第十夜 僕、百合のにおいにむせ返ります。
前夜:自警団の団署に連れられ取り調べを受ける。このまま朝を迎え男の姿に戻ると、男の身で女湯に入ったことがばれてしまい、更に厄介なことになる。何としてもエルフの身体のうちに自由の身になりたいが、以前言い寄ってきた男に頭突きをした件で昼まで拘留されることになった。
「グレイス署長! 例のエルフをお連れしました」
ギガス族のヴァンに連れられ署長室に通される。今度はここで取り調べか……役所ってたらいまわしにされると噂で聞いてたけど、異世界でも同じなんだな。月は高く昇りそろそろ日付をまたぎそうだ。
「入れ」
奥から女性の声がする。
「では私はここで失礼する。その、なんだ、エルフとお話ができて良かったよ」
別れ際にそっとヴァンがそっと耳打ちした。
「署長は良い方だ。趣味が特殊なだけで」
最後に不審なこと言うなよ! 急に不安になるわ! ともかく扉を開ける。すると広い部屋に立派な体格の女性がいた。
「やあ、エルフちゃん。やっと会えたね」
彼女の優雅な笑みを受ける一方で、またもや無機質な声が響いた。
《グレイス/ギガス/自警団/36歳/女性/独身、フラグが立ちました。『姦禁警察24時~本官もエルフを楽しみたいであります~』ルートに移行します》
◇
マルリは暗い廊下をとぼとぼと歩く。時計はすでに日付を越えていた。胸にちくりと棘が残る。あのダークエルフを残してしまったことが気がかりだった。
「おーい! マルリ!」
後ろからバートマンのユズが駆けてくる。
「え?」
「うわ!?」
振り返ったとたんユズが飛びのいた。
「角、危ないよ!」
マルリはミノタウロスという種族で、頭部に角が生えている。しかし、マルリの場合同種と比べ角が巨大に成長しており、振り向くと近くのひとを攻撃してしまう。それがコンプレックスで、今までひとに話しかけるきっかけを何度も失っていた。
「ご、ごめんなさい」
「あぁ、もういいって、謝んなくてさ」
ユズはマルリの角が当たらないように少し前を歩く。
「アタシも今から帰るからさ。ついでに家まで送ってくよ」
「いいんですか?」
「女の夜道は危ないからね」
ガチャリと大きな扉を開ける。夜風がふたりの間を通り抜けた。
「マルリにはこんな時間まで付き合わせちゃって、悪いことしたなって思ってるよ」
ユズは高く昇った月を見上げたままつぶやく。
「浴場であのダークエルフを見たとき、うわぁ面倒だなぁって思っちゃったんだよね。だからカルラとマルリが外に出ようって言ったとき本当に嫌でさ」
「すみませんでした……」
「だからいいって。むしろ謝るのはアタシたちなんだし。でさ、夜中に頭突いて回るエルフとか、おっかないじゃん?まぁあの娘、お尻でも吹っ飛ばしてたけどさ。それにエルフって外交的にも面倒な案件じゃん?」
エルフは魔法技術を含め文明の高さから、他国間で特別な地位を確立している。また絶対数が少ないことから、同族意識が強いことでも有名だ。エルフが犠牲になれば必ず相応の報復が起こる。どこの国でも”まともなひと”ならエルフにちょっかいをかけようとは思わない。
「自警団のアタシがこんなこと言うのもアレだど。エルフと関わらないほうがいいよ。良くも悪くも歩いているだけでひとの目を引くからね」
マルリは勢いでエルフの弁護を買って出たが、そもそもエルフには弁護人の必要はない。もしエルフが事件に巻き込まれた場合、どこからか聞きつけた同胞が介入し、自警団の頭を飛び越え国家間で決着を図ろうとする。
一般市民が出しゃばってもろくなことにならない。理屈ではわかっている。しかし、あのダークエルフはひとを惹きつける何かがあった。だから気が付けば声をかけていた。
「あとは上に任せてさ、アタシたちは普段の生活を送ろうよ」
それが正解なんだろう。しかし、言葉にはならない何かがマルリの胸を占める。
流れるような銀髪。滑らかな褐色の肌。少女の面影を残した顔立ち。均整の取れた身体。においたつ色気。この気持ちは何か。喉につっかかり思うように吐き出せない。
「でも……」
「あたしも帰るぞ!」
マルリが何か言おうとした矢先、胸を鷲づかみにされた。
「きゃああ!」
「ギャッ!」
「ぐえっ!」
