第十三夜 僕、廃墟でピエロと踊ります。
前夜:攫われたマルリたちを取り返すために、自警団のヴァンを連れて廃墟までたどり着いた。首謀者と思しきリーダーを倒したが、扉の奥から不気味な男が現れた。
顔を包帯で覆い、だらしなく舌を垂らした男が、ふらふらと心もとない足運びで近寄ってくる。
「た……助かったか!?」
「おい、仲間か? 助けてくれ!」
残りの賊が包帯の男に駆け寄るが、一瞬のうちにそのふたりは床に倒れてしまった。あいつ何をした? ふたりの身体から血の海が広がる。
「結構なナイフさばきだ。手ごわいぞ」
「あー……昔さぁ俺、軽業師ってやつだったんだよな」
焦点が定まらない両目で僕とヴァンを見る。黒いマントを羽織っていて挙動がつかめない。得体のしれない不気味さから恐怖が増してゆく。よし! 迷ったときは突撃だ! 後ろ足に力を籠め一気に当たりに行く。
「ピエロ、つったほうがわかりやすいかな」
渾身の突撃が軽くかわされる。追撃とばかりに首を振り牙を刺しこむが、これもかわされる。蚊のようにギリギリのところで攻撃が当たらない。僕の攻撃をフォローするように、ヴァンが剣撃を挟むがそれもすんでのところで空を切る。包帯の男はくねくねフラフラ踊るように器用に動く。
「あー……俺って昔から子どもが好きでさ」
包帯男のナイフが僕の背中を撫で斬る。いってぇ! 幸い固い剛毛に覆われているから、そこまでのダメージではないけれど、痛いものは痛い。
「笑顔が見たくてピエロになったんだよな」
これのどこがピエロだよ! 次々と刻まれてゆく。後ろ足を切られ体勢を崩し倒れこむ。
「大丈夫か!?」
ヴァンが呼びかけるが彼も包帯男に手一杯だ。こちらを見る余裕がない。ヴァンの大剣が空を切るたびに腕、腿、脇腹と次々に斬り刻まれる。このままでは体力が削られジリ貧だ。決定的なものが欲しい。
「まったく無様としか言いようがない」
女王さまの呆れた声がした。近くにいるのか?
「下僕を従えて今向かっておる。鳥の娘を見つけだぞ。虫の息だがまだ生きておる。それにしても、その不細工な闘い方は見るに堪えん」
ユズは危険な状態なのか!? 僕は頭突きとドンケツ以外で戦闘なんて初めてだし、イノシシになるのも初めてだ。明らかに分が悪いぞ。
「そうではない。まだ太陽の闘い方を捨てきれぬから呆れておる。ふたりそろって突撃一辺倒は考えが足りぬ。攻撃はそのデカブツに任せよ。貴様には月の闘い方があろうに」
月の闘い方? なんでこの女王さまはこうも抽象的な言い方をするのだろうか。
「もうちょっと初心者でもわかるように教えてくださいよ!」
「イノシシの姿を捨てよと言うておる。相手が不規則な動きをするなら、それに応じた獣に変わればよかろう」
そんなんできるの? 早く言ってよ! ヴァンの息が上がってきている。大量に血を流している。
「イメージせよ。この『影魔猫』はイメージ次第でどんなものにも変身できる。ほれ、あの発情猫を思い出せ。吾はこれより鳥の娘の回復に専念する。しばし貴様の面倒を見れぬぞ」
発情猫って……いま僕の身代わりをしているブルームのことか。魔法によってダークエルフの姿で、全裸待機させられている憐れな猫だ。なんてブルームに同情していたら急に体が軽くなった。
「あー……猫? 食ったことないなぁ」
僕の変身に気づいたのか、ヴァンの突きをさらりと避けて足を払う。体勢を崩したヴァンはそのまますっころんだ。
「あー……どこまで話したっけ? そうだった、でも芸で食えるやつなんてわずかでよ」
包帯男は一方的に身の上を話す。
「いつも水ばっか飲んで空腹を紛らわしてたのさ」
ヴァンが背後から斬りかかる。しかし身体をよじってかわしつつ、その勢いのまま肩にナイフを突きたてる。まずい、ヴァンの右腕が使えない。
「でも子どもの笑顔が見たいから我慢してよ。朝から日暮れまでぶっ通しで芸を見せる日々さ」
ふらりとヴァンから離れ距離を取ると、ナイフについた血を舐めとる。
「ヴァン、辛いだろうけど大ぶりの攻撃をしてくれ。当てなくていいから」
「猫の姿に戻ったのか。自由自在でうらやましいな。よくわからんが剣をふればいいんだろう?」
左手に剣を持ち替え片腕で薙ぎ払う。もちろん身軽なヤツには当たらない。しかしそのわずかな隙を見てヴァンの背中から包帯男の腕に飛び移る。くらえネコパンチ! 男の顔めがけ思いっきり引っ掻いてやった。
ボロボロと包帯がはがれ、素顔があらわになる。
「でもいつまでたっても腹はふくれねぇ。あー……」
その素顔を見たとき僕もヴァンもぎょっとした。虚ろ目は大きくくぼみ、頬はこけ、歯茎は痩せて、唇はからからに乾いている。肌は土のように血色が悪い。まるでミイラのような顔だった。なんだこいつ。なんでこんなんで動けるんだよ!?
