第十四夜 僕、今まで不思議だった声の正体に気づきます。
前夜:不気味な姿をした男はアンデッドだった。苦戦の末自警団のヴァンと協力し何とか活動を停止させる。その後地下に囚われていたマルリを救出するヴァンの姿を見て、栄太は何となくだが月の下で生きることの意味を感じ取った。
◇
廃墟付近の共同墓地にかすかな光が立ち込める。地面に丸い魔法陣が浮かびあがると、ローブを被った男が現れた。男には崇高な目的があった。それは長年かけての悲願。多くの同胞と連絡を密にとり準備に準備を重ねてきた。その足掛かりとなるはずの計画が無残にも打ち砕かれた。そして今は無様にも敗走を余儀なくされている。
「クソ! 何とか逃げられたか」
「て思うじゃん?」
暗闇の中、月の光をうけて赤い髪と赤い目が浮かび上がる。
「てめぇ、今回の騒動の親玉だってな? よくもボコってくれたな。この野郎」
身体中に包帯を巻いた女が大股で向かってくる。
「なにッ! 転移先がバレただと!?」
男は動揺を隠さず杖をとり応戦しようとする。
「覚悟しろよ」
女は一瞬で間合いを詰めると、杖を持った手首をひねり上げる。間髪入れず、女の脚ばらいが男を浮かしそのまま地面に叩きつける。
「これは没収な」
杖を取り上げ襟首をつかみ強引に立たせる。その拍子に男の肩の関節が外れた。
「杖の代わりにいいもんやるよ」
呻こうとした直後、空から誰かが強烈に蹴りつけた。ローブの下に忍ばせていた鎧が砕け、みしりとあばらが折れる。
「アンタさ、アンデッドなんだって? じゃあ無茶してもこれ以上死ぬことはないよね」
小柄な身体に不釣り合いなほど大きな翼を持った女は、ふわりと地面に着地する。
「お前さぁ、魔術師なのに鎧きてんのな。それ気になるんだよなぁ」
「その鎧見覚えあんだよね。スッゴイ気分悪くなるやつ。どこで見たんだっけ?」
赤髪の女と翼の女は冷淡な表情で男にゆっくりと詰め寄る。
「ねぇ見たことないっスか、署長?」
署長と呼ばれた人物は、盛り上がった肩を怒らせローブの男を睨みつけた。
「ああ、よく知ってるよ。あれは第34期騎士団の鎧だ。なんで誉れある騎士様が、アンデッドになって人さらいをするのか、教えていただきたいものね」
署長と呼ばれた巨女は地面を揺らしながら男のもとまで進むと、凍てつかせるような凶相で見下ろした。
「へぇ、こいつ騎士なんですか。どうりで胸糞が悪いと思ったぜ」
「騎士様は志の高いお方ですから、アタシたちと違ってペラペラ吐かないんじゃないですかぁ?」
巨女に肩を並べ、赤髪と翼の女が侮蔑するように薄く嗤う。
「そういえば、知り合いに愉快な魔術師がいてね。提灯生首ていうお茶目な道具を作ってくれるのよ」
「へぇ、ランタンが喋るんですか」
「えぇ、質問したらなんでも答えてくれるらしいわ」
「それはなんとも面白そうですね。ぜひ作ってもらいましょうよ」
「あら貴方たちにお願いされたら断れないわ。そうねぇ。材料が必要なんだけど……これでいいかしら」
目の前にあるそれを無造作に掴むと、力任せにぶつりともぎ取った。ひと抱えする提灯を無造作に振り回すと、巨女たちは墓地をあとにした。
「残りのパーツはどうしますか?」
「手すきの自警団に位置を知らせて回収させなさい」
「じゃあアタシがひとっ飛びして知らせてきますよ」
月夜の下で三人はケラケラと笑う。
「あーヴァン隊長はマルリを無事救出してくれたようです。ずいぶんケガしてるけど大丈夫かな」
「彼なら大丈夫でしょ。頑丈なのが取り柄だから。それにしても、この猫の目を借りる魔法は便利よね」
「ホントこれ自警団に欲しいですね。白猫様様です」
「じゃあ、カルラ。向こうの指揮は貴女に任せるわ」
「署長はどうするんです?」
「まだボディチェックが終わってないのよ。ふふふ、急いで戻らなくっちゃ」
「(かわいそうに……)」
◇
マルリが囚われていた地下室に僕と女王さまは残っていた。女王さまはさっきから部屋をくんくん嗅ぎまわっている。僕としてはマルリとヴァンが気になるから後を追いたいんだけどな。
「女王さま早く戻りましょうよ」
僕の呼びかけに応じることなく、なおも壁に鼻を近づけている。
「早くしないと自警団がここまで来ちゃいますよ」
なんて言ってたらガチャリと扉があいた。ヴァンと同じ鎧で身を固めた男たちが入ってくる。ほら、言わんこっちゃない。
「猫か、あっちいけ、ほら!」
「ここに食いもんはないぞ、出ていけ」
自警団の男たちは面倒くさそうに追い払った。女王さまは嫌がるそぶりも見せず、それに従うと静かに部屋を出ていく。
「どうしたっていうんです?」
慌てて女王さまの後をついてゆく。なにも言わずに勝手に行動するあたり本当に猫みたいだ。
「たわけ。ひとのいるところで喋るな。怪しまれるであろう」
