてほしい」
アードは深々と頭を下げた。
◇
《主様、すごい数の学生さんですね! 妾は商いというものを初めて見ました》
脳内でも今は語りかけるのはやめてくれないか。僕とプロントさんのふたりでせっせと勘定してお釣りを渡す。この『猫の目』ではマジックアイテム以外にも、文房具やちょっとした日用品も置いている。それら商品の隅っこには、小さく当店の人気キャラクターであるアッシュくんが描かれている。若い女子はこれを目当てにわずかな合間をぬって買いに来ている。
「青のノートは売り切れました。緑ならまだ在庫がありますが……」
次から次へとひっきりなしに生徒が押し寄せる。ここの売れ筋商品は、なんと言ってもアッシュくん付きのノートだ。特にちょうちょを捕まえようと飛び上がっているデザインのやつは飛ぶように売れている。
「大変お待たせしました。次の方どうぞ」
「初めてきたけど、このノートとか結構かわいいじゃねーか」
「カルラはノートなんて使わないじゃん。会議中もいっつも寝てるし」
げ! カルラとユズだ。このふたりは自警団に所属していて、彼女たちのせいで昨晩からトラブルに巻き込まれている。幸い僕は男の姿に戻っているので、彼女たちは僕が妖怪頭突き女だと気づいていない。
「ノートはいいって! あのさ、回復の巻物あるかな? ふたつ欲しいだけど」
面倒くさそうにカルラをあしらいつつ、ユズが注文する。まだケガの調子が良くないのかな? 聖光教団に行けば完全回復してくれるだろうに。
「回復の巻物をおふたつですね? 銀貨5枚になります」
「ちょっと待っててね。ああッコイン! ごめん拾ってくれるかな?」
ユズってしっかり者のイメージがあったけど、案外おっちょこちょいなんだな。なんて思いながらも快く床から銀貨を拾おうと屈んだ次の瞬間! カルラが僕の腕をつかみ、素早く長袖をまくった。
「あいつと同じ紋様だぜ。魔法は発動しねぇが」
「ふーん。やっぱこの店であってたんだ」
しまった! 彼女たちに見つかった! 紋様を確かめるためにわざと銀貨を落としたのか。
「ちょっと聞きたいことがあるからさ、暇になったら店主と一緒に付きあってもらうよ」
熱を感じさせない低い声で僕にそっと耳打ちする。
「じゃあ、アタシたちは部屋の隅で待ってるから」
僕が逃げないように見張るつもりだ。よく考えてみれば僕は取り調べの途中に、どさくさに紛れて抜け出してきたんだった。自警団からしてみれば、僕は逃走犯ってことになる。カルラたちは僕を捕まえに来たんだ。これはまずい、まずいぞ。
焦りで混乱しつつも次々と押し寄せるお客をさばいてゆく。ああ、ふたりの刺すような視線を感じるぅ~
学生の昼休みが終わりひと段落が着いた。さて、店主のプロントさんがいる前で何と言い訳をしたらいいか。彼女たちには勝手に、痴漢変態軟派撃退グッズ『見張り猫アッシュくん(仮)』というものまで商品化すると言ってしまった。なんてひとりで煩悶していると、また一組入店してきた。
「む? カルラとユズではないか」
「あれー? ヴァン隊長もう歩けるんすか? ってかマルリ!? ええ? ふたりってもうそういう関係なの?」
「うわー……英雄様はそっちも手が早いのかー」
「ち、ち、ち、違いますよ!? ヴァンさんが『猫の目』に行くっていうから……その、肩を貸しただけ」
マルリはみるみる顔が赤くなる。なにこれ? 何を見せつけられているのだろう? 一応僕もヴァンと同じくらい救出に貢献したはずなのに……ちょっと期待していただけに、虚しい。
「そういう仲ではない! 例のダークエルフの手掛かりをつかむためここに来たのだ! 彼女も目的は同じ」
「カノジョだって! カノジョ!! そういえばマルリって夜通し看病してたんだよね? えっろぉ」
「本当にまだそういう関係じゃないんです! まずは好きな本の話とかから始めないと……」
「カルラ、うるさい。お店の人に迷惑でしょ。 ってマルリ、アンタその気じゃんか!」
あのー……店の前で騒がないでほしい。思わぬダメージを受けた僕の心に響くから。
「お待たせして申し訳ありません。私『猫の目』の店主プロントと申します。自警団の皆様本日はどのようなご用件で?」
最後のお客さんを見送った後、プロントさんが自警団の面々に声をかける。
「うむ、あるダークエルフを探している」
「なあ、お宅の店にダークエルフ来ろ? 今どこにいんだよ?」
「そこの店員はダークエルフとどういう関係なのかな?」
「『見張り猫アッシュくん』っていつ販売するんですか!?」
四人とも一斉に口を開く。面食らったプロントさんは困ったように僕の方を見た。それにつられて残りの四人の目も自然と僕に向く。五人の注目を浴び、かつてないほど胃がキリキリと悲鳴をあげた。