「どんだけ芸を見せても、終わったらさっさといなくなっちまう。俺の帽子はいつも空さ」
皮と骨が貼りついただけの顔で、壊れたスピーカーのようにノイズ混じりの音を出す。あまりの気味悪さに腕から飛び降りる。
「あれはなんだ、なぜあんな身体で動ける?」
驚きのあまりヴァンの動きが止まる。その隙を見逃さず包帯男が間合いを詰める。危ない! とっさにヴァンをかばい、包帯男の鼻に思いっきり噛みつく。げ! 鼻が取れた!
「お陰でずいぶん身軽になってよ。どんどん軽業に磨きがかかる」
おいおい、鼻が取れているのにノーリアクションかよ! というか、引っ掻いたのに顔から血が滲みもしない。こいつ生身の人間じゃないな。
「これは……アンデッドか……」
「猫よ。お前は魔法に明るいか?」
これでも魔術師に憧れて挫折した半端者だ。少しくらい魔法の知識はある。
「少しだけね」
アンデッド……死霊術で生み出されたモンスター。かつて戦争が絶えなかった混乱期には、多くの死霊術師がいたらしい。敵の数を減らしつつ味方の戦力を増やせるなんて、こんなにコスパのいい兵器はない。しかし、死体が英雄クラスだったり術師が未熟な場合、命令を受け付けず暴走することもあった。良くも悪くも術師の腕に左右されるリスキーな魔法だ。
「あー……別に金が欲しいわけじゃねぇ、子どもの笑顔が見れればそれでいい……あー」
「死霊術は死体を操る便利な魔法だけど、何でもやらせることはできない。精々ひとつかふたつ」
「何を命じられていると?」
「あいつさ、さっきから奥の扉を守るように立っている」
そう、包帯男は自分から襲ってこない。常に攻撃を避けながら、カウンターで削ってきている。
「だけど腹は減る。あー……俺だって生きてるもんな」
「術者に奥の扉を守るよう命じられているのか?」
「そうだろうね。考えられる理由はふたつ」
「攫った娘がいるとか」
「それと、時間稼ぎ」
「何のだ?」
「戦うか逃げるための時間。死霊術だろうと転移魔法だろうと準備がかかるからね」
「それで、こいつはどうする?」
死霊術は死者の魂を完全に支配するのが難しい。だから、暴走のリスクを避けるために、死体が生前に執着していた欲求を解放させる形で使役する。死者の念は強いから、それを魔力に変換して身体向上の強化に充てる。死者が反復行動をとるのもこのためだ。こいつの場合はなんだろう?一方的にしゃべってるから承認欲求か?
「あー……ある日気が付くんだよ。子どもがどこで喜んで、どこで飽きるかがさ」
「私に考えがある。私が奴のナイフを受け止めるので、お前は再びイノシシで突撃してほしい」
おいおい、無茶言うなよ。ナイフを受け止めるって、自分から刺さりに行くのかよ。それに、僕またイノシシの姿になれるのかな。ヴァンの逞しい背中を見る。おおっ。力がわいてくる。これならいけそうだ。
「さらに芸を磨いていくと、子どもの考えてることがわかるようになるのさ」
「私ごと吹っ飛ばしてくれてかまわない。なぁに、頑丈なのが取り柄だから大丈夫さ」
「あー……そんであるとき子どもが言ったんだよ」
「『僕のほっぺた見て』って。『おいしいよ』って。あー……」
あいつまだしゃべってんのか。ピエロがどうの、あたりから聞いてなかったんだけど。
「あー……だから……あー……」
包帯の男は大きく口を開き、滝のように唾液を垂らした。うわ、気持ち悪っ!