マルリは驚きのあまり勢いよく振りかえる。と同時に巨大な角がカルラとユズを薙ぎ払っていた。
◇
艶やかな黒髪は束ねられ、パンパンに膨らんだ胸に乗せられている。グレイスはさっきまで取り調べをしていた男のギガス、ヴァンよりも一回り大きいようだ。盛り上がった肩の筋肉が強者の貫禄を演出している。
「さぁ、ここに座って」
促されるままソファーに座る。スプリングがよく弾む。
「もう夜が深いから今日はここで泊まっていきなさい。エルフちゃんは何がいい? ホットミルクならすぐ出せるわ」
柔らかな口調の中にどこかねっとりとした熱気がこもっている。いや、気のせいか、気のせいだ。気のせいに違いない。
「いえ、ご迷惑だと思いますので。わたしまた今度お邪魔します」
冷や汗を背中に感じつつ中座するが両肩をガッツリ掴まれる。バチバチと魔法が発動するがグレイスは余裕の笑みで手を離さない。筋肉オバケには感電魔法効かないのかな?
「いいから、座ってて」
なおもにっこりとした表情を崩さず肩を掴む。グレイスの指が肩から首へと上ってくる。
「あぁ細くて長い首」
首にも紋様があるのにまるで効いていない。あかん、ねじ切られそうや。
「ダークエルフって初めて見たけど、ほんとによくできてるわ……」
目をのぞき込むように顔を近づける。男のギガスほどじゃないけど、やっぱり威圧感のある顔だ。美人なんだけど目も鼻も口も顎もどれも立派で、いや立派過ぎて魅力より迫力が前面に押し出されている。
「貴女に聞きたいことがたくさんあるの」
ようやく手を放してくれた。って指!焦げてるじゃないか!焦げた人差し指をねぶりながら僕をじっとりと眺める。
「貴女が例の頭突き女でしょ?同時期に発生した通り魔と関係あるのかしら?」
僕、知らないところで頭突き女って呼ばれてたんだ。妖怪かな?口裂け女みたい。もう少しかっこいい名前とかないのかよ。
「先ほどの方にも言いましたが、貞操を守るためです。通り魔については知りません」
本当に知らない。この厄介な身体になってから対処にかかりっきりだ。そんな噂を耳に入れる余裕もなかった。
「上級市民を襲った事件、知らないの?」
「この街にきてから慌ただしくしていたので。お力になれず申し訳ありません」
ふうん、とわざとらしく頷くと資料だろうか?紙の束をペラペラめくる。
「被害者の死体には目立った外傷はないの。かわりに特殊な魔法の残滓が検出されている……エルフの魔法を使ったのかしら?」
急に射貫くように視線をこちらに向けた。そういうことか、僕は通り魔の容疑をかけられているのか!
「まさか! 特殊な魔法なんていっぱいありますよ、エルフに限ったことじゃない!」
この程度の魔法で疑われちゃたまらない!真に遺憾である!こんな部屋にいられるか!私は帰らせてもらう!
「そんな怒らないで。かわいい」
背を向けたとたんソファーに組み敷かれた。レスリングのようにぴったりホールドされてしまっている。背中にふたつ柔らかな圧力を感じた。
「もちろんこれだけで貴女を、いやキミを犯人だと決めつけちゃあいないの。もっと知らないとね。お互い。いろいろと」
わざと首筋に息がかかるように囁く。グレイスが普通の体型だったらご褒美なんだろうけど、ここまで一方的にやり込められると恐怖でしかない。薄い本のエルフたちはこんな気持ちだったんだなぁ……
「お風呂上がりだって聞いたけど、汗かいちゃった?男相手に大暴れしたからかな?」
鼻をこすりつけるなよぉ! これは冷や汗だ。
「この部屋にシャワーあるから浴びてきなさい。それからお腹すいたでしょ?夜食を用意するわ」
あ、これお決まりのヤツや。下心が見え透いた男の親切。これから起こる出来事はひとつしか考えられない。
「ついでに身体検査もさせてもらうよ。同性なんだしいいでしょ?」
もう好きにしてくれ。切り札の魔法が効かないんじゃ何をしても無駄だ。せめて綺麗に散るのみ。
シャワー室の前で服をぬぐ。鏡越しにグレイスが僕を楽しそうに眺めている。せめて入念にケツでも洗っておくか……
「へぇ、ずいぶん攻めたのつけてるんだね。すけべな身体に合ってるよ。ふふ、下はもっとすごいね。ぜーんぜん隠せてないじゃない」
なんか男言葉にかわってない?それと実況しなくていいから!
