第四十三話 「魔王の責務」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
怒号のような歓声が、今なお続いている。
「パントロ!!」
サーラスティがユカリスを抱いたまま、観客席から飛び降り、俺に向かって走ってきた。
「お、おう! なんとか、勝ったぞ!」
「やったわね!!」
「うぎゅっ!」
サーラスティは走った勢いのまま、俺に抱きついてきた。
俺とサーラスティの間に挟まれるようにして、ユカリスが潰れている。
「ちょっ!? ユカリスが!!」
「あ!? ごめん!!」
そう言いながら、サーラスティは俺から離れる。
ポトリと、俺達の間にユカリスが落ちた。
「サーちゃん……、苦しいよぉ……」
「ホントにごめんね」
サーラスティは、ユカリスを抱いていたことを忘れていたようで、本気で謝っている。
俺がそんな二人を見ていると、ドサッと音が聞こえた。
ん? どうしたんだ?
そう思い後ろを振り向くと……。
「大変! 倒れてるわ!」
サーラスティがそう言ったように、ゴブリン魔王が倒れていた。
どうするべきか悩んでいると、闘技場内にある小さな扉が開き、そこから大量のスライム達が出てきた。
「あれって……」
「た、たぶん……、救護班の人たち……」
ユカリスがそう教えてくれた。
「そうか……、じゃあ、ゴブリン魔王は救護班に任せるか……」
「ふふん! 今の魔王はパントロよ!!」
サーラスティに、そう言われてしまった……。
だが、実感がない。
確かに試合には勝ったが、それで魔王だと言われても、正直ピンと来ない……。
それに、最後の戦いは接近戦だ。
接近戦では俺の方が上だったが、魔法をもっと使われていたら、どうだったか分からない……。
「どうしたの? もっと喜びなさいよ!」
「ぱ、パントロちゃん……、かっこよかったよぉ……」
サーラスティとユカリスにそう言われたが、俺は、いまいち喜べないでいた。
俺達がそんな会話をしていると、スライムの兵士がやって来た。
「パントロ様、いえ、魔王様、一度、控え室にお戻り下さい」
「あ、は、はい……」
魔王様と呼ばれた……。
なんか、凄く違和感が……。
「ふふん! じゃあ、行きましょう!」
サーラスティはそう言うと、俺の腕を引っ張り出した。
「え? サーラスティも来るの?」
「なによ? 妻が同行して、何が悪いのよ?」
「そ、そうだよぉ……。わたし達も行くんだからぁ……」
俺はサーラスティに引っ張られながら、控え室へと戻っていった。
――
控え室に戻ると、すぐにスライムの兵士がやって来た。
「では、魔王様、これからのお話なのですが……」
そう言って、兵士が色々と話し出した。
どうやら、今日は帰っても良いらしい。
後日、軍関係のスライムに会ってもらうと言われた。
まあ、それは良い。実感がないとは言え、魔王になったのだから挨拶は必要だろう。
だが、明日は地獄が待っている……。
スライム達を集めるので、演説を行なえと言ってきたのだ……。
もうね……、勝たなければ良かったと思ってしまったよ……。
「では、これで失礼します」
そう言って兵士は出て行った。
「ふふん! じゃあ、パントロも疲れているでしょうし、帰りましょう!」
「そ、そうだな……。さっさと帰りたい……」
なんだか、異常に疲れた……。
ゴブリン魔王との試合がどうこうより、明日のことを考えると、精神的に疲れてしまったのだ……。
俺達が闘技場の外に出ると、カイザー達が入り口近くで待っていてくれた。
みんなは、俺が勝ったことを喜びながら、祝福の言葉を掛けてくれた。
ガルディウスなんて、俺に抱きついてきたほどだ。
イケメンに抱きつかれても困るだけなので、どうしようかと思っていたら、すぐにサーラスティが引き剥がしてくれた。
マジで助かった。
そうこうしながらも、俺達は家路についたのだが……。
「新しい魔王様だ!!」
帰る途中、そこら中のスライム達から、そんなことを言われた……。
その度、周りにいた一般のスライム達が歓声を上げ、もの凄く恥ずかしかった……。
――
仲間達と別れ、家に着いた俺は、カイザーに相談する事にした。
「演説しろって言われたんだけど、どうすればいい? 何を話せば良いんだ?」