脳内で叱られる。まともな反応に少々面食らってしまった。地上に戻ると、自警団が賊たちに縄をかけていた。そういえば、僕が投げ飛ばした賊のリーダーは無事だろうか。床にひとつ大きな血だまりだけ残っている。マルリもヴァンもいない。
◇
ただ騒然とする現場を静かに通り抜け、ごみ箱を足場にして崩れた壁をつたい溝を潜り、ゆっくりと時間をかけて広い空き地に出た。どこか見たことがある場所だと思ったら、女王さまが猫を呼びつけた場所だった。ここからスタートしてどれくらい時間がたっただろうか。月はまだ高く昇っている。女王さまは僕に向き直るとスクっと立ち上がる。
「どうだ、凄かろう!」
「何がです?」
どこからツッコんでいいのかわからない。器用にバランスを取りふんぞり返っている。猫の姿でもはっきり見てとれる、これぞドヤ顔。
「これぞ夜の女神、月の女王の御業よ!」
「質問がいくつかあります」
きっと僕が感涙にむせび泣くのを期待しているのだろうけど、聞きたいことがたくさんある。リアクションはお預けだ。
「なんじゃ、質問を許す」
「これが女王さまの望まれたことなのですか? ヴァンのような英雄が誕生して活躍するってやつ」
「然り。吾はこれを望んでおった。当初の目論見では、貴様にその役をさせるつもりでおったがの」
勘弁してほしい。僕にはそんな大役できっこない。人畜無害を貫き通すことが唯一の武器。タマを抜かれた羊よりおとなしい男。それが小村栄太だ。
「そう己を卑下するでない。まぁ吾としても、嫌がる者に無理やり役を押し付けるのは、本意ではないからな」
ん? 今なんか言った? 聞き捨てならないこと言ったよね?
「貴様はこれから多くの英雄を見出し、その傍らで支えてやるがよい。英雄の影にエルフあり。ふふふ、それもまたよいではないか」
そういえば、女王さまは初めて会ったときから、そんなことを言いていたな。下界の者どもを残らず平服させよとか、子孫を繁栄させる英雄になれとか。僕自身が英雄にはなれないけれど、エルフの名声が高まりさえすれば、女王さまは満足してくれるのか。
「その英雄の件ですけど、僕は猫からイノシシに変わったんですけど、あれ何だったんですか?」
「ずいぶん積極的ではないか。よいぞ、よい兆候である。貴様にかけた月魔法『影魔猫』の真の名は『陰真似子』という。対象を光源としその者の本質を形にする魔法。いうなれば、本性を分かりやすく体現する魔法とでもいえばよかろうか。猫を操るのはおまけのようなものよ」
ヴァンに近寄ったときに巨大なイノシシになったのは、ヴァンの性格や性質を表した結果ということか。一本気で行動力があり、巨大な筋肉の塊。うん、いかにも猪らしい。そういえば、アナウンスで『グリームニルの言葉』って紹介されてたよな。
なるほど、ヴァンって名前が、北欧神話に出てくる巨人のヴァン神族とかかってたのか。一説によるとヴァン神族にフレイという巨人がいるが、彼はエルフの王とも言われている。そしてフレイは豊穣の神とされ、同じく豊穣の獣であるイノシシを連れている。
「女王さまはどこまで意図して僕に魔法をかけたんですか?北欧神話に登場するヴァン神族の名前、『光り輝く者』という意味までご存じだったのですか?」
ここまでつじつまが合うと、意図的に仕向けられたとしか考えられない。
「ふ、ふむ。これくらいのこと。わ、吾には造作もない」
ちょっと待った! なぜそこで目をそらす。神様というのは意図せずともここまでできてしまうのか?
「ふう、吾が子につまらぬ見栄を張っても仕方ない。正直に言うぞ。北欧神話なんぞ知らぬ。『陰真似子』をかけたのもとっさの思い付きよ」
観念したように目を閉じる。
「実はな。吾は吾自身のことを、いまいち把握できておらぬ。何と表現してよいかわからぬが、決して表に出ぬもうひとりの吾がおる気がする。それがふとした瞬間、吾を支配し思いもつかぬ行動を取らせる」
なにそれ怖い。多重人格とかそういうサイコホラーみたいな話? 苦手だからやめてよ。
「ふむ。恐ろしいであろう? だから吾が把握しておる部分だけでも貴様に移植した」
おいいいいいいいいい! 何やってくれてんだよ駄女神! めっちゃ怖いやんけ! じゃあアレか? 夜エルフの身体になるってのは別人格のアンタだったってことか!
「な、怖かろう?」
な? じゃねーよ、怖いのはこっちだよ! 要するに僕は憑りつかれてるってことじゃないか!
あれ? じゃあフラグが立ったときのアナウンスって……
「女王さま。女王さまがくれた二つ目の呪い、じゃなくて厄介事、じゃなくて」
「加 護 な」
絶対に認めるもんか。
「その運命を改ざんしたやつ。なんかそれが発動するたびにですね、頭に無機質な声が響くんですけど」
「なにそれ怖い。吾は怖い話が嫌いじゃ。やめよ」
「あんたが発端なんだけどね! あれってやっぱり……」
《ふふふ、ようやく気付いていただけましたか。愛しき主様》
僕の言葉を遮って突如頭から声がした。




