第四十二話 「試合の決着」
ゴブリン魔王に近づくため、ゆっくりと歩いていると……。
「ふっふっふっ……。ハッハッハッハッハッ!」
ゴブリン魔王が笑い出した。
急にどうしたんだ?
俺が硬質化したのって、やっぱり変だったのか?
まあいいか……。さっさと近づこう……。
笑っている理由が分からないので、無視することにしたのだが……。
「パントロ! 貴様はスライム族をどうしたい!?」
ゴブリン魔王から、訳の分からん質問が飛んできた。
どうしたいって言われてもな……。
別にどうもしたくない。
みんなが平和に暮らせれば、それで良いだろ。
ありきたりだが、この程度のことしか思わない。
だが、何か模範解答がある気がしたので、逆に聞いてみることにした。
「えっと……、ゼウス様はどうなんですか!? スライム族をどうしたいんですか?」
俺は足を止め、そう問い掛けた。
ゴブリン魔王と呼ぶのは失礼すぎるし、この戦いで魔王を決めるのに、魔王様と呼ぶのも何か変な気がした。
結局、ゼウス様と呼んでしまったが、それで良かったのか、少し不安だ……。
「私はスライム族を強くしたい! 鳥獣族に脅えることが無いほどに!」
ゴブリン魔王はそう答えた。
なるほど……。
結局の所、一緒だな。
俺もゴブリン魔王も、平和を望んでいる。
「もう一度聞くぞ! パントロ! 貴様はスライム族をどうしたい!?」
ゴブリン魔王は、再度、問い掛けてきた。
「俺は……」
そこまで口にして、何を言えば良いのか分からなくなった……。
俺はただ平和であれば良いと思っていた……。
だが、ゴブリン魔王は、スライム族を強くしたいと、答えを出したのだ。
その答えが模範解答だとすると、俺は何も言えない……。
俺もゴブリン魔王も、平和を望んでいるのは一緒だ。
だが、根本的な考えとして、違うのだ。
ゴブリン魔王は、スライム族を強くして、平和を勝ち取るつもりだ。
対して俺は、漠然と平和だったら良いと考えただけだ……。
明確な目標があるゴブリン魔王と、何も考えていない俺とでは、やはり器が違いすぎる……。
観客は、俺達の会話に興味があるのか静かに黙っていて、辺りは静寂に包まれている。
先ほどまで、少しざわついていたのに、それすら無くなった。
「パントロ!! 言ってやりなさい!!」
そんな静寂の中、唐突にサーラスティの声が響いた。
咄嗟に声のした方を見たのだが、いつの間にか、サーラスティとユカリスが、観客席の一番前まで来ていた。
なんだ? どういうことだ?
俺が言えることなんて、何もないだろ?
既に答えがあるような言い方してるけど、スライム族のことなんか……。
「どうした! パントロ!! 答えないのか!!」
俺を急かすように、ゴブリン魔王はそう叫んだ。
何も思いつかない……。
サーラスティが、何を言いたいのかも分からん……。
もういいや! 今思ってることを伝えればいいだろ!
「お、俺は! スライム族をどうしたいかなんて、考えたことはありません!!」
焦った俺は、正直にそう言ってしまった。
「ハッハッハッ! では、魔王になった後はどうする気だ!」
ゴブリン魔王がそう問い掛けてくる。
どうするも何も、考えたこともない。
いや、一度だけ考えたな……。
魔王軍と戦ったとき、調子に乗ってアレコレと考えた……。
あの時は、魔王になった後……。
「パントロ!! どうしたのよ!? 目標があるでしょ!! 言ってやりなさいよ!!」
またも、サーラスティがそんなことを叫んだ。
「お、俺は……」
ダメだ……。
言えない……。
恥ずかしい……。
「もう!! 代わりにあたしが言ってあげるわよ!!」
何故かサーラスティがそんなことを叫ぶ。
「ほう?」
ゴブリン魔王はサーラスティの言葉に興味を持ったらしく、サーラスティの方を向いた。
ちょっと待て、何を言う気だ?
止めろよ? 変なこと言うなよ?
「パントロは!! 大魔王を目指してるのよ!!」
サーラスティの叫びが、辺りに響き渡った。
次の瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
何故か、割れんばかりの歓声が起きた。
「だあああああああああああ!! 言いやがったあああああああああああ!!」
俺の言葉は、歓声にかき消されている。
恥ずかしさで悶絶しそうな俺は、頭を抱えて蹲った。
マジでなんなんだよ!?
なんで言っちゃうんだよ!?
つーか、目指してないし!!
あの時は、調子に乗ってただけだし!!