「ふぉっふぉっふぉ。お主がやりたいことや、今後のスライム族について話せば良いじゃろう」
やりたいことは……、何もないな……。
今後のスライム族についても……、何も考えてないし、どうすればいいのかも分からん……。
「もっと具体的にアドバイスしてくれよ……」
「そうじゃのう……。では、こんなのはどうじゃ?」
「お?」
「スライム族の平和のために、鳥獣族を殲滅すると宣言するのじゃ」
「え……。無理だろ……」
「ふむ……。では……」
カイザーにアドバイスを貰いながら、俺は演説の内容を考えた。
そして数時間後……。
「よし! じゃあ、獣耳族の男は抹殺、女は愛でる。これでいいな」
「うむ。それで良いじゃろう」
そんな結論に至った。
ちなみに、リンジーの秘密についてなのだが……。
聞きそびれてしまった……。
帰り道での恥ずかしさや、明日の演説のことなど、色々と考えることがありすぎて、それどころじゃなかったのだ……。
今度会ったときに、しっかり聞こうと思う……。
――
次の日。
「魔王様、お向かいに上がりました」
そう言ってやって来たのは、スライムの兵士だ。
どうやら、演説の準備が出来たらしい。
「はい! 行きましょう!」
俺は兵士の後をついていく。
もちろん向かった先は、演説広場だ。
カイザーは、朝早くに場所取りをすると行って出て行った。
おそらく、一番前の席にいるはずだ。
「こちらです」
そう言われ、演説広場の裏手の方へと回った。
なるほど……。
広場を突っ切って行くわけにはいかないもんな……。
そんなことを思いながら、兵士の後をついていくと……。
「お待ちしておりました」
「うふふ」
頭に装飾を付けた、ピンクとオレンジのスライムがいた。
「えっと……」
あれ? ゴブリン魔王の側近の二人だよな?
こんな所で、何やってんだ?
「ミミと言います。よろしくお願い致します」
「うふふ。ココでございます。魔王様、よろしくお願い致しますね」
オレンジのスライムはミミ。
ピンクのスライムはココ。
名前は知っていたが、どっちがどっちだか分かっていなかった。
やっと区別がついた。
「あの……? 二人は何をしてるんですか?」
「うふふ。私達は、ゼウス様に言われ、ここに来たのです」
「考えた演説を、教えてやれと言われました」
ん? 演説……?
少し話を聞いたのだが、どうも、ゴブリン魔王は、俺を助けてくれるつもりのようだ。
俺のために演説の内容を考えてくれたらしく、それを二人は伝えに来たらしい。
せっかくなので演説の内容を聞いたのだが、当たり障りのないもので至って普通な感じだった。
いや、俺が考えていた演説の内容よりは、遙かに良かった……。
話を聞いていて思ったのだが、昨日の俺はどうかしていた。
獣耳族の男を抹殺して、女を愛でるなんて、意味不明すぎる……。
そもそも、スライム族に全く関係がない……。
このまま演説してたら、俺の趣味を大々的に発表しただけで終わりだった……。
昨日のことを反省しつつ、俺はゴブリン魔王が考えてくれた演説を暗記することにした。
今更、新しく考える時間はないので、これしか方法がないのだ……。
「魔王様! では、参りましょう!」
兵士の一人がそう言った。
「あ、はい……」
演説を暗記した俺は、兵士の後をついていく。
気付けば、十人くらいのスライムで囲まれていた。
おいおい……。
まるで、王様みたいだな……。
あ、魔王って、一応、王様か……。
そんなどうでも良いことを考えながら、俺は兵士についていく。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
俺が演説広場に入ると、もの凄い歓声があがった。
「どうぞ」
そう言って、兵士達が俺から離れていく。
演説広場には舞台があり、その上には演説台と玉座が設置してある。
舞台の裏手から入ってきた俺は、そのまま舞台へと上がった。
や、やべぇ……。
もの凄い緊張してきた……。
落ち着け……。深呼吸だ。落ち着いていつも通りに……。
「パントロおおおおおおおおおおおお!!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
声のする方を見ると、サーラスティがブンブンと手を振っているのが見えた。
その近くには、仲間達の姿も見える。
あ、あれ……?