「あー……あの牛女のおっぱいも、ほっぺたみたいに旨いんだろうなぁ……」
「いくぞ!」
ヴァンは意を決して捨て身で体当たりをかます。しかし、包帯男は素早くそれを避け、鎧の隙間からヴァンの脇腹を刺す。動きが止まった瞬間を見計らい、ヤツの死角から飛び出す。
後ろ足が大きく盛り上がり、胴は丸太のように太くなる。首の筋肉がせりあがり岩のように硬くなり、下顎から牙が大きく伸びる。
「あのメガ盛りは観賞用だ!」
包帯男の側面に鼻から突っ込んだ。ガツンと鋭い衝撃が脳の奥まで走り、目の奥で光がちかちかと瞬く。しかしこんなところで気を失っちゃいけない。前肢が地面に着くと力を込め、そのままヴァンもろともしゃくり上げた。巨大な大木と朽ちた小枝が宙を舞う。そのままスローモーションのようにゆっくりと落ちてゆく。
「ぐうっ!」
ヴァンは受け身をとれず背中から落ちた。あいつは!?
「あー……やっぱ鳥女も食べよう。今日は鳥に牛に猪か。久々のごちそうだ」
包帯男の左腕はひしゃげ、腹と腿に大きな穴が開いていた。それなのにまだ立ち上がる。やっぱり痛みがないから四肢を失うまで動き続けるようだ。残念ながらヴァンの策は失敗した。けれども僕にある妙案を呼び込んでくれた。
「女王さま!お願いがあります!」
「何か。もうそこまで来ておる。待てんのか」
「僕の合図で『影魔猫』を解除してください!」
「貴様は急に何を言う? 裸になりたいのか?」
「いいから。お願いしますよ!」
「春はとうに過ぎたというに」
包帯男が体勢を立て直す前に再び突撃! と同時に胴に鋭い痛みが走る。こいつ、もう一本ナイフをもってやがった! イノシシの毛皮と脂肪と筋肉の三重層でそこまで深い傷じゃない。
「女王さま今です!」
「影魔猫」という特殊な魔法で僕は猫とイノシシに変身する。じゃあこの「影魔猫」を解除したら? 猫でもなく、イノシシでもなく何になる? 銀の髪がくるりと円を描く。すらりと伸びた褐色の腕、節がない真っすぐな指。その身体の至る所に貼り付けられた猫のマーク。
「捕まえた!」
ナイフを持った腕をつかむと、そのまま背後に回り込み足を絡めてしがみつく。まるで気分は子泣き爺だ。沈め!デバフ地蔵!
腕、首、胸、腹、内腿、ふくらはぎ、包帯男の背中に、接触可能な部位をすべて絡みつける。男はぐらりと体勢を崩し床に倒れこんだ。死体に抱き着くなんてやりたくなかったけど、これ以外に思いつかないからしょうがない。死体に弱体魔法がきくかわからないが、とりあず試すだけは試そう。メガ盛りじゃなくて悪いけど、お前が希望したおっぱいだ、暗闇でも食らえ。ついでに額も擦りつけてやる。
「あ!ああああああああああ!……あー……」
しばらくして包帯男は沈黙した。
「ヴァン!早くマルリたちを助けて!」
「君は!?どうしてここに!」
「こいつは僕に任せて、いいから早く!」
正体がバレたがそんなことは置いといて。マルリたちを助けるのが優先だ。
「ふーむ。吾が子に死体愛好の趣味があるとはな。しかも男とは。母としては将来を不安に思うぞ」
あ、その声は女王さま! 白い毛並みの猫が僕に近寄ってくる。いや、誤解だ!