そんなことを思いながら、サーラスティを睨み付けてやったのだが……。
サーラスティは、何故か満足げな顔で、いつものように胸を張っていた。
何だあの顔……。
言ってやったぜ! みたいな顔しやがって。
サーラスティは、俺と目が合うとニコッと笑った。
その横にいるユカリスも、何故か笑顔を俺に向けている。
そんな二人の顔を見ていると、俺の中で何かがおかしくなった。
どうして笑顔を向ける……。
なんか、もう……、どうでも良くなってきたな……。
「ああああああああああああ!! もう!! じゃあ、大魔王で良いよ!!」
どうでも良くなってしまった俺は、立ち上がりながら、そう叫んでしまった。
「ハッハッハッ」
歓声に混じって、ゴブリン魔王の笑い声が聞こえてきた。
すぐにゴブリン魔王を見たが、サーベルを構えたまま、笑っている。
「もう良いですか!?」
「なるほどな! 大魔王になり、スライム族だけではなく、魔界を平和にするつもりか!」
ゴブリン魔王は、そう解釈をしたらしい。
何もかもが、どうでも良くなっただけなのだが、勘違いしているようだ。
「はい! それでいいです! 俺は大魔王になって、魔界を統一して平和に暮らしますよ!!」
身の程知らずの言葉を吐いているが、もう、本当にどうでも良いのだ。
この場で訂正したところで、観客も、ゴブリン魔王も、どうせ俺の言葉を信じない。
この空気がそれを物語っている。
だったら、大魔王になって魔界を統一するのを、俺の目標にする。それでいい。
そんな風に考えてしまっているのだ。
「ハッハッハッ! この二百年、誰も出来なかったことを成すと言うのか! 面白い!!」
「魔界の事情なんて知らないですよ! 俺は平和に暮らしたいだけです!!」
俺がそう言うと、ゴブリン魔王は片手を地面へと向けた。
『解!!』
ゴブリン魔王がそう言った瞬間、凍っていた地面が急速に溶け出した。
え? 何してんだ?
俺の高速移動を防ぐために、凍らせたんじゃないのか?
俺がそう思っていると……。
「パントロ! いや、大魔王を目指す者よ! 私と接近戦で勝負しろ!」
何故かゴブリン魔王から、接近戦の勝負を挑まれた。
接近戦……?
ああ、地面が凍ってたら、ゴブリン魔王も動きにくいってことか……。
元から接近戦をするつもりだったから、別に構わないが……。
なんで急に……。
「急にどうしたんですか?」
「私は接近戦が得意なのだ! 私を越えられるか試してみるがいい!」
俺の質問に、ゴブリン魔王はそう答えた。
試すって、どういうことだよ……。
もういいや……。
さっさと戦いを始めよう……。
「えっと……、じゃあ、接近戦で勝負しましょう!」
「では、行くぞ!!」
ゴブリン魔王は、こちらに向かって走り出した。
俺はその場で腰を落として構える。
「だっ!!」
真っ直ぐに走ってきたゴブリン魔王は、そのまま俺に向かってサーベルを振り下ろした。
「よっ!」
俺はサーベルを軽々と避ける。
接近戦が得意らしいが、ゴブリン魔王の攻撃は大したことがない。
確かに速いのだが、見えていれば問題なく避けることが出来る。
正直言って、ドバイン師匠の方が数段強いと思う。
「だららららあああああああああああああああああ!!」
ゴブリン魔王が、サーベルを振り回し出した。
上から下へ、下から斜め上へ、斜め上から斜め下へと、あらゆる斬撃を見せてくれる。
もちろん俺は、全ての攻撃を避ける。
確かに太刀筋は素晴らしい。
たまに剣先が見えなくなるほどに、速度が出ているときもある。
だが、サーベルが見えなかったとしても、腕の振りや体の動きなどで、いくらでも予測が出来る。
避けることは全く苦にならない。
「くぅっ!!」
サーベルを振り回し続けて疲れたのか、ゴブリン魔王の動きが遅くなってきた。
ここだ!!
