第四十一話 「試合の開始」
俺達は、闘技場の前へとやって来た。
「ふぉっふぉっふぉ。パントロ、お主はあっちの選手用の入り口じゃ」
そう言われた方向には、大きな扉があり、兜を被ったスライムが数匹いた。
逆側には、別の大きな扉がある。観客用の入り口のようで、普通のスライム達が入っていくのが見える。
「マジで? リタイアしちゃダメ?」
「ふっ。大魔王を目指す者が、そんなことでどうする?」
ガルディウスに煽られた……。
だが、俺としては、戦いなんてしたくない……。
周りに流されてここに来ただけで、戦う準備も心構えも何もない……。
「ふふん! パントロ! あたしと、ユカリスと……、あと、みんなの為に全力で戦いなさい!」
サーラスティがそう言うと、周りのみんなも、色々と声を掛けてくれた。
みんな、俺が勝つと信じているらしい。
「パントロくん! もし、勝って魔王になったら……、ボクの秘密を教えてあげるから、頑張って!!」
「「「えっ!?」」」
リンジーがそう言うと、周りのメンバーが一斉に声を上げた。
そもそも、リンジーに秘密がある事すら知らないのだが、みんなは知っているのだろうか?
「えっと……。それは、凄い秘密なの?」
「ぼ、ボクにとっては……」
どうやら、リンジー的には重要なことのようだ。
「ふふん! リンジーがそう言ってるんだから、パントロ! 頑張りなさいよ!」
「そうなのである。リンジー殿が、そこまで言うのである。男として、勝たなくてはならないのである」
「ふっ。とうとうこの日が来たか……」
「リンちゃん……」
それぞれが、様々な反応をしている。
リンジーの秘密に興味は無かったのだが……。
みんなの反応を見る限り、どうやら、俺だけが知らないらしい。
そう考えると、すごい気になってきた……。
「まあ、そう言うことなら……、一応、頑張って戦ってみるけど……」
俺がそう言うと、みんなは俺を激励するように一言ずつ声を掛けてくれた。
みんなの期待が重い。
だが、頑張ると言ってしまった手前、もう逃げられない。
いや、ここに来た時点で、逃げるという選択肢は無いのだ。
覚悟を決めて戦うしかない。
「ふぉっふぉっふぉ。では、ワシらは観客席へと行こうかのう」
カイザーがそう言うと、みんなは観客用の入り口へと向かっていった。
俺はその姿を見て、選手用の入り口へと向かう。
「パントロ様ですね? こちらです」
入り口の前で、兵士が話しかけてきた。
どうやら、この兵士が案内してくれるようだ。
「は、はい」
俺は小さく返事をして、兵士の後をついていった。
入り口の大きな扉の先は、通路があるだけだった。
そのまま長い通路を歩いていき、一つの部屋へと案内された。
どうやら、ここが選手の控え室のようだ。
案内された部屋は、一見、普通の部屋に見えた。
だが、その部屋には、俺が入ってきたドアとは別に、もう一つの大きな扉がある。
「では、ルールをお伝えします」
「ルールですか?」
「はい。簡潔にご説明します」
試合は、一対一で行なう。
武器、魔法の使用有り。
どちらかが負けを認めるか、死んだ場合、決着とする。
だそうだ……。
凄くシンプルなルールだ。
「死ぬ可能性があるんですか?」
「はい。負けを認めなければ、殺されても文句は言えません」
いや……、殺されてるのに文句もクソも……。
つーか、殺し合いに近いことをするのかよ……。
「あ、そうだ! 出場者は? 何人くらい出ますか?」
カイザーは、俺と魔王の二人だと言ってたけど……。
「魔王様と、パントロ様の、お二人です」
「あ……、やっぱりそうなんですか……」
マジで二人かよ……。
スライム達は、それで良いのか?