スライム族ってこんなに多かったっけ?
舞台上からグルリと見渡してみると、スライムの数が尋常では無いことに気付いた。
戦争のとき、三千のスライムの前に立ったことがある。
だが、あの時の数倍はいる。
そう思えるほど、大量のスライムがいるのだ。
しかも、その視線は全て俺に注がれている。
「魔王様、演説を……」
兵士の一人が舞台に上がってきて、俺に向かってそう言った。
俺は、カクカクと動きながら演説台まで行く。
そして……。
「え、えーっと……。あ、新しく……」
「魔王様、お声が小さいです……」
兵士は俺の後をついてきたようで、後ろからそう言ってきた。
分かっている……。
マイクなんて物は無いから、声を張るしかない。
それは分かっているのだが……、緊張で声が……。
「ふぉっふぉっふぉ。パントロ、しっかりするのじゃ! ふぉっふぉっふぉ」
カイザーの笑い声と、そんな声が聞こえてきた。
ふと声のする方を見た。
カイザーは一番前の席にいて、笑いながらこっちを見ている。
そんな見慣れたカイザーの姿を見ると、不思議とスーッと気持ちが楽になった。
よし……。
演説だ……。
「初めまして!! 新しく魔王になった、パントロと言います!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
もの凄い歓声が辺りを包む。
俺は黙ったまま、歓声が収まるのを待った。
「まだ若輩者ですが、精一杯スライム族のために働こうと思っています!!」
歓声が収まってきたところで、俺は暗記したとおりに、大声で演説を始めた。
えっと……。
次は……。
「この二百年の間、大魔王が不在です! 俺は大魔王になることを、ここに誓います!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
またも歓声が上がった。
えっと……。
えーっと……。
「魔界を統一し、スライム族だけではなく、魔界全土を平和へと導きます!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
さっきから、歓声がうるさいな……。
思い出しながら喋ってるんだから、もう少し静かにしてくれ……。
暗記してたのが、どっか行きそうだ……。
「しかし! 俺一人で出来るのは、戦うことくらいです!!」
えっと……、次はなんだっけ……?
あ! 確か……。
「そこで! 魔王軍、民の皆様に、ご協力をお願いしたいと思います!! 俺と共に、スライム族の力で、魔界を平和にしましょう!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
よし。これで終わりだ。
初めての演説だから、この程度の長さで良いらしいが……。
どうだ……?
俺はゆっくりと広場を眺めた。
雄叫びを上げている者、笑っている者、何故か涙している者、スライム達は、様々な反応をしている。
これで良かったかな……?
ん? なんだ……?
唐突にイヤな感じがした。
誰かに見られているような、そんな感じがするのだ。
スライム達の視線とは別に、殺気のようなものを感じる。
ふと、空を眺めてみた。
そんなことはあり得ないのだが、上から殺気が注がれている気がした。
いつも通りの綺麗な空だな。
やっぱり気のせいか?
いや、なんだろうな……、気のせいじゃないな……。
なんだこれ……。
俺はそう思いながらも、スライム達を見回す。
スライム達は、先ほどから特に変化はない。
誰もこの殺気に気付いてないようだ。
しばらく見回していると、カイザーと目があった。
「カイザー! 上空に何かいるか?」
俺は少し大きめの声で、カイザーに問い掛けた。
「ふむ……?」
だが、カイザーは不思議そうな表情をしており、他のスライムと同様に、何も気付いてないようだ。
やっぱり気のせいなのか?
そう思い、再度、空を眺めてみた。
すると、先ほどまで感じていた殺気も、イヤな感じも無くなっていた……。
ん~? なんだったんだ? ホントに気のせいだったのか?
う~ん……。俺、疲れてるのかな……。
そう思いながら、俺は壇上から降り、演説広場の裏手へと戻っていった。
俺が広場から姿を消しても、スライム達の歓声はしばらく続いていた。