「くらえっ!!」
俺は爪を振り下ろした。
狙いは……。
「ぐっ!!」
ゴブリン魔王はサーベルを使って、俺の爪攻撃を防ぐ。
その瞬間、バキンッと音が響いた。
おし。
これで終わりだろ。
「ば、バカな……、私のサーベルが……」
ゴブリン魔王が、サーベルを見ながら驚いている。
俺が狙ったのは、ゴブリン魔王のサーベルだ。
そう、俺は爪を硬質化し、サーベルを折ったのだ。
サーベルの刀身は、綺麗に折られており、小刀程度の長さになっている。
もう今までのように、サーベルを使って戦うのは不可能だろう。
接近戦は、俺の方が上だ。
攻撃は全て避けたし、サーベルも折った。
もう戦う必要はない。
負けを認めてくれ……。
俺がそんな甘いことを思っていると……。
「まだだ!!」
ゴブリン魔王は折れたサーベルを捨て、素手で殴りかかってきた。
だが、その速度はあまりにも遅い。
サーベルを使った攻撃の、半分も速度が出ていない。
「ちょっ! もう止めませんか!?」
俺は攻撃を避けながら、そう提案した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
だが、ゴブリン魔王は聞く耳を持たずに、連続で攻撃を放ってくる。
ダメか……。
仕方ない……。
掌底を当てて、気絶させよう……。
「おらあっ!!」
俺は攻撃を避けながら、掌底を放った。
だが……。
「だらあああああああああああああああああああああああああ!」
俺の掌底を避けつつ、ゴブリン魔王は蹴りを放ってきた。
しかも、その蹴りは異常に速い。
「がはっ!?」
蹴りが横っ腹に直撃し、俺は数メートル吹っ飛ばされてしまった。
転がりながら体勢を立て直し、すぐさま立ち上がると……。
「な……、何故だ!?」
ゴブリン魔王が驚いていた。
まあ、仕方ないかも知れない。
最後に食らった異常に速い蹴り、アレは魔力を乗せた蹴り、つまり魔撃だ。
俺は魔撃を食らったのに、ピンピンしている。
蹴りのせいで吹っ飛んだだけで、ダメージは殆ど無い。
普通に立ち上がった俺を見て、ゴブリン魔王は驚いているのだろう。
ゴブリン魔王の魔撃は、こちらから魔力を放出して相殺した。
ガルディウスとの組み手で身につけた技が、役に立ったのだ。
「ぱ、パントロ! 貴様、魔撃まで効かぬのか!?」
ゴブリン魔王が驚きながら、そう聞いてきた。
「もう止めませんか? これ以上は無駄ですよ?」
俺は敢えて、ゴブリン魔王の質問を無視した。
戦っている相手に、種を明かすつもりは無い。
それに、ゴブリン魔王は、もう手詰まりだろう。
俺はさっさと、この戦いを終わらせたいのだ……。
これ以上続けば、本当にどちらかが死ぬ。
いや……、このまま続けば、確実にゴブリン魔王を殺してしまう……。
それほど、今の俺とゴブリン魔王には差がある。
戦っている間に、それが分かってしまった……。
「もう勝った気でいるのか? 貴様の攻撃は私に届いていないぞ! 私をナメるな!!」
ゴブリン魔王は怒りながらそう言い、構え直した。
そうだった……。
俺は、ゴブリン魔王の攻撃を避けたり、防いだりしただけだ。
ゴブリン魔王が言うように、俺の攻撃は届いていない……。
それなのに調子に乗って、これ以上は無駄なんてことを言ってしまった。
恥ずかしい……。
自分の強さに自惚れて、圧倒的に有利だと思っていた。
だが、実際は違う。
効いていないとは言え、攻撃を当てているのはゴブリン魔王の方だ。
俺は全ての攻撃が避けられている。
「そうでしたね……。申し訳ございません! 本気で行きますね!!」
俺はそう言ってから、ゆっくりとゴブリン魔王に近づいていく。
「来い!!」
「おらああああああああああああああああああああああああ!!」
間合いに入った瞬間、俺は爪を振り下ろした。
「ぐっ!」
ゴブリン魔王は後ろに飛び退いたのだが、俺の爪の方が速かった。
ゴブリン魔王の胸から血が噴き出している。
俺は間髪入れずに突っ込む。
もう、殺しても良い。
そう思い始めていた。
「おりゃあああああああああああああああああ!!」
再度、俺の爪攻撃がゴブリン魔王を襲う。
イメージは、チーター野郎が使っていた攻撃。
引っ掻きと突き。この二種類の爪攻撃で、ゴブリン魔王に攻撃を繰り出す。
「ぐっ!? があっ!」
俺の爪攻撃を、ギリギリで避けようとするゴブリン魔王。
だが、その避ける技術は粗末な物だ。
俺の仲間の中でも、最も避けるのが苦手なユカリスよりも下手に見える。
当然、俺の爪攻撃は当たり続けた。
と言っても、致命傷にはなっていない。
一応、避ける動作をしているので、直撃を免れているのだ。
「そこだっ!!」
俺の手刀の突きが、ゴブリン魔王の胸に向かって放たれる。
「ひ、ヒィ!?」
ゴブリン魔王が情けない声をあげた。
その瞬間、俺は我に返った。
手刀が胸に突き刺さる寸前で、俺は手刀を止めた。
「もう……、終わりにしませんか……?」
俺は動きを止めたまま、そう問い掛けた。
ゴブリン魔王の姿はボロボロだ。
脅えるような表情をし、俺の爪攻撃によって全身傷だらけだ。
「確かに……、私ではもう……」
「はい……。これ以上は……」
「そう……だな……」
そう言うと、ゴブリン魔王は大きく息を吸った。
そして……。
「私の負けだ!! 民よ!! 魔王はパントロに決まったぞ!!」
そう叫んだ。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
地鳴りのような歓声が、辺りに響き渡った。