魔王になれるかも知れないのに、誰も出場しないなんて……。
あ、死ぬ可能性があるからか……。
そりゃ、出たくないよな……。
「パントロ様、準備が出来ましたら、あの扉から先へお進み下さい」
俺が考え事をしていると、兵士にそう言われた。
兵士の視線の先には、大きな扉がある。
「は、はい!」
もう始まるのかよ……。
気合いを入れなきゃな……。
俺はこれから戦うんだ……。
あのゴブリン魔王と……。
よし、少し落ち着いて考えよう。
ゴブリン魔王なんか、ただのゴブリンだ。
俺の方が強いはず。だから、大丈夫。
死ぬことはない。
そんなことを考えながら、俺は深呼吸をした。
そして……。
「おっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
気合いを入れるために叫んだ。
気合いを入れた俺は、扉へと向かい、勢いよく扉を開いた。
その瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
もの凄い歓声が辺りを包んだ。
俺はゆっくりと扉の先へ進み、ぐるりと辺りを見渡した。
天井は無く、大きな壁が円形に作られている。
所謂、コロッセオとか、闘牛場のような、ザ・闘技場といった感じだ。
壁の上には、ひな壇状の観客席があり、大量のスライム達が観戦している。
一体何匹いるのか分からないほどだ。
すげえな……。
この観衆の中で、戦うのかよ……。
そう思いながらも、俺は周りを見渡している。
丁度、俺がいる反対側に、大きな扉がある。
おそらく、あそこから相手が登場するのだろう。
それとは別に、小さな扉もある。
こちらは予想がつかない。関係者の出入り口だろうか?
観客の方を見渡していると、サーラスティと、ガルディウスを発見した。
二人の近くに、カイザー達もいる。
やはり、スライムの中に獣耳族がいると、かなり目立つ。
仲間の姿を見て、少しホッとしたのだが、落ち着いている時間はないようだ。
反対側の扉が、開きだしたのだ。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
先ほどと同じように歓声があがった。
扉から出てきたのは、当然ゴブリン魔王だ。
腰にサーベルをぶら下げ、ゆっくりと、こちらへ向かって歩いてくる。
このまま黙って突っ立ってる訳にもいかないので、俺もゴブリン魔王へ向かって歩き出す。
俺達が移動していると、小さな扉が開き、一匹のスライムが場内に入ってきた。
そのスライムは、闘技場の真ん中まで移動して、その場で止まった。
俺とゴブリン魔王は、スライムを目指してゆっくりと歩いている。
声援や歓声が、凄まじい。
ほどなくして、俺達はスライムが居る、闘技場のど真ん中に到着した。
「開始の合図を出した後、私はすぐに離れますので、存分に戦って下さい」
俺達の間にいるスライムが、そう言った。
どうやら、開始の合図を出す、審判のスライムらしい。
俺とゴブリン魔王は、スライムに軽く返事をして、改めて向き合った。
「パントロ、怪我はもういいのか?」
「はい! もう怪我は治りました!」
「では、どちらが魔王にふさわしいか、どちらが強い者か、全力で勝負だ!」
「はい!」
会話が終わり、俺達は黙って睨み合うように突っ立っている。
相変わらず歓声が凄まじい。
「ゼウス様、パントロ様、始めてもよろしいでしょうか?」
審判のスライムがそう聞いてきた。
ゼウス?
ああ、ゴブリン魔王の名前か。
この戦いで魔王を決めるから、今は魔王と呼ばないことにでもなってるのか?
いや、そんなどうでも良いことを考えてる場合じゃないな。
集中しなきゃ……。
「私はいつでもいいぞ!」
「俺も、いつでもどうぞ!」
俺は腰を落として構える。
ゴブリン魔王も、サーベルを抜き、腰を落として構えた。
「これより!! 魔王決定戦を始めます!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
観客は、審判の声が聞こえているのか、より一層大きな歓声をあげた。
「では!! 始め!!」
そう言った瞬間、審判のスライムは、もの凄い速度で俺達から離れていった。
「だっ!!」
ゴブリン魔王が、サーベルを横薙ぎに振るった。
「くっ!」
俺は咄嗟に、サーベルを避けながら、後ろへ飛び退いた。
かなり速い。
だが、ドバイン師匠の最速の蹴りより、少し遅いくらいに見えた。
攻撃を避けるのは、問題無さそうだ。
「逃がすか!!」
そう言ったゴブリン魔王は、サーベルを振り回しながら突っ込んできた。
俺はサーベルを避けながら、魔力を溜める。
最初から溜めておけば良かったのだが……、まあ、誤差だ。
今の俺は、魔力操作に慣れ、すぐに魔力を全身へと溜めることが出来る。
よし!
