第十二夜 僕、真夜中に太陽を探します。
前夜:再び栄太の前に月の女王が現れた。月の理なる生き方を栄太に示すため、月の女王は地上に降臨する。栄太を猫に変身させ、女王と栄太は自警団署を抜ける。
闇に呑まれた街を疾風のように駆け抜ける。ひとの脚では出せないスピードだ。僕の目の前を白い猫が先導する。
「とまれ」
先導していた月の女王が立ち止まる。細い道を抜け開けた空き地に出た。
「吾らふたりで探すのは効率が悪い。手下を呼ぶとしよう」
女王さまが月に向かい,高く遠く鳴く。
「この『影魔猫』という魔法は声が届くすべての獣を支配することができる」
闇の中からぞろぞろと猫が這いよってくる。
「こやつらを街中に放ち、猫の目を通して連れ去られた娘を探してやろう」
どれくらい集まっただろう。20、いや30か。次から次へと猫がやってくる。猫の目を通して探すって言ったけど、監視カメラをハッキングするようなものか?
「月の下に集った猫たちよ。月の女王が命じる。吾の目となりこの街を見張れ」
女王さまの命令に従い、猫たちが四方八方散らばる。
「貴様はそこで待っておれ」
女王さまは目をつむりじっとして動かない。マジックショップで働いていたけど、こんな探索魔法があるなんて知らなかった。ひょっとしてレアな魔法なのかな。
「所詮獣の身では状況を打開できぬ。吾が件の娘を探しておる間、貴様は太陽を探せ」
太陽? 太陽ってなんだ?
「影となった貴様には、太陽の位置がわかるはず。暗闇の中でも燦然と輝く魂よ。太陽の居場所は影にしかわからぬ」
暗闇の中でも輝く魂? まるでヒーローじゃないか。そんなやついるのか? そんな都合のいい存在が。
「太陽をイメージしろ。自ずと貴様の運命がお前を導くはずだ」
そんなテンプレみたいなヒーロー僕の本棚に存在したっけ?まあいいや、目をつむり太陽を想像する。燦然と輝く魂。死すら恐れない勇猛な英雄。光り輝く者。
《署長は良い方だ。趣味が特殊なだけで》
脳裏にふとよぎる言葉。誰が言ったっけ?
《エルフとお話ができて良かったよ》
そうだ、ギガスの男。なんて言ったっけ?
《取り調べを担当するヴァン・スプリングだ》
あれか!最初に僕を取り調べした鬼瓦!ヴァン。あまり印象がないけど、彼が僕が探すべきひとか。
「時間は限られておる、行け!」
女王さまに急かされ再び駆ける。なぜだろう、どこにいるかはおおよそ見当がつく。わずかな光が糸のように目のまえに垂れている。この先をたどれば見つけられる。不思議と確信できた。
狭い路地を何度も折れ、大通りに飛び出した。いた!ヴァンだ。巨大な鎧に身を包んだ大男が、部下を従えてあたりを探索している。彼もまだ手掛かりがつかめていないようだ。
「見つけたぞ。椅子に括りつけられておるが、角の娘は無事じゃ。鳥の娘は……交戦中かの?飛んだり跳ねたり忙しないやつらじゃ」
頭に女王さまの声が響く。よかった!マルリはひとまず無事か。ユズを助けに向かわなくては。
「どこですか?」
「待て。まずは太陽が先だ。見当はついたか?」
「ええ、もうすぐで合流できます」
「わかった。ではその者を連れて吾の導きに従え」
案内してくれるのか。ありがたい。僕は通りの影から飛び出しヴァンの前に躍り出る。
《ヴァン/ギガス/自警団/26歳/男性/独身、緊急フラグが立ちました。これより『グリームニルの言葉』ルートを優先します》
「む。猫か」
僕に気づいてくれた。
「マルリが囚われている! 一緒に来てくれ!」
「この猫喋るぞ! 中隊長殿!」
ヴァンの周りにいた部下が動揺する。しかしヴァンは動じることなく制止した。
「待て、なぜその名を知っている?」
「ユズは交戦中だ、時間がない!」
こんなところで手をこまねいている暇はない。早く来てくれ!
「団員の名前を知っている? お前通り魔か!」
もうひとりの部下が槍を構える。まずい。争っている場合じゃないってのに。
「ふたりがいる場所を案内するから、協力させてくれ!」
焦れる。有無を言わさず連れ去りたい。
「中隊長殿!この猫は不気味です。形が崩れてゆく!」
「魔物の類でしょうか? 使い魔?」
部下が次々と駆け付ける。魔物扱いはやめてくれ!
