第十一夜 僕、転生します。
※下ネタあり
前夜:自警団署長グレイスのセクハラともとれる取り調べが行われる。その最中にカルラとユズが襲われ、マルリが連れ去られるという事件が発生。取り調べも一時中断となる。広い署長室のなか、ひとり全裸待機するハメになった栄太に尿意が襲う!
素っ裸のまま放置された僕は今、猛烈に迫りくる尿意と戦っている。まだ全裸待機するには気温が低い。ひょっとしてこういうプレーを強要されているのかな? そういえば『姦禁警察24時~本官もエルフを楽しみたいであります~』にはこんなプレーがあったな。これもシナリオ通りというわけか。ああ、このままではひとの部屋で粗相をしてしまう。ひととしての尊厳が……
「すみません! 誰かいませんか! ここから出してください!」
必死に助けを呼ぶ。
「申し訳ありません、署長から退出を固く禁じられています!」
誰かいた! 後生だ! 助けてくれ! せめてトイレに行かせてくれ!
「お花を摘みに行かせてください! お願い!」
「(こんな夜中に?)署長の命令は絶対です! 署長が戻られるまでそこでお願いします!」
「せめて水差しとかタライとか、容器を持ってきてくれませんか!」
「扉を開けるなと厳命されております! しかし、署長なら喜んで下さると思います!」
どんな趣味だよ! あぁ力んだらお腹に負担が……
「よぉ姐チャン、愉快な格好してんな」
誰? 振り向くとそこには一匹の黒猫がいた。
「ずいぶん探したぜ」
猫がしゃべったぁ!?
あ! あ! あぁぁ…………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
心の均衡が崩れる音がした。なんかもうどうでもよくなってしまう。
「もういいか?」
黒猫が遠巻きに僕の様子をうかがう。おう、お前もこっちに来いよ。
「なんで猫が喋んだよ」
尊厳を失ったばかりの僕は無敵だ。猫が喋ったってもう動じない。
「なんかよぉ、月の女王とかいうのがよぉ、お前にこれを届けろって言ってきてよぉ。狙ってたメスとこれからハッスルしよってときにだぜ?」
「お前もあの女王に目をつけられたか。いい気味だ」
悪態をつきながら猫の話を聞く。
「とりあえずよぉ、これを受け取ってくれよぉ」
そういうと黒猫は身体を丸め、唸るように不気味な音を鳴らす。
「……ガッ!」
毛玉をはくように何かを吐き出した。きったねぇ! 銀色の粒が光を放ち、みるみる大きくなり、平らなものに形を変える。なんだこれ? 皿? 蓋? いや、仮面か?
「ふう、渡したぜ」
月をかたどったような、なんとも非対称でいびつな仮面だ。オペラマスクにも見える。なんだこれ、被れってことかな?少し湿っていたが臭いは全くしない。被ってみるか。
すると景色が一変した。目の前にいるのは月の女王だ!僕にとっては久々の再会に思えるが全くうれしくない。それは彼女も同じようで憮然とした表情で僕を見下していた。
◇
「吾は月に住まう夜の女神月の女王である」
投げやりな口調でお決まりの挨拶をする。沈黙。
「吾は月に住まう夜の女神月の女王である」
「聞こえてますよ」
またもや沈黙。
「これは一体どういうことか!(燦煌龍に叱られたのだぞ!)」
「月から見てたでしょ? あれが全てですよ!(全裸にされた、手錠をかけられた、粗相をした!)」
「吾によくも恥をかかせたな!(勝手に月の女王を名乗ったせいだ!)」
「そもそもふざけた呪いをかけたのがきっかけじゃないですか!はやくこの呪いを解いてくださいよ!」
「吾の加護を呪いとな!?」
「呪いそのものですよ! 望んでもないのに女体化したり、わけのわからないフラグ立てまくったり! 呪いじゃなかったら手の込んだ嫌がらせです!」
今までの不満をすべてぶつけてやった。なんせ今は無敵だからな。失うものなんてない。
「本棚をもとに運命を再構築するって何なんですか? 僕の本棚の中身知ってます? スケベなエルフのワンダーランドですよ!」
勢いに任せて言ってやったぞ!
「貴様の本棚の中身など知っておるわ(※知りません)」
「じゃあなんで僕なんです? 僕みたいな何の取り柄もないひ弱で根暗なオタクの運命をいじくって何が面白いんです?」
僕は自分の身のほどを知っている。物語の主人公のようにタフで困難をはねのけるような人間じゃない。僕は痛い思いをしないように、今まで面倒事は避けてきた。自分が非力だってわかっているから、悪目立ちしないようにモブに徹してきたんだ。
「鼠のようにひとから逃げ、虫けらのように陰で顔色を窺い、貝のように息をこらしてやり過ごす。日の下にいても陰を歩み、月の下でも影から出ようとせぬ」
は? 喧嘩売ってんのか?