全身に魔力を溜めた俺は、地面を蹴飛ばし、高速移動を始めた。
俺は方向転換を繰り返しながら、ゴブリン魔王の死角へと入り込もうとしたのだが……。
トカゲ野郎とは、全然違うな……。
アイツは首だけだったが、ゴブリン魔王は、体もこっちを向いてくる……。
このままじゃ後ろを取れないな……。
なら……。
俺は真正面から、ゴブリン魔王に向かって突っ込んだ。
サーベルを振り上げたのが見えたが、俺は気にせず、真っ直ぐ進む。
「だっ!!」
ゴブリン魔王がサーベルを振り下ろした瞬間、俺は地面を思いっきり蹴った。
「バ、バカな!?」
サーベルを振り下ろした状態のまま、ゴブリン魔王が驚いている。
俺はゴブリン魔王の目の前で、ただ方向転換をしただけだ。
だが、ゴブリン魔王からしてみれば、急に目の前の俺が消えたように見えただろう。
俺は方向転換を繰り返し、ゴブリン魔王の背後へと移動した。
「くらえっ!」
そしてそのまま、後頭部を目掛けて、掌底を放つ。
「くっ!」
だが、ゴブリン魔王は頭を下げ、俺の掌底を避けた。
俺はそのまま高速で、何もない方向へと突っ込んでいく。
クソッ! 後ろからの攻撃がダメなら、どうすりゃいいんだ?
そう考えながらも方向転換しつつ、様子を窺っていると……。
唐突に、ゴブリン魔王はサーベルを地面に突き刺し、祈るように両手を合わせた。
ん? 武器を手放した……?
何をする気だ……?
『アイスフィールド!!』
ゴブリン魔王が魔法を唱えた瞬間、ゴブリン魔王の足下の地面が凍り出した。
そのまま円形に広がるように、地面が凍っていく。
凍った範囲は急速に広がっていき、あっという間に、闘技場全体の地面が凍ってしまった。
「えっ!? ちょっ!?」
俺は方向転換しようと、地面を蹴飛ばした。
だが、方向転換は出来なかった……。
地面が凍っているせいで、足が滑り、バランスを崩してしまったのだ……。
何とか転倒は防いだが、かなり距離が離れたし、高速移動まで止まってしまった。
『フレイムアロー!!』
ゴブリン魔王の頭上から、大量の炎の矢が放たれた。
バランスを崩して動きを止めた俺に向かって、大量の炎の矢が飛んでくる。
「やべっ!!」
俺は咄嗟に大きくジャンプした。
矢の魔法は、数が多く範囲も広いが、一直線に飛んでくる。
そこで俺は、空中へと逃げたのだが……。
『バースト!!』
ゴブリン魔王が、またも魔法を唱えた。
え? バーストって、爆散の……。
俺がそう思った瞬間、大量の炎の矢が、無数の小さな火の矢となり、拡散された。
だが、俺は空中にいる。拡散された無数の火の矢は、誰もいない方向へと飛んでいく。
「だあああああああああああああああああああああ!!」
ゴブリン魔王が叫び声をあげた。
咄嗟にゴブリン魔王を見たが、両手を前に突き出しているだけで、特に変化がない。
なんだ!? なんで、叫んだ!?
俺がそう思っていると、無数の火の矢が方向を変えて、俺に向かって飛んできた。
「ええええええええええええええええええ!?」
どうなってる!? 矢の魔法は、一直線に飛ぶはずだろ!?