「さっきまで死体が動いてたんです! こいつを止めるためにやむなくですよ!」
「とりあえずその死体はもう動かん。いい加減離れよ」
そうなの? 言われて包帯男から離れてみる。本当だ、何の反応もない。
「この世に死体を操る大馬鹿者がまだおるとはな。何とも嘆かわしい」
女王さまは吐き捨てるように言うと、包帯男の顔を覗き込む。
「憐れ、深淵の底から呼び戻された亡者よ。この世に留まらず何も残さず只々朽ちよ」
すると男の死体はかさりと音を立て、白い灰に変わった。
「間もなく自警団も到着する。ここは吾の下僕に見張らせて、奥の部屋へ行くとするか。いつまでそこで寝転んでおる。これ、吾の姿で股を開くな。さっさと猫の姿になれ」
◇
奥の扉を開けるとそこは地下に続く階段だった。生々しい血の跡が点々と奥に続いている。僕たちは急いで後を追う。ヴァン、無茶するなよ。
階段を降りるとヴァンがローブを着た男と対峙していた。ヴァンの顔色が悪い。相当血を流しているようだ。
「ミノタウロスの娘を返してもらう」
「もとよりそのつもりだ」
「ではなぜ攫った」
「賊の頭が手違いをおこした。一般市民に手を出すつもりはない」
「目的はなんだ」
「いずれ分かる」
ローブを着た男から不気味な気配を感じる。包帯男に近い気配だ。なんだこれ? 気持ち悪い。
「お前もアンデッドか」
「ほう、猫が喋るか」
顔は良く見えないが、ローブの男はにやりと笑った。ミイラ取りがミイラになるじゃないけど、死霊術師がアンデッドでした、とはね。
「私をこのまま逃してはくれないか?」
「逃がすわけないだろう!」
「かまわん、吾が許す。どこなりと消えろ」
ヴァンの言うとおりだ、そんなテンプレ悪役の要求飲めるわけないだろ、ってええ!?
「後始末は吾がつける。いいから、行かせよ」
「これはありがたい。白猫様。またどこかでお会いしましょう」
そういうと、ローブの男はスッと闇に消えた。
「貴様には見るべきものがある。ほれ、太陽の生き様を見よ」
ヴァンは肩で息をしている。脇腹から流れ出る血が止まらない。しかしなぜだ。弱っているヴァンから光が溢れているように見える。荒い息がおさまらぬまま、大きな背中は扉を開け、ついに椅子に縛られた少女と対面した。
「マルリ、もう大丈夫だ。心配ない」
口に布を噛まされたままの少女は大粒の涙をこぼし、何度もうん、うん、とうなずいている。
「いま口紐と縄を解くからな」
背中からでもわかる。ヴァンの身体はとうに限界を迎えている。なのに、苦しい素振りをこれっぽっちも見せない。
「今までよく耐えた。立てるか?」
優しくマルリの手を取る。どこにそんな余裕が残っているのだろう。
「そうか。では抱えていこう。さあ、私の首に手を回して」
自分のマントを外し、マルリの身体を包むとそのまま抱え込む。無茶だ! 右腕は使えないはずだ、やめろ!
くるりと向きを変える。僕は正面からヴァンの顔を見た。鬼瓦のようないかつい顔じゃない。凛々しく、威厳のある、勇敢な、まさに太陽だ。
ゆっくりとした歩調で一歩一歩足を運ぶ。怪我人とは思えない、しっかりとした足取りだった。すれ違いざま僕と目があうと、一瞬、にこりとほほ笑んだ。
「英雄」
ぽつりと言葉が漏れた。これがヒーローだ。僕には到底まねできない。これが太陽の生き様。
「しかと目に焼き付けよ。あれこそ貴様が見出した新たな太陽。新たな英雄」
ヴァンの顔を見て、僕の生き方を何となくだけど理解した。僕は太陽のような輝かしい存在にはなれない。そのかわりに、これからこういう顔を一番近くで目にするのだろう。
「月は太陽がなければ輝くことはできぬ。しかし暗闇の中でも輝くことで、太陽は不滅の存在だと皆に知らしめることができる。すなわち、この世にまだ知られておらぬ、闇に覆われたままの太陽。それを導き出すのが、吾らの誇りである」
俗っぽく言うと、英雄の原石を発掘して磨き上げるのが仕事ってことか。なんてぼんやり考えながら、僕たちは英雄の後ろ姿をいつまでも見つめていた。
《『グリームニルの言葉』ヴァン神族END達成。参考文献とともにルート消滅します》
包帯男は書いてて楽しかったです。バトルの描写に散々苦しめられましたが。手にキスといい、お姫様抱っこといい、ベタな騎士道は書いてて気持ちがいいですね。
よろしければ次話もお付き合いください。