「今までの人生が見るに堪えないから、僕に英雄の真似事をしろと?英雄のような活躍を期待するなら人選ミスだ。もっと人格と才能に優れたひとを選べばいい。僕はただのションベンたれですよ!」
「そうだ、貴様は日の下を歩けぬ、なんと醜く愚かで憐れなことよ」
「いい加減にしろよ、お前何様だよ!!」
怒りに任せこれ以上ないほど大声で怒鳴った。
「吾を誰と思うたか、吾は月に住まう『夜の女神』! 日の下を歩むことを許されず、陰に潜み生きるしかない、醜く愚かで憐れなもの、すべての守護者月の女王である!」
「……なんだそれ!」
言葉を一旦飲み込んでみたがすぐに吐き戻した。
「貴様に太陽のような生き方は似合わぬ、と言っておる。命あるものすべてが同じ理で生きているわけなかろう」
「貴様の生き方は吾の下でこそ輝く。貴様は月の理に従って生きよと言うておる」
月の理?また分からない理屈を。
「月の理とはすなわち、与えられた光の中で煌々と輝くということ。太陽のように輝くすべを持たぬなら、輝くところに寄り添い、太陽にはない輝きで皆を魅了せよ」
「つまり、あれですか?取り柄はないけど努力して精一杯頑張れって、そんな子どもみたいな、幼稚なスローガンですか?」
「そうだ、ああ子どもだとも。子どもだ。子どもの理屈で何が悪い」
偉そうにふんぞり返る。
「貴様、子どもはなぜ泣くか知っておるか?」
また急に話変えるな、こいつ。
「親を困らせたいんでしょ!」
「違う」
「じゃあ親の気を引きたいんでしょ!」
「違う」
腰に手を当て息を大きく吸い込む。お決まりのポーズだ。
「子どもは笑いたいから笑う、泣きたいから泣くのだ! 『自分はここで生きている』と、親とこの世のすべてに知ってもらいたいから泣くのだ! 『ここにいる』と、己の存在を証明するためにただ泣くのだ!その幼稚な理屈の何が悪い!!」
だから何だよ。話が見えてこない。
「貴様はまだ産声すらあげていないではないか。格好を気にするほど貴様になにが残っておる。まずは不格好でも叫んでみよ!」
ひょっとして、僕は説教をされているのか? 今さら? 他人のために精一杯がんばれって?
「再び言う。貴様の友人が通り魔に襲われたぞ」
んなこたぁ、わかってるよ。
「それで、貴様はどうする?」
どうするって?知らないよ。誰かかが助けてくれるだろ。
「助けてくれなかったらどうする?あの少女はどうなる?貴様はそこでじっとしているだけか?」
わからない。考えたくもない。
「貴様が考えねば死ぬぞ」
それは嫌だ。でも助けたいと思ったって何もできやしない。
「考えよ」
考えたってどうにもならない。僕はここで繋がれている。部屋から出ることすらままならない。
「初めから決めつけるな」
僕はあの女ギガスのように怪力じゃない。マルリも助けられるほど強くもない。
「太陽の生き方を捨てよ。月の下で生きよ」
月の下?
「そうだ、月だ」
月。自分から光も熱も発することのない。岩の塊。
「そうだ。月は太陽に依存して輝く。地上のものに依存せねばその美しさも証明できぬ」
依存。たよる。だれに?こんな理不尽で滅茶苦茶な状況を打開するには?こんな理不尽で、滅茶苦茶な存在。目の前に。
「おるではないか」
女神がいた。頼っていいのか?この自分の理屈を押し通すだけ押し通してきた女神を。
「頼ればよいではないか」
何とかなるのか? マルリたちを?
「何とかしようではないか」
そんな都合のいいことあるもんか。
「貴様次第だ」
本当にできるのか?
「変わるのだ」
こんな生き方を続けてきて今さら変われるもんか。
「生まれ変わるのだ」
生まれ変わっても何もなかった。貧弱な僕は貧弱なままだった。
「吾の下で転生せよ」
ようやく諦めがついたってのに。
「願え」
願ったら僕は救われるのか?誰かを救えるのか?
「ただ一言でよい」
手が届くなら触れてみたい。間に合うなら変わりたい。助かるなら
「助けて!」
お願いした。作法も儀礼もわからない。みっともなくたってかまわない。
「その言葉を待っていたぞ!」
彼女の中から眩い光が放たれる。
「吾は月に住まう夜の女神、月の女王である!月は満ちた!いまこそ吾を地上に降臨せしめん!」
光の中で女王さまの弾む声がする。
「吾の下で貴様は真の転生を果たした。すなわち吾が子となったのだ!」
◇
光が消えるとそこは元いた部屋だった。そしてテーブルの上で白い猫が凛として座っていた。
「ふむ、まだ信仰心が足りぬか。だが、初めにしては上出来だ。ほめてつかわす。吾が子よ」
猫の姿でもわかる。月の女王だ。黒猫が一番に反応する。
「うおおお! このメス猫エロいな! 一発カマすぜ!」
おいおい、こんなときに発情するなよ。こっちは頭の整理がついていないんだ。
「この黒猫を貴様の使い魔と認めてやる。黒猫、いやブルームよ。吾が子の身代わりになれ」
「ハッス……は?」
憐れ。発情していた黒猫は勝手に僕の使い魔となり、勝手にブルームと名付けられ、勝手に身代わりとして、僕にそっくりなダークエルフへと変身した。それと聞き逃してたけど『吾が子』って何だよ?
「なんでオレがこんな目に……」
「貴様は母とともに来い、猫の姿にしてやる」
急に視界が低くなる。
「おい、オレがいるぞ!」
黒猫、いやブルームが叫んでいる。ああ、今度は僕がブルームの姿になったんだ。
「ブルームはそこで留守番をしておれ」
「それは犬の仕事だろ、置いてくなよ! てか話聞け!」
「さて、説明は道中でしてやる。はぐれぬよう、母のあとをついてまいれ」
先ほどの叫びが漏れていたのだろう。団員が中の様子を確かめるべく扉を開けた。今だ!
「え! 猫? え! 裸?」
団員の足元を弾丸のように素早く通り抜ける。来た通路を急いで走り抜ける。なぜかマルリのにおいは覚えていた。玄関はバタバタと大勢の団員が出入りを繰り返している。緊急事態だからか誰も僕には気づかない。
勢いのまま外に出る。ほんのりとミルクのような甘いにおいが残っていた。マルリだ! このにおいを追っていけばたどり着けるはず。マルリ! 今助けるからな!
歪に欠けた月の下、僕はたしかに産声をあげた。