なんで俺に向かってくるんだよ!?
俺は片方しかない翼を広げ、落下先の方向を変える。
飛ぶことは出来ないが、方向を変えることくらいは、何とか出来るのだ。
とは言え、大きく移動する事は出来ない……。
無数の火の矢が、凄い速度で迫ってくる。
ダメだ!!
あの数を全て避けるのは、さすがに無理だ!!
俺は手足を縮ませ、翼で身体を包んだ。
その瞬間、無数の火の矢が俺に命中した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
火の矢が命中した直後、もの凄い歓声があがった。
俺はそのまま落下し、ボトンと地面に落ちた。
ふぅ……。
危ない、危ない……。
間に合ったな……。
俺は無傷だ。
火の矢が命中する直前、俺は翼を硬質化させたのだ。
怪我が治るまでの間、俺はひたすら魔力操作を練習していた。
全身はさすがに無理だったが、翼を硬質化させることに成功していたのだ。
後ろからの攻撃を想定して練習していたのだが、まさか、こんな使い道があるとは思わなかった。
正直言って、自分でも驚いている。
しかも、今のような使い方をすると、欠点があるのも分かった。
翼で全身を包むので、外の様子が全く見えないのだ。
現に、火の矢がどうなったのかも分かっていない。
命中した感触も、全てを弾いた感触もあった。
だが、見えていないので、実際はどうだったかが分からないのだ……。
俺は翼を広げ、立ち上がりながら、翼を元の状態へと戻した。
「そんなバカな……」
ゴブリン魔王が、もの凄い顔で驚いている。
まるで、あり得ない物を見たような、そんな顔をしてる。
さて、急場は凌いだが……。
この凍った地面が厄介だな……。
高速移動が出来ない……。
仕方ない。超接近戦で、爪を使うか。
俺は転ばないように、ゆっくりと歩きながら、ゴブリン魔王に近づいていく。
ゴブリン魔王は、未だに驚いていて、俺を見たまま動かない。
ん? 足の爪を地面に突き刺すようにすれば、滑らないかな?
歩きながら、ふと、そう思ったので、爪を立てながら歩いてみた。
ガリッと音を立てながら、俺はゆっくりと歩く。
お? 結構安定するな。
これなら、高速移動できるか?
う~ん……。
高速移動しながら、爪を立てるように地面を蹴ったら、爪が剥がれそうだな……。
止めておこう……。
そんなことを考えながら、俺はゴブリン魔王へと近づいていく。
さすがに、ゴブリン魔王も正気を取り戻したようで、サーベルを構えて、こちらを睨んでいる。
「今のは、硬質化か!?」
少し離れた場所から、ゴブリン魔王がそう言った。
気付けば、観客の声も止んでいて、ゴブリン魔王の声だけが響いている。
「そうです!」
俺がそう叫ぶと、観客たちが、ざわつきだした。
何を驚いているのか分からんが、凄い、奥義が、などの声が聞こえてくる。
「スライム族の奥義だぞ!? 何故、その身体で使える!?」
ゴブリン魔王がそう聞いてきた。
何故って言われても……。
練習したからだ。そうとしか言えないよな?
ん? もしかして、ゴブリン魔王は硬質化が出来ないのか?
あの口ぶりから察するに、身体が変わると、普通は出来なくなるのか?
う~ん……。昨日は硬質化について、ガルディウス達に聞かなかったしな……。
そう思い、観客席にいる、ガルディウスの方を見た。
イケメンが、もの凄く悔しそうな顔をしている……。
その横にいる、サーラスティは、ユカリスと楽しそうに何かを話していた。
あいつら何を話してんだ? 俺の試合見ろよ……。
まあいいや……。
ガルディウスの顔から察するに、ガルディウスも硬質化は出来なくなったっぽいな……。
俺って、やっぱり少し変わってるのかな?
そう思いつつ、俺はゴブリン魔王へと近づいていった。