◇
つかの間の心の洗濯をしたあと、更衣室に戻ると僕の服も下着もなく、バスローブだけが残されていた。運命のときは刻々と迫っている。あぁ、僕はこれから太くて逞しい腕の中で女を知るのか。二つの意味で。
「それじゃあ、身体検査をするよ。バスローブをぬいで。いや、脱がせてあげるから身体を委ねて……」
背後から抱きしめるようにローブの紐をほどく。こもっていた熱が解放される。
「うなじ、せなか、こし、おしり、ふふふ。いっぱいあるね」
紋様の箇所と魔法の効果を調べているのだろう、グレイスは僕の肌を手で丁寧になぞる。そのたび魔法が発動し恐ろしげな音を出すが、なぞる手のスピードは緩まない。すごいなこのひと、鉄人か何かかな?触れるたびに紙にメモを走らせる。腰、外腿、内腿、ふくらはぎ、脛と手が下へ下へと流れてゆく。
「こんなにいっぱい、身体の隅々まで付呪されて。これ、付呪師がぜんぶひとりでやったの?妬けちゃうなぁ」
耳元に息を吹きかける。あッ、こいつ今、耳を噛んだな。
「はい、じゃあ前を向いて」
楽しげに声を弾ませ、ぐりんと力任せに前を向かせる。マルリをゆうに超える胸が眼前に迫りくる!
「あはは、そんなに怯えないで。そうだ、キミだけ裸ってのもフェアじゃないよね」
そういうとおもむろに上着をぬぎ出した。違う、そうじゃない。
「お楽しみ中、いえ、お取込み中失礼します!」
扉の外で男の声がした。緊張をはらんだ声だ。何かあったのか?
「なんだ?」
グレイスは振り向きもせず憮然とした表情で答える。
「団員のユズからの連絡です! 通り魔が発生! 同行していたカルラが応戦するも戦闘不能。なお、民間人の少女が連れ去られました!」
民間人の少女? まさかマルリ!?
「小鳥ちゃんと子犬ちゃんが?」
「ユズは現在犯人を追跡中。カルラは間もなくこちらに到着。会いますか?」
「今行く! 中隊長以上を緊急招集しろ」
グレイスは指示を出すと、優しく額にキスをした。うへぇ……気絶も効かねぇのか。
「エルフちゃん。刺激的な夜は帰ってからにしよう」
僕の足首をとるとガチャリ、手錠をかけた。そしてもう一方はテーブルの脚に、っておい!
「すぐ戻るから。テーブルに夜食と飲み物あるから、ちょっとここで待ってて」
そう言い残すとズンズンと部屋から出ていった。鬼気迫るとはあの顔を言うんだな。背中に鬼を背負っていた。
広い部屋にひとり残された僕はラッキーだ。このテーブルをどかしてさっさとここをお暇しよう。あれ? このテーブル動かない? 持ち上げてみるがびくともしない。あれれ? もしかして、このまま?巨女が戻ってくるまで?ここを動けない?
そう気づいたとたん、ぞくりと悪寒が背中を駆けあがった。バスローブを取り上げられ、全裸待機で逃げられない。グレイスが戻ってきたらプレー続行。朝を迎えたら僕は男に戻る。それを見たグレイスは……考えたくもない。
事態はより悪い方向へと転がっている。そしてついさっき、問題がもうひとつ追加された。おしっこがしたい。でもトイレは遥か彼方だ。
ねぇ、これどうやったら好転するの? どうすんの!