「猫…? 犬…? いや、違うな……」
混乱した部下が口々に声を上げる中、ヴァンは落ち着いて僕の様子を窺う。
「猪……か?」
突如僕の身体が光を帯びる。周りの影を吹き飛ばすほどの輝きだ。自分の身体はよくわからないが、ずいぶん大きくなったことはわかる。華奢で柔軟な猫の身体とは違う。ごつくて筋肉が盛り上がった、力強い何かだ。いつの間にかヴァンと目線があう高さになっている。
「お前が連れて行ってくれるのか?」
そうだ、早く背に乗ってくれ。身をかがめ催促する。背中にどっかりと重量を感じる。大丈夫だ立てる。
「イノシシがなんでここに……」
「でけぇ……何人前だよ……」
「めっちゃくちゃ光ってる……」
部下たちはあっけにとられ、僕とヴァンの光景を眺めている。僕だって驚きだよ、猫の次はイノシシに変身するなんてさ。なんでイノシシなんだよ。
「お前たちは署長に連絡しろ。私の位置は魔導晶で把握、すぐに援軍をよこせ」
「これに乗るんですか……」
「マジかよ」
「承知しました!」
女王さまの言ったとおりだ。このヴァンという男の近くにいるだけで、なぜか力がわいてくる。太陽のそばに寄り添い輝きをもって力とする。これが月の生き方なのか。
両足に力を込めて踏み出す。風に後押しされているようだ、いや風そのものだ。驚くほどのスピードで大通りを抜けてゆく。
「通りをそのまま行き、突き当りを左に曲がれ」
女王さまの声が再び届く。においが濃くなった。マルリが近くにいる。
「そこの小道を通れ」
脇道に入るとまた駆ける。ずいぶん狭いが構わず全力で走る。ごみが散乱しているが知ったことか、目も前にある障害物をあたりかまわず弾き飛ばす。
「そこの建物だ」
目も前にはボロボロに崩れた廃墟があった。見張りだろうか、鎧を着た身体の大きな男が僕に気付く。
「イノシシ!?」
どけどけ! 轢かれたいか! 勢いを止めることなくそのまま突っ込む。
「ギガスが吹っ飛んだぞ! 凄いな!」
背の上でヴァンが感心する。
「このまま突っ込むからちゃんと掴まってて!」
「おい、待て! まずは敵の把握だ。無策のまま突っ込むな!」
「歯を食いしばって、舌を噛まないで!」
猪突猛進!勢いを殺さず朽ちた扉に体当たりする。脆く崩れた木片をぶちまけ部屋に突入する。
「敵襲!?」
「イノシシ? なんで?」
マルリたちを攫ったであろう、賊たちがあっけにとられる。突入の衝撃でヴァンが吹っ飛んだ。そこはがらんとした空間だった。後から運び込んだんだろう、粗末なテーブルと椅子以外何もない。賊は10人ほどか。
「だから言っただろう、無策で敵陣に突っ込むな!」
突然のイノシシの特攻に混乱する一同。いまが好機! 相手が攻撃の姿勢をとる暇なく部屋の真ん中を突っ切る。瓶の割れる音、木が砕ける音、情けない賊たちの悲鳴、様々な音が交錯する。
「やろう!なんで街にイノシシがでんだよ! ここに芋なんてねぇぞ!」
大人の背丈と同じ巨大なイノシシを止められる者はいない。勢いに任せて首を振り、近寄るものを薙ぎ払ってゆく。下顎から伸びた鋭い牙がナイフの役割を果たしている。だから真正面からの突進を受けなくても、傍をかすっただけでぱっくり皮膚が切れてしまう。
「壁に追い詰めろ! テーブルでも椅子でもいい、バリケードを作れ」
リーダー格なのだろう。スキンヘッドの男が大勢を立て直すべく仲間に指示を出す。やだね、捕まるもんか、再び両足に力を込めてリーダーらしき男に突進する。スピードはそのまま。身をかがめできるだけ体勢を低くする。男が剣を抜き上段に構え一気に振り下ろそうとする。させるか!
鼻先を男の股下にくぐらせそのまましゃくりあげる! 次の瞬間男は軽々と僕の頭上を飛び越え空中を舞った。頭から真っ逆さまに落ちたあと、内ももから血が流れ大きな池を作る。
「マジかよ、リーダーがはねられた!」
「止血しないと!」
残りのふたりがリーダーを助けようと近寄る。させるか!奴らの眼前に立ちふさがる。
「お前たちのリーダーは急所を切られた! 彼を助けたかったら武器を捨てろ! そしてマルリとユズを返せ!」
こんだけ暴れといて何だけど、やっぱり無用な争いは避けたい。
「頭がおかしくなったのか? イノシシが喋ったぞ……」
「夢じゃないよな? しっかり聞いた……」
「そのイノシシの言うとおりだ。武器を捨てて投降しろ。じきに援軍も来る」
ヴァンが剣を携えやってくる。その後ろにはヴァンが仕留めたのだろう、賊が何人も伸びている。僕が引っ掻き回している間にひとりずつ片づけたようだ。前には巨大なイノシシ、後ろには巨大な男。挟まれた形で逃げ場はない。
「あー……自警団か?」
奥の部屋にもうひとりいたようだ。布で顔を覆った男がゆっくり姿を現す。今までの賊とは違う異質なにおいがする。直感が告げる、こいつはやばい。
「あー……仲間と市民を救出しに来たってところか?」
気だるげな様子でナイフを抜くと、ヴァンに問いかける。
「あー……ヤロウもイノシシも肉が固くて好みじゃねーんだが、あー……鳥を食い損ねた埋め合わせだ、ガッツリ食わせてもらうぞ」
包帯の男はだらりと長い舌を出し、よだれを垂らした。




